大会編17・決勝戦・アラヤナミエの実力
Aブロックの決勝はネロの勝利で終わった。
両腕を折られながらも戦いに準じるネロの姿は、図らずも人々の心を焚きつける。
「リース、先ほどの決勝戦は随分白熱したな」
「はい、ネロとイロ、どちらが勝っても不思議ではありませんでした」
観客席で親子は話す。
「リース、主は勝てるのか? 次の相手に」
ハッケイが腕を組み前しか見ない状況、リースも全く同じ姿勢でハッケイを見ていない。
「私の相手は最初からイツキ、ネロ、シズヤの三人です」
言って、リースはハッケイの返事を待たずして立ち上がった。
「イツキ、主と戦えなかったことは心残りだ」
座るイツキは、嘆息して呆れた様子でリースに言う。
「別にいつでも付き合ってあげるわよ。それより、言うまでもないけど油断しないようにね。あの子、今までとは別人だから」
リースは頷いて無言で歩く。
シズヤへは視線を送るだけであったが、それだけでシズヤも穏やかな笑顔を返した。
リースの心は既にネロとの戦いにある。
「格闘の大陸からの転校生、リース・ジョン! 長い銀髪に金色の目、白い素肌は人形のように愛らしく、小さな身長もまた皆から愛される姿! しかし誰よりも強さを探求し武の道を進む誰よりも男らしい少女! 今までストレート勝ちでしたが、今度も勝利なるか!? 拍手!」
地を揺るがすような拍手と激しい歓声が会場を包む。
Bブロックの決勝、この戦いの勝者が次にAブロックのネロと戦うのだ。
「続いては、名門ラスペード家の三女レオニー・ラスペード! 金髪のロングヘアが今日も眩しいお嬢様! 家の誇りにそぐう実力と気品を漂わせるが、実力は箱入りではない! 背も高くしかしすらっとした体は、胸以外でリースより遥かに優れている! 拍手!」
胸は同点であることを弄られ、普段のレオニーなら甲高い声で文句を言うだろうが、今日は無言で喝采を浴びた。
「それでは、試合開始!」
校長の声と同時にリースが構えるが、レオニーの声を聞いて動きを止めた。
「ねえリースさん?」
元々切れ長の瞳が、一層鋭くリースを睨む。それにリースも睨み返した。
「なんだ? まずは話術で戦うと?」
「いいえ、決意表明よ。あんたなんかには負けないっていうのを、しっかりと自己紹介してから決めようと思って」
「ほう、それなら私からしよう。私はリース・ジョン、ハッケイの子として生まれ武術を習い続け、数々の武人と戦い、今ここに立った! シズヤ・クロスフィールドと戦うために、主にもネロにも負けん!!」
言うと同時にリースの体全てに銀が纏われる。そしてレオニーの方へ走ると同時に、レオニーが言う。
「レオニー・ラスペード! アルシュ・ラスペードを父にし乳母のポエニーの愛を受けた! 武術のみならず女性としての嗜みを芸術学術においても習い、今多くの戦友を倒しこの場に立つ! そして! エレノンを愛しお守りする会ナンバー五として、ネロを倒すためにあんたも倒してあげる!!」
「またそれか!」
エレノン会、なんだかんだ二人もブロック決勝に残る実力者集団である。
リースは言いながら、今度は足に炎を出現させ超低空飛行『火華馬猛』を行う。
対するレオニーは、自らの服を引き裂いた。
エレノンを愛し守る会は服を脱ぐルールでもあるのか、と思ってしまったが、それだけで済みそうにはない。
レオニーの体が肥大化し、橙色の毛が生えていく。
腕は何倍に膨らんだのか、身長だってもうリースの倍よりなお大きい、人にはありえない尻尾まで、一メートルはある。
獣が低く唸るような声の後、かろうじて女性のものと思われる声が、獅子の獣人から聞こえた。
「リースさん、本気でやるわよ?」
