友達
「かわいかったな~」
まるでお酒を飲んで酔っ払ってしまったようなお風呂でのぼせてしまったようなどちらに例えることもできるくらいに頬を真っ赤にしてふらふらとした足取りで日の沈みかけた道を未來ちゃんとふたりで歩く。大満足そうに見えるけど、実際に一コンマも猫に触れることもできなかったのにとか言ったら一気に顔色が赤から青に信号機みたいに変わる気がするので現実を伝えずにしておこう。
「また、行きたいな~」
「いいじゃないの。海野さんも来たければこればいいみたいなこと言ってたし」
実際に近所の小学生たちもそれ目当てによく集まっていると聞いた。
未來ちゃんの姿を見て思う。
「・・・・・・混ざれそう」
「何に?」
察しているのか若干不機嫌そうに返事が返ってきた。
各々がそれぞれの帰路につく時間帯になり街灯の明かりが灯りだしてコンビニの明かりが目立つ時間になった。それぞれが何も変わらない日常を過ごしている。その中に私と未來ちゃんは溶け込んでいる。誰も疑うことなく。
「そういえば、未來ちゃんの家ってこの近くなの?」
「そうですね」
どことまでは教えてくれなかった。理由は分からないけど藤崎さんが何をするか分からないので一応聞いておこう。と思った時、たまたま正面を通った古本屋に未來ちゃんは足を止める。
「なんで海野さんはあんなに猫に好かれるのかな」
急にふとつぶやいた。
「それは餌をくれるからじゃない?」
餌がありつけるならば主人を変えるって海野さんも言ってたし。
「でも、私の場合は餌をあげて食べるというよりは奪われたんですよ!」
「ああ」
「きっと、何か猫が好む何かがあの人にあるに違いない。そのためにも勉強!」
そういって店に入って行く。
「え?なんで?」
「何でって。勉強のための資料集めです!」
中古の本で?
ズンズント店内に入って行く未來ちゃんの後を追う。中には仕事終わりのサラリーマンとか学校帰りの学生とか意外と混んでいた。そんな中、空いている一角に迷わず進んでいく。向かった先はもちろんペット関連の書物があるコーナーだ。
「ちょっと未來ちゃん。今日はもう遅いから帰った方がいいよ。ふ、藤崎さんも心配してるよ」
「猫・・・・・猫・・・・・猫・・・・・猫」
「あ、これダメだ」
藤崎さんもそうだけど、なんか未來ちゃんも自分の好きなことになると目の前が見えなくなっている気がする。私にはないな。自分の好きなものに没頭して周りが見えなくなるくらい夢中になることが。
未來ちゃんは適当な本を手に取って読み始める。私も暇なので適当にとって読む。サルでもわかる猫の気持ち。なんか読者をバカにしている気がするようなタイトルだ。開いてみると猫の仕草による合図とか気持ちとかがイラスト付きで書かれていた。確かにおサルさんでも分かる気がする。
その本を読んでいくとある文面が目に止まる。それはあの海野さんも言っていたことが書いてあった。猫は目がよく気配に敏感。そのいい目で見た相手を気配で敵か味方を野性的に判断している。
「そういえばさ」
「ん?」
未來ちゃんは読みながらも反応してくれた。
「海野さんがね、未來ちゃんからは猫が嫌う気配があるんじゃないかって言ってたよ」
「え!」
予想通りの反応で慌てて持っていた本を落としてしまう。それを拾って元の場所に戻しながら聞く。
「どんな気配なんですか?猫の嫌らがる嫌な気配って」
改めて聞かれると悩む。だって、ちゃんと私はそれを聞きとることが出来なかったからだ。一瞬だけぼっそとだけ言っていただけで、その後すぐに分からないと告げられたし、なんとも言えないんだよな~。
「でも、この本に書かれてるように何か未來ちゃんに猫が危険と感じさせるような気配があるんじゃないの。も、もちろんたぶんだよ」
本を渡した時の未來ちゃんの様子が何か変だった。いくら鈍感な私にも分かった。目線を外して受け取ろうとする本を一度つかみ損ねた。思い当たる節があるように見えた。
「それが分かるなら対策すれば猫にも好かれるようになるよね」
「・・・・・・・そ、そうですね」
何か拒まれた気がした。
すると私が渡した本を真剣に読み始めた。
まるで目の前の事実から逃げるように。でも、それ以上は踏み込もうとは思わなかった。自分の好きなものに対する勉強熱心な姿を見ると応援したくなってしまって他にも何か役に立ちそうな本を探す。
「未來ちゃんこれ何かどう?」
「あ。ありがとうございます」
さっき私は本をわきに挟んで離さない。私が渡した本を真剣に読み始める。
「未來ちゃんって本当に猫が好きなんだね」
「もちろんですよ」
今度の本は適当に棚に戻されてしまった。
「見た目もいいですけど、何にも縛られない自由な感じが好きなんですよ」
・・・・・その言い方だとまるで普段は拘束されていて自由がないように聞こえる。
「まさか、家に帰ったら藤崎さんに首輪をされて全裸にされて何もできずいいなりされているから自由がないとでも言いたいの!」
「何をでたらめなことを大きな声で言っているんですか!さすがにあのバカは変態だけどそんなわけないでしょ!」
顔を真っ赤にして訴える。
「そもそも、そんなようなことをする奴ならいっしょに暮してないです」
だよね。
「と言うかもしそういう目に合っているならば、首輪をされるのは私じゃなくて藤崎だし」
・・・・・藤崎さってそんなに弱いの?
