魔女とクルイ編17・目覚め
――場所は、運動場に設営された葬式会場。
教師も生徒も一般人も、イェルーンやレイヴンもいる空間に、着々と役者が揃ってきた。
多くの人でごった返すも棺桶の傍には一人しかおらず、そこだけが僅かに空間がある、というほど。
だがここから蜘蛛の子を散らすように人がいなくなることになる。
元々が運動場だった故に人以外の障害物はない、まるで大きな遺影はその戦いを見守るように背景に徹するだろう。
ニーデルーネの遺影を眺めていたネロの傍に、三匹の魔族が降り立った。
「トリック、迎えに来たわ。生きているなんてね」
はぁ、とジーは僅かに嫌悪の顔をするも、僅かに口元は緩んでいる。
シリルとエレノン、そしてネロも呆然と驚いたが、すぐにネロが叫ぶ。
「わ、わー! わー! 魔女、魔女わー!!」
叫ぶがまるで言葉に成っていない。だがすぐに饒舌に言葉が出た。
『ってフールにディスペア!? ってことはお前アローンかよぉ!?』
同じ口でそのように言うので、アローンは無論それが敵とは気付かない。
ネロの叫びと同時にエレノンが腕に秘術である星のブレスレットを三つつけるが、それを察知したフールが体を触手のように変え、貫こうと伸ばした。
『なんか守る盾来やがれ! 舎弟が一人、エルメイト!』
ミニシリルが叫ぶとまるで鉄板に手足がついたかのような魔獣が寸でのところで間に入り、高音を鳴らして触手を防ぐ。
「……ありがとう、シリル。でもまだ」
ネロの傍でジーとディスペアがまだ蠢いている。
そして、ディスペアが疑わしげに尋ねた。
「あれ、トリック、だよね?」
『おうおうトリックに決まっているだろ、なんだその確認、ビックリだ! お前らの名前を憶えているんだから絶対だろ!?』
ディスペアはほっと胸をなでおろすも、アローンジーの表情は疑念に固まったまま。
「じゃ、嫌がらないでついてきて」
『待てって、恥ずかしいだろ? 女の子同士で手を繋ぐなんてよぉ……』
苦しい言い訳ということは分かっているが、トリックの口から出たのはそれだった。
そんな言い訳にジーは嫌悪の眼差しで、そして叫ぶ。
「あんたやっぱりしくじったね!? とっととその体から出な!」
「い、嫌です! トリックさんと私は一心同体です!」
『嬢ちゃん結構言うなぁ!? 驚いたぜ! だが、そういうことだ。悪いな、アローン』
そしてアローンが発した敵意の視線には殺意が充満していた。
トリックごとネロを殺そうと、腕に電気が纏わりつく!
そんな、食らえば一溜りもない攻撃を、最初に邪魔したのはディスペア。
「ま、待ってよアローン! それはいくらなんでもあべべべべ!!」
ネロを庇う形で間に入り腕を触手で掴むも、当然電気が痺れる。電撃が効かないとはいえ、魔女の強い殺意が籠った力は今クルイの力をも含んでいる。それを無傷で受け止めるという芸当も不可能。
ディスペアのおかげでできた隙に、トリックネロは大きく跳ねて距離を空ける。
だが跳ねたがために動きを自ら制限してしまった。
ジーから放たれた雷を放射する攻撃に、空中でネロはかわせない。
それを今度、地面から出てきた白い人影によって阻まれた。
目を左にやれば、片腕のロイがマスクドノブレスをつけていた。
「もう、生徒を傷つけさせない!!」
守るための雑魚軍団、地面から多くの白い生物が出ると同時に、一般人は避難を勝手に始めた。
突然の魔女の出現、パニック状態の会場、それに気付いたゴリアックが屋上からとび降りようとした瞬間に、二人目の刺客が訪れる。
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおすぅぅぅうううう!!」
まるで太陽。
そうゴリアックが感じるほどの巨大な球状の炎を両手で持っていたキルは、それを落とした。
体温が一気に上がるのを感じつつ、質量ある炎にゴリアックは校舎ごと押しつぶされた。
「あははっ! ジーもいる! ジーもいる! これで勝つ! 殺せる殺すっ!」
粉砕された校舎はその破片が隕石のように飛び、レイゼの棺桶が燃え盛る、いくらかの来賓者も巻き込まれた。
だがゴリアックは衣服を燃やされようと生きて無傷で立っていた。
その目は、憎悪というに相応しいほど黒く、熱かった。
「流石に……流石に、許さねえ」
両足から火が灯ると、ゴリアックはロケットのように飛び、高くにいたキルに突撃した。
ただの猛烈な頭突きに体がへし折れる音がして、キルは白目を剥いて吹き飛んだ。
全身を痙攣させ、運動場に墜落してなお、キルは立ち上がる。
そして三人目の襲撃者、騒然とした葬式場で、ノアの傍に一人の女性が立った。
「お久しぶりですね、私のことを覚えていますか?」
秘術を取り出し戦闘準備に入ったノアは、その人の名前が喉元まで出かかっていて、しかしそれを言葉にできなかった。
「あなたは……なぜここに!?」
「……私のことなんか、やっぱりそれはどうでもいいです……いや、どうでもいい」
鉄甲手袋を両手に嵌め、今、シンクレアは前代未聞の悪心をもって挑む。
「私は忘れない。それで充分、お前を一発殴りたかったんだ!!」
