ヴァルハラ編9・アリス
一番窮地に立たされたのは、言うまでもなくアリスである。
尋常ならざる様子のノーベルは、もはや二度と連絡できそうにもない。
傍から見れば仲間から同意が得られず逆切れしていただけ――本当はあれが魔女の本性というものなのだが――だがアリスはノーベルが敵に追い詰められて殺されそうな状況なのかと深読みしてそこに近づこうとは思わなかった。
しかし、逃げることもできない。
むしろどこに逃げることができるのか、何をしたら助かるのか。
体を調べればすぐにボロは出るし、何よりエレノンに正体がバレ、つい先ほどもリースと出会ってしまった。
初めてエレノンがアリスと出会った日。
「へえへえお嬢さん、こんなところでどうしたんです?」
「……私、一人が好きだから」
「へえへえ、そいつぁ奇遇。あっしも一人ぼっちでして、ちょっと面白い物があるんですが、お嬢さんは秘密を守れますかね……」
エレノンはその時に『ヴァルハラ』を購入していた。
だが、その時は力が足りないから、そうした。
エレノンは寮の部屋に戻って、学校にも行かず、自身の能力を鍛え、さらには予知でアリスの居場所まで突き止めたのだ!
誰にも心配をかけないよう、誰にも被害が出ないよう、エレノンはたった一人、仲間から疑われながらもこの数日を戦い続けた!
その結果はあまりに悲劇的!
そしてエレノンが裏路地でアリスを見つけた日、リースとアリスが二度目に出会った日でもある、ついさっき。
「……見つけた……大悪党」
「へえへえお嬢さん、お久しぶりですね。大悪党とは随分な言い様ですが」
「……街の平和を守るため、汚い邪悪を祓うため、正義と沈黙の象徴たる私が……成敗!」
エレノンはノリノリである、こういう人間なのだ。
一方のアリスはすぐに状況を把握し、トランクの中から少女を出した。
「おっとっと、こいつが目に入りますかね?」
アリスの手には銀のナイフ、そしてカナタがあった。
意識を失っているらしくアリスの腕の中、ただ無防備にナイフを押し当てられている。
「……入った」
「はは、人質交換と行きやしょう。あっしがこの子を解放する、お嬢さんはあっしを見逃す、で、どうでしょう?」
「……たった一人を救うために、この街を犠牲にする……、乗った、仕方ない」
溜息を吐いて、エレノンはそれを了承した。
「では、どうぞ」
アリスがカナタの背中を叩くと、カナタはすぐ、エレノンの方へ走る。
「……大丈夫、カナタ?」
倒れこむようにエレノンの体にくっつき、カナタは全体重をエレノンに乗せる。
「んっ!」
同時にエレノンの胸に衝撃が走り、何事かと見れば血で赤く染まっていた。
カナタの腕には、彼女の秘術たるボウガンが握り締められていた。
強烈な眠気がエレノンを襲う。
「か、カナタ落ち着いて、私、私」
そしてカナタはすっくと立ち上がり、アリスに言う。
「ア、アリス、様、お願いですから、もっと、もっと薬を……」
「え? カナタ……?」
カナタの濁った目に、もうエレノンは映っていない。
「へっへっへ、友達思いのいいご友人をお持ちですね、カナタ嬢。ほら、これだけやるから、人が来ないうちに……」
トランクの中の、もう少ないヴァルハラの小袋を一つ乱雑に掴み投げ、アリスはそのままカナタを表の方へと押しやった。
既に薬漬けのカナタは自分のことを売れないし、またすぐに薬を求めてここに戻ってくる。
「え……あ、嘘……」
エレノンの顔が絶望に染まる。
「へえへえ、友達想いの良いお嬢さんは、こういう気の強い子はそのままの方が高く売れるかね」
カナタの睡眠ボウガンにより、手が震え、目が霞み、しかし足は既に硬直してしまっている。
「ね、ネロ……」
