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大会編23・ステラ・ニンカーの戦いとシリルの過去

 ステラ・ニンカー、黒く短い髪と赤い目を持つ、ごくごく普通の女生徒である。

 たまたま寮でネイロー・クインと同室になったことが、彼女の人生を大きく変えたのかもしれない。

 少し面倒くさがりで、友達と積極的に喋りはしないが聞き上手、運動はちょっと苦手だけど、勉強は大体友達に教えられるくらいには優秀、そんなどこにでもいるような生徒。

 周りからの評価はというと、冷たい人、真面目な人、おとなしい人、冷静な人、おっとりした人、などと雰囲気の違う者も混ざっているが、端的に言うと『口数の少ない子』『無口な子』であるだけで、知られていないが意外と激情家である。

 そんな彼女が最初にネイローに持った印象は、情けない奴、であった。

 ネイローが寝るのは秘術のせいでもなく、体質とでもいうのだろうか。

 部屋のど真ん中で寝転がって起きないこともあるので、ベッドに運んでやったり布団をかけてやるのが日課になりつつあったという。

 秘術を得たネイローが最強として覚醒するのはその後で、それ以来少々評価が変わったが、今でもネイローのことは面倒くさい奴、くらいにしか思っていない。

「二回戦、開始!」

 ステラの相手は剣道部のククルラン・シルドーブ、風を操るという双剣使いである。

 二本の刀から風の斬撃を発生させるというのだから強力には違いないが、ステラは普段通り、つまらなそうな顔で、溜息を吐いてそれを見た。

 はっきりいって剣道部の奴らは芸がない、とまで思う。秘術とは理想の能力なのだ、そんな三下みたいな能力を得る必要があろうか?

 ネイローと身近にいるからこそ、自分もネイローのように強い秘術を得ようと思ったし、他の奴らはどうしてそうしないのかが不思議でならない。

 ステラにとってククルランを含む多くの生徒は馬鹿だ。ネイローによく絡むイツキだろうが、その部の先輩であるザロックも、一年で誉めそやされているシキも、馬鹿である。

 まず武器を武器のまま使うことはいいのだが、それに捻りがない。理想の能力、想像通りの秘術、そんな素敵なものがあるのに、魔法でできそうなことを秘術に使うなど全くもって勿体無い。シキなど、自分の武力がなければ無用の長物ではないか。

 自分は違う。自分やネイローやゴリアック、シズヤやニーデルーネのような、秘術たる秘術をもってこそ、魔女に対抗しうるのだ。

 風の斬撃が二発ステラを切り刻もうと飛ぶ。

 ステラの秘術である、あらゆる物をつかめる手袋は、風でしかないその斬撃を掴み、捨てた。

 ククルランが何度も剣を振り、多くの斬撃を飛ばすが、全て掴み取る。ただ掴むだけの作業、ステラは走りどんどん距離を縮め、ついにはククルランの持つ二本の剣まで掴み取り、投げ捨てた。

