大会編32・エピローグ
校長室でシリルとゴリアックが立たされていた。
その周りにはノアとナミエのみならず、ロイを筆頭に全教師と五人のニッカが見張っている。
「いったい、何をするつもりだったんですか? シリルさん」
ノアは扇で顔を隠しながら、穏やかに尋ねた。
それにシリルは申し訳なさそうな顔ながら、言葉は強く、言う。
「それは、あらゆる策謀と力をもってして、最強になろうとしただけです」
「そうそう、いやぁ、俺もすっかり嵌められちまったってわけよ」
「ゴリアック、君は黙って」
ロイの厳しい一言に、ゴリアックは口を慎みつつ、挑発的な視線を返した。
ノアとロイがそれぞれ発言をしようという前に、ナミエが尋ねた。
「最強か。シリル、君は一体何のために最強になろうとした?」
「何のため? ……自分のため以外に何がありますか?」
震える唇をぎゅっと噛みしめ、シリルはナミエの目を見据える。
「ふむ、自分のため以外に何があるか、か。世のため人のため、とかな」
「ナミエ先生、ふざけているんですか?」
ノアがナミエに尋ねるような調子で聞くと、ナミエはそれを無視して真面目な顔でシリルを瞳を覗き込んだ。
「私は心理学者ではないが、生徒が嘘を吐いている時の顔は分かる」
「おっ、それはそれは。それでこいつは何を考えてたんだ、先生?」
ゴリアックが軽々しく尋ねる。ロイが怒って一歩踏み出すも、ナミエがそれを制した。
「ところでゴリアック、君はどうして最強でいたいと思う?」
「別に俺は最強になりたくてなったわけじゃない。ただ最初から最強だっただけだ。むしろ、戦いたいから最強じゃない方がいい」
退屈そうに言うゴリアック、シリルは喉から出そうな言葉を飲み込む。
「シリル、人のために最強になりたいとか、そういうのは間違っている。あんな無茶な方法でゴリアックを倒したところで、エレノンは喜ばないぞ」
「なっ! 何を馬鹿な、エレノン様は関係ありません。私の独断で……」
ノアが扇に隠れてナミエに視線を送ると、ナミエは笑顔をノアに返した。
「シリル、君は人付き合いが本当に下手糞だ。私ではなく、エレノン達に怒られて、もっと関わって、慣れなさい。あまり大人の言うことは聞きたくないだろう?」
「……ナミエ、あなたの言いたいことは分かりますが、お咎めなしというのも」
ノアが堂々と言う。外部からの観客も多くいた、それを危険にさらしたことは間違いないと考えられるからだ。
だがそういう政治的なことは、ナミエやロイのような実践派の人間には関係ない。
「ノア校長、そうは言いますが厄介な敵を早く倒すために予め手を組むのは黙認しています。別に最強が誰かと手を組むことは違反じゃない。それに、シリルの魔獣がどれほどの強さだったのかも未確認です。むしろ校長の行動が早計だったのでは、という声もあります」
ロイが言うと、ノアは言葉を返せない。ネイローやシズヤの戦いなども実質複数対一人の形になりかけていたのは事実。
それに、ノアが外部からの観客を意識していきなり介入したことは、外部の人間にとってはむしろノアが暴走した風にしか見えなかったという声も確かにある。
うーん、と唸った後、ノアは扇を畳んだ。
「分かりましたよ! その代りシリル・ホーネット、今度あんな危険な召喚を試みたらどうなるか、肝に銘じておきなさい!」
「……はい」
「俺もいいですか?」
「ああ、退屈させて済まないとは思うが、まだ少し耐えてくれ。明日の部活戦が終わったら、私で良ければ手合せぐらいはしてやるからな」
ナミエの言葉にゴリアックは目に見えて喜んで、ノアの後ろの窓から屋上へと駆けていった。
シリルの名残惜しい視線を残しつつ、その場を後にする。
生徒がいなくなった後、教師達がまばらに去っていく中で。
「……ナミエは、その場にいないからそういうことが言えるんですよ」
ぽつりと、ノアが呟いた。
「あの肌を刺すような、肌に纏わりつくような気持ちの悪い風、魔女の森よりも恐ろしい。もしあれがこの世に顕現していたら、私は自分の能力で自分の首を掻ききっていたでしょう……」
心臓の鼓動を抑えるように、胸にたまった何かを吐き出すように、ノアは言葉を紡いた。
「それでも、生徒を信じるものです。駄目だった時は、その時考えましょう」
ナミエはそういうと、校長室を出た。
結果として、ナミエが使った大結界がそういった不快感を拭い去ったのだ、だがそれを浴びた選手は、その不快感――いや、忘れられぬ狂気を拭い去れるのか。
校長室から出たところで、シリルを出迎えたのはエレノン会のメンバーだった。
「エ、エレノン様……」
怒ったような、困ったような、悲しいような顔が揃う中、エレノンだけは無表情だった。
「……シリル、何しようとしてた?」
感情を排したはずの言葉なのに、シリルには自分を責める言葉のような気がしてならない。
「わ、私はただ勝とうとして、みんなのために勝とうとして……」
「……危険じゃなかった?」
「ゴリアックが相手なんですよ!? 危険の一つは覚悟しないと……」
言葉の途中で、シリルは胸をぶたれた。
「なんでっ!?」
エレノンの行動に対して、シリルは心の底から叫んだ。身長の差としては、仕方ないところだろう。
「……シリル、本気でそう思っている?」
「ねえ今のおかしくない? ミーシャはおかしいと思うんだけど。どうしておっぱい叩くのかな?」
