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大会編2・シズヤがお泊り

 この日、リースの部屋にシズヤは居た。

「こ、ここがリースの部屋……、簡素だね」

 いまだイツキの悪意行住が残る中、リースの部屋はテレビすらない簡素な部屋。

 イツキと争った時と比べると、鳥もちや壊れかけた机や壁は元通りになっている。

 またクローゼットにイツキが買った服に加え、四字熟語辞典と、イツキから新たにプレゼントされたマックスビート、アンダーグラウンド、忍獄滅殺の攻略本計三冊が追加されたくらいである。

 ちなみに忍獄滅殺、略してニンサツに出てくる『銀の忍者(シルバー・ニンジャ)古主(オールド・マスター)』は主人公の里の長老で作中でも最強クラスの忍者であり、銀の竜に姿を変えて戦う姿はまさしく最強クラスの云々、というのはイツキの談。

 イツキは単純に自分の好きな物を知って欲しいがために渡したのだが、これがまたリースの最強像をより固めることになる。

「イツキが泊まった時は……そうだな、イツキと戦ったぞ。主も戦うか?」

 唯一人を呼んだのが、イツキと戦い、家に泊め、放置、というあまりに女性らしくない一回だけである。

 リースは自分の拳に銀を纏わせるが、シズヤは両手をぶんぶん振って否定する。

「ダメダメ! そんなことしに来たんじゃないよ! もっと色々、お喋りしたり、一緒に遊んだり……」

「ふむ、しかし何をしたものか? イツキは勝手に部屋の物を物色したが。後は一緒に風呂に入ったかな?」

「えええっ!? お、お風呂に一緒に入ったの!?」

「いや、あれはイツキの家に泊まった時だったか……」

 シズヤの知っていること、知らないことが次々と明らかに、ついにシズヤの表情が曇る。

「……イツキちゃんと、仲良いんだね?」

「ああ、イツキともネロともエレノンとも、主とも仲良しだ。そうだろう?」

 リースの勇ましい顔に、シズヤはポッと顔が赤くなる。

 もじもじと指をいじくりながら、シズヤは顔を反らしながらこんなことを聞いた。

「……ね、ねえリース、私が一ヶ月前に言ったこと、覚えている? その、鎌部の特訓に付き合った時のこと」

 言われてリースはしばらく考えたものの、すぐに思い出した。

 そもそもシズヤと戦ったのは、入学してすぐと、エリオット教事件前の二度のみ。どちらもシズヤの実力を思い知らされ忘れられそうにはない。

 一ヶ月前ともなると事件は後者、賭けをした戦いの方である。

「ん? ……ああ、私を愛玩道具のようにしたいのだったな。はっきり言って不服だ。主はもう少し私のことを一人の人間として見てくれていると思っていたのだが……」

「み、見ているよっ!!」

 リースが思わず黙るほど、シズヤは一所懸命に叫んだ。

「最初は、本当に、その、可愛いな、って思っただけなんだけど。今は、もうリースに嫌われたくないの、ずっとリースと一緒に居たくて、リースに傍に居て欲しくて……」

 しおらしく、苦しそうに胸を抑えるシズヤは、まさしく恋する乙女の姿だった。

 それを見て、リースはどう反応したらよいのか分からない。

「ねえリースはどうなの? 私のこと、どう思っているの?」

「私は……そうだな、強すぎる主に尊敬や憧れを持ったこともあるし、悪意に満ちた主に嫌悪や軽蔑を感じたこともある。だが……主はアリスと戦った時も、エリオット教に攫われた時も、私を助けてくれた」

 魔女の森では毒キノコの煙を払ってくれた、という小さな気遣いだった。だがシズヤはアリスに負けた自分を救ってくれたというし、エリオット教はいつ殺されてもおかしくないという状況に、自分の危険を顧みずに助けに来てくれたのだ。

 そんなリースの言葉を聞きながら、シズヤは自分の心臓がどんどんペースを上げていくのを感じている。ともすれば、何かのきっかけで死んでしまうのではないかと思うほどに。

「私は、やはりわからない。だが、嫌いか好きかと問われれば、間違いなく主に好感を持っている。その、はっきり言って父上よりも頼りにしているような節がある。から、その、なんだ、なんというか、なんだろうな、不思議な感覚だ。シズヤ」

