大会編10・エキシビジョンマッチ前編
四日間の大会、一日目の目玉はエキシビジョンと一年生同士の戦いである。
プログラムは開会式、エキシビジョン、一年の組ごとの戦い、となっている。
ともあれまずは開会式、これは手抜きといっても過言ではなく、全生徒が教室にいる間、放送で行う。
リースが、ネロが、エレノンが、シズヤが、イツキが、それぞれの生徒達が様々な想いを胸に秘め、戦いへと赴く。
この戦いほどリースの胸を躍らせるものはない。
格闘の大陸では父とのみ、魔女の大陸に渡ってからも、アリスやコントン、ギラやエリオット教との激戦はあったものの、日常は魔女の森をパトロールし、適当にトロール等を倒すのみ。
演習では誰も本気を出す様子はなく、単調で退屈な日々と言っても良い。
だが、この大会ではシズヤと戦える、しかもイツキもネロもエレノンも以前より大きな成長の兆しをみせている。
胸を貸すつもりも借りるつもりもない、ただ磨きに磨いた自分の力を外部に示すため、リースはその拳を振るう。
それこそが、この大会の意味である。
ネロにとって、こういったイベントは快くない、憎いとすら思う。
日常というものを好むネロは、普段通りエレノンやイツキとお喋りできればそれで幸せなのだ。
それなのに、このイベントのためにエレノンは自分から距離を取り、イツキは無理をして体調不良気味、一体どこにメリットがあるのか。
学校側のメリットなど、ネロには知ったことではない。
今大会でのネロの方針は、エレノンもイツキも倒し、勝利の執着から目を覚まさせ、平凡な日常を取り戻すことにある。
エレノンにとって、一番大切なものは友人である。
厳密にエレノンの論理を紐解いていくと、結局は自分が大切ということになるのだが、自分を自分足らしめる存在こそが友であり、その友ほど尊くかけがえのないものはないという。
故にエレノンに必要なことは、仲間を守る力を示すこと。
アリスの謀略によって数多くの生徒が心身ともに傷ついた時、エレノンはどれほど無力であったか。
リースがエリオット教との戦いに赴いた時、エレノンには何ができたのか。
何もできていない、エレノンは何もできなかった。
力が必要なのだ、シズヤほどの力があれば、アリスに後れを取る事もなく、家で屈辱的な待機をすることもなかった。
自らの力を示し、仲間を守れる力があると証明してみせるのだ。
シズヤにとって力など、あって当然のものでしかない。
自由と権力を持っていたクロスフィールド家の末娘として、天才児として育てられたシズヤにとって今もそれは変わらず、このイベントも所詮は娯楽の一つとしか見ていない。
計算外を挙げるとすれば、レンとの戦いで負けたことと、リースに対する執着が恋心と変わらぬことである。
長女のアカリも天才であり、特に敵を作らないことに関してはシズヤも認めるほどでありそれは仕方ないのだが、中途半端に真面目な次女のレンに負けることは彼女のプライドが許さない。
また、かつては田舎の芋娘と心中で罵っていたリースが、これほどまで気になる存在になってしまったことは、恋とは素敵だと思う反面、癪でもある。
何はともあれ、シズヤにとってこの大会は漫然と、変わらず、勝つだけだ。
イツキにとって大会というイベントを全力で楽しまねば損である。
今は一瞬であり、過ぎ行く時間はかけがえのないものである。知っている人全員と語らい、知っている人全員と楽しみあう、自分の体が一つしかないことを本気で悔しがるほどにイツキにとって今は貴重なものである。
果たして大会を楽しむとは何か、負け犬同士傷を舐めあうのもまた経験であるが、どうせならまだ見ぬ経験をしてみたいと思うのが人情。
イツキにとって優勝とは、皆と分かち合うべき貴重な経験であった。
エキシビジョンマッチが始まる。
その形式は、体育館で六人のエキシビジョンファイターが戦いたい生徒を指名する。
そこから普段通りのルールで演習、勝ち負けが一切成績に関係しない特殊ダネとなっている。
栄えあるエキシビジョンファイター六人は、アリス、コントン、ギラ、レン、ハッケイと集められた五人と、更に教師のロイも参加している。
「それでは、まずアリスさん、生徒を指名してください!!」
予め六人には生徒の顔写真と名簿を渡されている。それでアリスは大体の見当をつけていた。
時間になり、アリスはリースの実力を見たいという気持ちをこらえて、マイクで高らかに宣言する。
「エレノン・バルタルタ! 俺と勝負だっ!!」
呼ばれたエレノンは素早く立ち上がり、アリスの前に立つ。と同時に五人のファイターは観客席へ退く。
場所は体育館!!
