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魔女とクルイ編15・レイヴン・ナイトメアとシンクレア・ロウ

 イェルーンが保健室に辿り着く。

 ノーベルの固有魔法『真実の鐘』によりステラがこの場にいると発覚したからである。

 校内も朝早いこの時間と言えど、混乱を極め誰もいない、だからここにステラがいるというのはイェルーンにとって好都合であり、不思議でもあった。

 閉められたカーテンを開け、イェルーンはそこで保険医とステラの姿を確認した。

「な、なに、あなた達は!?」

「スノウ、殺さず黙らせろ」

 月並みな言葉を吐く保険医は氷に包まれる。

 だがイェルーンは、そのステラの無様な格好から目が離せなかった。

「……おいおい、なんだよその格好はよ」

 煽るや馬鹿にするでなく、現実が直視できないように、イェルーンは言葉だけを投げかけた。

「あんた、イェルーン・アダムズ。ごめんね、今は相手してあげらんない」

 パンツを脱ぎ、下半身を露出して股を見せつけるようにベッドで横になっている、ステラは感情もないように呟いた。

 体にはいくらかコードが繋げられているようで、イェルーンは知らないが、それはこの大陸特有の文化の一つ。

「だから、何してんだよ?」

「私ね、子供産むの。ネイローの子供。邪魔する?」

 女性同士で子供を産むための準備である。

 イェルーンもステラも、これ以上の言葉を作ることができなかった。

 この大陸には、女性同士で子を作る技術は確かにある。

 だが、ステラの傍のパイプ椅子に座っている、ネイローのパジャマを着たそれに、首はない。

 イェルーンはやはり言葉を失った。

 想像を絶するほどの状況だが、それでもステラは笑顔が作れた。

 しばらくの間をおいて、イェルーンから笑い声が堰を切ったように流れ出る。

「ステラ、ステラ、ステラニンカー!! お前は最っ高だなぁ!! もし子供を作ったら! それで戦う勇気が残っていたなら!! 私を止めてみろォ!! 私は悪事を働く! この大陸だって滅茶苦茶にする! 誰だって殺す! テメェの子供ができたらまずそれから殺してやる! ネイローの墓だって荒らす! どうだ!? やる気になったか!? けっひゃひゃひゃひゃ!!」

 ふぅ、と長い溜息を吐いて、ステラは答える。

「最初からやる気だ。今はとっとと出て行け、恥ずかしいでしょ」

「ああ、そりゃすまん」

 冷静そうに見えて、ステラの驚きはなみなみならない。

 知っているだけでもノーベルとジーの二人の魔女、更にスノウとフールの見ただけでただならぬ存在までいる。

 それを率いるイェルーンは、一体どんな状況だったのか。

 だが今のステラはそれを真剣に考えるほどの余裕などはない。

 ネイローの体から取り出した細胞が精となり、ステラの体に着床する。

 然るべき時間の後に命を賜り、育てる。

 ステラとてイェルーンには少なからず恨みがある。

 そして、ネイローと子が辱められると宣言されたのなら、何をしてでも倒す。


「ところでスノウ、あの保険医、殺したか?」

 校舎を出たあたりで突然尋ねられ、スノウは首を横に振った。

「バッカお前! あの状況はステラに警戒させないために殺さず黙らせろっつったけど、本当は死んだか生きているか区別できないように殺せって意味に決まってんだろうが!! ……はぁ、お前はまだまだだな」