「たっ! ただの手袋で!?」

「ただの手袋、なわけないでしょ」

 呆れた風に溜息を吐くと、ステラはククルランの肩を持ち、軽々と振りかぶると、思い切り投げた。

 まるで手の平サイズの球を投げるように軽々と投げるものだから、ククルランはボールのように派手に転がり、うまく立ち上がれない。

 自分でもあらゆる攻撃を防げると、強いと思ったが、ネイローのような体内への攻撃には弱く、また投げるくらいしか攻撃手段がないので敵の受身が上手だと戦いづらくなる。

 それにククルランが狼狽していたからこそ剣を奪うことができたが、がむしゃらに剣を振り回されればステラもちょっと危なかった。

 だが彼女の秘術は彼女に重さを感じさせず、何か物の奪い合いになれば『何でも掴み取る手袋』は負けない。

 ステラは数メートルの地盤を引っ張り出し、ククルランに投げようとする。

「まってギブ! ギブアップ!」

「勝者! ステラ・ニンカー!」

 地盤、というか土の塊を戻し、ステラはまた溜息を吐く。

 自分はどれだけ頑張っても、これじゃ最強にはなれない。

 そもそもククルランが動揺せずに剣を同時に同じ場所で振るわず、移動しつつ上に下にと斬撃を散らせば、こんな風に楽に勝てる相手ではなかったし、逆に負けたかもしれない。

 だが、ネイローにできないことが自分にはできるのだ。それだけでステラには充分だった。


「あ、見てた? いや寝てた?」

 試合が終わり観客席に戻ると、珍しくネイローが目を空けていた。

 普段は寝ぼけているか、両目を閉じているか、目くそが滅茶苦茶ついているか……と散々なネイローであるが、この時ばかりは両目が半分だけしっかり開いていた。

「ステラ……次の相手、気をつけて、危険」

 ふんー、とネイローが欠伸を噛み殺す。両目を閉じているが、口を一切開かなかったのでステラは珍しい物を見れた、と目を開く。

 普段のネイローなら眠そうに大きな口を開けて欠伸をした後、涙とよだれを垂らしながらそのまま首を傾けるのだ。

 だが、今度は再び半目を開いた。

「次の相手ってイェルーン? 私見てなかったんだけど?」

 基本的に多くの生徒は観客席を控室代わりにするが、戦う直前まで職員室にいる教師に相談したり、秘術の精度を高めるべく個人個人で精神集中する者もいる。

 ステラは後者だ、風、飛ぶ斬撃まで掴むという初の試みのために時間を割いていた。

「危険、だから、棄権して欲しい」

「はぁ?」

 ネイローの言葉では説明が足りない。だがネイローが真剣なことは、いつも近くにいるステラだからこそ分かる。

 それでもこんなところで棄権するわけにはいかない。

「私はね、ネイロー。ださくて大したことができないこの秘術を強いと思って選んだんだ。ネイロー、あんたに勝てなくても、私はこの力でクラス最強くらいにはなってみせる」

「強い、と思う。ステラ、のおかげで私、助かってる」

 ネイローにとって、普段迷惑ばかりかけている、姉のような存在であるステラに対して、初めて心からの感謝の言葉をかけたつもりだった。

 だがふらふらしながらのネイローがビクッと震えるほど、ステラの反論は激しかった。

「私はな! もうお前のタクシーなんか嫌なんだよ! 寝ぼけたお前を運ぶための能力じゃないんだ、これは、これは私が魔女を倒すために、最強になるために……!」

 例えばヴァルハラ事件の時、生徒の体の血液から麻薬を取り除きましょう、その代わりに出席くれ、と先生に頼んだネイローを運んだのはステラである。

 エリオット教の戦争の時、寝ぼけたネイローを第三地区まで運んだのも、徒歩で頑張ったステラである。重さは秘術の力で感じないが、ものにぶつからないように頑張っていた。

 現に寮からここまでネイローを運んだのもステラであった。

 ぐだぐだと文句を言ってダダをこねるためにステラはしぶしぶ運んでいたが、最強の存在からの命令というものはステラの心を日に日に病ませていったのだ。

 それが今、爆発してしまった。

「ネイロー、私は勝てなくたっていい。ただ自分に自信が持てるように頑張るんだ……」

 一度ネイローを睨むと、ステラはすたすた歩いていく。

「危険だって構わない、死んだっていいさ、私が強いと、証明してやる」

 なんとか立っているネイローが急いで追いかけようとするも、その場に転ぶ。

「ステラ! 待って、ステラ……ま……」

 横になってしまったネイローには、寝てしまった。それは珍しく彼女にとって不本意な睡眠だった。

 それでも横になる以上眠る。ネイロー・クインはそんな人間だった。


 一回戦、ロゼッタを残虐に倒したイェルーンであるが、二回戦はあっさりと終わってしまった。

 というのも。

「一瞬で相手を眠らせて、そっからすぐに溶かせば殺せるんじゃね?」

 と考えたイェルーンが相手を睡眠ガス(液体だが空気に触れると気化する)で眠らせた時点で。

「相手選手失神により、イェルーン・アダムスの勝利!」

 と試合をばっさり切られたからである。

 それでイェルーンが満足できるだろうか? 相手を殺すために眠らせよう、と意気込んだら殺す直前で強制終了させられてしまって、完全燃焼できた、と言えるだろうか?

