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魔女とクルイ編5・ニーデルーネVSヴィー

 いつも通りの戦法で、ニーデルーネがヴィーの真後ろに立つと同時に、その首を刈った。

 妖艶な笑みを浮かべたままヴィーの首は前に転がる。

 実際にニーデルーネがこの死角瞬間移動で誰かの首を刈ったことはない。だが、初めてしたそれに少しだけ安心できた。

 しかし残ったヴィーの背中が突如盛り上がり、槍のようにニーデルーネの体を串刺しにした。

 突然の攻撃に驚くも、今のニーデルーネの体なら体の五、六ヶ所の穴など大したことはない。それよりも驚きなのは。

「いやん、驚いたぁ。首が飛んじゃうなんて」

 その体が平然と動くと、首を拾いあげる。

 その首も、平然と喋っていた。

「でもこれで串刺し……って、平気なのぉ!? まぁたまた驚かされちゃったぁん」

 黒いローブに穴が開いてしまったものの、ニーデルーネに傷はない。

 しかし衝撃はある。ヴィーは頭を首につけると、平然と元に戻った。

「固有魔法って知ってるぅ? 魔女って普通の魔法以外に、それぞれの個体ごとに魔女以外には使えない魔法が使えるんだけどぉ」

 ヴィーは、その頬を見せつけるように撫でながら言う。

「私の『美神的肉体(ヴィーナスボディ)、物理攻撃なんて何にも効かないのよねー。まだ、戦う?』」

「当然。死神が物理攻撃しかできないとお思いか?」

 ニーデルーネが勇ましく鎌を構えると、ヴィーは楽しげに笑った。

「そうでなくっちゃ! 久しぶりの戦い、心が折れたら退屈で退屈で仕方ないんだもん。じゃあ、やっちゃうわよん?」

 ヴィーの体のあちこちから鋭く肉の触手が飛び出し、ニーデルーネを縛ろうと動く。

 ニーデルーネは触手と同じ数に分身し、それぞれ避けながらヴィーを切り刻もうと動いた。

「うふっ、こしゃくぅ」

 触手が増えると同時にニーデルーネも増え、ついにその鎌の一撃がヴィーの頬を掠めた。

 自分の顔に傷ができたのを見て、ヴィーは一瞬硬直する。

 だが、すぐに笑顔に戻った。

「あらら、傷ができちゃったわね。でも平気よ、だってほら」

 その傷は一瞬で塞がると、また先ほどのハリツヤが戻ってきた。

「この固有魔法、最っ高に便利なのよぉ。どんなに怪我しても、汚されても、美しい自分でいられる。あなたは自分に自信がないから仮面なんて被っているのかしらぁ?」

「我は死神、故につけている」

「ふぅん、変なの」

 戦いは膠着状態に陥った。平然と肉の触手を操るヴィーと自分の分身を操るニーデルーネ、その戦いは持久力の高い方が勝つと思われた。

 その点、ニーデルーネは徐々に、少しずつ、魔女と戦うことによって自らが死神であるという本義を忘れて力を失う。

 それでもロイが来るまで持ちこたえられればあるいは勝てたかもしれない。

 だが先に来たのは。

「お前かぁぁあああああ!! お前が私をっ!!」

「アリアンナ!? なんでここに……!」

 鏡に入ったままあちこちを移動していたアリアンナがニーデルーネのすぐ傍を横切った。

 ヴィーはそちらへ攻撃しようとも思ったが、それよりも隙だらけな死神こそ狙い撃ちにした。

 一瞬止まったニーデルーネめがけ、それぞれの触手がニーデルーネの仮面を叩き割った。

 そのまま顔の殴打に変わった肉の鞭はニーデルーネの顔を傷つける前に退いた。

「お顔のはいけーん。……あら、可愛いじゃなぁい!? 凄く素敵よ? どうして仮面なんて……」

 次の瞬間、ニーデルーネの分身が一斉に消えた。

 ヴィーに顔を掴まれた一人だけが残り、ニーデルーネはいまや黒いローブと赤い鎌しか持っていない。

「あら、あらら? どうしちゃったのかしら? もしかして、仮面が強さの秘密? うふ、古いヒーローみたいで素敵じゃない」

 仮面が強さの秘密、というヴィーの言葉はあながち間違っていない。ローブと仮面、そして自分を死神だと信じ込む精神状態によってニーデルーネは無類の強さを持つことができる。

