大会編22・二年生戦開幕
ピカリ・シキ・シズヤの三人がグラウンドに集う。
学年最強を決める戦いはクラス最強の人間が一気に戦うバトルロワイヤル方式。
しかしナミエの『危険なので離れてください』という発言により観客は戦いが全然見えないくらい遠くにいる。観客も昨日の事件は知っているし被害を受けた人もいるため、距離を空けて当然である。
だがそれだけではなく、ピカリまでシズヤに背を向けている。
「ピカリ、せめて相手の顔を見たらどうだ?」
見知らぬ者同士とはいえ、ほとんどシズヤVSシキとピカリのチーム戦である、シキはピカリを心配していうが、ピカリはシキには笑顔を見せた。
「えへっ、ピカリは死にたくないの! きゃぴ!」
親指、人差し指、中指だけ伸ばして、人差し指と中指で左目を挟むようにしてピカリは謎のアピールをした。
しかしピカリは二人に見せないところでは、笑顔を失くし真剣な面持ちで下唇を噛み締めていた。
煌きと光を操るマイクの秘術、笑顔と美声がなければ何もできない。
シズヤは化け物でも最強でもないただの人間、そんな思い込みをして、深呼吸してピカリは平静を努める。
シキもシズヤの前ながら、目を閉じて精神統一をしていた。
速度に応じて破壊力を増す刀、抜刀の天才と称されるシキの抜刀攻撃はどんなものでも破壊可能と豪語される。
「それでは皆さん、遠くからですが選手の紹介を! まずは一組、言わずとしれたクロスフィールド家の三女、栗色の髪と超爆乳がトレードマークのシズヤ・クロスフィールド! 現在最強の一年生です!」
「だ、だからそのアナウンスはやめてぇ!」
「けっ、何がやめてぇ、だよ……」
ピカリが呟く。本当に集中したくて癇に障ったらしい。
「続きまして三組! きらっきらの星をかたどったアイドル衣装を身に纏い、本日も素敵なショウを見せてくれるのか!? 黒いツインテイルが腹と同じ色、ピカリ・レビテント!!」
「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!! ん?」
腹黒は衆知の事実であるが、努力家も衆知の事実なので彼女を好む人間も嫌う人間も少ない。
「最後に二組! 亜麻色の髪を短くまとめた、剣道部期待のホープ! 今日も道着とキリッとした表情に礼儀を感じます! シキ・クラシマ!!」
名を呼ばれても、シキは目すら開けず、ただ試合開始の時を待った。
「それでは皆さん、準備はよろしいでしょうか!?」
「みんな! 今日はピカリ、みんなのために歌っちゃうよー!!」
あたかも観客に手を振るフリをして、ピカリはこっそりシズヤに目を向けた。
同時にシキも、秘術の刀をいつでも抜刀できるように腰に手を当て、シズヤの顔を見据えた。
シズヤは外側の、リースの方に手を振っていた。
「五秒で倒すからねー! リースー!」
挑発とも取れる発言に、シキとピカリの瞳が、いや瞳孔すら開く。
「試合……開始!!」
開幕の怒号と同時に放たれたシキの居合切りは、シズヤが天高く飛んだために当たらなかった。
シキの秘術である刀は大きく大きくシズヤがいたところを薙いだ、すさまじい勢いにシズヤ側のはるか離れた観客がおおっと歓声をあげるほど。
シキが遅いわけではない、もしシズヤが横着して地上にいたまま風を操作したならば、シズヤの体はシキの秘術により真っ二つどころか肉の細切れになっていただろう。
だがシズヤはちゃんと知っていた、だからこそまず飛んだ。
「いっくよー! スターナンバー十八番……」
それに対して、ピカリは遅すぎた。
笑顔のピカリと苦渋の表情のシキは、突如発生した暴風に数十メートル以上吹き飛ばされた。
シキもピカリも立ち上がらず、一年最強は依然変わらずシズヤ・クロスフィールドである。
容易く戦いが終わったので、すぐに二年生のトーナメントが始まる。
二年生の知り合いを持つのは、エレノン、リース、イツキの三人のみ。
といってもイツキは全校生徒に顔が利くので特定の誰かにエールを贈るということはない。精々頑張ってね、と言うだけである。
一方、一組が戦う体育館で、エレノンは観客席に待機するシリルとミーシャを発見した。
「……シリル、こんにちは、昨日ぶり」
「エレノン様! 昨日ぶりです、どうしてここに?」
試合開始前で多少ざわつく体育館内、ミーシャの高い声が響く。