「ご、ごめん」

 イェルーンはつまらなそうに息を吐いて、次の目的地にと向かった。



 そんなことは露知らず、ノアとゴロロしかいない校長室にシズヤとリース、そして眠ったままのレンがいた。

「そうですか、イェルーンがそんなことに……」

 一部始終を話した後だが、シズヤはリースが魔女の娘であることだけは隠した。当然の配慮と言える。

 隠し事のできないリースも、今だけは何も言えなかった。自分でも、どうすべきなのか分からないのだ。

「やっばり、ニッカが回復しねと、情報が伝わんねえだな。おめらは校長と一緒にいとけ。そこらよが安全なはずだ」

 言いながらゴロロは上着を羽織り、校長室を出る。

「わだすはおめらみたいなやづがいねか見てくる。ニッカがいねえ今、それしかねだろ」

 そういうゴロロを誰も止めなかった。

 シズヤ達が校長室に来てからというもの、ノアは一切言葉を発さなかった。それはリースとて同じである。

 ノアは鳴り響くベルをも無視し、電話に出ることもなくただ頭を抱えていた。

 シズヤはリースに耳打ちしようと近づいたが、リースも意気消沈している様子を見て、それを躊躇った。

 ノアに何があったかは分からないが、今のリースに軽口をたたく気分にはなれなかった。

 真剣にリースを心配し、慮っている、今のシズヤはそうしていた。




 学生寮に辿り着いたエレノンとネロとロイは、ようやく一段落と息を吐いた。

「ここまでくれば、もう安全ですよね?」

「分からない。けど、ここの人たちの避難も済んでいるようだね」

 ネロの問いかけにロイは正直に答える。

 しかしネロは次の言葉を告げられなかった。

 魔女の森から去ったという安堵と同時に、両足と片腕を失ったロイの姿に改めてどのような言葉を返せばいいのか、戸惑っているとエレノンが答えた。

「……ひとまず、部屋に戻る。壊されていないから安全、のはず」

『そうだそうだ! 先公も今回だけは連れてってやるよ! へっ!』

「ところで、それ何なんですか、エレノン?」

 エレノンの肩で跳ねる学生服の精霊に、ネロは見覚えはあっても正体は掴み切れない。

 だが、それはロイが知っていた。

「シリル・ホーネットだね。僕が知っている彼女はこうだったけど……彼女の身に何か?」

 エレノンはその光景を思い出し、少しだけ涙を流した。

 それだけで、二人は察した。

『だぁーっ! すぐに泣くなってエレノン! 俺はこれで良かったって言ってんだろ!? 無為に時間を過ごすより、お前といられた時間のが本当に良かったんだ』

 はぁ、とシリルは疲れた風に溜息を吐く。

 ロイは今この状況で悲しむエレノンを抱きしめてあげられないことを悲しく思いながら。

 ネロがしっかりとエレノンを抱きしめ支えるさまを見て、それでよかったとも考える。



 既にリース達学生、ノア達教師が戦いの終わりに一息吐いている間。

 イェルーンは次に地下牢獄の襲撃を行った。

 五つの地域全てから入ることができる場所の一つに魔女シュールの居所(きょしょ)があるが、同様に大きな犯罪を行い罪を贖う場所として地下牢獄がある。

 といっても、終身そこにいなければならない人間は少なく、拘束されている者もいるが、狭いなりに自由な空間ではあった。

 そこでエリオット教元神聖大隊長『神速』のキナは虚ろな瞳で鎖に縛られていた。

 他の和気藹藹とした囚人と比べると、まるで置物のように押し黙るキナは明らかに空気が違っていた。

 両手を上で縛られ、食事も体勢を低くして口でしなければならない状況。

 この大陸に来てしばらく、学生同様の生活を送っていたキナであったが、魔女から秘術を得る、その事実を知り強く反発し、暴れ出して最後には掴まったのだ。

 呪いの言葉を吐きかけながら収容されるキナには裁判のようなものはなく、即座にここに連れられて、今に至る。

 そんな彼女に声をかけるのは、いまだに動けないままの見張りの一人であるニッカ・ルールーニと、薄いブラウンの長髪を適当に後ろでまとめたシンクレア・ロウのみである。

「……頑なだな。反省の素振りくらいは見せたらどうだ?」

 そう、狭い空間でシンクレアは煙草に火をつけ、煙たがれる。

「恨みつらみを忘れろとは言わないが、このままでは一生出られないぞ?」

 ふーっ、と煙草の煙をキナに吹きかけると、キナは嫌そうな顔をシンクレアに向ける。

「……魔族も人間も殺してやる」

「私にはいくらでも好きに言えばいいさ。別に上に報告はしないからな」

 ポケットから携帯灰皿を取り出しシンクレアは灰を落とすも、もう一度煙草をくわえた。

 同時に、轟音が牢獄の端にある階段から響いた。

 キナの、そしてシンクレアの瞳に映ったのは、魔族と人間がともに降りてくる姿。

「それでイェルーン、どうしてこんな薄暗い牢獄に来る必要があるんだ?」

 ノーベルが刺々しい視線を向けるも、イェルーンの朗らかな笑顔は崩れない。

「私はな、別に戦力を求めているわけでも、滅茶苦茶したいわけでもない。ただな、私達みたいに今の立場を不遇に思い自由になりたい奴を救ってやりたいのさ、分かるか、分かるな?」