数多の生徒と外部の人間が観客席が囲う中、二人が戦う空間は二人には広すぎるほどある!
床は薄く最低限体を守る役割しか果たさない極めて地面と変わらぬマット、当然障害物もなければ天井もはるか高い!
戦いをするため、そして見せるがための空間!
「試合……開始っ!」
ノア校長の声と同時に二人が動く、アリスはエレノンの方向へ駆ける。
だがエレノンはニーデルーネにしたように、一つの球を平たい板にし、それに乗って浮遊した。
以前はなすすべなく騙し打ちにされたエレノンの思わぬ行動にアリスは驚きつつも、コインを口の中に忍ばせ、更に両手の指の間に挟み準備を整えた。
まだエレノンの高さは、上昇する速度を考えてもアリスの手の届く範囲。むしろエレノンの浮遊が妙にもたついている。
高く飛ばれる前に一気にけりを付けるつもりでアリスは跳躍したが、その瞬間にエレノンは急上昇しナイフを躱す。
上昇速度が遅いのは罠、アリスがエレノンを見縊ったための凡愚なミス!
跳躍し宙に浮いたアリスを、エレノンは見下した。
その目でアリスは気付く、アリスは空中という狩場に誘い出されたのだ。
上を向いたアリスはコインを吐き出す準備をするが、エレノンの位置は真上、板がそれを阻む。
同時に、目前に二つの球が出現した。
みるみる槍のように姿を変えたそれは、アリスの体に猛突する。
両手のコインをナイフに変えてアリスは槍の攻撃を反らす、だがそれすらもブラフ。
エレノンが乗っていた板、それがアリスに向かって急降下した。
脳天に打撃を受けてアリスは目を閉じるが、その間エレノンは両手に槍を持ち、アリスの首元に当てた。
マットの上で転げたアリスの口に板を当て、上に立つエレノンの両手にはアリスの首元に触れた刃が二つ。
板越しに、アリスのギブアップが伝えられた。
「試合終了! 勝者、エレノン・バルタルタ!」
見事な勝利に歓声が上がる。その中で唯一コントンはアリスを叱責している。
「……強くなりやがったな」
エレノンは無言で、槍状だった球をメイスのように形を変え。
それで思い切り、アリスをぶんなぐった。
「エレノン選手! 既に戦いは終わっています!」
ノアの叫びをまるで気にせず、しかしエレノンは秘術をしまった。
「いってぇ!」
「……これで許したわけじゃない」
エレノンの一言に、アリスは虚を突かれ、すぐにしょぼくれた顔になった。
アリスが行ったヴァルハラの悪意、それを受けたのは直接の被害者であるカナタ達だけではない。
エレノンこそアリスを最も憎んでいると言っても差し支えないのだ。
席に戻ったエレノンに、ネロのみが心配したような声を掛ける。
「え、エレノン! その、本当に強いですね……」
エレノンはネロを一度仰ぐと、前を向いて言う。
「……どうしてアリスが私を選んだかは知らない。でも、知れた。今の自分の力」
やる気と元気が充足していくのを感じながら、エレノンは両手を握った。
かつて自分を不意討ちで倒した相手。かつてのリースを倒した魔族の武人。
それをエレノンは正々堂々と戦い、無傷で圧勝したのだ。
今なら、今の力なら、シズヤにだって……、そんな想いがエレノンの胸に広がった。
次の選手コントンがマイクを持つと、早速叫ぶ。
「ネイロー・クイン、来いっ!!」
ゴリアックへのリベンジに燃えていたコントンが、なぜネイローを選んだか、それほど長い話ではない。
ナミエが自分のランキングの話をして、ゴリアックと戦おうなど、ネイローやシズヤに勝てないならばやるだけ無駄、と一蹴され、挙句一度完膚無きまでに負けてまだやろうなど……と罵詈雑言の嵐まで浴びせられたからである。