「エレノン!! ミーシャを、ミーシャを応援しにきてくれたんだね!? ミーシャ嬉しい!!」
笑顔で抱きつこうとするミーシャの頭を抑えてエレノンは当然のように言う。
「違う! ……シリルに、会いに来た」
「……そんなに、そんなに怒らないでも」
エレノンにしては珍しく、間を空けずに言うものだから、ミーシャは泣きそうにすらなる。
「……こんなんで二年、はぁ、情けない」
エレノンの本音のような呟きがミーシャの心をますます抉る。
「エレノン様、あまりミーシャを虐めてあげないで下さい」
「……ごめん。頑張って」
シリルの言葉に流されていても、エレノンの応援により瞳がうるうるしていたはずのミーシャが突如顔を明るくパァッと光らせ、エレノンの手をもってぶんぶんと上下に振る。
「うん!! うん!! 頑張る! 頑張るね!! ミーシャ、エレノンの応援があったらいっぱい頑張れるから!!」
ミーシャはそのままその場で一人回り始める。幸せダンス、などとのたまっている。
「……本っ当に、本っ当にこいつは……ピカリくらい嫌い」
「エレノン様、落ち着いてくださいまし。これはたぶんミーシャの良いところなのです」
「……私、ロゼッタさんの応援に行ってくる」
一度も見たことのない女性であるが、ノルドを助けようと敵地に乗り込む胆力に憧れた節がある。実際の彼女を見て幻滅するに違いないが。
「あっ! お待ちくださいエレノン様!」
後を追うシリルに、幸せだったミーシャはふと動きを止める。
「あれ、シリル? エレノン?」
一人残されたミーシャは、結局は一人で戦い続けることになる。
「ローズ仮面とはもう呼ばんぞ、ロゼッタ」
「もうそれは黒歴史だから止めて! いいわよロゼッタで。私もリースって呼ぶからね」
事件以来、一度だけ会ったが、その時はローズ仮面としか呼ばなかったらしい。
二人の出会いは、今思い返しても唐突だった。
コントンとアリスがこの大陸に来て、エリオットが来て、ノルドと会って、戦争が起きて、アリスを助けに行くために色々あって。
数ヶ月前、本当にちょっとだけの付き合いだったが、久しぶりに会ってもリースとロゼッタは旧知の友人のように付き合える。窮地の友人とでも言うべきか。
「昨日は大変だったわね。一組の最強決定戦見てたわ、怪我は平気?」
「ゴリアック殿のおかげでな。だが、自分の試合前に他人の心配とは余裕だな?」
互いが相手を貶すように言うが、二人はそんな間柄だった。リースはロゼッタを弱いとしているし、ロゼッタはリースを世間知らずと馬鹿にしているから。
けれど、そんな喧嘩口調が二人とも心地よい。同級生とはしない珍しい会話だが、不思議と笑顔になる。
「大丈夫よ。というのもね、一回戦の相手、イェルーンって言うんだけど、ここ一年は学校で見てない子なの。行事にも出ないし、前回の大会にも出なかったし、まずは不戦勝ゲットだわ!」
「それで喜ぶな、愚か者。運も実力のうちと言えど……」
リースがぐちぐちと説教に入ろうとしたので、ロゼッタは走り出した。
「じゃーまーもうあれだから、ちょっと行くだけ行ってくる! ここで待っといて! すぐ戻れるし」
「ああ! 直にギラ殿やアリス殿、コントンも来る、恥ずかしくない戦いを期待している!」
だが、ロゼッタの予想通りにはいかなかった。
数分後には、グラウンドの北半分のフィールドで、ロゼッタとイェルーンが向かい合っていた。
「あの愚か者め、ちゃんとした戦いを見せるのだろうな……」
リースがぐちぐちとごちる。イェルーンというやつは実際、ここに来てしまった。
遠目から見て、ぶつぶつと体を細かく蠕動させる奇妙な女にリースは嫌な予感を抱きつつ、観客席で座り待つ。
そこにアリス達がやってきた。
「おうリースちゃん! あの嬢ちゃんが戦うのか、色々思い出すな……」
「兄貴は腕を折りましたからね」
「テメェもだろが!」
郷愁に浸るアリスは、すぐにコントンと喧嘩を始める。
「だが本当にアリス殿の言う通りだ。俺もあの戦いで多くのものを得、多くのものを失った……」
ギラがしみじみと呟いた。今でも悩むことはある、今こそが正義だとして、エリオットやウラヌスといった仲間を見捨てたことが正しかったのかどうか。
「あっし気まずい中に居ますねぇ! 昔話は困ります」