普段は薄い胸でも、今は大胸筋だけでリースの頭ほどはあるのではないだろうか。
「さっきまでは手と足だけだったのに、全身の獣人化なんて……!」
観客席でイツキが叫ぶ。レオニーの秘術は毛、それを自分の体の一部につけることで、体の一部を獣と化すことができるのだ。
それほどの巨大な相手にも、リースは一切減速せずに突き進んだ。
レオニーのど真ん中に突っ込むと、レオニーは鋭い爪の生えた両腕でリースを左右から押し潰そうとする。
だが、瞬間火炎が強まり、レオニーはただ手を叩くだけの形になる。
レオニーの懐に入ったリースは、拳に炎を集め、静かに叫ぶ。
「破我納火」
腹から抉りこまれた拳、そこから炎が吹き上がる。
けたたましいレオニーの叫び声は、腹を業火で焼かれているからだ。その威力で浮かび上がったレオニーに、リースは容赦なく次の拳を叩き込む。
「格闘華和奥儀『晴日』!」
五発の拳がレオニーの筋肉の鎧にめり込む。
今度はもう叫び声は上がらない。口からは黄色い液体が流れ出て、そのまま吹き飛んで大きな音を立ててマットに倒れた。
大きな口を空けたまま、レオニーは動かず、ついには元の体に戻った。
「勝者、リース・ジョン!」
大きな歓声がリースの桁違いの強さを讃える。
ネロとイロの時の戦いとは全く別であるが、その歓声の大きさは同じほどである。
リースはぺこりと頭を下げると、その場で待った。
教員がレオニーを移動させ服を着せると同時に、校長が叫ぶ。
「それでは、一年一組の決勝戦を行います! コルネロ・プラム、前へ!!」
観客席からネロが歩き出し、それぞれが所定の位置につく。
「リースさん、私……」
「ネロ、何も言うな」
不安げなネロは、エレノンのために全力を尽くすが、それでも大切な友達を傷つけることを恐れている。
言ってしまえばネロの考えは中途半端で、決意も覚悟もリースからしてみれば軟弱というほかない。
だが、今のリースはネロを一人の人間として、しっかり見ている。
「主は自分の意志を曲げず、しかし他人を傷つけないように試みる、都合の良いことを言うが、それでもやりたいことはやり通した。軟弱であるが、主はそれでいい、主を武人としては見ず、一人の聖女として認めよう」
「せ、聖女?」
「ああ、立派なものだ。もうネロは私の弟子などではない、これからは互いに精進しよう」
ネロは、初めて自分とリースが戦った時のことを思い出す。
ただ鎌を投げただけで、あっという間に近寄られて殴られて負けただけの演習。
だが今は、並み居る強敵を倒してクラス最強の人間を決める戦いに、そのリースを目の前に自分が武道場に立っているのだ。
「試合、開始!」
「銀装・総!」
「ラージサイズ二重奏・沈黙!」
互いの構えが決まり、会場は騒然となる。
動くのはリースのみ、しかしそのリースもネロから一メートルほどの距離で止まった。
「前は、これに安易に近づいて斬られたのだったな」
ネロは答えない、ネロの目は聖女というほど穏やかではなく、目だけでリースを殺さんばかりに鋭く睨んでいる。
「拳と鎌の速さ、比べるのも一興だが……生憎、負けるわけには行かないのでな、持てる力の全てを使い、勝利のみを取らせてもらおう」
黙ったネロに対し、普段よりリースが饒舌になっているのは、みんなが黙っている時は何か言おうという、空気を読むという周りに合わせた行動の一つである。こういう場所でしかリースのコミュニケーションが使われないのは、まだ誰も気付かぬ事実である。
「銀ソード、銀炎『近衛』!」
魔夜千切『昴』が三本の爪のようであるのに対し、こちらの技は一本の銀の剣に炎を纏わせた、格闘よりも剣技を競う技!
