バレンタイン・ヒート!
クリスマスに玉砕しなかったあたしが、バレンタインに燃えないわけはない。
どうかイベント女と呼んでちょうだい。センター試験が何よ!受験生でも恋は大事なのよ。明日への活力なくして、努力になんの意味がある!!
…つまるところだいぶ現実逃避してるんだけどね…。
それはともかく、こんなに燃えさかってるあたしにも迅速な消火活動が行われちゃうことがあって、もうひとえに原因はたった一人なのだけど。
「なーおちゃん、14日はお暇?」
例によって例の如く家庭教師の真っ最中、うまいこと隙を見つけてさりげに聞いてみたお返事は血も涙もないものだった。
「あ、合宿行ってる」
リズミカルに○やら×やら書き込みながらの平淡な声。
「…合宿?なんの?」
おおよそサークル活動に縁のない直ちゃんが、一体何縁でそんなモノに出席しちゃうわけ?もしやゼミのとか言っちゃう?
「お昼寝同好会の」
首を傾げるあたしにはいっと答案を返して寄越した彼は、天井を仰ぎながら指折り日程を数えてご丁寧に予定の復習をして下さった。
「えっとね、出発が12日で、15日が帰宅。後は…忘れた」
役に立ちもしないもんだけどね。
と、こんな風に今年のバレンタインは終わっちゃったと。
…クリスマスみたく無駄な努力をしなくて済んだだけ、よかった…のかな。
でも、気になっちゃうのよね。合宿ってどんな人と行くんだろ、綺麗なお姉さんがいたりする?なんて。
欲求に負けて、何時に出発するんだかわからない直ちゃんをベランダで早朝から監視。立派なストーカー行為も淡い恋心故ってことでスルーして、やっぱり見なきゃ良かったって後悔は胸の奥にきつく蓋をして押し込んだ。
華やかなお姉さんに希少価値の微笑みを振りまく直ちゃんなんていや。あたしの指定席だって信じてたナビシートに、少しの抵抗もなく他の女の人を乗せる鈍感さが嫌い。
…もう、諦めた方が楽になれるんじゃないのかな…。
「アンタたち、鬼?」
スウェットに半纏、でっかいマスクに冷えピタってフル装備の家族を、労るどころかキッチンに引っ張り出すなんて、悪魔の所業よ!
胸焼けするくらい甘ったるい香りに支配された部屋で、体を丸めて寒気と戦うあたしに母と妹は冷たかった。
「寒空の下、2時間もベランダにいたバカ娘の体なんて知ったこっちゃないわよ。それより、次はどうするの?」
「そうそう、お姉ちゃんの心配より明日の私の心配よ。これ入れていい?」
「…お母さんは湯煎に進んで、紗英は生クリーム投入」
季節も忘れて外で考え事してた結果は当然の発熱。しかも結構重症で昨日はベッドから出ることもできないって始末。
それでもイベントは待ったなしなのよね~。
毎年不毛なチョコを作り続けたあたしは、バレンタイン製菓においちゃちょっとした腕前を誇ってて、お父さんにケーキを送りたいお母さん、ハツカレにトリュフを送りたい紗英から指南役を仰せつかっていた。
数日前までは、確かに無駄な努力をするつもりでいたからいいんだけど、こっちの事情が変わっても2人の野望が潰えることはない。
ふらつく体でお菓子作りを教えなきゃならないのはつらいけど、好きな人に手作りでって想いがわかんないわけじゃないもんね、はい、頑張りましょ。
…て、親切心を出して風邪をこじらすから、3日連休が4日連休にグレードアップと。どうせ学校もないんだから構わないし、家庭教師の先生がいないんだから勉強もできない、平和な一日よ。
高熱にうなされながら、うつらうつらと夢路を彷徨ってたあたしは、人の気配に覚醒した時それがお母さんだと疑わなかった。
「ポ○リ、取って~」
「…水しかない」
この瞬間、怠いのなんかぶっ飛んだわ。
聞き間違えるはずない、好きな人の声だもん。でも、なんでここに?!
