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魔女とクルイ編6・命送りの大火

 ニッカは逐次、魔女の動向をノアに伝えねばならない。

 校長室の電話に耳を当て校長と直接連携を取るノアに、どこにどう情報を送るべきかを知らさねばならないからだ。

 だがニッカはその中でも、ナミエのことを隠している。

 そしてそれ以来バニラとナミエの場所には向かっていないし、見てもいない。

 見てしまったら、きっと、戻れなくなるから。

「双子の魔女が東に進んでいます。南に進まずまっすぐ東なので、第五まで行くかもしれません」

「では、その旨を第三から第五までに知らせましょう。他の魔女の動向は?」

 それだけならばいざという時のために各校に配備されたニッカを使えばいいが、高い実力を持つ教師陣を動かすのは校長なのだ。

「バニラは……うまく、翻弄しています。ヴィーは見失いました、第二地域にいないのかと。ノーベルとスノウも空に飛んでいった後の行方がしれません」

「……なんとも言えませんね」

 デビルの墜落はその時であった。

「なっ!? デビル! 魔皇のデビルが大塔に……」

 ニッカの言葉の途中で激しい音が校舎にも響いた。

「……これは、知らせるまでもありませんね。片っ端から避難命令を出します。この大陸を神聖大陸の、エリオット教の二の舞にはさせません」

 そう、ノアは電話の作業に移った。

 そこでニッカはふらり、と眩暈がしたように揺れた。

「お、ニッカざん、大丈夫が? 疲れてっみたいだげど」

 ゴロロに支えられてようやく立っていられる様子で、見るからにニッカは疲労していた。

「……まだ、大丈夫です、ありがとう、ゴロロさん」

 そうは言っても、ニッカの汗が止まらない。

 いつも来ている迷彩服を脱ぎ、薄いシャツ一枚になるが、下着が透けて見えるほどに汗をかいている。

「本当に大丈夫が? 尋常でねえぞ、それ」

 ざっと、五百人はキルに燃やされた。ごく僅かな時間ながら、一斉に炎上させられて、他の心配事で精神状態も不安定になっている。

「……あっ、魔女の森付近に……ネイローとステラ!? それに、リースも!!」

 ノアは電話をしているにも関わらず、保留もせずにゴロロとニッカに伝える。

「二人で止めて来なさい! 生徒に何かあったとしたら名折れですよ!」

 血相を変えたノアの怒鳴り声に、二人は脱兎のごとく駆けだした。



「……ネイロー殿? 主が目を覚まして移動しているとは、珍しい」

 少しだけ息を切らしながら、リースは自分の足で立っているネイローを見つめた。

 大急ぎで走ってきたリースであるが、まだ事態に気付かず単なる走り。だがネイローがいるということには、違和感を覚える。

 またネイローの横には、黒い髪の女性がまた眠そうに説教を垂れた。

「こら格闘の一年、移動したのは私だ。えっと、リースだっけ?」

「リース・ジョンだ。私は主を知っているぞ。イェルーンとの戦いは醜悪ながら血が沸いた。ステラ殿」

 イェルーンは呼び捨てながら、ステラに敬称をつけるあたり、ステラは少し笑みを浮かべた。

「なんでいるの?」

 割って入るネイローの短い言葉にもリースはきっちりと反応を返す。

「巨大なコントンが飛んできたのを見てな。しかし魔女の森の中とは、どうするべきか」

 リースはうむむ、と唸る。今すぐ駆けつけたいのが本音だが、協調性に欠けるのは駄目だと、散々に教えられたからだ。

「それより、リースは知ってるの? 魔女が攻めてくるってネイローが言っているんだけど」

「なに魔女が!?」

 驚くリース、ネイローは非難の視線をステラに送るが、それは黙殺された。

「だからとっとと帰りなさいな。お友達に知らせた方がいいでしょ?」

 ステラはネイローに笑みを返す。だがネイローは溜息を吐いている。

 リースはというと、真剣に考える仕草だけしたが、すぐに動き出した。