「剣術勝負、と行こうか」
ネロは何も言わず、ただ口元をしっかりと結んだ。
「炎剣・刃我納火!」
ネロの範囲外から伸びた剣が、そこから伸びた炎がネロの体に触れる直前、ネロの鎌が炎ごと銀を切り裂いた。
リースの拳は当然無事、しかしリースは驚き手をひっこめる。
「我が銀を、こうも容易く切り裂くか!」
先日ネロに負けたのは銀がなかったから、と考えていたリースにとって、まるでバターをナイフで切るように銀を切られては、安易に近づくことができない。
それはつまり、リースにとってほとんど戦うことができない、ということ。
勝つには、レンと戦った時のように捨て身で戦うほかなさそうだ。
だが態勢によっては首ごと命すら刈り取られかねない、考えなくてはいけない。
ネロとイロとの戦いとは違い、共に防御力はゼロ、一触即発の戦いになるだろう。
いまだ動かないネロとリース、その瞳はネロの方が鋭く見える。
(これが聖女か……、やはり立派な武人のようだ)
リースは息を呑む、だが動かないままだと、どうにもならないのだ、何か行う他ない。
ネロが両手の鎌を行進のように腕と共に振ると同時に、リースは火炎を纏い走り出した。
「銀装・総改!」
今までは銀の彫像のような銀装だったのに、今は銀製の甲冑、篭手、具足などの分厚い装甲をつけている。
「そして火乃魂『明星』」
更にその上に煌々と光る火炎が纏われた。普段より更に分厚く、まるで太陽のように輝いている。
「ラージサイズ二重奏・行進曲!」
大きく腕と鎌を振って歩くネロは、久しぶりにその細い目を開いた。
愚直なリースの突進にネロは咆哮で答える。
「ラージサイズ二重奏・狂想曲!」
規則正しい行進から激しくも狂暴に走るカプリッチオへ、ネロは鎌を振り回し走る。
二人がぶつかる瞬間、まさしく火花が散った。
ネロの鎌がリースを完全に捉えたと思われた瞬間、黄金の鎌はぐにゃりと形を変えて溶けた!
リースの腕が払われると、そのままネロの両腕は骨をも一瞬で焼け焦がし崩す。
目を見開くネロが死屍累々の絶叫を放つと同時に、校長がアナウンスした。
「激闘はリース・ジョンの勝利!!」
ネロの悲鳴が響くと同時に試合は終わったと思われた。だがリースは警戒を解かず、ネロも血走った目でリースを見つめた。
巨鎌、フルサイズの鎌がネロの真後ろに出現し、ネロとリースを押し潰すように倒れ始める、と同時にネロの口には小さな鎌が咥えられている。
両腕がなくなってもネロは諦めていない。リースの体も炎を纏った銀が融けたため、銀と炎を一緒に失くした。
火乃魂『明星』は圧倒的な火力であるが、そのために長続きしない一瞬の攻防一体技。
無防備なリースと腕を失くし口の鎌だけのネロの闘気が真正面からぶつかり合う。
「来いっネロォォォッ!!」
「んんんんっぐうううう!!」
思い切り首を振ってリースに飛び掛るネロ、右の拳を振りかぶるリース、会場はざわめき立つ。
「結界オブソード!!」
睨みあう二人の攻撃が互いに届く前に、二人の間にできた薄緑に発光する壁がそれを遮った。
六本の巨大な剣がナミエを中心に六角形を作り、そこから出る光が人の動きを阻んでいるのだ。
そしてネロが出現させていたフルサイズの鎌は十人のニッカが必死で支えている。
「リース! ネロ! 試合はもう終わっている! これ以上は無理だ!」
ナミエが二人を見ながら、剣をしまいつつ言う。
「……それは納得できん。ネロは気絶していないし降参もしていないではないか」
「これ以上続けたら、コルネロの命に関わるだろう! それにもう戦うことは……」
「できます、先生、私の心配は嬉しいですけど、これくらい……」
ネロは今、自分の両腕を見てヒヤッとした。腕が使えないことは気付いていたが、二の腕辺りまでなくなり、肩口も赤く変色している。胸元の辺りも服が焦げ付き肌を少し焼いているらしい。そこで体が忘れていた痛みを思い出した。
麻痺していた痛みの感覚もじわじわと戻る。
が、それでもネロは呟く。
「……い、い、や、できますし……」
ナミエがネロを蹴飛ばした。
「いぎゃあああ!! 痛い、痛いです先生!」
マットの上でのた打ち回るネロをまるで無視して、ナミエはリースに言う。
「これでもまだ続けるのか? 親友だろう」
リースも少し考えたが、程なく言う。