起き上がりこぼしよろしく勢いつけて跳ね起きて、も一度ダウン。
うう、体の自由が利かない。
「大丈夫?」
もう少し感情の籠もった声でそのセリフ聞きたかったです…。
いつものことながら無感動無表情の直ちゃんがどうして帰ってきたのか、さっぱりわからないけれど、チョコレートも用意していないバレンタインにお会いしたくはなかった気がするするんだよね。
しかも体調最悪。髪はぼさぼさ、血色悪し。
もう好きをやめようかとほんのちょっと迷ってみても、やっぱり本人を前にしたら諦めきれないし可愛くいたいのが乙女心だもん。
「合宿は、終わったの?」
結局喉を潤せなかったから、掠れた声で質問すると数ミリ眉を上げた彼が水を差しだしてきた。
…何故不機嫌になるの。
「大丈夫って、聞いた。俺のことじゃなく」
抱き起こされるのに抵抗せず従って、ペットボトルから一口飲んで納得。
「ごめん、あんまりダイジョブじゃないです」
今朝の体温計は壊れてるんじゃないかって疑いたくなった数字を叩き出してたもの。聞いて驚け、40度よ?
それでも凍らせた缶ジュースを脇に挟んで寝たのがよかったのか、現在はだいぶマシ…な気がする。数分話す程度なら、さほど負担になることはないんじゃないかな。
まあだからって、健康体の人から見たらまだまだ重病人に見えるレベルだし、この返答はよかったみたい。納得とばかりに小さく頷いた直ちゃんは、僅かに表情を曇らせたから。
「うん、ずっと苦しそうに息してた。顔も赤かったし」
ふと、近づいた直ちゃんの顔が額同士をくっつけるって言う暴挙に出たのは不意打ちで、あたしより確実にぬるいはずのそれに生まれた熱が脳を沸騰させる。
「あれ?少し下がったと、思ったのに」
だだだ、誰のせいだと思ってるんですかー!!
風邪に必要なのは絶対安静で、余計な刺激はむしろ敵!わかって、お願い。
「これじゃ、朝と変わんない」
「あさぁ?!」
もう、意識を飛ばす寸前です。この人、あたしを殺す気なんでしょうか?
「いつからいたのぉ…」
叫び声に離れた人を、涙混じりで直ちゃんを見やりながら確認した時計はお昼少し過ぎで、事と次第によっちゃ3時間近く寝顔を観察されてたことになるんだけど…。
「たぶん…9時?」
なんで疑問系…そうして嫌な予感ほど当たる。
どうして起こさないかな…もしくは自分の家に帰っていてほしかったんだけど。
「目、覚まさないから待ってた」
「…ああ、そう」
直ちゃんには、退屈って言葉も常識って言葉も、理解できないんだと思い出した。
ぼけっと白日夢でも見ながら、実のところホントに寝ちゃったりしながら平気で一日を潰しちゃう人なんだっけ。
きっと想像通りの時間を過ごしていたに違いない。
「いい夢見られた?」
不細工な寝顔をさんざん晒した後で、何を怖がることがあるのよね。
すっかり気の抜けた体をダラリと枕に預け訊ねると、彼は珍しく深刻な顔で首を振ってる。
「寝てないよ、心配で」
…それって、あたしを?嘘、直ちゃんが?
「未散、ずっと風邪ひいてたんでしょ?バレンタインだって聞いて、帰ってきたのに、チョコ欲しかったのに」
熱で聞き違えしてるんじゃない、と信じたい。
あたしにチョコを貰うために、それだけのために合宿を切り上げて来てくれたなんて…すごい、嬉しい。こんなこと聞いて、誤解しない女はいないわ。ううん、確信してもいいはず、相思相愛よ~!
「甘くないチョコ好きだけど、あんまり売ってないし。未散がくれるの、丁度いい味なんだ」
お花畑で蝶々と戯れてたところに、恐竜が現れたって感じかな。
天国から地獄、クリスマスからもう、このパターン、デフォ?
「一生懸命看病するから、チョコ、作って」
連敗云々より、基本的に好きなる人物を間違った気がしてきた。
今更遅いけどね…。