ジョーカーがゆらゆら叫ぶと、リースは皆を注意した。
「ギラ殿、アリス、コントン、この黒球の言う通りだ。今はロゼッタの戦いを見る時、昔話に花を咲かせる時ではないぞ」
「黒球……あっしのことですか?」
黒い炎のような物体の中心に白い笑顔の仮面、傍から見れば、黒い球だ。
ただでさえ魔族が集まったこの場所は周りから少し浮いている、あまり騒がしくなって注目を浴びるのはアリスやジョーカーにとって良くない、ので結局皆黙り、リースの言葉に従った。
イェルーンとは学校を休み続けていたというが、実力はいかほどか。
リースは不安と期待をして試合開始を待った。
グラウンド北半分に特設されたバトルフィールド、黒い外套のイェルーンと、短パンとヘソが見えるような半袖の簡素な布の服を着たロゼッタが対面していた。
普段はオシャレのロゼッタも戦う時は動きやすく汚れてもかまわない服を着るようになった。多少の成長である。
ロゼッタは手を挙げてイェルーンに挨拶を試みる。
「や、イェルーンさん。私はロゼッタ、学校来たの何日ぶり?」
イェルーンの視線はロゼッタに焦点が合わず、ぶつぶつと何かを呟いている。
「……もしもーし、大丈夫?」
「……ろよ」
「あい?」
「早くしろっつってんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
急な絶叫にロゼッタは思わず後ずさる。会場でもざわめきが起こる。
「私はァ! 今すぐにィ! テメェも何もかも全部ドロドロのぐっちゃぐちゃにしてやりてぇんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「試合、開始!」
ロゼッタは目の前の存在が異常だと気付き、すぐに距離をとりつつフレグランスを構える。
匂いによって相手の精神状態を操る槍、以前よりも軽く小さくなったことで匂いの効果を高め、非力な自分でも扱いやすくなった。
が、絶叫したにも関わらずイェルーンは急に極度な円背になって、まるでお辞儀しているかのように地面しか見ず、何もしてこない。
「……どうしたの?」
目の前の女が何をしているのかさっぱり分からず、ロゼッタは思わず尋ねた。
次の瞬間、跳ね上がりイェルーンは見下すようにロゼッタを見下した。
「考えてんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! テメェを、どうやって、降参させる前にどろどろに溶かして殺してやろうかってなぁああああ!! はひゃ、ひゃは、ひゃひひひひひひ、くふっ、くふっ、駄目だおっちつけぇ~、落ち着け私、落ち着かないと殺せないよぉ……くひひ」
いかにイェルーンの頭がおかしいといえど、これは彼女も少し演技している。本音も混じっているが、不意打ちで殺せないなら相手をビビらせるのは喧嘩の常套手段だから。
気付けばロゼッタは心臓がバクバク鳴っているのに気付いた、これほどイカレた人間が同じクラスになっているなど知らなかった。
無理せず、睡眠作用のある匂いで昏倒させる。それで倒す。卑怯だろうがなんだろうが、これを長い間相手にするよりかよほどマシだ。
ロゼッタはじりじりと、すり足で近づく。足を一ミリでも地面から離すことをしたくなかったし、二ミリ以上基本の姿勢を崩すこともしたくなかった。
最高の姿勢で、最高に安定した状況で、ロゼッタの本能がそれを義務付けていた。
それは昨日、ネロが仲間と共にありたいがために急激に力を得たのと似ている。エリオット教の時以上の恐怖が基礎訓練を積み続けたロゼッタの本領を発揮させたのだ。
恐るべきは数万以上のエリオット教信徒以上に恐怖を与えたイェルーンの異常性、とも言える。
再びイェルーンが円背お辞儀をすると、すぐに起き上がり、いつの間にか外套からフラスコを出していた。
「はてさて問題でェすロゼッタちゃん。これはなんの液体でしょう? 当てたら命は助けます、外したら殺します。ひ」
だらしのない笑顔のイェルーンに、ロゼッタは口元を硬く結び、しかしその口をゆっくり開いた。
「……即死の毒」
「ザあああああああああああああああんねえええええええええええええええん!! 正解はじわじわ殺しの毒でしたああああん!! っはははひゃっ! どうする? どうしよ? うーん……」