 リースがたどたどしく気持ちを伝えるのを聞いて、シズヤは笑顔のような感激のような、けれど泣きそうになりながらリースに飛びついた。

「リース! リース、リース、リースぅ!」

「し、シズヤ、あまりくっつかないでくれ!」

 シズヤは押し倒し、まるで犬のようにリースを舐めだしそうな勢いであり、リースは困ったながらも本当に嫌がってはいないような顔をしている。

 だが、あまりにシズヤがくっつくのでいい加減リースはシズヤを引き離す。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんだか私はおかしいぞ、鼓動が早すぎる、胸が、苦しい……」

「リース……」

 シズヤが顔を近づけると、リースはそれから離れる。

「待て、これも主の能力か?」

「違うよ、リース。リースはもう、私なしではいられない体になっちゃったんだよ」

「な、なんだそれは?」

 シズヤがゆっくりと体を近づけると、リースはそれにあわせ体を後ろにズレさせる。

 だが、壁際に追い詰められると、シズヤの顔が、近づくのをただ耐えるしかない。

「なんなんだ、一体?」

 シズヤは、リースの顔の横の壁に両手をついて、逃げ場をなくして、顔を見させて、言う。

「それはね、リースも、私のこと、好きになったんだよ」

「はは、馬鹿な……」

 そう言うリースの顔は笑っていない。

 対してシズヤは、普段より妖艶な笑みを浮かべる。

「ねえ、リースはどういうことがしたい?」

「それは、どういう質問だ?」

「私と、したいこと」

「シズヤと、したいこと?」

 リースにはてんで意味が分からないが、シズヤを見ていると疚しいような気持ちになるのは違いない。

 だが、そのシズヤとしたいことなど、やはり分からない。

「シズヤと、したいこと……そうだ!」

 シズヤの顔が期待に輝く。

「稽古をつけてくれ! 私はもっと強くなりたい!!」

 壁についた両手が滑り、地面に顔を打ちかける様は、ズッコケというに相応しい。

「どうした、シズヤ?」

「まあそうだよね、リースはそういう子だよね」

 はぁ、とふかぶかと溜息をつき、シズヤは気を取り直す。

「じゃ、学年最強の力を見せてあげるよ! ルール、日没までに、この部屋で、リースが少しでも私に触れたらリースの勝ち。触れなかったら私の勝ち。で、私が勝ったら、一緒にお風呂に入ります」

「なに、触るだけだと?」

 シズヤは当然のように頷くが、当然不服である。触るだけなど実践の欠片でもない。

 と、思いきや。

「そんなに怒らないで。飛び回って、植物を操る私は肉弾戦が弱いの。だからリースが触れた時点で私の負け確率はぐんと上がる。でも実際、リースは私に触るのが難しいから、今まで負けてたんだよ?」

 確かにシズヤに触れて銀と炎の攻撃を与えれば、シズヤに回復手段はあるものの、チャンスは大きく手に入る。

 これはまさしく稽古、リースが強くなるための段階である。

「わかった、では行くぞ」

 場所は変わらずリースの部屋!

 わずかばかりの空間は奥行きも縦も飛ぶことはできず、遠慮しているシズヤは心中で植物も使わないと決めた!

 対するリースは一ヶ月間、ゴリアックやギラとも拳を重ね、ネロやエレノン、イツキとの訓練し数々の技を会得した!

 今、この場においてシズヤは余裕綽々であるが、リースは自身の実力の向上を感じ、今度こそはと息巻いている!

「行くぞ、銀装・総!」

 リースの体に輝く銀は、瞬く間に目も髪も覆い、髪の先からつま先までを覆う。

 その姿はシズヤが息を呑むことを忘れるほど、芸術品じみていた。

 美しき少女の銀の彫像を作ればきっとこうなるだろう、だがそれには大量の銀と天才彫刻家が必要になる。

 だが目の前のそれは銀でありながら、自由に動き、喋ることすらできる。

「凄い……凄いよ、リース!」

 首を振り髪が揺れると、煌く銀粉が舞う。その姿はまさしく精霊といった雰囲気だ。

 もはやリースの秘法はただの戦闘スタイルに留まらない、歴史に残すべきほどの美しさだとシズヤは思っている。

 だが、にへらっとだらしない笑顔は少々場違いだった。

「だろう、だろう! イツキ達に協力してもらいついに完成させた全身を纏う銀! これぞ数々の格闘家や魔法使いを屠るデュライの姿! 今の私ならば、シズヤに触れることなど造作もないはずだ」

