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理取響 04

 ユラ先輩が早くも食事終えてしまったので(あれが食事と称せるかどうかは別にして)、僕は先輩から賜った弁当箱を開く。

「…………えっと」

 デジャヴではない。

 れっきとした二回目。

 ……どうやら、今日は昼食に恵まれていないらしい。

 素直に最初から諦めてしまえばよかったんだ。

 ユラ先輩が僕に渡してくれた弁当は、まさしくカタール弁当。

 カタール風弁当、ではなく、カタール国旗風弁当。

 詳しく説明するにも大した単語数を必要としない。

 弁当箱の面積七割くらいに鶏そぼろが振りかけてある。残り三割には白米が顔をのぞかせており、それから察すると、鶏そぼろの下も白米だろう。

 以上、終了。

 どう頑張っても、あと加えて説明できるのは高々、米の質感ぐらいのものだ。

 僕が欲していた弁当は、こんな周りの人が思わずオカズを分け与えてくれそうな弁当だったのか……。

 侘しい。

 侘しすぎる。

 が、ユラ先輩にせっかくもらった弁当を今更突っ返せるはずもなく、僕は精一杯味わう覚悟をした。

 でもこれ、僕は構わないけど、栄養が不足しそうだ。

 だから先輩はサプリメントを常時持ち歩いていて、食後に欠かさず食べているんだろうが。

「面食らっているクギ君に横から一つ、お節介ながら知識を与えてあげよう。この世には二段弁当というものもあるんだよ?」

 あ。

 と、一瞬驚いてみたが、僕はその二段目を見つけることができなかった。

 いや、さすがの僕でも二段弁当だったら高さで気付く。

 そのことに、ユラ先輩も気づいたらしく、苦々しげに呟いた。

「…………うーん、どうやら私も今朝の内に、みーちゃんに食べられていたみたいだね。家を出る前かな?」

「…………」

 侘しさ倍増!

 一回持ち上げといて叩き落とすなんて、ユラ先輩はこれ以上僕に追い討ちをかける気なのか!?

 高望みはしてはいけないということか。

 貰えただけで十分。

 覚悟をして僕は純粋な鶏そぼろ弁当を頂くことにした。

 白米、鶏そぼろ、鶏そぼろ。

 白米、鶏そぼろ、鶏そぼろ。

 白米、鶏そぼろ、鶏そぼろ……。

 特に変わった味はしなかった所為か、早くも飽き気味。

 でも、白米の中にサプリメントが埋没していないか、少し不安だったが、今のところ入っていないので少し安心。

 僕がカタール弁当(既に茶色一色でカタール国旗ではないが)を半分程度食べ終わったのを見計らい、手慰みならぬ口慰みに、と必要のない前置きを置いて、ユラ先輩は話始めた。

 きっと口慰みって造語を使いたかっただけに違いない。

「今年度が始まってから早くも一ヶ月、暦の上ではもう五月な訳だけど、どうだい?高校生活には慣れてきたかな?」

 どうだい、と尋ねられても、どうもこうもない、という以外の答えは見つからなかった。

 色々あったようで結局何にもなかった、ともすれば、夢オチで片付けられちゃいそうな一ヶ月だったし。

 そんなことを抜きにしたって、中学校生活と大した変化はない。

 僕が回りを気にしていない訳ではなく、僕の通う私立標津シベツ高校は、ここら一帯にある唯一の高校であり、付近にある中学校は母校である私立空木ウツギ中学の一つだけ。

 それ以外の最寄り中学、高校に行こうと思うと、まずバスに乗って駅まで行き、その駅から電車を二回乗り換えなければたどり着けない。時間にして片道一時間弱の道のりである。

 こういった立地条件から必然的に、経済的余裕のある家庭をもつ空木中学生は、まるでエスカレーター制の中高一貫校のように標津高校へと進学するのだ。

 因みに、空木中学と標津高校は、超高級住宅街の端っこの方に並んで建っていたりする。

 つまり、結果として中学から高校に上がったところで、ほとんど変わっていないのも同然な訳だ。

 何故、この近辺に公立高校がないのかと言えば、理由は至極簡単。

 この一等高級住宅地そのものが、ほとんど手のつけられていない土地を切り拓いて急速に建設された新興住宅街だからだ。

 住宅街建設計画の中には、初期段階から小中高全て十分なキャパシティをもった私立学校(流石に大学まではない)の建築が盛り込まれていた。

 そして住宅街が中流家庭対象ではなく、俗に言う金持ち向けであったため、私立に行くだけの余裕はどこの家庭にもある。

 この二つの条件が重なり、不況の最中、無理に費用を捻出し、公立校を立てるのを地方自治体が渋った。

 結果、現在の状況ができあがったというわけだ。

 これが、表の理由。

 表があれば、裏がある。

 そんな暴論を行使するつもりはないが、裏の理由が存在する。

 どこかの名家の当主が自分の家の子息、もしくは息女を社会に触れさせることなく、純粋無垢に育てるために、他の介入を阻止すべく、この街を創り上げた。

 その名家の力が絶大すぎて街に手出しできないでいる。

 ――というのが、生徒間のみで実しやかに囁かれている噂。

 専らの噂。

 ただの噂。

 いくら生徒の間でまことしやかに囁かれていても、噂は飽くまで噂。

 どこまで行っても噂の域を出ない。

 嘘だと断定はできないけど、事実でもないってこと。

 それにしても、頭の悪い噂だ。

 確かに社会との繋がりは希薄で、広い意味での周りの目を気にする必要は無いし、それなりに名のある家柄の出の人間は一定数いる。

 が、いくらなんでもこんな噂、時代錯誤も甚だしいだろ。

 そんな噂が立つぐらい、良くも悪くも閉鎖的な学校、それが私立標津高校の一番の特徴とは言えるが。

 その特徴は俺にとって良いことだ。

 新しく人間関係を築かなくてもいいし。

 世間的には悪いことなんだろうけど。


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