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三日月ロケット、居候中  作者: あしゅ太郎


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第6話:実家感は困ります

 夕食を食べ終えたあと、杏里は食器を重ねて立ち上がった。


「ごちそうさまでした」


「こちらこそ」


 鍋島さんも手を合わせてから、空になった皿を見て少しだけ笑う。


「思った以上に、ちゃんと敗北していましたね」


「そこ、わざわざ拾わなくていいです」


「でもあれ、だいぶ綺麗な敗北宣言でしたよ」


「うるさいです」


 鍋島さんがまた笑う。その笑い方が柔らかくて、杏里は少しだけ視線をそらした。


 皿をまとめて台所へ運ぶ。鍋島さんも立ち上がって「何かやります」と言ってくれたけれど、杏里は首を振って制した。


「今日は作ってもらったから、これくらいはいいですよ。その代わり、お風呂先にどうぞ」


「え、いいんですか?」


「どうせあたし、洗い物が終わってから入るので」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 その返事も、やっぱりきちんとしている。杏里は背を向けたまま蛇口をひねった。


「タオルは洗面所の棚の上です。シャンプーとかは普通に使って大丈夫ですよ。……あと、お湯が熱いので気をつけてくださいね」


「そんなにですか?」


「おばあちゃんの代から設定がほぼ変わっていないので」


「それはちょっと、覚悟して入ります」


 そんなやり取りをして、鍋島さんは着替えを持って風呂場へ向かった。


 浴室の扉が閉まる音がして、しばらくしてから水音が聞こえてくる。その瞬間、杏里は変に肩に力が入っていることに気づいた。


(同じ家に、他人がいる。……しかも今、お風呂に入っている)


 考えれば当たり前のことなのに、その「当たり前」がまだ体に馴染まない。


 杏里は黙々と皿を洗った。手を動かしている間は少しだけ気が紛れる。けれど、ひと通り片づけが終わって台所が静かになると、今度は急に手持ち無沙汰になった。


 とりあえず布巾を干して、居間へ戻る。


 こたつの電源は弱めにつけたままだった。杏里はそこに足を入れて座る。


 テレビはついていない。部屋の中は静かで、風呂場の方からだけ、ぼんやりと水音が届いていた。


「……落ち着かない」


 小さく呟いても、誰に聞かれるわけでもない。


 家に人がいる。それだけで、こんなに空気が違うものなんだろうか。


 こたつ布団の端をいじりながら時計を見る。まだそんなに時間は経っていないのに、妙に長く感じられた。


 と、その時。風呂場の扉が開く音がした。


(あ、出た)


 そう思って身構えた次の瞬間、居間の入り口に現れた姿を見て、杏里の思考が一瞬止まった。


 タオルを首にかけた鍋島さんが、濡れた髪のまま立っている。


 ……上は何も着ていない。下はちゃんと履いているけれど、そういう問題じゃない。


「え」


 間の抜けた声が出た。


 鍋島さんのほうは杏里の反応に気づかない様子で、ごく普通の顔をしている。


「すみません、ドライヤー借りてもいいですか?」


 あまりにも、自然だった。


 杏里はこたつに入ったまま固まる。目のやり場に困るとは、こういうことを言うんだなと、妙に冷静な頭の隅で思った。


「……ド、ドライヤー」


「はい」


 鍋島さんは本当に、ただ確認しているだけらしい。杏里は慌てて視線をそらしながら、居間の棚を指さした。


「そ、その引き出しに入っています……!」


「あ、ありがとうございます」


 鍋島さんはそのまま引き出しを開け、ドライヤーを取り出した。そして本当に何のためらいもなく、居間の真ん中でコンセントをつないだ。


 ブオッ、と音が響く。


 濡れた髪をかき上げながら、普通に乾かし始める。普通すぎる。普通すぎるのが、逆におかしい。


 杏里はしばらく呆然としていたが、数秒後、ようやく我に返った。すぐ手近にあった座布団をつかんで、そのまま鍋島さんに向かって投げつける。


「っていうか、その格好のままウロウロしないでください!」


 座布団はべしっと鍋島さんの腕に当たって落ちた。


「え、わっ、すみません!」


 ドライヤーの風を止めた鍋島さんが、やっと事態を理解した顔になる。けれどその表情には、本気で悪気がないのが見え見えだった。


「あまりにも実家感がすごかったので、つい……」


「つい、じゃないですよ!」


「いや、本当にすみません」


「謝るなら、先に服を着てください!」


「そうですよね、そうなりますよね」


 鍋島さんはタオルを首にかけたまま、妙に素直に頷いた。そのせいで、余計に怒りづらい。


 杏里は赤くなった顔を隠すように、こたつ布団を少し引き上げた。


「……あたしもお風呂入ってくるので。早く着替えておいてくださいね」


「すぐ着ます」


 その返事を聞きながら立ち上がる。居間を出る時も、なるべくあちらを見ないようにした。


 廊下に出てから、ようやく大きく息を吐く。


「なんなの、もう……」


 顔が熱い。別に見たくて見たわけじゃないのに、見てしまったものは頭に残る。


 脱衣所に入って扉を閉めると、ようやく少しだけ静かになった。けれど今度は、さっきの光景がやたら鮮明に思い出されてしまう。


「……本当、無理」


 小さく呟いて、杏里は額を押さえた。


 同居生活一日目。どうやら、この先もそう簡単には落ち着かせてもらえそうになかった。



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