顎に手を当てて真剣に悩み始めた様子のイェルーンは、この数分見たイェルーンの中でももっとも理性的な雰囲気だった。少なくとも目の焦点は合っていた。
直後、イェルーンは毒と言ったその薬を当然のように飲み干した。
「はあっ!? あんた何やってんの!?」
思わずロゼッタの姿勢が崩れる、それと同時に異常な速度でイェルーンが飛んだ。
毒とは大嘘、瞬時に効果を発揮するドーピング薬。
構わずロゼッタは槍を回転させた後、思い切り地面を突いてフレグランスの香りを噴出させた。
「眠れ!」
だがイェルーンはフラスコを二つ投げた。香りの届かぬ範囲から飛んできたフラスコは槍で防ぐと容易く割れ、中の液体がロゼッタに降り注いだ。
しゅう、という音と同時にロゼッタの叫び声が響いた。
「熱ッ!! いやあああああああっ! 熱っ、熱い! 熱いいいいいい!!」
必死に顔や手で払おうとするが、ますます傷口に毒を塗りこむ結果になってしまう。
「うひひ」
耳元で声が聞こえた瞬間には手遅れであった。
ロゼッタの首が掴まれると強引に上を向けさせられ、フラスコの液体を、口に押し込まれた。
中から流れた液体は、体を中から焼いた。
「ロゼッタ!!」
リースの叫びは観客の悲鳴にかき消された。
ロゼッタの右手は掴まれた首に、左手は口元のフラスコに、両足は無様に空を蹴り続け目は飛び出さんばかりに見開かれ涙が流れ始めている。
イェルーンの顔に、じんわりと笑顔が灯る。無表情でいたいのに、ついつい面白いことを考えてしまって耐え切れない、そんな顔をしている。
「ふひっ! ふひっ! ふひゃは! く、くくっ!!」
「試合終了!! イェルーンさん、すぐにどいてください!!」
審判をしていたニッカが叫ぶも、イェルーンは何事もないように行為を続ける。
「火華馬猛!!」
リースが飛んだ、だが遠い。リースの全力の加速をもってしても、ロゼッタの体は既に失禁し、痙攣し始めている。
「そこまでだ」
ロゼッタから強引にイェルーンを引き剥がしたのは、ニーデルーネだった。
鎌を首に当てられては、さすがのイェルーンも両手を挙げてゆっくりと離れる。
死神ルックのニーデルーネがイェルーンの目を見て一度睨むと、すぐに来たゴリアックにロゼッタを引き渡した。
その場にリースとニーデルーネとイェルーンが取り残される。ゴリアックはロゼッタに指輪をつけて三人を見て、言う。
「これで死にはしないんだが、体内に毒が残っていてずっと苦しむハメになる。どうにかできないか?」
見ればロゼッタは苦しそうに喘いでいる。ゴリアックの指輪は体を治すが体内の毒を取り除くまではできない。
それを察してすぐにリースはイェルーンを睨み尋ねる。
「主、治す薬はないのか?」
「あるよ」
ごく平然とイェルーンは答えた。
「ならば早く飲ませてやってくれ」
「なんで?」
ごく平然とイェルーンは答えるのみ。
返事に、リースが困った。なんで、とは、何がなんでなのか、全く意味が分からない。
「……苦しんでいるではないか」
「そうだね……ぐひ」
リースの体が炎に包まれる。
歯を噛み締め、なおも怒りに燃える体は、明確な敵意を向けていた。
「リース・ジョン、落ち着け。その女にロゼッタを助ける義務はない」
ニーデルーネが諌めるも、リースの怒りが飛び火するのみ。
「誰だ貴様は! そんなことは知らん、私は、こいつを一度は殴らないと気が済まん!!」
「あ、そう? でも次の試合もあるし私はこれで。きひっ」
颯爽と去ろうとするイェルーンにリースは火華馬猛で迫る。
だがそれは間にニーデルーネが入る。リースの銀炎の拳は赤い鎌が遮り、届かない。
「なんだ貴様は!! ロゼッタが、ロゼッタが!!」
「落ち着け! 死にはしない、奴にも然るべき罰はいずれ下される!」
今、この場でイェルーンをどうにかすることはできない。薬とて、イェルーンが持っているかどうかは分からないし、その区別もイェルーンにしかできない。無理強いしたところで確実に回復するかどうか分からないのだ。
ニーデルーネが歯痒い思いをしていると、ロゼッタの口の中からごぽごぽと音がした。
直後、口の中から胃液やら食べ物やらが噴水のように噴出した。
「うおっ! きったねー!!」
ゴリアックの正直すぎる感想の後、観客席からネイローが歩いてきた。