「生憎、連絡の手段がないな。ではこの場は失礼する」

「へ?」

 リースは平然と森に足を踏み入れた。

「ちょ待ち! 電話ならほら、貸してあげるから!」

「残念ながら番号を知らん。では」

「ではじゃなくて! ああもう、仲良いの誰? 私が連絡してやる!」

「ではネロとエレノンとシズヤとイツキ、辺りを頼む。逃げるように伝えてやってくれ」

「それは自分で……ったく」

 ステラが電話をかけ始めると、ネイローがのっそりとリースに近づいた。

 リースにとってネイローは奇妙な人物ではあるが、確かな実力をもった尊敬すべき人間でもある。

「この情報……ゴリアックから聞いた。あの人は、もう行った」

「……(まこと)か?」

 ネイローが無言で頷くと、リースは四の五の言わずに駆けだした。

「待て!!」

 リースの真上に銃弾が飛ぶ、それは人の形を成し、リースの上に落ち、彼女におぶるように動きを止めた。

「お前ら何をしている! 今すぐ帰れ! っつうか校長室で説教だ!」

 屋上からニッカが銃を撃ち、その弾がニッカになったのだ。便利な移動法である。

 遠くを見ればゴロロが一生懸命走っている姿もある。

「主は……誰だ?」

「ニッカ・ルールーニだ! これでも先生なんだぞ! これでも!」

 息せき切って怒るニッカの息は荒い。屋上まで走ったニッカなど、自分の役目は終わったとしてぐったりと倒れているほどだ。

「体、熱いな。あまり無理はするな」

 リースが体を動かすと、特に抵抗もなくニッカは剥がれた。

 それでも二本の足で立ってリースを睨む。

「無理するなってねぇ……ほら、もう生徒は帰れ。今、大変なことになってんだから」

「全くその通りだと思うよ。一、二、三、四、五人? 五対一は燃えすぎかも」

 当然のように、混じっていた。

 全員が一斉に北を、森から出てきたその女を見た。

 褐色の健康的な肌と大きな胸を露わにした、しかし火でも浴びたように煤けた姿の、少し笑顔を浮かべている彼女は、不釣合いな黒い眼鏡をかけていた。

「……バニラ」

 ニッカの呟きに、四人がそれぞれ驚愕の表情を浮かべる。

「初めまして、もう隠す必要もないので言うね。序列一番、紅の魔女・劫火のバニラとは私のことだ。……燃える以前に、一つ質問するけど」

 誰もが言葉を返す前に、バニラはその眼鏡を外した。

「この眼鏡って、誰の?」

 それは、形を変え、レンズが割れていても、生徒の時から見知っていたニッカには、分かる。

 ニッカは膝から崩れ、滂沱の涙を流し始めた。

「先輩……そんな……先輩……」

「それは……ナミエ先生のものか」

 信じられないと、愕然とした風に、しかし警戒も怠らぬよう睨みリースが静かに呟くと、バニラも「そっか」と小さく呟いた。

 軽くバニラが眼鏡をニッカの前に放る。かしゃと音を立てた。

「流石に泣いている子を攻撃するのは燃えない。やりたい奴からかかってきな!」

 気分転換するように、バニラは指で挑発する。

「ここはあだすが! 皆はニッガ連れで早よ逃げ!!」

 ゴロロが泥を体に纏う。その顔に恐怖はない、真剣さと必死さに塗れた、覚悟を決めた者の貌。

 だが、それはリースとネイローも同じことだ。

「……恩師の仇も打てずば、武人を名乗る資格はない……」

 静かな怒りが内側から、メラメラと燃えるように、リースの体に銀が張っていく。

 だが、そのリースとゴロロは急激に体の重さに支配された。

「ステラ。遠くから見ていて」

「……え?」

 ただ怯えていたステラの頬を、ネイローは優しく撫でる。

「私が、あれを倒してあげるから。怖がらないで」

 そう微笑むネイローは、さながら悲しんだ妹を宥める姉のような温かさがあった。

 それでもステラの怯えは収まらない。

「ダメだネイロー! 相手は魔女なんだぞ!? 早く逃げなきゃ……そうだ、運んでやるって! どうせ移動するのが嫌だから戦うだけだろ!? 今なら私もいくらでも走りたいから……」

