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理取響 02

 考えるのもそこそこに、こういう状況を想定して教室から持参した、弁当包みを膝に乗せて開くことにした。

 今日のメニューは定番、サンドウィッチ。

 今朝方、自分で作っただけに、内容がわかっているから開封の楽しみは無いが、そもそも僕は食事に無関心なので、大して残念でもない。

 さて、昼休みは長めに取ってあるからといっても、有限なのだ。

 手っ取り早く、昼食を済ませて、先輩の用事とやらを聞き出してしまおう。

 そう思い、弁当箱の上蓋を取る。

「…………えっと」

 中身は空っぽだった。

 タマゴハムサンドも、ツナサンドも、BLTサンドも、カツサンドも、デザートに使ったイチゴサンドも、見事なまでに空だった。

 …………。

 早弁をした記憶は無い。

 どうやら僕はサンドウィッチを作った後、弁当箱に移さないまま蓋を閉め、弁当包みでくるみ、鞄に入れ、そしてここまで手で持ってきたらしい。

 うっかりでは済まされないうっかり具合だ。

 ここまで運んで来ている間に気づけよ、僕。

 って、そうじゃない。

 そんなわけが無い。

 僕は確かにサンドウィッチを作った後、弁当箱に詰めた。間違いない。

 ということは、僕以外の誰かに襲撃を受けたらしい。

 さて、犯人は誰やら……。

「みーちゃんの仕業、かな?」

 僕の弁当箱の有様を横から覗き込みながら、申し訳無さそうにユラ先輩が言った。

 十中八九、犯人はユラ先輩が言うところのみーちゃん、イマダさんが犯人だ。

 しかし、何時の間に僕の弁当は食べられてしまったのだろうか。

 午前中、僕はユラ先輩の言いつけ通り、イマダさんから目を離さないようずっと見張っていたはずなんだが。

 同時にイマダさんから観察されてもいたけれど。

 いや、そういえば二限目と三限目の間にトレイに行っている。

 その時に、か。

 時間にして一分前後。

 その短時間に、僕の弁当はイマダさんの餌食になってしまったようだ。

 情けないな、僕の弁当。せめて喉に詰まるなり何なりして、二分ぐらいはもてよ。

 別の犯人の可能性として不来坂こぬざかという線も無きにしも非ずだったが、あいつなら『君の弁当は預かった。返して欲しくば云々』的な気障ったらしいメッセージを残していくだろうし、恐らく違うだろう。

 例えもし、不来坂が僕の弁当を食い散らかしていたとしても、それはユラ先輩に言うべきことではない。

 イマダさんの所為にしておいたほうがまだマシだ。

 何せ超然としたユラ先輩が唯一嫌いなもの、それが不来坂だから。

 逆にいえば、ユラ先輩は不来坂ぐらいしか嫌いなものしかないのだけれど、その不来坂相手にしたって、憎んでいるような感情は抱いておらず、言ってみれば二人は同族嫌悪し合っているような、そんな感じの関係。

 何にせよ、誰かが僕の弁当を食べてしまい、昼食を抜かなければならないという事実に変わりはないのだ。

 あぁ、僕の安らかなるランチタイムは何処へ……。

 そんな事を言うほど大事ではないけどさ。

「みーちゃんの所為なら、私が責任とらないと。困った、困った。そこで一つ提案なんだが……いいかい?」

「何です?」

「クギ君の弁当箱より小さくて明らかに君が損することになっちゃうけど、ここは一つ、私の弁当と交換するというので手を打ってはくれないだろうか?」

 何たる僥倖。

 イマダさんがやったにしろ、不来坂がやったにしろ、何て良い働きをしてくれたのだろうか。

 ユラ先輩が僕の昼食を心配してくれるなんて、これ程に嬉しいことはない。

 今日一日、どんな不幸があっても僕は堪えられそうだ。

 だがしかし、このまま積極的に受けとるのも気が引ける。

 一度くらい遠慮を入れるのが、社交的対応というものか。

 何せ受けとれば、僕が昼食を手に入れられるのと引き換えに、ユラ先輩が昼食抜きになるのだ。

 それだけは絶対に忘れてはならない。

 もちろんこんな機会、滅多にないので棒に振る気は微塵もないけれど。

 それに、こういうものをこのタイミングで喜びながら貰うと、ユラ先輩の心証を少なからず悪くするはず。

 ユラ先輩はそういうことを気にする人ではなかったが、万が一を考慮して、それは是が非でも避けておきたい。

 僕の気遣いの半分は打算でできてる。

 因みに、残りの半分はとある風邪薬の半分と一致しているつもりだ。

 これだけの考えを瞬時に巡らせ、自然さを可能な限り繕って返答をした。

 無駄な頭の使い方の見本。

 誰かに言われるまでもなく、そこまで行き着いてしまうなんて……切ないなぁ……。

「大丈夫ですよ。僕は一食ぐらい抜いても。元々そんな健啖家じゃないですし」

「そういう訳にはいかないよ。クギ君がみーちゃんの所為で食事を抜いて倒れたり、授業中にお腹がなって恥をかいてしまった日には、私はもうクギ君に会わせる顔がなくなってしまう。私はクギ君を大事な後輩かつ数少ない大切な友人、そしてそれ以上の関係――絆といって何の差し障りのない繋がりを持った人間だと思っている。それだけに、これからも末長く、出来れば卒業後も関係を続けていきたいんだ。これは私の自己満足でも良いから、受け取ってもらいたいんだよ」

 …………幸せだ。

 本当に幸せだ。

 こんなにもユラ先輩が僕に対して、好印象を抱いてくれたなんて、しかもそれを口に出して伝えてくれるなんて、僕は何て幸せなんだろう。

 例えこのセリフ全てが社交辞礼だとしても、こんな気持ち高ぶる出来事は早々ない。

 いやまぁ、大方社交辞礼だろうけど。


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