両拳をぶつけると火花が起きた。威嚇であった。
目の前に当人がいて、初めてシンクレアの心に芽生えた悪という感情。
それは果たして悪なのか、順当な怒りなのか、それをシンクレアは悪だと判断した。
そしてその心地よさ、晴れ晴れするような精神状態に、そしてそれを教えてくれたイェルーンに感服した。
シンクレアが拳を空振りすると、ノアの真上に巨大な岩石が降った。
その秘術は、『あらゆる物体を出現させる手袋』。基本は爆発や冷気などの属性を利用するが、今のシンクレアに出せないものはないだろう。
「潰れろ、ノアアアアアアアアアアァァァァ!!」
「風斬羽の舞!! みなさん、避難を!!」
岩は細切れになり、人に致命傷を与えない程度に降り注ぐ。
避難は既に始まっていた。それにも気づかず、ノアはシンクレアの目視より先に周りを見渡した。
逃げる民衆の中、魔女が二人、キルとジー……いや、もう一人。
四人目の刺客は既にことに及んでいた。
「リース、シズヤ! 危ないっ!!」
ノアの叫びを聞いた二人はその魔女を見た。
「危ないとは過剰な表現だと思わないか? 私は娘に会いに来ただけなのに」
何の装備もしていないノーベルが、シズヤとリースの傍に、普通に歩いてきた。
「……何? 消えてくれる? 今、忙しいんだけど」
そう凄むシズヤに、正直ノーベルは失禁するほど驚いたが、今は心強い味方がいる。
「まあまあ、君こそ家族水入らずに割り込むのは失礼だと思わないか? なあ我が夫よ」
ハッケイ・ジョンがリースの肩に手を置いた。
「我が娘、何を俯いている?」
リースはその虚ろな瞳を父に向けた。
「……私は、魔女、なのか?」
「ああ、魔女だ。私の最高傑作、勇敢なる戦士……」
「黙っていてすまんな」
ノーベルとハッケイが平然と言うのを、シズヤは叫ぶ。
「違うっ!! リースはリース! 家族水入らず? だったら、だったら私がリースの家族になる!!」
シズヤはリースの腕をとって二人から離れる。
だが、その腕をリースは振り払った。
顔を見せもせず、あまりに冷たく、力強く。
シズヤは呆然と、リースの背中を見つめていた。
ちょうど、ノーベルとシズヤの間に位置する地点で、リースは誰に向けてでもなく呟く。
「……たとえ私が秘術を使い魔女を倒したとして、主らは私をどう思う? 魔女の一味として、攻撃するのではないか?」
リースの顔はシズヤに見えない、その悲しげで小さな背中を見て、シズヤは一生懸命に叫んだ。
「そんなことしないよっ!! 私は、私はリースを愛しているんだから……」
「ほう、ならイツキはどうだ?」
そう、リースは顔を横に向けた。
その瞬間にシズヤはリースの顔を見た。
恐怖を前につい笑ってしまった、そんな絶望的な笑みを。
目の先のイツキは固まっていた。
「い、イツキちゃん……」
シズヤが驚愕に目を見開きながら、名前を呼ぶ。
「リース、それって……」
「どうなのだ、イツキ? 私が魔女の娘で、私が魔女であっても、それでも今まで通りにしてくれるか?」
笑っているような、悲しんでいるような顔から、イツキにはリースの考えが分からなかった。
普段分かりやすい彼女であるがゆえに、それはとても恐ろしく感じてしまって。
イツキは、何も言えなかった。
「だそうだ、シズヤ」
自分の考えが正しかったと、そう言わんばかりにリースはシズヤに笑ってみせた。
「だったら私が力づくでモノにしてみせるよ!! リース!!」
叫び、シズヤはいつものように高く跳ぶ。
だがリースの背中からは、両腕を広げるよりも大きな銀の翼が生え、飛び立った。
同じ目線、圧倒的な成長にシズヤも言葉を失った。
リースだけが一人高笑いをした。
「ふははははっ! 魔女の銀だ! どうだシズヤ? 今の私は主と同じ高さに立てる、主と同じ高みを目指せる……、圧倒的ではないか、魔女の力は……」
自身が魔女であると確認したリースは、その思い込みがはるかに強くなっていた。自らに元々備わっていた魔女としての才覚と、シュールによって与えられた秘術の融合、そして自身が魔女であるという妄信、あらゆる銀の能力を駆使できる、できないことはない!
「リース……私、悲しいよ」
「黙れっ!! 主に何が分かるっ!! ……言葉ではなく、拳で語り合おうぞ。もはや我らの中に言葉は要らぬ」
みるみるリースの体に銀が纏われる。
「銀装・改・総……ふふ」
銀装・改よりも尚厚く、強靭な銀の鎧がリースを包む。
もはやトロールと同等といったほどの大きさ、それでも翼で確かに飛んでいる。
「くくく、我が娘ながら素晴らしい才能だ。どれ、私が名をつけてやろう」
ノーベルが呟くと同時にイツキの弾丸が彼女を襲う。
しかしそれはハッケイが炎を噴かせて、それを盾にして防いだ。
「ちっ!」
「ノーベル、後は自分で身を守れ」
「まあ待て、今良い名が浮かびそうだ。……そうだな『銀の魔女・輝栄のリース』……決まったな」
そしてノーベルはその場を去り、校舎近くに備えていたロボに乗り込む。
『さて、明日の正午と言わず、今からでも待ち合わせ場所にでも……』
目前で娘の孵化を確認したノーベルは、そうぼんやりと呟いた。