 今度はステラの体までも、ゆっくりと重くなっていく。

「ネイロー殿、何を……」

 体すらだるくなっていく。開くのは目くらい、立つことすら三人には敵わなくなっていた。

 血液の流れを意図的に操作することで、三人の行動力全てを奪っていたのだ。

 (ひら)ききらないネイローの瞳ながら、バニラには敵意を向けていることは見ればわかった。

「……君、強いね。燃えてきたよ。少しだけね」

「減らず口。ところで、魔女ってどうやったら死ぬの?」

 不意に不躾な質問が飛び、バニラは笑顔を浮かべる。そんなことを自らぺらぺら喋りだす者は普通いないが、バニラに至っては例外だ。

「大体人間と一緒だよ。ただ、体が強いだけさ。君、萌えるなぁ……」

 そんな恍惚の笑顔を浮かべていたバニラの表情が固まる。

 体中、足先から頭までの全身に耐えがたいほどの激痛が走ったからだ。

 かろうじて声は出なかったものの、ナミエと戦った時のような余裕は微塵も見られない。

 全身を走る激痛は、ネイローによるもの。

 既に体中の血液が血管を攻撃している。それは本来一撃で肉を千切り骨を切り裂くものだが、魔女は血管単位で強靭らしく、まだ痛みしか伴っていないらしい。

 だがその痛みは、バニラには分かる。続けば、致命傷になる。

 だからバニラは最初から本気を出した。

火山化(バーニングラヴァ)ァ! 萌えるけど、その戦い方は燃えないぜ!?」

 二人の魔法戦にて、バニラの魔法はネイローの首を膨らませ――爆発させた。

 吹き飛んだ首は、緩やかに前回転をしながら、高く跳ねた。

 誰もが目を疑った。

 ネイローの首が、跳んだのだ。

 目を見開き、生唾を飲み、スローモーションになったような世界で、ゆるやかに流れていくネイローの首を、四人は見ていた。

 その首はステラと目が合った。

 ステラの貌は絶望と恐怖に満ちている。

 それは死の恐怖ではない。

 大切なものを失う恐怖。

「ネイ……」

 言葉はそれ以上続かなかった。

 とんだネイローの首は、ちゃんと開かれた目で笑顔を湛えていた。

 怯える妹を慰め見守る、姉のように。

『怖がらないで』

 と、口はそう動いた。

 喉が吹き飛び声が出ずとも、ネイローの頭はまだ冴えていた。

「い、痛いっ!! なぜ、なぜまだ攻撃が続いているんだ!? 燃えるけどさぁ!!」

 バニラの体の表面には既に内出血で青くなり、血管が不自然に浮かび上がっている部分もある。激痛に顔色も悪くなってきている。

 そしてバニラが見たのは恐るべき、ネイローの体。

 溶岩を浴び、服は燃え、蒸発しつつある肉体から血液が、まるで透明の血管を通るように自分の方へ飛んでいるネイローの首と繋がっている。

 千切れた体から血液を補給し、脳へ新鮮な血を送っているのだ。

 無論、神経などは焼き切れているために絶命は近い。

 また、体が呼吸をしていないので、限界はもって一分。

 だがその時間が勝敗を分ける。

 バニラの体から、ついに血が噴出した。

「あっ!! あ、おお」

 間抜けな呻き声は、もはやバニラに一筋の予断もないと示していた。

 一度出てしまえば、その位置からみるみる血液が抜けていき、バニラの健康的な肉体が見るからに弱まっていく。

 そして止めに、バニラの頭は割れた。

 紅い髪にも鮮血が滲み、顔には血が垂れる。

 先ほどまで自分の体を庇うようにせわしなく動いていた腕は、力なくだらんと垂れている。

「おあ……マジか……燃え、尽きる、のか」

 力尽き倒れるように、バニラは天を仰ぐように、背中から倒れ行く。

 ちょうど、その地点にネイローの首は落ちそうだ。

 ゆらゆらと揺れる金色の髪が、楽しそうにそよいでいる。