 ノーベルはいい加減にイェルーンがいい感じのことを言っている時の嘘と曲解を理解する。こいつはただ好き勝手したいだけなのだと。

「お、おいおい何者だ!? どうやってここに入ってきた!?」

 入口は学校の程近く、見張りは市民の避難のために南の空港付近に集っている。何より中から脱出できないのだ、誰がこの牢獄を壊しにくると思うだろうか。

 だが、イェルーンがそれをした。

 シンクレアが騒ぎ立てるも、他の者は牢獄に繋がれ、ニッカはまだ息も絶え絶え、戦えない。

 動けるのはシンクレア一人。

 一人対六人、という時点でシンクレアは勝てる気などしていない。

 ただ、秘術である鉄甲のついた指貫手袋をつけて、シンクレアは勇んで見せた。

「それ以上、一歩でも近づいてみろ、容赦しないぞ」

 そう威嚇するシンクレアの姿は、軽口をたたく普段の姿と違うとキナは少し驚いた。

 だがそれ以上に、まるで娘の反抗期を楽しむようなイェルーンの余裕に驚いた。

「ひゃは、お前……」

 狂ったように笑っていたイェルーンが、シンクレアの顔を見ると一瞬真顔になった。

 イェルーンが真顔になることは何度かある。だがそれは余程の驚きを示した時だ、スノウが魔女だと知っても狼狽しなかった彼女が驚いたのは、ネイローの死とステラの妊娠くらい。

 それを、更に珍しいことに、シンクレアの顔をまじまじと見つめすらし、ようやくいつものように笑い出した。

「お前こそ! 一体どういう立場でそんなことを言っているんだ!?」

「どういう、だと? 私はここで看守として任された以上、一人の脱獄も許さない」

 鉄甲は徐々に赤く染まる。だがイェルーンは武器を取り出そうともしない。

「それでお前は家に帰れてんのか? ああ?」

 シンクレアの口元が少し震えた。

「知ってるぜ、お前のこと。お前『親殺しシンクレア』だろ? けけっ、責任感が強いから親殺したのに、テメェはいいように使われてるってわけだ」

「だからどうした? そんなことは知っているさ」

 明らかに嘘だ。傍目から見てもシンクレアの言葉は虚飾に染まった、ただの強がり。

 だが、真面目すぎるシンクレアはそうでもしないと耐えられない。

 シンクレアは真面目だ、故に親も傷つけた、それが正しいと信じていたから。

 それは未だに変わらない、だから彼女はここで服役すること、そしてここの治安を守ることを使命と感じてそうしてきた。

 そんな十年越しの行為を、イェルーンはいとも容易く否定する。

「知っている!? そりゃ驚きだ。今はお前のこと学校でも習うんだぜ? お前みたいに家族に暴力振るわねえようにってなァ! どんな気分だ!? 嬉しいか反面教師!?」

 一瞬、驚愕というよりも恐怖という表情にシンクレアは変わるが、それでも瞳を薄くしてイェルーンを睨む。

「……知るか。お前が今、悪人として私の前に立ちはだかる以上、ここで止める!」

 スノウとアローンジーが一歩踏み出そうとするも、それをノーベルが止めた。

「あれはもう堕ちるだろ……」

 元々はスノウの付き添いでノーベルはイェルーンについた。だが、その滅茶苦茶な振舞いに人が従う様に、確かなカリスマを感じつつある。

 イェルーンは尚も笑顔を絶やさない、人を馬鹿にしたような、狂った目を備えた笑顔。

「止める? 違ェだろォ!? テメェが本当にしたいことはなんだァ!? 守ることか!? 助けることか!? 正義って何だ!? テメェの正義ってのは自分を信じるやつを利用して騙していいように使ってこんなゴミ溜めで殺すことか!? それが正義ってんなら正しいお前を哀れに思ってやるよ!」

 もうシンクレアは言葉を交わさず、拳を振りかぶって走り出した。

「スノウ、手は出すなよ?」

 先んじてノーベルが注意するも、スノウの殺気はとどまらない。

 イェルーンは自分の新しい真っ白い手に向かって囁く。

「ディスペア、死ぬかもしれねえが耐えろよ」

「え、えええええええええええええ!?」

 無様なほどまっすぐ突き抜けた拳を、イェルーンはディスペアの腕で防御する。

「いったあああああああああああああああああああいいいいい!!」

 ディスペアは腕の形のままイェルーンの体から離れる。

 シンクレアにとっては、腕が吹き飛んで平然としているイェルーンがまだ話を続けている姿。恐怖のみを感じる。

 そんな心に、イェルーンが忍び込む。

「どうだった? 親殺した時と似た感覚だろ? テメェがしたいのはこれだろ?」

「お、お前は……!」

 すっかり怯えた様子のシンクレアの頬に、イェルーンは手を当てた。

「いいか、今お前を利用している奴らなんて、世の中には山ほどいる。それはお前の親と同じだ。正義を語る悪さ」

「正義を語る……悪?」

「そのっ通りィィィイイイイイイイイ!!」

 突如イェルーンは両手をあげ、脚光を浴びるような演技を始める。

「テメェは不器用だから正義と悪の違いが分からねェってんだァ! だから私が教えてやる! 正義ってのも悪ってのも結局は自分勝手な奴のことさ!! 純粋なテメェを利用した奴が悪じゃなくてなんだってんだ!? だから、ついてこい。私と共にこの世の悪を全部殺そうじゃないか?」