「確かにネロの怪我を心配する気持ちもある。だがネロが武人足ればそんなものは取るに足らない問題だ。彼女の意志を尊重してやってこそ、真の武人というもの」
ネロは既に一人前の戦士、むしろここで戦わない方が失礼だとリースは考えた。
だがナミエは簡単に言う。
「私は武人ではなく教師だ。教育者としてこれ以上の戦闘は禁ずる。ニッカ!」
「はいよ!」
と言うと、鎌を安定させた十人のルッカのうち、更に二人が出現してネロを取り押え、残る十人が散らばってリースに銃口を向ける。
「おらおら転校生、危ないから観客席に戻りなさい! 鉄砲、当たり所が悪いと死んじゃうから、本当に勘弁ね……」
心底自分の武器の、弱くても人を殺せることを実感し怯えるニッカだが、そんなニッカをリースは笑う。
「はっ、いくらでも撃ってみろ。銀装・総」
全身を薄い銀膜で覆うリース、その防御力はリースが一番よく知っている。
「そ、そんなので防御できるの?」
と心配そうにニッカが聴くと、リースとナミエの二人から反論が飛ぶ。
「馬鹿にするな!」
「そうだぞニッカ! 私の生徒だ、そんなに柔じゃない!」
「先輩はどっちの味方なんですか……」
戸惑いつつ、ニッカは徐々にリースとの距離を詰めて包囲網を作る。
溜息を吐いたリースは、炎を一つ、一人のニッカに飛ばしてみる。
容易く当たったそのニッカは走って逃げる。
「……十人程度で私に勝てるのか?」
リースの嘲りを、残る十一人のニッカが聞いて怒り出す。
「ば、馬鹿にするなよ!?」
とネロの左側を支えるニッカが言う。
「お前なんか……いったーい!!」
とネロの右側のニッカが叫ぶ。
ネロは既に鎌を咥えてニッカの手を切っていた。と左側のニッカも攻撃している。
「いたいいたい! こっちは銃を持ってんだよ!?」
ネロは鎌を咥えたまま、周りのニッカとナミエを睨んだ。言葉はなくとも敵意は充分すぎるほどに伝わった。
「……ニッカ、ネロを無傷で取り押えろ。私はリースを捕える」
ナミエは静かに言うと、大剣を一本背負う。
「おーっと、ここでまさか、教師対生徒の構図! 無事に暴れる生徒を取り押えることができるのか!?」
調子が良いことをいってノアはその場をまとめる、それにナミエは溜息を吐きつつ、仕事をする事に決めた。
鎌を咥えただけのネロ、ニッカならばすぐに殺せる。
とにかく銃を撃ちまくれば弾がかわせずに死ぬだろうからだ。
だが無傷で捕えろと憧れの先輩に言われた以上、そうするしかない。そもそもニッカの秘術はそういうためのものである。
そして、どうすればネロを無傷で捕えることができるか、答えは簡単、銃を撃ちまくればいい。
十一人のニッカがそれぞれ銃を構え、滅茶苦茶な方向に、四方八方に、銃を連射した。
その弾が全てニッカになり、また銃を構える。
ニッカの秘術は、弾に集約されている。
人も普通、銃も普通、ただ弾だけがコピーを作ることができるのだ、コピーというより、本物であるが。
十一人が三発の弾を、そこから出たコピーがまた二発の弾を。
百十人のニッカが誕生し、一斉にネロへ飛び掛った。
「無駄な抵抗はやめろぅ!」
「成績下げるぞ!」
「最終日の部活戦、不利な組み合わせにするぞ!?」
「給食のデザート、教員だけに配膳しちゃうぞ!?」
「クーラーだって暖房だって教室では……いやそれはあたしも困るな……」
そんなことを言いながら大量のニッカがネロに襲い掛かる。
最終的に、七人が小さな傷を負ったが、もうネロは四肢を四人のニッカに、首を一人のニッカに、更に口に鎌を咥えられないように開けっ放しにするために一人のニッカが、胴を押さえるニッカも含めて七人のニッカが一人のネロを取り押えた。
「十四ニッカか、ネロもまだまだだ」
ナミエが呟き、改めてリースと向かい合う。
「先輩、その私を戦闘力みたいに言うのやめてくれませんか?」
「雑魚キャラみたいで嫌なんですけど」
「あっ、命令どおりにしたからなんか奢ってください」
「飲みに行きましょうよ!」
「いや、カラオケ行きません?」
「あたし焼肉!」
ニッカ達の騒ぎを、ナミエが叱りつける。
「一人なんだから一つの意見にしろ! それと、何も奢らん。最後に、今から集中するから、ネロを遠くに運べ」
ぞろぞろとニッカがその場を後にする。ネロは控えていたゴリアックの治療を受ける。
そしてようやく、リースはナミエに言う。
「……さて、いつぞやの森の巡回の時、主が強いと聞いてこの時が来るのを待っていた」
