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魔女とクルイ編1・プロローグ

「以上が報告でございます。兄弟ともに仲の良い様子をしばしば見せてもらいました」

 ジョーカーの言葉に耳を傾けるデビルは、仰向けに転がっている。

 デビルの体が入るその部屋は、大陸一つを利用したデビルの豪邸。

「それは何よりだ。だが、まだ大会というものは残っているのだろう? なぜ戻ってきた?」

 姿勢を変えず、デビルはだるそうに言った。

「三学年、全生徒の戦いは終わりましたので、偵察の任は充分かと」

 事実上、今日の時点で全生徒が戦いを終えたことになるのだ。明日は新たな編成で再戦するだけと言ってもよい。

「気になる者はいたか?」

 相変わらず無骨に尋ねるデビルに対し、ジョーカーは笑顔で過剰に反応する。

「ええそれはもちろん! あの小さな大陸には手の負えない強者と狂人が存在しています! 今すぐにでも攻め滅ぼしたいほどに!」

「……ははっ、そうか。然るべき時にな」

 デビルの領土は徐々に増えているが、魔女の大陸にはまだ遠い。

 部下の期待に応えるべく、そうデビルは考えたが、その部下は違う。

「いえいえ、それには及びません」

 瞬間、デビルの周りに表情と色が違うジョーカーのようなものが六体出現した。

 何事か気付かないデビルの鎧の隙間に、ジョーカーの黒い触手が入り込んだ。

(はね)を動かせないその姿勢、今までずっと見せてくれませんでしたね」

「……謀ったのか? 貴様の攻撃は痛くもかゆくもないぞ、ジョーカー」

 謀反を企てたらしいが、デビルはいまだ寛容な精神で許してやろうとすら考えている。

 もともと魔族の最強の一角を担うデビルは、離反には慣れている。

 ジョーカーが怪しいのも承知のこと、だが機を見て何かをするにしても、今回のことは突然に思えた。

 一つ威圧感でも見せてやるか、とデビルが立ち上がったところで硬直した。

「これは……」

「私、今まであなたに数多くの嘘を吐いてきました。実はあなたの子供は二人とも殺しました」

 あっし、などとはもう言わない。

「……なに?」

 デビルの声色が変わった。

「コントンもアリスも最期は無様なもんだったぜぇ!? まあ犬の方は手ごたえなさ過ぎて、うれしいとかも何もなかったけどなぁ!」

 ジョーカーの歪んだ笑みに反応するように、デビルの硬直した体が震える。

「死んだだと……? 馬鹿な、お前が写真を」

「あんなもんなぁ、いくらでも偽装できんだよボケ! まんまと騙されるお前の姿は見てて滑稽だったぜ、デビルぅ?」

 デビルの震えが最高潮に達した時、収まると同時に溜息が出た。

「……末期の言葉はそれで充分か? 貴様ら、生きて帰れると思うな」

「そりゃ、こっちの台詞なんだよなぁ!」

 言葉と同時にジョーカーの体がデビルの中に入り込んだ。

 それは言葉通り、鎧の甲殻の中ではなく、肉体の中に、である。

 ジョーカーの体がみるみるうちにデビルに吸い込まれたかと思うと、その仮面のみがデビルの体の表面に残った。

 そして立ち上がったデビルは、既にデビルではない。

「獲った……獲ったぞ、三皇の一人のデビルの肉体を乗っ取った!!」

 デビルの叫び声が響くと同時に、揺らめきが黒と笑顔のジョーカーに対し黄色で驚愕の表情を浮かべたそれが言葉を発した。

「そりゃすげえな! でもお前って本っ当に性格悪いよな! 子供殺してねえくせに!」

 次に緑色は、明らかな嫌悪の表情。

「最低……あんたのその性格嫌いだわ」

 青色は悲しげな表情。

「性格の悪いジョーカーは、皆から恨まれて死ぬ……儚い人生だった……」

 それでもジョーカーは笑顔をもって三人に言葉を返した。

「性格が悪くたって仕方ねえだろ! なんてったって、なんてったってデビルだぜ!? 苦節何十年、ずっとずっとこの時を待っていたんだ! 犬ころの躾から何から何まで雑用させられて、辛坊強く、なぁ……」