 不意に、シンクレアに手を差し伸べた。

 救いを差し伸べるような手に、シンクレアは胸の中の黒い何かが広がるのを感じた。

「で、でも、人を殺すなんて……」

「人だって魔族だって魔女だって一緒さ。悪い奴も良い奴もいる。だから殺す分だけ殺す、それでいいだろ? 世の中ァ戦争でたくさん死んでんだ、今更私達が殺したって変わらねえよ」

「そ、そんなのはダメだ! そんなの……」

「それが悪でも、か?」

「あ、悪……」

「ああ、悪だ。私達は正義を語る悪も、普通の悪も殺す。その手伝い、してくれねえかなァ、シンクレア?」

 息を飲んで、しかしシンクレアの手は、恐る恐るイェルーンの方へと向かう。

 その手をイェルーンは強引に掴み取った。

「ひゃはっ! 決まりっ! それじゃあ早速選定していこうかァ!!」

 イェルーンはその手を後ろに向けて、ノーベルに引き渡す。

 呆然自失といった様子のシンクレアはしばらく言葉も発せられないだろう。

 ディスペアは素早くイェルーンの手に戻る、と同時にキナの格子を開けた。

「ほいほい小さなお嬢さん、おいくつかな? 十代前半ってところか、世も末だな」

 キナは自分を品定めするようなイェルーンの視線に、怯えもせず答える。

「三十だ」

 ステラが子供を孕むこと、キナの年齢、シンクレアとの出会い、この三つがイェルーンの人生で魔女を部下にしたこと以上に驚いたことかもしれない。

「三十って、そりゃお前、私の倍くらいの年じゃないか……」

 思わず普通の感想を述べるほどには驚いていた。だが気を引き締めてイェルーンは向かう。

「テメェはどうだ? 暴れたいか?」

「さっき、人間も魔族も変わらない、と言った。……いいよ、付き合ってあげる」

 驚くほどあっさりとキナは言い切った。

「気に入ったァー! 名を教えろ! お前は今日から私達の仲間だァ!」

 フラスコから液体で鉄だけを溶かすと、キナは拘束され続けた手首を揉みながら立ち上がり、平然と加わる。

「おいイェルーン、そんな適当に決めていいのか?」

 ノーベルが当然のように尋ねるも、イェルーンは唇に手を当てて子供を黙らせるようにして、次の相手に向かう。

「なあお前……」

「お前、こんなことしてタダで済むと思っているのか!? 今に誰かが来てお前らを……」

 そんな風に縛られた囚人が言うのを、言葉半分聞いて、イェルーンは抵抗できない囚人に酸をかけた。

 縛られていては体をよじっても避けられない、顔面に酸をかけられ続け、やがて囚人は痙攣し始める。

「あっあー! いいなこれ! 拘束プレイだな!! くひっ、ああ、いいなァ本当に……、縛られて、抵抗できないところを、ジュージューと……」

 なるほど、とノーベルは思う。

 大陸でもっとも危険な収容所とはいえ、基本的には平和な大陸なのだ。常識がない人間だけを探していけば、それほど数は多くない。

「私はキナ、名字はもう覚えてない」

「キナ、といったらエリオット教の人が思い浮かびますね」

 フールがふと言うと、キナは興味なさげに言う。

「それ、私」

「ん?」

 フールとそんなやりとりがありながらも、イェルーンは選定というなの娯楽を続ける。

「……これヤバいでしょ。いやいやヤバイヤバイ。久しぶりにヤバイ」

「たっ助けて! 何でもするから! そんなやめっ……」

「あっ溶ける! 溶けちゃうよ溶けちゃうよ溶け、あー溶けてるわァ……くっひひひひ!」

 うがいのように酸を吐き出そうとする女を見つめて、イェルーンは口の端から唾液が垂れているのにも気づかない。

 だが、三、四人も同じようにすれば、イェルーンは冷めやすい人間なので。

「……飽きてきたなこれ。もう帰るか?」

 イェルーンが入口の方の仲間にそう声をかけると、牢獄の奥からがしゃんと鉄の音が響く。

「そりゃねえよ! こっちは待ってたんだよ、お前みたいな変な奴を!」

 そんな期待と切望の籠った声に、イェルーンは笑顔で走り出す。

 牢の中には伸び切った黒い髪をした、朗らかな笑顔の大人の女がいた。

 ボロボロの服からいくらか肌が見える、日の光を長年浴びていない不健康そうな色に、薄汚れた穢らわしい雰囲気があるも、彼女の笑顔はそれを覆すほどに明るい。