意識の途切れる瞬間に呼んだ名は、彼女のルームメイトのものだった。
だが今、窮地にたたされた。
どこにも逃げ場はなく、恐らく自分が売人とバレるのも時間の問題、いやバレていると思っていい。
数人の女生徒を引っ掛けたが、一人として逃がさず捕まえておけばよかったと後悔する。
まさか魔女が窮地に立つとは、最大の誤算がそれであった。
麻薬の手持ちはもう殆どないが、麻痺、睡眠の毒は十分ある。
エレノンを眠らせることを第一に毒を使っているが、何か目的がないと不安で仕方ない。
そこでアリスは目的を定めた。
麻薬を買った人間は放置して問題ない、最悪の場合自分を売るとしても、これだけ狂わせたのだと魔女への取り引き材料にできる。
一人でも薬の被害者がいればそれが戦功になる、魔女への手土産になる。ただ殺すだけでなく毒をこの町に広めるのが目的なのだから。
だが、自分のことを知っていて、しかも麻薬の存在にも気付き始めているあの二人。
戦功にもならずただ厄介なだけの存在。
シズヤと、銀髪のお嬢さん。
あの二人が野放しであることが非常に疎ましく感じられた。特に、ついさっきも出会った銀髪の女。
リースは友を捜していると言った、この状況で行方不明になっている女生徒というと、麻薬を使った者か、このエレノンに違いない。
そして麻薬を使った者の数人とエレノンは同級生なのだ、何かしら繋がりがあってもおかしくはない。
人質になる、ならばエレノンを殺すわけにはいかない。
「まだあの人達はあっしを捜しているんですかね……だったら、裏路地で待ち構えればいんですけど……」
目標はリースとシズヤを殺す、もしくは口止めすること。
言いながら、アリスは急ぎ元の場所へ戻った。
そして出会った。
「イツキさん……あれ、あの魔族!」
「茶色い毛並みね……間違いないわ。でもあれだけ目立つと、普通に捕まりそうなものだけど」
ともかく、ネロとイツキは一直線にアリスに向かった。
街中、人も多い、アリスは多少目を引くが、まだ通報されるほどではない。
麻薬の事件自体、学校以外では秘匿されているのだ。多少報道はされても、実際に警察を呼んでまであいつが怪しいというほどの人はいない。
むしろトランクを持ったアリスは魔人ながら普通の旅行者に見えなくもない。
アリスも異変に気付いた、二人の女生徒がただならぬ気を発して、こちらに近づいてきていると。
だが、もうネロの攻撃範囲!
場所は歓楽街の外れ!
歩行者も車も多く、戦えば一般市民の巻き添えは必死!
ネロの攻撃は特に巻き添えを作りやすい!
だからこそネロは別の攻撃手段がある!
小さい多くの鎌を投げる以外に、黄金の大きな鎌を出すことができる!
「魔族! 観念するです!」
ネロが構えた大きな金色の鎌、これこそがネロの通常のバトルスタイルだ。
素早く退こうにも鎌の範囲は広く、アリスには避けきれない!
だから、アリスには自衛の手段があった!
「物騒なお嬢さんですねぇ。へえへえ、仕方ない」
アリスの懐、紺色のベストの中にも、自分の毛の中にも、至る所にに隠された銀貨を一枚握ると、それが一瞬で銀のナイフに形を変える。
そして振りかざした鎌の一撃を、小さな銀のナイフで受け止めきり、さらには弾き返す!
一部始終を見た市民は叫び、騒ぎになる。
これはネロ達もアリスもあまり芳しくない出来事であり、アリスはすぐにトランクを持って裏路地に逃げ込む。
「待つです!」
狭い裏路地に入ったアリスを狙うべく、低空に小さな鎌を大量に放つ。
だがアリスは跳ねる。
「へえへえお嬢さん! このトランクに誰か入ってたらどうする!?」
「な、まさか!?」
同時にアリスがナイフを一本放った!