 仲間達から見ても、デビルの体を奪ったジョーカーの威圧感は凄まじい。

 それでも気心の知れた仲間であり、ジョーカーは頼れるリーダー。

「俺達『七クルイ』は魔族の中でも超少数種族、他者の体を乗っ取る能力と自らの体を操る能力、そして強い魔力を持つ……」

「おいおい、何今自己紹介してんだよ、早く話進めろよ」

 赤のクルイが怒りを露わに言うも、ジョーカーはにやにやと笑う。

「そんなつまらんこと言うなって、ヘルよぉ。いくら最強のお前ったって、デビルの体を奪った俺には敵わないぜ」

 そう言われると、怒りを司るヘルはばつが悪そうに黙った。

 だがジョーカーとてそんなヘルに怒りを抱かせたままにするほど無謀ではない。

「トリック! 我が親友よ! お前は湖の魔女ヴィーを乗っ取れ! 前みたいな失敗するなよ」

 言われた黄色のクルイは、驚きを示す。

 前の失敗、とはジョーカーがデビルに取り入ったように他のクルイもそれぞれ権力者に擦り寄るようジョーカーに命じられていたのだ。

 しかしトリックは竜神の大陸にて怪しすぎると失敗。数十年ぼーっとしていた。

「シラズ! お前はキルを乗っ取れ! それくらいできんだろ!?」

 シラズと呼ばれた水色のクルイに表情はない。無表情という表情を持っている。

 彼だけは元々誰かに取り入るように命じられなかった。基本的に会話もなく、一切無表情でいるために、それすら困難だと思われたからだ。

 それでもこういう会合に集まるのは、クルイという種族がいかに矮小かを表している。

「ヘル、お前にはトウルを任せる! 真ん中のデカイ塔にいるやつ、恐らくは最強だ!」

 怒りの表情を持つ赤のクルイは表情を変えず黙っている。

 彼についてジョーカーの悩みは、魔女すら殺してしまわないか、ということだ。

 既に彼は二度、取り入るはずの人物を殺すという失態を犯してしまっている。高い実力に問題はないが、その横暴さと粗暴さは綿密な作戦に向かない。

「アローン、お前はジーを頼む! シラズなら組まなくとも平気だろ!?」

 嫌悪の表情を持つ緑のクルイは誰とも関わることを潔しとしない。

 相手が双子の魔女言えど、クルイの彼女が仲間と手を組むことはない。

「フール、ディスペア、お前らはスノウとノーベルっつう魔女を探せ! 生憎、それらはこっちでも情報がないからテメェらで頼むぜ!」

 フールと呼ばれた悲嘆の表情を持つ青のクルイは、相変わらず悲しそうに呻く。

 白のディスペアも何かに恐れるように体を小さく揺らしている。

 正直ジョーカーは二人に期待はしていない。だからこそ新人の魔女を選択した。

「で、俺はバニラを狙う。この体が使えなくなったらなぁ」

 そう、ジョーカーは奪い取った自分の体を嘗め回すように眺めた。

 この世界の三分の一を占める魔領、その概ね三分の一を占めるデビル、その肉体。

 この体にどれほどの力が秘められているか、それを想像しただけで体が、心が震える。

 だが、ジョーカーの目算では魔女の力はそれ以上。

 七人のクルイと七人の魔女、はたしてこれは偶然か。

 違う、とジョーカーは自信を持って言える。

「俺達は勝てる! いくぞお前ら、俺に乗り込めぇ!!」

 デビルが大きく羽を開くと、そこに六のクルイが忍び込む。

 腹の卵を震わせ、デビルジョーカーは飛び立った。



 その深夜、ギラが森の中で少女を見つけた。

 偶然にも、自分が森に戻ったその日に、怪しい女を見つけたのだ。

 こんな時間に生徒が来るわけがなく、またその見た目の異様さも際立った。

 真白いドレス、帽子、靴下、肌、そして宝石を入れたような青い瞳の輝きは目を眩ませる。

 あれが魔女だとすれば、ギラは逃げ出さなければならないルールだが、ギラはそこまで臆病にはなれない。

 また、別に問題なのは、それが見たことのない魔女であるということ。

 魔女の目撃情報は数多くある。ノーベルもアリスによりはっきりした。

 だが見覚えのない、未確認の魔女となれば、それは唯一、第四の地域にあるかまくらの魔女。

 なぜ、かまくらの魔女が第二地域に――そんな疑問が浮かんだが、すぐに拭い去った。今、余計なことを考えるのは命に関わる。

「ノーベル、いる?」

 スノウの言葉と同時に、何もいない空間から塔の魔女ノーベルが出現した。

 瞬間移動にしか見えないそれは、光学迷彩というやつである。

「ああ、それでどうだった? 何か発見は?」

「イェルーン! イェルーン凄かった!」

 ギラの表情が一瞬歪む。あの背徳しかなさそうな学生は、魔女受けはよいらしい。

「イェルーン? 人の名前か? そんなことより、ここの人間たちが強くなっている理由は?」

 スノウがしばらくぼんやり口を開けていると、ノーベルの目がじとりと重くなった。

「……何のために行ってきたんだ? イェルーンって何なんだ」

 そうは言っても、一緒に来てくれるはずだったノーベルが人酔いして結局逃げ帰ったのだ。文句を言われる筋合いはないはずだが。

 そこで、ぽんとスノウは手をついた。

「学校。学校に何か、ある。学校、攻める」

「はぁ、根拠は?」

「イェルーンが言ってた」

 ギラの背筋に汗が流れた。

 今この場で、魔女の作戦と裏切り者の情報を一度に手に入れてしまったのだ。

 もう戦おうとは思わない、いかにこの場を安全に切り抜けるかが重要、しかし今動いては、見つかり、殺されかねない。

 二人がそのまま遠くの塔まで移動してくれれば問題はないのだが。

「イェルーンて……話したのか!? い、いやまさか魔女とは言ってないよな……?」

「言った、けど」

 言って何が悪いの? という表情でスノウが尋ねると、ノーベルは驚くやら呆れるやら、表情が落ち着かないまま叫ぶ。

「言ったらいけないでしょうよ!! どんだけ重要な情報だと思ってんの! ただ一人顔が知られていないあなたの顔が知られたら、もう、もう……」

 やっと落ち着いたノーベルは、一つ提案する。

「……とにかく、最近の奴らが強いことの秘密が学校にあるなら、全員で攻め込む価値はある。どうせ他に手がかりもないし、キルさんとか攻撃したくてうずうずしてるし腹いせにもなる。今から大塔に皆を集める。その間、スノウは待ってて」