「なんだお前は?」

「へへ、必要があるなら名乗らせてもらうぜ? 俺はレイヴン・ナイトメア。さ、出してくれよ」

 レイヴンは人懐っこそうな笑みを浮かべて、両手の拘束具を牢に差し出す。

 イェルーンは品定めするように視線を向けるも、どうしたものかと手をこまねく。

「お前、私の部下になるのか?」

「んー、まあそれも面白そうだし、アリかな? それより早く早くぅ!」

「へへっ、まあ仕方ねえかな?」

 イェルーンは珍しい普通の笑顔で答える。それが凶悪犯の脱獄に手を貸す光景には見えないほどに。

 その薬は人の肌を傷つけず鉄だけを溶かす。

 久しぶりの解放にレイヴンは両手を上げてうーんと伸びをした。

「はぁ、じゃあ早速出て行こうか。もうここはこりごりだ」

「まぁ待てよレイヴン。お前の力を見せてくれ。楽しみたいだろ、お前も?」

 イェルーンの問いかけに、レイヴンは、さっきは見せなかった暗い笑顔を見せた。

 そしてレイヴンの秘術が発現する。

 例えるならダグラス・ラスペードの鳥人化に似ているが、違うのはその禍々しさ。

 体長は倍以上に膨れ上がる、巨体はトロールを凸ピンで殺せそうなほどだ。

 黒き大きな翼、牛のように二本角が頭の頂点から生えているのに加え、鼻の部分もサイのような角、鋭い爪と牙はギザギザと切り取るより千切り取る形をしている。丸太のように太い手足も、それだけで人を殺せそうだ。

 それに加えて、下半身にいきり立つ雄々しさの塊に思わずイェルーンが叫ぶ。

「うわ、ご立派!」

『ほんの茶目っ気だ。今は興奮気味だしな』

 尻尾である。

 その強い肉体は、ともすればネイローやシズヤの一撃にも耐えうる。

 だがその本領は攻撃力。

「で、レイヴンちゃァん、それで終わりじゃねんだろ?」

『モチのロンだ! まずは俺のジャブを見てくれ』

 向かいの鉄格子を殴るかと思うと、突き抜けた拳はそのまま囚人の頭をも潰す。

『懐かしい! この感覚を再び味わえるとは思わなかった……』

 牛のような顔が笑顔に歪む、それを見てイェルーンもまたたまらなく嬉しそうな顔に変わる。

『次ストレートォ!』

『フック!』

『アッパー!』

 一人一人、楽しむように、味わうようにレイヴンは鉄格子と中身を潰していった。

『馬鹿どもは全員死ね! 俺を認めねぇクズ共が!』

 その光景にイェルーンは母のような温かみある眼差しで見守った。

「これは、まあ、似た者同士といったところか」

 ノーベルが呟くと、フールとキナとアローンジーがうんうん頷く。

 スノウはただ恍惚とした表情でイェルーンを見つめるのみ。

 シンクレアは一人罪の意識に苛まれつつ、ここを戻る意味もなくなったと感じる。

 これからどうすべきか、今の道が正しいか間違っているか、それは今は分からない。

 けれど悪とは――正義とは何か、それをイェルーンの元で学ぶことを決めた。

「じゃあ、明後日の正午に空港で待ち合わせだ。それまでにこの大陸でやり残したことをやりな」

 そういうと、イェルーンがいち早く扉を出ると、他のメンバーも順次後を追った。

 既にほかに行き場のないこの空間ならば仕方のないことだが、それでもイェルーンが人を率いる様は確かにそれなりの雰囲気があった。




 自宅に残ったイツキはこの間にマクビの全国ランキングを上げていたり、いい加減ニッカが回復しつつあったり、キルはゴリアックを殺さなければ気が済まないと発想に至ったり、この間にも個人個人は様々な行動を起こす。

 そんな狙われたゴリアックは、最後に主人を失った火山を一通り見回ってから、一人第二地域に戻ってきた。

 


 ニッカが回復すると、魔女が二人だけになった森から数多くの発見があった。

 眷属が少なくなったことは当然であるが。

 壊れたニーデルーネの仮面と、別人のようになったアリアハンの遺体、黒焦げのレイゼの死体、首から上を失ったナミエ、ニッカを、いやこの大陸を震撼させるものは多い。


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