激昂したコントンは、もはや生徒を殺しかねないほどであるが、運の悪い事に寝ぼけたネイローが出場しない事態にまでなった。
ネイローとて、この大会で優勝しないことにはサボれないから戦うのだが、エキシビジョンなど眠いものを見せられては、寝るしかないのだ。
「だったらシズヤ・クロスフィールドォッ!! 来いっ!!」
「なっ、待て、シズヤは私が戦うつもりだ」
レンとコントンの意見が真っ二つに別れた、そこで既に立ち上がったシズヤが言った。
「いいよ、お姉ちゃん、昨日みたいに二対一で」
油断であり、慢心である、それらの正体はシズヤの圧倒的な自信。
試合開始の声を待たずして、コントンは羽を広げ、いまだ観客席のシズヤに突進した。
「ばっ! 無理をするなっ、魔族!!」
レンの声虚しく、女生徒の悲鳴が上がる中、シズヤは空を飛び、コントンを堕とした。
触れてもいないのに、圧倒的な空気の圧力がコントンを地に押し潰す。
徐々にコントンの体がマットの上へと引きずり戻され、生徒に害のない位置と判断すると、レンがコントンの上を切り裂き彼を解放した。
「雨神具・天剣、地主」
厳かに呟くと、レンはそれらを腰に差す。
「コントン、シズヤに真正面から向かっても敵わない」
「じゃかましいっ! 『響亞仁』が奥儀『苦等々』っ!!」
耳をつんざく音はレンやシズヤのみならず多くの生徒にも傷を付ける。
だが、シズヤはまるで平気な顔をしている。
音とはすなわち空気の振動、空気を操るシズヤにそれが通じるわけがないのだ。
初見の相手ならば不意討ちで攻撃を受け、慌てて地に堕ちて……ということもあったかもしれないが、コントンの襲撃事件は結構な知名度である。対策の一つや二つは当然ある。
「じゃ、ばいばい」
マットの下から急に生えた木がコントンの腕を捥いだ。
鋭く尖った槍のような木は、風で斬るほどの速さ、目視も僅かな地響きも感じ取りにくい。
何が起きているか分からぬうちに、もう片方の腕も。
「な、何を……」
コントンにもレンにも、コントンの腕がなくなったことくらいしか理解できない。
更に、コントンの真下からみしみしという音が聞こえた。
次の瞬間には幅広い台のような丸太が伸び、コントンを上に乗せたまま、天井まで伸びる。
レンが即座に木を切ろうとするも、上からの気圧が急にかかり体勢が崩れる。
その空気を切り裂きレンは姿勢を戻すが、同時に轟音が天井から響いた。
伸びきった木が天井に激突したのだ、天井と丸太の間にいたコントンがどうなったかは視認できない。
「あははっ! 生きてるかな?」
邪悪な笑い声にレンが目を向けると、下から剣のような植物がその腕を貫いた。
「ぐぁっ! シズヤ……」
左足に蔓が巻きつき、動きを封じる。そのまま蔓は伸びてレンの体を絡めとる。
「お姉ちゃん、ギブアップするなら今だよ?」
単なる挑発ではなく、これはシズヤなりの家族としての最後の情けである。
レンは挑発と受け取り剣を振るおうと身をよじったが、蔓はますます強く締まり、それが猿轡のように口を絞めた。
これでは降参もできず、失神する前に体が壊れかねない。
また、丈の短く強靭な草が、剣山のように足元に広がった。
蔓が地面に体を引っ張る。
このまま引っ張られれば、死ぬことはなくとも体中に空いた穴は激痛と一生残る傷跡を作るだろう。
やはりレンは自分の考えが、妹が自分を殺そうとしているというのが間違っていなかったと確信し、そして昨日ついた自信はもうどこかに逃げ去ってしまった!
(雨神具、『主』!)