「じゃあ、そこ、の人と、お話してくる」

「……は?」

 ノーベルが呆けていると同時にギラは駆けだした。

 スノウには気付かれていたのだ。相手が魔女二人では到底敵わない。

 しかしノーベルは急ぎ塔に引っ込む。一対一の形になる。

 夜の魔女の森の冷えた空気の中、草の根を踏みしめギラは南へと奔走する。

 自分の足音しか聞こえず、しかし振り返る余裕もなく、ギラはとにかく駆ける。

 ざわめく草木が肌を傷つけようと、それほどのダメージはない。

 不意にギラの耳に奇妙な音が聞こえた。

 静かな闇夜に葉擦れ以外の、シャーと何かが鋭く滑るような音。

 それを確認する前に、ギラは無様に転んだ。

 体が縦に二回、三回と派手に回る。

 同時に、地面を氷に変え、自ら足をスケートの靴のようにしたスノウが前に立った。

「話し合い、しましょう」

 しどろもどろの言葉で、スノウは自分の誠意を懸命に伝える。

 だがギラはなんとか立ち上がり、体に違和感を憶えつつスノウを睨みつけた。

 なぜ転んだのか。

 だが今はそれどころではない。

 目前に立つのは、誰もが恐れる最強の魔族の一人。

「話し合いだと? ならば何のために学校を攻める! 何のための偵察だ!」

「それは……私じゃない。私も、うれしいことじゃない」

 真摯に目を向けるスノウは、小さく息を吸い込んで、受け売りの言葉を今告げる。

「生きるということは、素晴らしい。ライフイズ、ビューティフル、ライフイズ、カーニバル、ライフイズ、クリミナル……」

「……信用できんな」

「……あ、そう。じゃあ、どうするの?」

 俺を見逃せと、この魔女なら口八丁手八丁で逃れることができるかもしれない。

 そうして生き残ることこそ、情報を皆に伝えることこそがリースやアリスに対して最も恩を返せる行為あり、人として自分がすべき行為である。

 だが、武人である彼にとってそれはベストではない。

「俺は……俺は、貴様を倒す!」

 これだ。

 これこそが、自分が正しいと感じた道。

 たとえ死んだとしても後悔はしない、誰かを騙し、自分を騙し生きることで後悔をするのと比べれば――この勇気は、自分が自分であるために必要なことなのだ。

「……わかりあえない?」

「悪いな。お前たちを見逃すわけにはいかない」

「……それはこっちも同じ」

 それもまた仕方がない、そんな風にスノウが呟いた。

 ギラが構えを取ろうとした瞬間に、自分が無様に転んだ理由に、体の違和感に、気付いた。

「足、俺の足が……」

 ギラの右足すべてに氷が張ってあるようであった。

 だが凍らされたギラには分かる。

 足は、既になくなってしまっている。

「物質を氷に変える。ただ凍らせるだけなんて、誰でもできる」

 つまらなそうにスノウが溜息を吐き、ギラの目前で、小さな声で呟いた。

氷化(ディープスノウ)、それが、私の、固有魔法」

 この距離ならば、ギラの全身をも凍らせることができるだろう。

 だが近すぎる。

 ギラが素早く掌底を打つ。スノウの腹の部分、腕で防ぐのは恐らく不可能。

 だがそれをスノウは空気を氷に変えて盾にして防ぐ。

 が、その一瞬、ギラは足の氷を砕き、千切れた足と両手で獣のように疾駆した。

 敵わない、そう本能の告げるままに全力で駆けるギラの動きは生半可な大人より早い、まさしく敵から逃げる草食獣が如く。