なんかよく分からない人だな。見た感じだと中肉だったしそんなに弱そうな感じはしない。
「藤崎さんで思い出しだけど」
「ん?」
「あの人って無職なの?」
「・・・・・・・・・・」
無職なんだね。
「た、たまに日雇いの仕事に行ってるくらいで・・・・・特に定職には・・・・・」
「いつから?」
「わたしと暮らしだした時にはすでに今の状況になってた」
それに対して不安はなかったの?仕事がない人と暮らして行こうってよく思ったね。
「で、でも、なんか前の仕事の貯金が大量にあってそれで今まで生活したので」
藤崎さんのダメ人間ぶりを同居人として心使いなのか誤魔化すために新たな猫の本を選んで読み始める。
前の仕事のお金がまだあったみたいなことは前に聞いた。でも、5年も日雇いの安定しない収入源だけで生活していたのだから、前の仕事で相当お金を儲けていたんだな~。
「藤崎さんの前の仕事ってなんだろうね」
私のつぶやきには反応しなかった。知らないだけかもしれないね。
すると携帯のバイブの音が響く。未來ちゃんは呼んでいた本を戻してスカートのポケットから折り畳みのガラケーを取り出した。
「電話?」
「・・・・・藤崎から」
あれ?急に顔が真っ青になったよ?
未來ちゃんが電話に出ると、
『未來!今どこにいやがる!』
店内中に電話越しの藤崎さんの声が響き渡る。近くのお客さんたちの目線は釘図けだ。耳元でその大声を聞いた未來ちゃんは耳を押さえながら冷静で電話を切った。数秒後にすぐに電話がかかって来た。
「もしもし。・・・・・・今?商店街の本屋。・・・・・・うん。大丈夫だから・・・・・・大丈夫だってなんともない。・・・・・・聞けって。・・・・・・分かってるよ。・・・・・え。いいよ。・・・・・いやいや、だから。・・・・・・死ね」
電話を切った。
「今の藤崎さんだよね?」
「この世から消えればいい不純物質よ」
ひどい言われよう。
「何か怒ってたみたいだよ」
すると何か一瞬だけ悩んだみたいだったけどすぐに話してくれた。
「普段、あの商店街のどこかで藤崎と待ち合わせしていっしょに帰宅してるの」
「へぇ~。なんで?」
「危ないから?」
「藤崎さんって過保護なの?」
「あいつなりに責任感って言うのがあるの。最近は鬱陶しいんだけど」
それだと本当に藤崎さんが親みたいで未來ちゃんがその子供みたいだ。こんな暗くなるまで帰ってこない娘を心配する過保護なお父さんのことが鬱陶しくなって言うことを聞かなった反抗期の娘に見える。
「早く帰った方がいいんじゃない」
「・・・・・そうね。一応これだけ買ってく」
携帯をポケットにしまってレジに向かう。その後を私もついて行く。
レジにはすでに二人並んでおりその後ろに並ぶ。
「ねぇ、子安さん」
「何?」
「子安さんってなんでこうもわたしに付きまとうの?」
「え?」
それは本当に急で唐突なことだった。もしかして私ストーカーと間違われてないよね?いや、きっと他の人から見れば明らかにストーカーは藤崎さんだもんね。見た目から胡散臭い人だし、いつも未來ちゃんといるイメージがあるからそっちのストーカーだよ。それに変態だし。
「付きまとってるつもりはないよ」
ありのままのことを言う。
「別にいいんだけど、ただあまりわたしたちに関わらない方がいい・・・・・ですよ」
途中で敬語が抜けていることに気付いたみたいだ。全然気にしないけどね。私にとっては危ない目から助けた女の子という感覚はもうなくなっているし。
「なんで関わらない方がいいの?」
先頭の人の会計が終わり一歩進む。
「後々後悔すると思うから言っておくだけです」
