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ただひとりを[Always]

拍手掲載済再録

[Always]


「おとうさま」

 大きな人影によってそっと開かれた扉に、わたしは小さく声をあげる。おかえりなさい、と首までかけていた毛布から両手を突き出した。

「まだ起きていたのか」

 普段から厳しい顔の父は、そう言ってわたしの横たわる寝台近くへと、足音一つ立てぬままやってくる。背もたれのない丸椅子をそっと引き寄せ、わたしの顔を覗き込みながら腰掛けた。

 父は、表情豊かではない。

 いつも怖い顔で、難しい顔で、机に向かい、屋敷にやってくるたくさんの客人と難しい言葉を交わしている。誉めてくれる事は滅多になく、厳しい言葉で咎められる毎日で、弟などはすっかり父を苦手としていた。

「眠れないの。ねぇ、おとうさま。お願い」

 けれど、わたしは知っている。

 いつだって厳しい顔、硬い表情でいる父が、優しい表情をする。


 その瞬間を、わたしは知っている。


「眠れないの。ねぇ、お願い」

 甘える、という事を上手にできるのは得だ。弟からは毎度のごとく気味悪がられるけれど、弟になど媚びたところで仕方がない。

 わたしが甘えるとき、声色を変える事を父は当然知っている。わたしがそうしてじっと見つめると、それでも表情変えずに甘やかしてくれるのだ。

 怖い顔で。けれど、怖くないのだ。父は優しいのだと、わたしは知っている。

「お願い、おとうさま。お話、して?」

 またか、と父がため息を吐いても、わたしはめげない。

 ころりと毛布の中で転がり、左側を下にして父の方へと身体を向ける。目をそらさずに、じーっと見つめ続け、とうとう二度目の父のため息を勝ち取る。折れてくださった合図なのだ。

「本当に、お前はあの国の皇妃が好きだな」

 だって、とわたしは笑う。

「同じ黒髪なのですもの。それでいて、慈愛に溢れた素晴らしいお方。それにあの賢帝と名高いヴェニエール帝国現皇帝の、唯一のお妃様。どうしたって憧れます」

 手が伸びてきて、クシャリとなぜられる。大きな手、暖かい手が嬉しくて、笑みがこぼれて、でも、誤魔化されないわ、とにっこりする。

「お話、きかせてください。わたしが、眠れるように」

 皇妃様の、子どもの頃の、お話を。


 わたしは、知っている。

 「皇妃様」の話をすると、揺れる父の瞳が。

 「昔の皇妃様」の話をしだすと、とたんに柔らかになること。

 ほんの一瞬、きっと、何を話そうかと考え、思い出を話しだすきっかけを見つけたその時に。

 父は、この上なく優しい顔をするのだ。

 言葉と振る舞いに見合った、優しい表情を。その表情での言動に、「あぁ、あれは、父の優しさであったのだ」と、きづいて。

 自身の愚かさを、思い知るのだ。


「では、あのお方が、初めて帝国に春を呼んだ時の話をしようか」


 皇妃様が好き。同じ黒髪で、美しく聡明で、大国の賢帝の寵愛を一身に受ける、あのお方が。憧れも、嘘ではない。けれど、話をせがむのは、父が笑ってくれるからだ。

 けしてそうとは見えずとも。

 この、父の優しい表情が、最上級の笑顔だと知っているからだ。


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