 だが、ギラ自身の全力疾走には敵わない。つまり、スノウの移動力にも。

 再び滑り、スノウがギラの前に立つ。

 ギラは素早く残った左手を動かし右に跳ねるが、同時に左手が氷に変わった。

 それでも、右腕と左足を動かし、ギラは前へと進んだ。

「……往生、際が、悪い」

 スノウはギラの残った四肢を氷に変えて、問う。

「最後に、言い、残した、ことは?」

 ギラは尚も、首を動かし顎で進む。

「リース! 逃げろっ! 武術ではこいつに……敵わん!!」

「氷化。……ああ、儚くも、短い人生。人生とはかくも素晴らしい、愛おしい。生きていることは、こんなにも素晴らしく麗しい」

 言葉には発したが、イェルーンのような興奮が得られそうにはなかった。

 スノウはノーベルの元へと踵を返す。

 その場には、あとはただ溶けて砕けるだけの氷像のみが残された。

 ギラという人間の肉の一片、髪の一本も残らずに。

 ギラ・ゴーレムの人生は激動に溢れ、安息はほんの一時しかなかった。



 夜通し続く魔女の会議は、普段の画面越しとは違い、大塔にて七人が集まり開かれた。

「直接会うのはやっぱ刺激的だ! 燃える! 燃える!」

 相も変わらずバニラはそう叫ぶ。ただ嬉しそうに体を震わすと、赤いビキニと大きな胸が、どうにも目のやり場を困らせる。

 それでノーベルが目をそらすと、バニラは気付いた風に言う。

「ああそうそう! ノーベル、キルとジーに謝るなら今のうちだよ? このままだとノーベルが燃えるからねっ。ちなみに私は気にしてないよっ!」

 言葉を受け取るとノーベルはすっかり忘れていた無視していたという事実を思い出し、双子に目を向ける。

「あっ! そのあの、すいませんでした! 新入りなのに調子に乗ってました!」

 顔が見えないように頭を下げると、『ころころ』『くるくる』と声が聞こえた。

 ノーベルが浮かんだ疑問としては、あの二人は本当は喋れるんじゃないか、ということである。

 その事実が気になり会話を続けようとしたところで、だるそうなヴィーの声が聞こえた。

「ちょっとベルちゃぁん? 私、すっごぉく大切な話があるっていうからぁ、お肌も気にせずに来たのよ? 早く要件を言ってくれないかしらん?」

 手鏡で自分を見るヴィーは相変わらずだが、尊敬するトウルも急かすような眼差しをしているため、ノーベルは急ぎ席に着き、大きな声を出した。

「その! スノウが町の方に行った結果、イェルーンという人間から学校に秘密があるということを掴んだそうです!」

「ふむ、それで?」

 トウルはちゃんと背筋を伸ばし、すらりと長い黒髪も目が見えるように分けられている。真剣さが以前とはまるで違う。

「はっ! 学校は五つありますので、全てを攻めるか、一つずつ攻めるか、議論をしていこうかと……」

「私はいかないぞ」

「はい?」

 バニラだけはにこにこ見ているが、ノーベルとトウル以外は議論に興味はなさそうである。

 その中で唯一ノーベルに付き合っていたトウルの否定の言葉を受け、ノーベルも素っ頓狂な反応をしてしまった。

「あの、行かないとはどういうことでしょう?」

「私の塔は……今は大塔だったか。この塔は魔女の代表的な場所。相手にとってはここが魔女の本拠地と言っても過言ではない。そこを空けるわけにはいかないだろう。敵を攻めるのに、自分の領地を空にする奴はいないだろう? だからここの最高戦力である私が残り、この地を守る。そういうわけだ」

