理取響 03
かくもあれ、本音にしろ建前にしろこれだけ言ってもらったら受け取らない方が失礼に当たる。
僕は予定通り、弁当箱を受け取ろうと手を伸ばす寸前で、ユラ先輩は口を開いた。
「でも、君には迷惑みたいだし、自己満足感情は抑えることにするよ。無理矢理渡す方がクギ君との関係を崩しかねないからね」
「すいませんごめんなさいもうしわけありません、やっぱりその弁当を僕に恵んでください」
僕の計画と意思は薄弱だった。
打算よりもやっぱり素直さが一番だと思う。
「最初から素直にそう言えば良いんだよ。可愛いくね」
ニタリと、ユラ先輩には珍しい類いの悪意に満ちた顔で、勝ち誇っているかのようにユラ先輩は微笑んだ。
先輩に弄ばれちゃったよ。
被虐趣味に目覚めちゃいそうだ。
「じゃあ、有り難く頂くことにしますね」
「こつらこそ、受け取ってくれてありがとう」
仕切り直すようにそんなやり取りをしてから、僕は先輩に当然の疑問をぶつけてみた。
「でも、本当に良いんですか?ユラ先輩は弁当がなくても。半分ずつに分けるっていう手も……」
「私の体を心配してくれているのかい?いやいや、本当にありがとう。感涙にむせび泣いちゃいそうだよ。でも、大丈夫。お弁当の代わりに、私はクギ君を食べるから」
…………。
えっと…………食人?
豚は丸々太らせてから食べるとか、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家に出てくるアノ?
現在に残された数少ない禁忌の一つであるアレ?
「ちなみに、不純異性合体のことだ」
フォローが台無しだった。
不純異性、合体って……遠回りしているようでダイレクトに内容が分かっちゃうような言葉をチョイスしなくても……。
いや、だからといって決して先輩とそういう行為に及ぶのが嫌とかではなく、僕は場所とかムードとか気にする純情少年な訳で――!?
「心配してくれたクギ君を相手に冗談を言うのはこれくらいにしておいて……」
冗談だった。
分かってたけど、空しい。
そして分かっていながら、あそこまで狼狽してしまった自分が物凄く恥ずかしい。
「私は本当に大丈夫だよ。これがあるしね」
自己嫌悪している僕を他所に、ユラ先輩はいつも持ち歩いているポシェットから、半透明の白いケースを取り出した。
細かく区分された中身が、プラスチックの仕切りにぶつかり、ジャラリと乾いた音を立てる。
僕は毎日のようにそのケースを見ているので、中身はすぐに分かった。
自然色から鮮色まで、両手じゃ数えきれくれないくらい色とりどりのカプセル剤や錠剤――世に言う、サプリメントというやつ。
ユラ先輩はケースを開くと、サプリメントの種類を見ながら、一種類ずつ適正量を思い出しながら手に取っていく――ようなことは一切せず、ケースごと逆さまにして、全て口の中に入れてしまった。
バリバリバリバリ、と。
ガリガリガリガリ、と。
ボリボリボリボリ、と。
ゴリゴリゴリゴリ、と。
ユラ先輩は聞くに堪えないような不協和音を口から奏でながら、文章化すれば食人のオノマトペとでもとれるような音を立てて、サプリメントを咀嚼する。
栄養を嚥下する。
食べなかった方がむしろ、体の為になるのではないかと思わせる食べっぷりだ。
相も変わらず、食事に対して無頓着だなぁ、ユラ先輩。
僕はあくまで無関心なだけであって、こんな風な食事をすることは無いし、とてもじゃないが、しようなんて思わない。
けれど、ユラ先輩は違う。
僕とは根本的にずれてしまっている。
興味の有無とか、そういうレベルの話ではなく、全く気にかけていない。
ユラ先輩の脳内での食事のポジショニングというのは精々、『生きる為の栄養摂取活動』ぐらいのものだ。
まったく、何処のアンドロイドだよ。
女性に対してはガイノイドっていうのが正しいらしいが、気にしない。
僕も似たようなものだが、ユラ先輩程に概念を何処かに飛ばしてしまったり、置き忘れたりはしていない。
ユラ先輩と一緒にされて堪るか。
でも、ユラ先輩はこんなに食生活や食事概念がおかしいというのに、体調を悪くしたことがないらしい(無遅刻無欠席無早退がユラ先輩の自慢だそうだ)。
世の中にはちゃんと料理から栄養を摂取していたって、体調を崩す人だっているのに。
全く不公平なものだ。
単純にユラ先輩の体が強いだけなのかもしれないし、不調を隠して登校しているだけなのかもしれないけどさ。