私には未來ちゃんが何をいいたのかさっぱり分からなかった。ただ、これ以上近寄るなとそういっているように聞こえる。でも、そんなのを聞き入れる気はなかった。だって、未來ちゃんはあの無職で足フェチ変態の藤崎さんとふたりだけ暮らしているというのは絶対におかしいと思うし。それに関わると後悔するとはどういう意味なのかさっぱりだよ。
「別に私は私の意思で未來ちゃんといっしょにいるだけだよ。それにね」
未來ちゃんの頭を撫でる。小さな背丈は私が撫でるにはいい感じの高さだ。さらさらと手入れのされたきれいな黒髪に指を通しながら撫でる。
「私は未來ちゃんとお友達になりたいなって思っただけなんだよ。ちょっと、見栄を張ってて猫が好きだけど猫に嫌われて、どれだけひどいことを言われても何気なく藤崎さんをフォローする。猫みたいなかわいさを持つ未來ちゃんのことが好きだからいっしょにいるだけなんだよ」
私がにっこりと笑ってそう語ると頬を真っ赤にした未來ちゃんはくるっと前を向いて私との目線を外した。
すぐに会計が回ってきて慌ててバックから財布を取り出す。しかし、中身を見て動きが止まる。気になって未來ちゃんの顔を覗くと赤くなった顔をまだそのままだった。財布の中を見てみると残金が十円玉と5円玉しか見当たらなかった。とても買えるような所持金じゃない。まぁ、藤崎さんが仕事をやっていないし生活が苦しいみたいなことを言っていたからこの所持金は無理もない気がする。猫のことになると頭が回らないんだな~。お金がないことなんか忘れるくらい猫のことが好きなんだよね。そんな熱中できるものがあって私は羨ましいよ。
「いくら?」
「え?え、えっと、350円です」
「分かった」
財布を取り出して350円をレジに出す。
「い、いや!いいです!悪いし」
「いいの」
再び頭を撫でる。
「かわいい私の友達だし、私の方がお姉さんだし、このくらいいいよ」
「でも」
店員が本を袋に入れて私に渡し来るのを受け取ってそれを未來ちゃんに渡す。
「何かね、楽しいんだよ。未來ちゃんといるのも、藤崎さんともいるのも。だから、そんなこと言わないでこれからいっしょに猫と戯れたり、お買い物したりしようね」
本を受け取ると頬を赤く染めると目を合わせないようにそのまま店の外に出る。
外に行き交う人たちが残像のように見える。そんな人たちを背景にして振り返る未來ちゃん。
「いいんですか?」
何がって首をひねる。
「絶対に後悔しますよ」
何を後悔するのかさっぱり。でも、猫みたいなこの子をあの得体の知れない藤崎さんから守ってあげたいという気持ちもある。その関わりを知ると後悔するのかな。私は勝手に予想する。
「いいよ。もう、私は未來ちゃんとお友達になったつもりだよ」
笑顔でそう語りかけると再び目線を外してしまったけど、ゆっくりと近寄ってきてポケットから携帯電話を取り出す。
「いいんですね」
「いいよ」
「じゃあ、け、携帯番号ください」
ああ、そのための携帯だったの。
「いいよ」
赤外線通信で私は鬼島未來の携帯番号をもらった。逆に私も自分の番号をあげる。
「子安陽子さん」
携帯の画面を眺めながら顔を下に向けて表情を見られないようにしているけど、どんな顔をしているのか分かる。必死に喜びを隠しのみ込んでいるのが分かった。そういえば、焼き肉に言った時に藤崎さんが未來ちゃんに友達が出来ないみたいなことを口ずさんでいた気がする。もしかして、これが初めてだったのかな?
「じゃあ、これからもよろしくね。未來ちゃん」
すると一瞬だけ私の胸を貫くように鼓動が早くなる。その未來ちゃんの見せたのは今までとは全く違う心の底からうれしかった時の猫ではなく天使のような笑顔を私に見せる。かわいいというよりも眩しい。
「よろしくお願いします。陽子さん」
私は未來ちゃんと正式にお友達になった。