声にならない声で、レンが祈ると三本目の剣が空より落ち、口を締める蔓を裂いた。
「ギブアップだ! シズヤ、私の負けだ!!」
それだけ言うと、シズヤは非常に面白くなさそうな顔をしたが、植物はみるみるうちに枯れ果てていった。
潰れたコントンはゴリアックの治療が入り事なきを得た。
だが負けたレンは、しかとトラウマを植え付けられ、もうシズヤに歯向かおうなどとは思わないのであった。
意気揚々とシズヤが席に戻る。それを見る観客達の目は、恐怖や憧れが入り混じる。
シズヤにとってはレンを屈服させた快感しか残っていないのだが、加えて言うとコントンなど眼中にすらなかったのだが、それでも勝者が得る歓声を満喫する気概はある。
だが、友人であるリースも、イツキも、エレノンも、そのシズヤには声をかけなかった。
「シズヤさんはすごいです! さすがですっ!!」
ネロだけが呑気に声をかける、だが他の三人は違う。
素直な敬意と感動から、倒すべき敵としての憎しみ、憧れと呪い、様々な感情が渦巻く中、シズヤは無言で席に着いた。
次に、ギラが前に出る。
ギラとて先ほどの壮絶な戦いを見ては安易に選べない。それにゴリアックともリースとも、一度戦ってからそれほど自分の実力がついたとも感じていない。
故に、この戦いを経験して自分の実力を更に上げようと考えた。
それで選んだのは、ナミエから聞いたゴリアックに負けず劣らず拳を極めた者。
「ブシン・クロード、頼む」
「ダァラオッシャー!!」
ひとっとびでブシンはギラの前に立つ。
「それでは、試合開始っ!」
ギラが構えを取ると同時にブシンは走り、思い切り右手を振りかぶる。
勢いのあまり、体が半分以上浮かび上がったブシンから振り下ろされた拳は、手首の辺りをギラの左腕に遮られ、残った右腕が下からブシンの体を抉る。
腹に深く当たった一撃にブシンは目を全開にするも、更に右拳でギラをがむしゃらに攻撃しようとする。
だがギラの左拳がブシンの顔を打ち、体勢が崩れっぱなしの所を止めと言わんばかりに顎を蹴り上げた。
ブシンが吹き飛んでいる間に、ギラは構えを取り直す。
この間、ブシンは腹と顔に乱打を受けているが、ギラには傷一つなし。
「どうした、この程度か?」
口から出る血を拭ってから、ブシンはゆっくりと立ち上がる。
「……一つだけ言っておきましょう。私は別に格闘戦士じゃなくて、魔女の大陸の秘術使いなのよ」
「ああ、構わん。持てる力全てを出し尽くせ」
ギラが淡々と言うと、それに呼応するようにブシンは長く息を吐いた。
同時に拳道部の部員から歓声があがる。
素のブシン、滅多に見られない冷静な女傑たるブシンの姿は人気がある。
凶暴で大雑把なブシンとは全く異なる、氷を使う冷血のブシン。
ブシンが拳を地面につけると、氷がギラに向かって広がっていく。
ギラが後ろに飛んでかわすと、氷の塊がその地点から爆発する炎のように出現した。
「ほお! これはこれで興味深い」
離れていては不利と悟ると、ギラは氷を避けてブシンの方へ近づく。
だが、次にブシンは地面を殴る真似はせず、正面からギラを見据える。
「さて、あなたは拳だけで戦うのですね。なんともまあ、このような下品な格好をしているのは真に申し訳ないのですが、どの道戦い方は卑怯だと自負していますので失礼は許していただきます」
雰囲気がどんどん変わるブシンに違和感を膨らませつつ、ギラは頷き、駆けた。
元々ブシンとは敵の近寄り方が違う、ギラはなるべく体勢を崩さす、小刻みに足を動かし隙を減らす、だがブシンは大仰な動きで飛び跳ねて敵に殴りかかるので隙だらけ。
だが今のブシンは立ったまま両方の拳を重ねているので、隙どころか敵を殴れる姿勢ではない。
ギラとブシンの距離はまだ十メートルほど、それでブシンは技を見せた。
両拳を離し、再び拳と拳をぶつけあう。
そこから冷気が出ると同時に、両拳をギラに向けた。
「凍てつきなさい」
凄まじい冷気を前にギラは動きを止めるが、既に手遅れ。
そこは完全にブシンの範囲だった。
ギラすら飲み込む、巨大な氷塊が前にできていた。
「試合終了! では皆さん、氷を壊してください」
ギラを包み込んだ巨大な氷、まるで永久凍土に埋もれた化石のような姿に、誰もが息をのんだ。
爆発と氷を操るブシンの真骨頂、体術で劣っていても、拳しか使えぬギラに負ける道理はなかったのだ。