「別に言えばいつでも稽古ぐらいつけてやるぞ? ……といっても、私とお前が戦う理由はもうないな」
ネロは既に治療中、試合は終わったのだ。リースがナミエを倒したとして、ネロとの公正な戦いはもうできない。
「戦う理由? 先生よ、武人ならば滾らぬか? この血が! この肉が! より強い者と戦いたいと全身が叫ばぬか!? この細胞の一つ一つが! つま先から髪の先までが、私の全てが主と戦いたいと震えているのだ!!」
校長のノアが適当に囃し立てたことで、観客達もその気になっている、何もなく終わることがリースにとっては恥ですらある。
銀装・総を張る、既に戦意は充分。
「……私は武人じゃなくて教育者だといっているだろうが……」
「アラヤ先生! 場の盛り上がりのためにも戦ってください!」
校長の無責任な一言にナミエの血管が震える。それでも耐えた。
ノアは恐らく面白そうな方へ話を進めているだけだが、ナミエはそれと違う理由でリースとの戦いを決意する。
レンやアリス、ハッケイ以外にも外部からの観客の多くがこういった戦いを見ていた。大体は三日目の三年生の戦いを見るのだが、エキシビジョンがある今日も外部客は多い。
だが、教員のロイは生徒にニーデルーネに惨敗し、ニッカの奇想天外な能力を見せ付けたが敵は満身創痍の生徒一人。
生徒が強いとアピールできたのは結構だが、それで教員が弱いと思われてはしめしがつかない。
ナミエは自分と自分の仲間の誇りのためにも、圧倒的な力で優勝したリースを仕置する程度の力を見せなくてはならない。
大剣を構え、ナミエは鋭い眼光でリースを捕えた。
「いっておくが、私は本気では戦わないぞ。ただ捕えるだけだ」
「構わん、すぐに本気を出させてやろう、『火華馬猛』!」
火炎による低空飛行で一瞬でナミエとの距離を詰めたリースは、そのまま炎を纏った拳を叩きつける!
だがそれは大剣の側面に防がれた。盾のように大きな剣は、叩き潰すような斬撃と、側面を向けることによる防御の二つが可能となっていた。
といってもナミエの秘術はただでかくて丈夫なだけの剣ではない、結界を張ったように、様々な付加があり、できないことはないとナミエは自負している。
距離をとるリースを見て、ナミエは溜息をついた。
「全く、久しぶりに体を動かすと疲れるな。あまり無理をさせないでくれ」
「銀装・改!」
腕に銀を集め、篭手を作るとそこに炎を纏わせる。
「破我納火『虎打火』!」
猫の手、完全には握っていない形の拳を、殴る瞬間にしっかり握りこむことを合図に更なる業火を噴出させる、火と拳を合体させた破我納火の応用技、これは格闘より魔法に特化した技だ。
リースは再び近寄る。虎打火ならば大剣で防がれても炎を噴出し勢いで態勢を崩させることができる。
再びリースの拳がナミエを襲うところで、ナミエはその剣を地面に突き刺した。
「障壁オブソード!!」
先ほどリースとネロを別った薄緑の光が今度はリースの攻撃を阻んだ。
まるで鋼鉄を殴るかの感覚、リースはおとなしく再び退いた。
「先生、守るだけでは何もできないぞ?」
更に大剣を出現させて、ナミエは構える。
「守る力で充分さ」
「なに? 魔女を倒すためでは……」
疑うようなリースの目を見て、ナミエは軽く笑う。
「君は魔女じゃないだろう」
ふっ、笑んだ後、ナミエはもう一つ大剣を出現させた。
両手に一本ずつの大剣を十字にし、ナミエは叫ぶ。
「圧迫オブソード!」
まるで剣から風が出ているかのようにリースの体の炎は吹き飛び、そのままリースも観客席まで吹き飛んだ。
シズヤに受けた風とまるで同じ圧、力だけではどうにも抗いがたい物力。
吹き飛んだリースの方へナミエは走るが、その間にリースは体勢を立て直し両拳に火を灯す。
「無駄だ、圧迫オブソード!」
だが技名を言う暇すらなく炎は圧に吹き消される。
そしてナミエが両手の大剣をそれぞれリースの左右に投げると、再び叫ぶ。
「結界オブソード!」
三角形の陣が完成し、薄緑の光がリースを囲む。
破壊できない結界に取り囲まれ、リースは構えを解いてナミエを睨んだ。
「図ったな?」
「図るも何も、最初からこのつもりだ。無力化オブソード!」
障壁が一際強く光ると、リースの意識は途切れた。
無傷でリースを倒したナミエの実力はさるものながら、リースの勝利を喝采した時のような歓声はなかった。