エレノンがミーシャを睨む目は、シリルに詰問する時以上に厳しい。だがミーシャはへこたれない。
イロがそっとミーシャの首に手をかけて、笑顔を向ける。
「今は、やめましょう?」
迫力ある笑顔にミーシャが頷く。
そんなコントをしている端で、シリルは泣きそうな顔で呟く。
「だって、勝たないと……」
「……ミーシャ、私の会に新しいルール、危険なのは駄目、いい?」
「はい! エレノンの言う通り!」
カナタが明るく言う。まるで心配していない、いつもの調子だ。
とんとん拍子で進む新ルールに、シリルは目を丸くした。
「ど、どうして……」
「……分からない?」
呆然とするシリルに、エレノンは救いの手のような言葉を差し伸べる。
「……人の命ほど尊いものはない。勝利なんかよりもずっと。そんなことも分からない?」
幼児を諭すようでありながら、エレノンの言葉はシリルの胸に突き刺さる。
命なんて、なげうつものだと考えていた。自分を生き返らせてくれたエレノンになら、自分の命も他人の命も、と。
「……はぁ、アリスでも分かってる。シリルは勉強が必要……そうだ」
エレノンがぽんと手を叩く。
「……シリル、今日はうちに泊まって。そして色々教える」
その提案に数多くの反対意見と戸惑う言葉があったことは言うまでもないが、それでも強引にエレノンは押し通した。
「明日の部活戦ばっかしは出られないんだよね、銃道部は選手多いから」
イツキ、リース、シズヤ、ネロは四人で学校からバルタンに移動していた。
会話の内容は専ら明日の部活対抗戦についてである。
それにリースが疑問の声を上げた。
「部活で対抗することに意義はあるのか? 多く戦えることは好ましいが……」
それに、ネロが指を二本立てた。
「いやいやリースさん、明日の戦いこそが、我々鎌部にとって最重要といっても過言ではありません。というか本当にそうなんですよ!」
何がそうなのか、相変わらず要領を得ないネロの代わりに、シズヤが質問するように答えを導く。
「えっと、確か勝ったチームが放課後に使える場所とか、部費を多く出してもらえるんだよね?」
「そう、その通りです! しかもしかも、優勝した部は勧誘もできるんです! 次世代の優秀な鎌部部員を求めて優勝を目指すですよ!」
熱く拳を握るネロに対し、リースはどこか冷めている。
「そうはいうが……私もエレノンも鎌を使わないのだが」
「それは今更じゃない? 別に問題はないし、先生も入部を受理したんだし」
イツキの言葉を受けても、リースははっきりと判断つかない様子だ。
「……拳道部か」
「勘弁してくださいよ……、鎌部からリースさんがいなくなったら私、私泣いちゃいます」
「……はぁ」
戦うからには全力を出すが、はたして自分の戦う場所はそこなのか。
悩むリースの肩に、シズヤの手が置かれた。
「私は明日、どこにも参加しないんだ。だから、ずっとリースの応援するね?」
朗らかなシズヤの笑顔に、今は一切の邪気がない。
だからリースも、温かい笑顔を返すことができた。
「ああ、そうしてもらえると、心強い」
そっと、リースはシズヤの唇を受け入れた。
ネロとイツキはそれを見て絶句するも、心臓がバクバク鳴るも、何か言うことができなかった。
「……今の、見た?」
「……ええ、見ました」
イツキとネロは密やかに言葉を交わす。それでも信じがたいものは信じがたい。
「……いつからでしょうね?」
「……シズヤが逃げ出した時からかな? ……しっかしまあ、信じられない」
微妙な空気のまま、エレノン会の皆とバルタンに皆が集まることとなる。
「コントン、ジョーカーがどこに行ったか知らねえか?」
学校ほど近くにある繁華街の高級ホテル、超VIP待遇としてアリスは宿泊している。
煌びやかなシャンデリアに赤い絨毯、広がる夜景はそれほど美しくないが、それでもこの大陸では一、二を争う。
コントンは濡れた体をタオルで拭いながら、つっけんどんな答えを返す。
「知るわけないじゃないですか。それが重要ですか?」
「あいつ、最近ますますおかしいぜ。あからさまに何か隠してるし、何より常軌を逸してる」
「今更ですね。隠し事も、普通じゃないのも」
不安げなアリスに比べると、コントンは何とも楽天的な態度を貫いている。
「今更じゃねえぜ、ボロを出し始めたんだ。何かするならきっと今! だから止めるのも今だ!」
「まあするなら勝手にしてください。私は手伝いませんがね」
「はっ、腑抜けが」
アリスは責めるような、試すような視線でコントンを睨むが、コントンの兜じみた顔が変わることはない。
「なら親父には黙っとけよ。俺が独断と偏見でする、ってわけだ」
「言われずともそうしますよ。巻き込まれたくはない」
そう言われて、アリスは立ち上がり、部屋を出ようとする。
「腑抜け」
別れ際の一言を、コントンは意に介さない。
ただその心中には、勇猛すぎる兄への心配があった。
「腑抜けの方が、長生きできるんですよねぇ……」
兄は何のために戦いを避け、セコイ商売を始めたのか、全く理解できない。
結局アリスは自分とは違い、勇気ある武人なのだ。
それは嬉しいというより、コントンにとっては悲しいことであった。
ブゥン、とコントンが羽を響かせると同時に、小さな虫がアリスと共に飛び立った。
「誰にも言いませんし、これなら問題ないでしょう」
アリスと比べると、コントンは兄弟想いであるらしい。