 よって現状、ニーデルーネは情けない声を上げた。

「ひっ!」

 ニーデルーネが力任せに鎌を振るうと、ヴィーはあっさり肉で受け止め、伸びた指の触手で左目を貫いた。

「あはっ! 久しぶり、人を殺す感覚って……」

 ぐぽぉ、と、ニーデルーネは自分の眼球が引きずり出される音を聞いた。

 想像を絶するような叫び声はそこら中のニッカが気付くが、誰が何を叫んでいるか分からないほどに大きく、けたたましい。

「あら、美しくない叫び声ね」

 体中ががくがくと震えるも、ニーデルーネの顔はまだヴィーに掴まれている。

「でも、この球って綺麗よね……。白と赤、黒のコントラスト。湖に浮かべたい……」

 同時に、ぴちゃ、とヴィーは足元が濡れていることに気付いた。

 血液ではない、ニーデルーネが失禁したのだ。

 大きすぎる痛みと衝撃を与えられたニーデルーネの恐怖は極限まで高まった結果、不意に力が抜けたニーデルーネは、そんな中で茫然とヴィーの顔を見つめていた。

 ヴィーの、豹変する顔を見つめていた。

「……醜いわ、醜い醜い醜い醜イ醜イ醜イ醜イ醜イィィィィィィィィィィィィィィィ!!」

 手を離して、思い切りヴィーはニーデルーネの体を蹴っ飛ばした。

 全身がみしみしと悲鳴を上げ、体の真ん中からは間違いなく骨が折れた感覚がし、吹き飛ばされながらニーデルーネは嘔吐していた。

 単純な魔女の暴力、ヴィーの魔法となんら関係ないが、魔族の全力の蹴りは充分な破壊力。

 何本もの木に背中が当たる。だがそれらは折れて、自分は未だに吹き飛んでいる。

 それなのに、一番痛いのは蹴られた腹だった。

 どうして意識が残っているのか、それすらも分からない。死神の能力の余韻で、少しタフになっていただろうか。

 この時、南に蹴られていればロイに助けられていたかもしれない。だが不幸にも彼女は西へ蹴飛ばされていた。

 より森の奥深く、そこは偶然にもヴィーの住まう湖であった。

 鬱蒼とした魔女の森の中にして、一瞬ニーデルーネは死の恐怖を忘れるほど心打たれた。

 朝の陽射しを浴びる湖面の煌きは今までに見たことがないほど鮮やかに瞬き、さながら星の輝きに似ている。

 暗く鬱屈とした魔女の森の中で、ただそこだけが少し拓けていて、周りの木々の緑も露を帯びたように輝いている。

 まるで夢の中のような、もしくは美術館に飾られた絵のような光景に、ニーデルーネは言葉を失う。

 ただ、ただ問題があるとすれば。

 その湖は透き通る蒼ではなく、それ以上に底が見えるほどに透き通った透明色の赤である。

 そしてその底には、夥しい数の眼球と、眼球と四肢がない人が沈められていた。

「……何……これ……?」

 心の底から出た言葉がそれだった。

 肩に手が置かれ、既に絶望に染まっていたニーデルーネの顔に、更に影が差す。

「これはね、うふふ、美しいでしょぉ? みんなみーんな、お人形さんみたぁい」

 ヴィーが軽く手を握ると、ニーデルーネの肩口のローブは裂け、白い肌が見えた。

「……た、助けて」

 涙に瞳を潤ませ、ニーデルーネは声を絞り出した。

「命、だけは……」

「あはは! 可愛いー。でも殺す」

 にこやかな笑顔のままヴィーの左腕が膨らむと、ドラム缶ほど大きくなり、ニーデルーネを殴り飛ばした。

 幅三メートルはあろう湖を軽々と飛び越え、ニーデルーネは木に叩きつけられ、ずるずると地に落ち、木に腰掛けるような体勢になった。

 もうその瞳に希望の光は一片もない。

「……壊れちゃったのぉ? まだ死んでないよね? もうちょっといたぶって内臓を綺麗に取り出して、防腐処理も施して……あら、みんなが南に行っている途中だった。急がないと」