「毒は、液体だった。私なら操れる……ふぅ」
いつも通りの眠たげな瞳も、真っ赤に燃え盛る業火に観客の叫びで少しは醒めていたらしい。
「ありがとう! ネイロー殿! 恩に着る!!」
「……あいあい」
ネイローは言ってその場に座り込み、寝息を立て始める。
「あーっ! ネイロー、俺と戦え!!」
「いやゴリアック、その前にロゼッタという娘の回復を……」
「あーっ! ニーデルーネ、俺と戦え!!」
「我はサイズオブ……じゃなくて言うことを聞け!!」
ニーデルーネの素のツッコミで出た後、結局ゴリアックは皆に止められ、戦いはできなかった。
かくして二組のイェルーン・アダムスは勝ちあがった。
「二年生の戦いで注目するものはありますか? 生憎、ネイロー・クインぐらいしか分かりませんので……」
シズヤの戦いを見終わったレンは職員室で一年生の資料を整頓し終える。
そしてそこのガラステーブルを前に座り直し、レンはそうナミエに聞いた。
ナミエはレンの減っていないコーヒーを眺めつつ、自分は一口飲んでから呟く。
「そうだな、二年生は皆が充分に鍛えて……正直に言うとネイローの突出に比べると、他の者は弱くはないがどんぐりの背比べだな。全員が強いが、派手さがない。恐らくクラス最強はネイローと同室のステラ・ニンカー、地味だが負けにくい特殊な能力だ。次にこの間、部長になったミーシャ・イッチンも特殊な秘術ではある。……しかし奴は、あまり好めんな。最後に、銃道部のザロック・バグズは群を抜いているか。この三人がクラス最強になると、私は踏んでいる」
私は、という言葉を多用しつつ、ナミエは自分の立場を明言しつつ、公平なつもりの言葉を発した後、訂正を加えた。
「もっとも、ステラは学年最強戦に出る前に、ネイローに負けるだろうがね」
それにレンが発言する前に、扉から急にやってきたノア校長が大声を出す。
「それは問題ありません! というのも、昨日のリース・ジョン対シズヤ・クロスフィールドの戦いを見て、あまりにも圧倒的だったため、学年最強決定戦はクラス代表と前学年最強の全員で戦うことにしました。つまり二年は三クラスだから、四人の戦いですね」
「校長、いきなり計画を変えるのは……」
「そうは言っても、ネイロー・クインも大した化け物、三対一でもまだ足りない、そうは思いませんか?」
ナミエはぐうの音も出ない。実際に教師全員がネイローに襲い掛かっても、教師の半分以上は犠牲になるだろう。それほどにネイローの実力は抜きん出ている、第二学年全ての力を結集してもネイローに勝てるとは限らないのだ。
だが、それとこれとは話が別。
「急なプログラムの変更は時間の都合上……」
「戦いが一つ減るぶん、早くに終われるでしょう。その方が楽ですし」
ノアは何てことない風に言った。生真面目風に見えて意外と熱くなりやすく、しかも合理的である。
ナミエはある種の尊敬と呆れを込めて笑んだ後、面倒くさそうに言った。
「まぁ、責任は全て校長のものですしね」
「はい、なんとかなります」
そう言って校長はまた出て行った。試合の段取りがあるだろうから、と思ったが、だったらノアは何をしに来たのか。
再び扉が開かれて、ノアが叫ぶ。
「すいませんナミエ先生! ちょっと耳に入れたいことが……」
ちょいちょい、と手招きするノアの様子は、いかにも緊急で内密の話、つまりレンがいるこの場ではできない相談らしい。
ナミエは少しレンに目を向けた。
レンは目を閉じて頷き、コーヒーを飲む。それを了承と受け取り、ナミエは軽く会釈して、すぐにノアと共に廊下へ出た。
体育館で戦うミーシャ、対戦相手は拳道部の可も不可もない評価のフェン・ゴウカ。
ノアがわざわざナミエを連れてきたのは、別にミーシャが恐ろしいからでも、フェンがどうにかなったわけでもない。
「あれ、どう思う?」
ノアが体育館の入り口付近で指差す方向にいるのは、穏やかな表情でミーシャを応援するシリル・ホーネットである。
「……シリル、ですね。私の知っているシリルと雰囲気がまるで違うようですが」
そう話すノアとナミエの顔には、一切の余裕がない。
喧騒とする体育館の中、ミーシャを応援するエレノン会の皆と拳道部が特に騒がしい。エレノン会の中央で、シリルは穏やかな笑みをもってミーシャにエールを贈っていた。