 言いきって、トウルはふーっと溜息を吐いた。

 まるで二の句を告げさせないような雰囲気に、ノーベルも反論できない。

「あー、ベルちゃん気にしなくていいのよぉ? トウルはひきこもりだから、どんな状況だってこの塔から出ないのよぉ」

「ヴィー、引きこもりと言うな。私にも理由があってだな……」

 再び偉そうなご高説を垂れそうになったが、ヴィーは気にせず割り込み話を続ける。

「先輩だからってぇ、ここから出ればあなたは無力じゃなぁい? ちゃんと事情を説明して、みんなにお願いした方がいいでしょぉ?」

 紫のリップに手を当てて、ヴィーはトウルに笑みを向けた。

「……はぁ。済まないなノーベル、そういう事情だ。私は行けない」

「そ、そうでしたか。だったら六人ですね。できれば私も無力なので他の五人で……」

「ころーっ!」

「ひっ!」

 言葉が終わる前に、キルが飛び跳ねてノーベルを両手でぽこぽこと叩き始めた。

 傍から見れば幼い子供の怒りなのだが、それが一瞬で自分を消し炭にできる化け物の攻撃なのでノーベルは死ぬ想いだ。

「ななな、なんです!? 何なんですか!? 何かご不満があるんですか!?」

「あー、キルはジーと一緒じゃないと駄目なのよ。いつも一緒にいるからね。そこも考えてあげましょうよぉ?」

 両手を重ねて、ヴィーはノーベルに甘えるように言う。

「そ、それは別にいいですけど、そうなると私が無力だからどうしたらいいのか……」

 ころーとかくるーという声と同時に、バニラが立ち上がって熱弁する。

「っしゃ! 六人で一つの場所を攻撃してビビらせようぜ! 燃えるだろ!!」

「魔女六人で一つの拠点を……」

 トウルが熟考する姿勢に入る。自分は関係ないとはいえ、その策は魔女の今後すら左右しかねない。

「反対するのぉ? トウルぅ、私は賛成なんだけどなぁ?」

 ヴィーがまたねだるような目でトウルを見る。

「……お前な、自分の身分を分かっているんだろうな?」

「まさかぁ! 私は私の意見を言っただけよん?」

 仲睦まじそうな二人を傍目に、ノーベルは他のメンバーを見た。

 バニラの意見に、キルとジーは互いに踊っているし、スノウは目を閉じイェルーンとかなんとか呟いている。

 要はどちらでもいいのだろう。スノウはノーベルよりよほど武闘派だし、キルとジーは適当に生きている感じがするから。

 バニラは相変わらず燃えるとか燃えないの考え。

 意見を出すメンバーの中で反対しているのは、作戦に関わらないトウルのみ、となると作戦は決まったも同然だった。

「では、六人で一つの場所を攻めましょう。どこが良い、とかはありますか?」

 ちなみにノーベル個人としても、一人一か所は自分の都合上不可能だ。ノーベルは機械を操るが、魔法は未だに使えず、本人は普通の人間より少々強い程度でしかないからだ。

「はいはい! スノウが行ったのはどこなんだ!?」

 バニラが潔く手をあげると、スノウがピースをしてみせた。

「じゃ、そこだ! 二番目だったな!? 数日前までよそ者だと思っていた者が、魔女だったとは、今彼女は手あたり次第に人間を殺している……ぞくぞくするほど燃える!」

「適当に決めないでください。できれば敵を分断するべく中央の第三が、位置的にも近いのでベストかと思われます」

 ノーベルが至極当然の意見を出すと、しかしバニラは食い下がる。

「嫌だね! そんなこと言うなら私だけでも二番目に行ってやる! 突如現れた一人の魔女に蹂躙される町……燃えるよっ!」

「魔女が攻め込む時点で相当な事態だが……やれやれ」

 バニラの燃える思考についていけないまでも、トウルはスノウに尋ねて考えを深める。