 そう、髪の毛があったり胸がなかったり背が低かったりはするものの、今の姿はまさしく格闘ゲーム『マックスビート』のラストボス・デュライのそれと類似していた。

 シズヤは少しうんざりした顔を見せるも、油断はしない。

「じゃ、かかって来てごらん? 力の差を見せつけてあげるから」

「ふっ、見掛け倒しではないところを見せてやろう、火華馬猛ッ!!」

 とリースは加速してすぐ傍のシズヤまで駆け抜けようとするが、すんでのところで急停止し、ついには吹き飛ばされた。

 すぐ後ろの壁に衝突し、リースは叫び声を上げる。

「なにぃっ!?」

 痛みはほとんどない。銀に守られた体は壁にぶつかった程度ものともしないが、いまだに吹いている風には手の出しようがない。

「んぐ、なんだこれは!?」

 わずか一メートルちょっとの距離のシズヤに、手も足も出せない。

「ちょっと強めの風が吹いているだけだよ? それで壁に張り付いているみたいになってるんだね」

 リースの体感ではちょっと強いどころではない。背中側の壁に貼り付けてある『唯我独尊』は平気だがその隣にある『獅子奮迅』は既に剥がされ、向かいの壁の『悪意行住』や『行住坐臥』も部屋の中の突風に荒らされている。

「……これはこれで迷惑、かな?」

「ぬうううううっ!!」

 壁を掴めば、そのまま壁ごと吹き飛ばされてしまいそうな勢い。ここで火を使っては建物ごと燃えてしまいそうだ。

 それに気付いてか気付かずか、シズヤは風を止めた。

「もっとフェアプレイにした方が、稽古になるよね?」

 リースは無言で頷いた、妥協のような気がして悔しいのだろう、唇を噛み締めている。

 それはシズヤの嗜虐心を昂ぶらせるらしく、シズヤはとっておきを見せることにした。

「リース、これはまだ先生にも見せてない秘密の技なんだけどね……特別に見せてあげる」

 空気と植物、環境を操るシズヤの技はどうしても周りに影響を与える。周りに影響を与えて敵を倒すのだから。

 そこでシズヤは、自分にだけ作用する技も発明した。

「いくよ」

 そう言いながら、シズヤは徐に服を脱ぎだした。

「隙ありシズヤっ!!」

 無論、脱いでいる途中も突風でリースの体は壁に激突した。

「植装・ハードプラント」

 ツタのような植物がシズヤの体を包む。いや、それはまさしく植物でできた鎧。

 足の先から、顔を除き髪の毛の先までが青々としたツタで武装されている。

「どう? リースからヒントを得て作ったんだけど……どっちが強いか試さない?」

 驚いたのは一瞬だけ、リースはすぐに、ゴリアックのような逞しい笑顔を見せた。

「面白い、格闘でまでは負けんぞ?」

 固く硬い銀の拳を握り締める。

 一方シズヤはしなやかな緑の鞭を振るい、その激しい音でリースを威嚇する。

「リースは、なんにも勝てないよ? 闘いも、恋愛もね」

 銀のため表情は分からないが、眼に見えて後ずさったのでシズヤは苦笑した。

「今度こそ負けん! 植物など切り裂き燃やしてくれる! 銀装・魔夜千切っ!!」

 シズヤは僅かに身を後ろにそらし、攻撃を間一髪で避ける。

 だが、今のリースはそれすらカバーする技を得た。

「銀ソード・魔夜千切っ!!」

 炎を纏った拳から突き出た剣は、シズヤの体に張り付いたツタを切り裂く。

 相変わらず水分を豊富に含んでいるらしく、上手く燃えることはないが、銀が切り裂き綺麗にシズヤの白い二の腕が見えた。

 だが、同時に植物からは白い煙が噴出した。

「あははっ! おやすみ、リースっ!!」

 睡眠ガス、かつてリースやノルドを眠らせたものと同じガス。

 以前のように、シズヤはバタンと倒れ、そのまま気を失った。


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