それを、二人は薄気味悪いものでも見るように観察している。
「ナミエ、どうしましょうか?」
先生とつけず、教師ではなく一人の戦士として、ノアは尋ねた。
「私が直接話してみます」
ノアを見ず、一心にシリルを見てナミエは言い、動いた。
エレノン・バルタルタは実に面倒くさそうな顔をしながら、ミーシャを見守った。
いや、見守るなんて生易しいものではない、言ってしまえば早く負けろと呪詛をかけていたという方が近い。
「ガンバレー! 会長ー!」
一際大きな声で叫ぶカナタが実にうっとうしい。
「が、がんばってくださ~い!」
恥ずかしながらも一生懸命応援するイロは、可愛らしい。
「がんばれぇ! 先輩!」
レオニーは、普通。両手をメガホンのようにして叫ぶ姿は、普通。
「ミーシャ……」
少し心配そうに物憂げな表情で呟くシリルはエロい。
エッロイなーエッロイなー、って私は一体何を……とエレノンは自問自答に陥りながら、途中からミーシャよりもシリルを見てたりする。
「シリル、今日はいったい、どうしてここに?」
不意に、ナミエがシリルに訊ねた。
いったいいつの間に近づいたのかも全く気付けなかったが、別に気付けずとも心配することはない。
「……先生こそ、どうして? なに?」
シリルが何か言う前に、エレノンが妙に刺々しく尋ね返す。
普通に考えれば生徒が戦いの応援をしたり見学をするのは普通のことだ、その理由を訊ねる方がおかしい。
だが、ナミエはヴァルハラ事件以前のシリルしか知らないため、応援や見学などすることの方が異常だと思っているのだ。
「エレノンか。シリルは少々訳ありでな」
そう小さな子供に真実を隠すように言い捨てると、ナミエは首をふいと動かして、場所を変えようと提案する。
だが、シリルは気付かないように、平然と答える。
「応援ですよ? 会長が戦っているんです、副会長として応援するのは当然でしょう?」
ナミエは間髪いれずに再び訊ねる。
「それだけか?」
「……先生、意地悪」
「そうよ! アラヤ先生らしくない! 一体どうしたっていうんですか!?」
カナタがきーきーと噛み付くも、ナミエは返事に困る。
知られても良いことと、知られるわけにはいかないことがあるのだ。シリルのことは、その後者に当たる、絶対に今の一年には知られたくないこと。
シリルも少しだけ周りの様子を気にする素振りを見せた。それをエレノンは敏感に感じ取った。
まだ数日の付き合いとはいえ、一度も見たことがないシリルの目が少し開く瞬間、なんだか強い女の弱味を握ったような感覚がエレノンの心をくすぐる。そしてエレノンはまた自分を戒める。
「……はっきり聞きたい。何の話?」
エレノンの言葉にナミエも一瞬言葉に詰まるが、こういう時に教師の奥儀を出す。
「駄目だ、私はシリルと二人で話がある。君達はここでミーシャの応援をしておきなさい」
教師の奥儀、たまに理不尽ですらある説教。真実を知りたいと思うのは大切であるが、やはり知られてはいけないこともあるのだ。
シリルは他の会員の顔を見た後、エレノンの顔だけ少し眺めに見て、決断した。
「……本当に何もありません。私は、変わったんです」
シリルは唇をきゅっと結び、ナミエの目を正面から見つめ返す。
それ以上の言葉は無用、そんな意志がシリルの目の中に見える。
エレノンはシリルとナミエの二人を交互に見た。二人とも一歩も引かない、二人が大事なものを守るかのように戦っている。
「……教えて、何があったのか」
どちらともなく、エレノンはその場で呟いた。
「駄目だ! エレノンが知る必要は……」
「構いません」
説教モードのナミエの言葉を遮り、シリルがきっぱりと言った。
「エレノン様になら、何でも話しましょう」
エレノンとナミエが茫然とシリルを見つめる中、シリルはカナタ、イロ、レオニーに言う。
「すみません、少し席を外してもいいですか?」
「は、はいっ!」
カナタが元気良く返事すると、イロとレオニーも追いかけるように頷いた。
「……ではエレノン様、一緒に来てください」
エレノンも頷く。
三人が移動した後、審判をしていたアーサーが言う。
「勝者! ミーシャ・イッチン!」
「やったよ! エレノン! ……っていない?」
報われない娘であるが、戦いには勝っている。