「スノウ、そのイェルーン、というやつは生きているのか?」

「イェルーン、生きている。素晴らしい」

 トウルは謎の答えに面喰いながらも、その答えだけで充分な意見を作り出す。

「ならノーベル、そのイェルーンという人間を見定めるためにも第二地域を攻めるべきじゃないか? スノウはどうやらイェルーンに執心しているらしいし、殺すも魔女にするも、その判断はノーベルに任せるとして、だ」

 言葉がカタコトだったスノウが何度も名を挙げるイェルーン、それがただ利用された人間ではないことが明白だった。

 だからトウルの提案は充分一考に値する。

「……たった一人の人間のために、ですか」

 戦力を分断するなら絶対に真ん中の第三を潰す方がよいし、近さも第三の方がよい。

「どうせ魔女対全人間になるんだ。どこから潰そうが一緒だろう? 近さだって些細な問題だ」

「だったら第三でもいいじゃありませんか?」

「想いの強さで決めよう。ノーベルが第三にしたい気持ちと、バニラとスノウが第二を攻めたい気持ち、どっちが強いだろうな?」

「トウルさん、感情論はちょっと……」

 なんともトウルらしくない、とノーベルは感じるも、次のヴィーの台詞で全ての考えは崩れた。

「っていうかぁ、戦わないベルちゃんが何言ったって、意味なくなぁい?」

 それを言われると、どうしようもない。

「……では、第二の地域を攻め込みましょう。作戦決行はいつにしますか? 私、できれば塔から武器を取ってきたいんですが……」

「作戦開始をいつにするか、か。真剣に考えた方がいいだろう、君たちに任せる」

 トウルはそれだけ言うと、眠るように瞳を閉じた。

「はいはいはーい! ノーベルは放っといて今から行きたいです! 後から来た後輩に助けられる私達……燃え燃え!」

「もうバニラさんは黙ってて下さいよ……」

 溜息を抑えきれず、ノーベルはついヴィーの方を見た。

「ちょっとぉ、そんな子犬みたいな目で見ないでよぉ。……そうねぇ、でも昼頃には大勢でパトロールに来られるし、その時に鉢合わせするのはちょっと面倒じゃなぁい?」

 悩ましげに腕を組むヴィーの発言を聞き、ノーベルはいまや感動に似た面持である。

 彼女はこれほど頼りになる、というか冷静に話ができる人だったのか、と。

普段から不真面目な態度を取る彼女にノーベルは最初嫌気すらさしていたのだが、こんなに真面目に考えてくれるなんて。

「それでは朝にしましょう。日が明けてすぐ」

 ノーベルがそういうと、バニラとヴィーとスノウは頷く。双子は踊る。

「では気を付けてな。私もこの塔は死守する所存だ」

 そして移動を始めたノーベルの肩をバニラが掴んだ。

「で、第二の地域を攻めるんだったね!?」

「あ、ええ、はい」

「ノーベルって第二の塔にいるんだよね!?」

「はい」

「じゃあさ、皆で一緒に行こうよ! 魔女の集団で移動って、燃えるんじゃない!?」

「いや、目立つのはちょっと……」

 魔女六人で移動、広大で茂み深く鬱蒼とした魔女の森、それほど目立つことはないだろう。

 魔力を感知できるものがいればその異様さにすぐ気付く。

「でもさでもさ! ノーベルは弱いじゃん! 途中で万が一敵に見つかったら……」

「そうですね! どうせみんなも第二地域を攻めるんですし、皆一緒に行きましょう!」

 自分の身の安全を、作戦の遂行より優先した結果である。

 この安易な考えこそ、魔女の行く末を大きく揺るがす結果になる。


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