 と、ヴィーが殴った腕のように足も膨らませた。この筋肉の塊で湖を飛び越えようとしたのだ。

 だが、それを制止する物体が、湖の上に黄色い揺らめきとして浮かんでいる。

 それはなんとかニーデルーネの目にも映った、幻覚としか思わなかったが。

「……あなた、なぁに?」

 その仮面にはニーデルーネには見覚えがあるが、にやけた笑顔ではなく、少し自信に満ちた驚きの表情を浮かべていた。

「俺か? 俺は七人のクルイの一人、その名も『古の詐術師エインシャント・トリックスター』のトリック! ってうわぁ! 魔女以外に人間もいるのか!!」

 勇ましい表情は一瞬で彼のトレードマークたる驚愕にと変わる。

「はぁ、クルイねぇ。聞いたことないけど。で、何の用? 今あたし、忙しいんだけどぉ?」

 不機嫌そうなヴィーに対して、トリックはいまだに驚く。

「なんで怒っているの!? じゃなくて、俺は、お前の体を乗っ取りに来た。さて行くぜ……」

 そう、トリックが体の触手を四方八方に伸ばし始めると同時に。

 湖から腕と脚のない人間達がトビウオのように跳ね、トリックに突進を繰り広げた。

「ななな、なんだとぉ!? これは一体……」

「『嫉妬する肉体(エンヴィーボディ)』、ま、固有魔法ってやつぅ? あと、動くだけじゃ、ないわよん?」

「何を……」

 ぶつかった人形が、なぜかトリックの体から離れない。

 噛みついたりしがみついているのとは違う。

 体の触れた部分が癒着したように、生気を失った白い肉体と黄色い揺らめきが混じっている。

「その子たちねぇ、ちゃんとした体が欲しいの。だから、こうやって自分の肉体にしようと融合しちゃうの。どう、気分は?」

「ははっ! 最高に驚いた……」

 ヴィーの五指が螺旋を描き伸び、トリックの体を貫いた。

「……おど……ろいた……ぜ」

 あっという間に湖に沈むトリック。

 トリックを貫いたその五指はいまだ動きを止めず、そのまま湖の向こう側にまで伸びる。横着にもトリックとニーデルーネを同時に殺そうと。

 しかし、既にニーデルーネがいなくなっていた。

「あらぁ?」

 その場所には血と芝生を引きずったような跡が残っている。

「うふふ、どこまで逃げられるかしら?」

 ヴィーが膨らんだ足で跳ねると、ニーデルーネはすぐに見つかった。

 なんてことはない、その木の後ろに隠れていたのだ。

「さて、どうしようかしら」

 さっさと殺すか、いたぶるか、序列が四位のヴィーならばそれほど真面目に戦わなくてもいいだろうと、彼女は後者に見当をつけている。

「……やだ、やだぁ、ネロ、エレノン、助けて……」

 ニーデルーネの戦意は尽きた。既に誰かヒーローが来てくれないか、そんな泣き言を言うだけだった。

 それを心底楽しそうにヴィーは聞いた。

「もっとそういうの聞かせてちょうだぁい? そのネロちゃんもエレノンちゃんも殺してあげるから」

 ぎゅっと、人形を抱きしめるように、ヴィーはニーデルーネの肉体を後ろから優しく抱きしめた。

「ほーら、暖かいでしょう? お母さんだと思って、仲のいい人みんな教えて? そしたら、あなたの死にざま全部話しながら、あなたみたいにしてあげるから」

 ヴィーはニーデルーネの背中に豊満な肉体を当てながら、蠱惑的に耳元に言葉をかける。