 言えるわけがない、不完全燃焼どころか生である。

 生になってしまったらどうするか、次の機会で十二分に発散するのみである。



 グラウンドの観客席よりはるか後ろ、ナミエとシリルとエレノンの三人が顔を合わせていた。

 まるで遠くの騒ぎが真夏の陽炎のように遠く聞こえる、不思議な感覚をエレノンは感じる。きっとそれは距離だけでなく、今の状況の心も映しているのだろう。

 シリルがふぅーっと息を吐いて、胸に手を当てて、エレノンを見つめた。

「エレノン様……私は、私は人を殺しました」

 ふっくらした唇がそう告げた瞬間、エレノンの目が一際大きく開かれた。

「な、なんで!?」

 恐怖もあるが、何より驚きが大きい。ナミエは少し悲しそうな顔でエレノンを見守る。

 シリルは一度だけナミエを視野に入れると、気にせずエレノンと目の高さをあわせて、顔を近づけて言う。

「なぜか、と聞かれると難しいですね。あの時は……好奇心や、少々嫌なことがあったから、なんて、本当の本当に大したことではありませんでした」

 シリルの表情は変わらない、エレノンを一心に見つめている。

 エレノンは言葉を失った、人を殺すということは、エレノンも経験したことがあるとはいえ、シリルのニュアンスは明らかにそれとは違う。

 エレノンが戦争で殺した人にも確かに家庭があり、様々な人に迷惑をかけただろう。

 だがシリルのそれは、ナミエの反応から考えても……いやだけれど……、エレノンが悩むのを見かねてか、シリルが諦めた風に目を閉じてから、決意の瞳とともに言う。

「同級生でした。ルヴィ・ソンレク、カナタさんのように、明るくて、元気な子でした。いつも笑顔を振り撒いて……だけど……私が」

 溜まらず目に涙を浮かべるシリルに、エレノンは今一度問う。

「なんで!?」

 怒るように、責めるように、エレノンは声を荒げる。

 驚いた風にシリルは体を小さく震わせて、同時に目から涙が零れる。

 ついに耐え切れなくなり再び大きくしゃくりあげたが、けどシリルは一筋涙が零れた後も、エレノンを見つめた。

「……反省も、してるんです。償いもしなくちゃって、その、でも……私は、どうしたらいいか、分からなくて……昔の自分は……」

 言いながらシリルの目からはぽろぽろと涙が流れる。

 ナミエが近寄る前に、エレノンがシリルの顔を、自分のない胸に埋めた。

「……馬鹿、馬鹿! 馬鹿!」

 エレノンの胸の中で号泣しだしたシリルは、エレノンの体も震えているのを感じた。

 この人は今、自分を叱って、そして自分のために涙を流してくれている、それがますますシリルを泣かせる。

 親も教師も信用できず、一人身勝手に生き、他人を貶め、命を奪ってしまったシリルは、ヴァルハラにより自ら一度身を滅ぼした。

 その後に信用していなかった教師や優等生に救われ、自分が信じていたものがいかに脆弱だったかを知り、自暴自棄に陥りアリスへの復讐を誓う中、出会ったエレノン・バルタルタ。

 弱く、小さな少女は、自分の正義を信じ行動を貫き、敗北して悔しがりながらも猶、正しくあろうとする。

 そんな小さくて弱い、けれど誰よりも真っ直ぐな心を持ったエレノンに、シリルは心の底からの信頼があった。

「エレノン……様ぁ……」

「……シリル、私、どうしたらいいか分からない」

 胸にシリルを抱きながら、エレノンは呟く。

「……でも今のシリルは、きっと変わった。昔のことを忘れてはだめ、だけど縛られるのもだめ、背負って、想って……それで」

 遠くから一際大きな歓声が、いや悲鳴が聞こえた。

 観客のざわめきは熱狂というよりも恐怖というに相応しい、目を背け、嘔吐しそうに体を曲げている人までいる。

「な、なんだ?」

 ナミエが呟くと同時に、エレノンはぽんぽんとシリルを撫でた。

「シリル、あなたはもう大丈夫。私がいなくても、あなたは分かっているはず」

「……エレノン様」

 エレノンは一人で立つシリルを見た。普段の大人びた姿と比べると、泣きじゃくって赤くなった顔は幾分も幼く見えた。こう、涙を拭ってあげて笑顔を見せたい、って何を考えているんだ私はこんな時にまで。

「……行こう、あっちに」

 エレノンはミーシャなど忘れたかのように、当然のようにグラウンドでステラとイェルーンが戦っている会場を指差した。


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