動揺したネロはかわしきれずに腕に掠る。
そして、倒れた。
「ネロ! 大丈夫!?」
イツキは素早くネロを庇い、二丁拳銃で何発か撃つ。
だがアリスは大きなトランクを盾のようにして防ぐ。
アリスの方も銀貨を握り締めるが、この場所でこれ以上戦うことの方ができない、すでにギャラリーは何人もいる。
裏路地の奥へ、アリスは消えた。
「くっ、ネロ……」
痙攣した風に震える腕、傷口にイツキは口を当てすぐに血を吸い、吐いた。
「大丈夫!? ネロ!?」
名前を呼びながら何度もイツキが繰り返すと、ネロは少し赤くなった顔で言う。
「あの、全然、大丈夫ですから。ちょっとびっくりしちゃって」
イツキが一発げんこつを見舞う頃には、アリスを見失っていた。
後に、イツキ達とリースは合流した。
しかしネロの傷口は青く腫れあがり、ネロの顔色も悪くなっている。
全然平気ではないのだ、ただ死なない毒というだけで。
「ネロはまだ歩けそうにないわ。奴はナイフに毒を塗っているらしいの」
「ネロちゃんより強いのかぁ……でも、もう大丈夫だね」
シズヤの要領を得ない言葉にイツキが眉を顰める。
「何が大丈夫なの?」
「一人で捜しても、だよ。話を聞いている限りアリスはナイフを投げるか切るかだけの戦闘方法。一対一でも負けないよ」
「それはシズヤだけでしょ? 私は危ないし、接近戦だけのリースはもっと危ない」
「私は大丈夫だ」
「そんなわけないでしょ!」
「わけある! ネロがこんな目にあって、放っておけるわけがないだろう!」
リースは歩き出した。
「私が悪い、とは言わん。だが責任の一端はある。行かせろ!」
シズヤも別の方向へ歩き出した。
「イツキちゃんも、情けないことは言わないで」
「……分かったわよ! ただし、私はネロを安全な場所に運んで、先生に事情を伝えてから、こっそり抜け出すから!」
イツキはネロを背負って、ゆっくりと歩き出した。
イツキは思う、もしこれでシズヤかリースが犠牲になったら……。
それが心配でならない、というのも、シズヤの言う『情けない』なのだろうが。
アリス包囲網は広がる。
ネロとの戦いにより一市民が通報、事情聴取によりアリスは広く捜索されていた。
警察が表を探し回り、またついに対魔女学校の卒業生や上級生が駆り出されることとなった。
アリスはマンホールの下、下水道に隠れ潜んでいた。
下水には小動物の腐乱死体も多くあり、また家を失ったホームレスなどもいて耐え難い悪臭を放っている。
込み上げる吐き気を耐えながら、アリスは絶望に憤慨していた。
「はぁ、はぁ……へえぇ……いったいどうしてこうなったってんだ……」
魔女に取り入ろうと思った時からだろうか、この大陸なら小さいから麻薬も流行るだろうと考えて移動を始めた時からだろうか、それとも、もっと昔――自身が悪に堕ちた時からか。
トランクが重い、人一人とはこれほどに重いのか。
それとも、足取りを重くしているのは罪の意識だろうか。
捕まりそうになってから罪の意識がありありと感じるのは、いかにも小心で情けないことこの上ない、だがそう感じてしまうからこそ小悪党なのだ。
エレノンが言うような大悪党ではない、所詮、アリスは麻薬を売るしか能がない小悪党に過ぎないのだ。
悪びれたところで所詮は不器用で平凡な一魔族でしかないのか、と。
家族の栄光の中、出来損ないのゴミと言われ続けた自分は、所詮ただのゴミで終わってしまうのか、と、アリスは唇を噛みしめた。
(ふざけるな……俺だって、俺だってやればできたはずなんだ!!)
今の現状と違うことをアリスは思う。きっと、今からでもきっと何かできるはずだ。
中央に走る下水!
その両端に人一人分ほどの通路!
各地に地上へ昇るための梯子があり、また他の水路に繋がる土管がある!
そこで、アリスは真正面にリースの姿を見た!
「そのトランクの中身はなんだ? 人か、麻薬か?」
リースはいつも通りの無表情であるが、アリスにはその迫力が何百倍にも感じられた。
前会った時とまるで違う、明確な怒りの感情、その全てがアリスに向けられていた。
「ちっ……まるでついてねえ、一体どうしてここがわかった!?」
既にアリスは取り繕わない、ありのままの邪悪で喋る。
ネロと交戦し、イツキの銃撃を受け、アリスはシズヤに戦いを挑もうなどと考えなくなった。イツキ相手ですら勝てる気がしなかった。
しかし、このリースは違う。シズヤに遜色なく美しく、強さは未知。
倒すも売るもうってつけ。
「父が言っていた、薄汚い者には薄汚い場所が似合うらしい」
「ふふはははっ! 面白ぇ!」
トランクを放り、アリスはコインを二本ナイフに変えて、両手に持った。
「てめぇも武器を出しな! 身包み剥いで、薬漬けにして、売っ払ってやる!!」
リースも、構えた。
「やれやれ、随分と品がないうえに、随分印象が変わったな。まるで別人だ」
ナイフVS素手!
これほど相性の悪い戦いがあるだろうか!?