 だが、その言葉のせいでニーデルーネは目を覚ました。

 ヒーローなど求めない、死神の矜持を思い出した。

「……やる」

「なぁに?」

 噛みつかんばかりの勢いでニーデルーネは首だけ動かし、大声で叫んだ。

「殺してやるっ!! 今ここで死んだとしても、お前は絶対に私が殺す!! 殺す殺す殺すころ……」

 豹変したニーデルーネを、つまらないものを見るような目で一蹴した後。

 ヴィーの体から無数の肉槍が出現し、ニーデルーネの体を貫いた。

 背中から腹部まで計十か所以上、死神ではない彼女がそれを防ぐ術はない。

「……美しいわよ、あなた」

 どこか恍惚とした表情で、ヴィーはニーデルーネの口から流れた血を拭った。

「ネロとエレノンねぇ。時間があれば探そうかしら?」

 新たな楽しみを見つけつつ、ヴィーは仲間の心配をよそに考え事を始める。

「町かぁ……新しいネイルとかリップはあるかしら? ドレスもほしいわ」

 ニーデルーネのことを早くも忘れそうになっていたヴィーだが、後ろからの声に反応せざるを得なかった。

「魔女を五人!!」

 ヴィーとて、驚き振り向かざるを得なかった。

 心臓すら貫いているニーデルーネの口は確かに動いていた。

「……あんた、生きてんの? ……心臓が止まってるし、こ、呼吸も……」

 この距離ながら、ニーデルーネが呼吸をしていないことは、ヴィーにも確認できた。

「魔女五人。魔女が五人死んだ時、お前も死ぬ!! お前も死ぬ!! お前も死ぬ!!」

 壊れた玩具のように、ニーデルーネは叫ぶ。

「……醜いわ」

 赤い鎌が、ニーデルーネの傍らに出現した。

「あら、やっぱりまだ戦えたの?」

 少しだけ安堵した風にヴィーは体の肉をうねらせる。能力のおかげで、心臓が潰れていても生きているし、呼吸をしなくても平気、そう言われれば彼女には納得できたから。

 だが、ニーデルーネの行動全てがヴィーの意に反する。

 鎌は、ゆらりと傾くと、ニーデルーネ自身の首を刈った。

 驚きヴィーは声も出ない。

「お前も死ぬ! 魔女が五人死んだ時、お前も死ぬんだァァァアアアアアアアア!!」

 そして、生首は高笑いを始めた。

「醜いわ、あなた醜すぎる……醜い」

 醜いのに、今のヴィーには激昂以上に言い知れぬ恐怖が優っていた。

「ハァーハハハハハァ!! 魔女が五人だ!! 忘れるな!! 忘れないように、魔女が死ぬ度に伝えてやろう!! 魔女が五人死んだ時! お前が死ぬ時だ!!」

 耐えがたい苦痛に、ヴィーは腕を伸ばし、ニーデルーネの頭を潰した。

 その感覚は慣れたものだが、しかしヴィーの気は晴れない。

 ニーデルーネの自決、それこそが呪いの条件であった風に思えてならないから。

『魔女が五人死んだ時、お前は死ぬ!』

 幻聴、しかしヴィーの耳から離れない。

「……やっぱり、絶対にぶち殺してやる。ネロとエレノンね、絶対殺す」

 そしてヴィーは南へと歩いた。

 だが同時に。

『魔女が死んだ! 一人目の魔女が死んだ!』

 けたたましい叫び声が、ヴィーの頭の中に直接響いた。

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