 誰もが言葉の一つもない。

 目の前の壮絶すぎる戦いを、そしてその結末を、今この目にしようとしているのだ。

 あまりにも短い。一瞬の、しかし派手で息もさせないほどの迫力。

 既にリース達の体は元の通りの循環が行われていて、動くことも可能だ。

 二人が地に落ちようかという時、バニラの体が硬直した。

 まだ終われない。

 一人の人間に殺されるだけなど、この大陸最強の魔女であるバニラの矜持が許さない。

 彼女は感じ取ったのだ。

 仲間の死を。

 殺されたままではいられない。

「……燃え尽きるかよ」

 最期、バニラの体中から血がぶしゅっと噴出す。

 それがネイローの、末期の攻撃。

 ネイローは死んだ。

 それにバニラは気付いていない。彼女はもう、ネイローを殺すことしか考えていない。

 既に、死んでいるのに。

「燃え尽きるカヨォォォォォオオオオオオオオオオオオ!! 燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル燃エル俺ハ燃エ続ケルンダぁぁぁぁぁああああああああああああ!! ――生命の紅蓮(バーニングブラッド)ォォォオオオ!!」

 触れたものの魔力と血液を燃やし尽くす固有魔法。

 先ほどはナミエの血液と魔力を燃やし尽くしたそれを、今度は自分自身に使った。

 魔族最強種族である自らの魔力と血液を全て、だ。

「危な……」

 リースが短く叫ぶも、その炎が皆に届くことはなかった。

 地面に炎の円が走ったかと思うと、ただ跳ねたネイローの首と、バニラの肉体のみを飲み込む。

 それは地から天まで上る高大な円柱の炎。

 天高く、天高く、頂上が見えないほどに伸び始めた。

 それは、まるで二つの偉大な生命を天に送る送り火のようであった。

 デビル墜落の衝撃で目を覚ましたものは、誰もがそれを見ていた。

 魔女は茶目っ気のあるリーダーの死を。

 人間は、明らかな異常を感じ取って。

 そして炎の間近にいる四人は、ただ茫然と、その炎を見上げていた。

 不意に、何事もなかったかのように、炎が消えた。

 その地点には、ただ黒い焦げしかなかった。

 そして少し離れた位置にある、愛らしい星のパジャマを着た首のない体があった。

 ステラは無表情で体に近づくと、慈しむように、そっと抱き寄せた。

 ネイロー・クインは真面目な生徒とは言えないが、決して悪い生徒ではない。

 きっと彼女は本当に大切なことを知っているから、だから適当な時は適当に生きていたのだ。

 火山の魔女バニラも仲間想いであった。魔女にして倫理と道徳を知る彼女は、しかし魔女として人間の敵であることを自覚して生きていた。

 だからこそナミエの引き抜きを積極的に行っていたし――魔女の敵たるネイローの殺害にも命を懸けたのだ。

 二人は似ている部分があった。相討ちという結末は、後に残る者全てを悲嘆に暮れさせた。

 リースはただの焦げ跡に万感の思いを込めて、自らの体から作った銀貨を二枚置いた。

 銀貨は死後の世界で使うらしい、かつて調べたそれは、リースなりの二人への敬意であった。

「……ネイロー殿、一生忘れられない光景だった」

 そう呟き、リースは足を森へと進めた。

 ゴロロはそれを止めるべきか悩んだが、この場に残ることを選んだ。

 ニッカとステラを置いていくことは出来ない。見るからに二人は、壊れかかっている。

 死体にしがみつくステラと遺品に縋るニッカ。

 ゴロロは声も出せず、何もできず、ただその場に残った。

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