使い手としてアリスは未知数!
しかもネロと交戦した時に見せた薬品により、小さな擦り傷でさえ致命傷になりえる!
それをリースが完全に避けきるには、距離をとるしかない!
しかしリースは素手、拳と脚でしか戦えない!
それを知ってか、リースは『火華馬猛』で一気に近づくような真似はせず、すり足で忍び寄る。
一方のアリスもナイフを両手に、それにあわせ後退していく。
「へっへっ、嬢ちゃん、素手で戦うのかい? それはまた無謀だなァ!」
いつものへらへらした笑いとは違う、真剣な目つき、獣の目つき。
右手は攻撃のために伸ばし、左手のナイフはいつでも自分の身を守るように縮める姿勢、戦闘向けの完成された姿勢。
リースはその動きを、挙動を、アリス自体を注視した。
たかが魔商人と侮っていたが、この体勢に一分の隙もない。
ネロを倒した手段を聞いて、リースは距離をとる。
跳ねて反対側の通路に移動し、そこからアリスの挙動を見る。
アリスはほぼノーモーションでナイフを放った。
空中ではナイフを避けられず、リースは息を呑む、が、なんとか持ち手を掴むことに成功した。
ネロとの戦いのときにも見せた、敵の投げた武器を掴む動き、むしろネロの鎌より真っすぐであったが、持ち手の小ささと使い手の技量により、今回の方が難しくあった。
「……おいおい、随分な反射神経じゃねえか」
アリスは、一筋縄ではいかないことを再認識しつつ再びコインをナイフに変える。
「ふぅ、それはこっちの台詞だ」
深い深呼吸をして、流れる汗を首を振るだけで払い、リースはナイフを見た。
紛れもない銀のナイフ、コインを銀のナイフに変える、それさえ分かっていれば、あの時にアリスが怪しいと気付けていた。
だが、あの時に気付けていたところで、返り討ちになっていたのかもしれない。
「魔商人か。主は、本当にそれだけなのか?」
「ああ?」
リースの意味深な質問に、アリスはつい気がそれる。
「それだけの能力が……失敬。武術の心得があるものと見受けた」
「……はっ、ちゃんちゃらおかしいね、今さら武術なんて」
「それだけの能力のある主が、なぜ麻薬の売買など陰謀を巡らせる? 主の力はもっと別なことに使われるべきではないのか!?」
「てめぇ……知った口きくんじゃねえよ! てめえに俺の何が分かるってんだ!?」
「主の実力なら分かる! 武術を習い、その精神も習ったであろう!? こんなことをする意味があるのか!? なぜもっと武を競おうとしない!?」
「武だと!? 武で食っていけるのかよ!? 武で幸せになれるのかよ!?」
既にアリスは平静を失っていた。リースの話にのめりこんでいた。
いや、それはアリス自身がかつて武に執心した男だったからこそ、だ。
「そもそもだ! 俺が鍛えたってな、俺より強い奴は山ほどいる! 俺なんて所詮ゴミみたいなもんなんだよ! 俺なんて、俺なんて……」
「主が堂々と戦いに来てくれていたなら、私は幸せだった」
そんなリースの事情、自分勝手な事情をぶつけられてはアリスも反論できない。
「お前が幸せなところで……」
自分がちゃんとしていれば、リースだけでも幸せになった、そんな言葉にも聞こえた。
「今からでも構わん。正々堂々と戦おう。私が負けたならば、私は主を見逃そう」
「うるせぇ! お前に見逃されたところで……俺は……俺はもう!」
ナイフを持ち、アリスはリースの方へ跳び掛った。
跳躍して向かってくるアリスには、究極奥儀たる『晴日』が使える。
だが使わなかった、それは決して油断でも蔑みでもなく、アリスを戦士として試すため。
ただ悪として倒すのではなく、全力で叩きのめすのでもなく、程よい組み手をとるべく。
「来いっアリス!」
リースの両腕の肌から、ほのかに銀が生える。
初めて強引に出した銀の結晶とは違い、肌に張り付く膜のような、粉のような銀。
まさしくデュライのような姿だ。腕の一部だけだが。
掛け声と共にアリスが右手のナイフを振り下ろす。
それを、リースは腕で受け止めた。
「なにぃ!?」
叫んだのはアリス。
ナイフは派手な金属音と共に弾かれた。
そのままリースが腕を振り払うとアリスも吹き飛び、ナイフも手から離れた。
「これが私の秘術。全身から銀ができるはずなのだが……生憎、まだ体の一部にしかつかない」
「なるほど……だったら、全身満遍なく切り刻んでやる!」
「ああ来い! 『炎舞炎膚』!!」
銀に加え炎を纏うリースに、アリスは一層の警戒をしている。
「……仕方ねぇ、俺も本気で行くぜ?」
懐から出したコインを複数口の中に含むと、そのままアリスは突撃を繰り返す。
単純にコインを喉に詰めかねない危険な状況、それでもしたことには意味がある。
火と銀で武装したリースの肉体には一気にナイフを突き立てることは難しくなった。
一撃二撃試したところ、技術、腕力ではリースの方が上、それはアリスもリースも分かる事。
しかし若く実戦経験の少ないリースと比べ、アリスの方が経験で勝っていた!
