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天使は青を知らない

 ヒロトと最初に会った時に感じていた不幸の未来の匂いは、一緒に過ごす時間が多かったことで、嗅覚が鈍くなり、途中からは感じなくなってしまっていた。


 それでも、最後にまた匂いを感じたのは、その未来が近くなったからだ。私と別れる未来。

 そして、私にーー




 天界に戻ってから、私は正式な天使になった。


 見習い天使だった頃とは違う。

 これからは決められた区域を担当し、そこにいる人間たちを見守る。


 幸せを見つける手助けをする。


 「アリス」

 先輩天使から渡された資料を見る。


 「あなたの担当区域はここね」


 書かれていた場所は。

 ヒロトが住んでいた街ではなかった。


 一瞬だけ、胸の奥が小さく痛んだ。


 もし、もう一度だけ、ヒロトの姿を見ることができたら……そう思った。


 でも、それはもう叶わない。

 ヒロトが今、どんな色をしているのか。


 

 でも、心配はしていない。

 だって私は知っているから。

 あの人は、たとえ青色になったとしても、その中にある赤色を見つけられる人だから。


 だから、大丈夫。


 私は新しい場所へ向かう。

 もう二度と、ヒロトに会うことはない。


 でも、不思議と寂しくはなかった。

 あの1週間は消えないから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 休日。


 俺は久しぶりに街を歩いていた。

 以前なら、ただ通り過ぎていた景色。


 駅前を歩く人。

 楽しそうに笑う家族。

 友達と話す学生。


 たくさんの人がいる。

 きっと、全員違う色を持っている。


 赤色の人もいる。

 青色の人もいる。

 でも、どちらか片方だけの人間なんていない。


 俺はもう知っている。


 用事を終え、帰宅する。

 棚の上には白い猫のぬいぐるみ。


 あの日、アリスと一緒に取ったものだ。


 ゲームセンターで、二人で何度も失敗して、最後には一緒に喜んだ。


 今でも見ると胸が少し苦しくなる。


 会いたいと思う。

 寂しいと思う。

 でも、それでいい。

 悲しいと思えるのは、それだけ大切な時間だった証だから。


 俺はぬいぐるみを手に取る。


 「ありがとう」

 誰に届くわけでもない言葉。


 それでも、言いたかった。



 悲しいことも。

 楽しいことも。

 全部薄れていく。

 何も感じなくなっていく。

 少し前までの俺はこうだった。


 でも、今は違う。


 嬉しいことがあれば笑う。

 悲しいことがあれば悲しむ。

 その全部を抱えて、生きていけばいい。


 俺は窓を開ける。

 春の風が部屋に入ってくる。


 あの日、アリスが起こした風みたいだった。


 小さな奇跡。

 人生を大きく変えるものじゃない。

 でも、少しだけ前へ進むきっかけになるもの。


 俺は空を見る。

 もう、あの天使がどこにいるかは分からない。


 でもきっと、どこかで元気にしている。


 


 青くなる日があってもいい。

 大切なものを失った悲しみは大切に思った証になる。


 人間には、色がある。

 幸福の色。

 その色は赤だけじゃない。


 いろんな色が混ざって1人の人間になる。


 そして、どんな色の中にも。

 必ず、小さな赤がある。

 俺は白い猫のぬいぐるみを見て笑う。


 「また、いつか」

 届かない言葉。


 それでも、前を向く。

 今日も、俺は生きていく。


 悲しい日も。

 嬉しい日も。


 全部抱えながら。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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