全てのコインを歯で挟んだアリスは、もごもごと口を動かして言う。
「ストリップトリックリップ!!」
回転するアリスは無謀にも背を向け腹を向け攻撃を繰り返す。
まるで独楽のように、いやプロペラの刃と言うに正しい。アリスは自らの体を軸に、両手にナイフを持ち回転することで隙のない連続攻撃を可能とした。
生半可な速度ならリースも殴り飛ばすなり、ナイフを掴むなりできた。
だがアリスは、いちいち七面倒くさい技名を言うほどの自信! その動きは高速回転する独楽のように速く、目が回らないよう回転に慣れる訓練もした、完成した一つの奥儀と言える。そんな猛攻をリースは防ぐことしかできない。
言い換えれば、リースは防ぐことはできた!
確かに服は破れた、だがリースは、切られる瞬間に、切られる部分に銀を産むことで肌を守ったのだ!
だがアリスはそれだけでは済ませなかった!
回転の途中、アリスは口から複数のナイフを吹き出した。
コインをいつでもナイフに変えることが出来る、それを複数口の中に含むことで、口からいくつものナイフを簡単に吐き出すことができるのだ!
唾液でべとべとのナイフながら一度に吐き出される量はとても両の手では防ぎきれない!
なんとか首と頭を守ったものの、うち一本がリースの脇腹に深く突き刺さった。
苦痛に表情を歪めつつ、なんとかリースはそれを引き抜き、まだ立ちはだかった。
回転を止めたアリスは、再びリースに対面する。
両手のナイフを、べろりと舐めて、リースを睨む。
「おいおい、もうお終いか?」
「……ふん、まさか」
そういいつつも、リースは苦しそうに脇腹を押さえている。
「貴様こそ、そのナイフを舐めていたら、自分の毒でやられるのではないか?」
「はっ、俺ぁお前らみたいなお嬢さまじゃねえから、この程度の毒は平気なんだよ」
状況は、アリスが優勢。
しかし、リースは楽しそうだった。
「さぁて、次は、私の本気を見せるかな……」
息を荒げながら、冷や汗をかきながらも、リースは強気を見せる。
「んん、ぬおお……」
両手から肘にまでかけて銀をめぐらせていく。
「はあああ……」
脇腹の痛みが、熱さが、攻め立てる。
それでもリースは倒れず、めげず、くじけず、力を振り絞る。
「『炎舞炎膚』奥儀『破我納火』!」
銀を纏った上に火、当たれば火傷と打撲の二重苦。
だが、アリスにあっさりとかわされた。
いや、リースが先に倒れた。
両手から火が消え、銀が一瞬で剥れる。
元々筋力のつけられない体は、大きなダメージには弱いのだ。
「…………」
アリスは、倒れたリースを見つめ、ナイフを、コインに戻した。
「久しぶりに熱くなっちまったよ……ちくしょう」
必殺技など何故叫んだのか、どうしてわざわざ唾液を混ぜて毒を減らすような真似をしたのか。
戦いが終わり、冷静になればなるほど、自分の行動が、熱狂した愚かしさが、終わった後の気だるさが、はっきりとなっていく。
だがこの愚かしさが、この気だるさが、祭りの後のような虚無感こそが、アリスの求めていたものだった。
今、それをありありと噛みしめている。
最高とは思えないその達成感が、今はこんなにも心地いい。
アリスは手に持っていたコインを落とした。
だがもうそれを拾わず、アリスは歩いた。
トランクの鍵を外し、リースの傍に置いて。




