優しい嘘を [aperio]
エイプリルフール限定拍手でした。
こんなにも嬉しいことがあっていいのだろうか。
夜もだいぶ更けた頃、眠りにつこうと髪をすいている途中だった。窓の方でカタリと音がして、次いでぶわりと帳が翻る。それを見て、なにごとかと反応ができなかった。
単純に考えれば侵入者だと真っ先に思いつきそうなものだったのだけれど、そうであれば真っ先に白い騎士が気付くはずだと確信があった。それは騎士に対する絶対の信頼、自己防衛の放棄だったのだけれど。
窓枠に腰掛ける人影に、わたしは身構える。声を上げるべきだったのに、脈打つ鼓動は恐怖よりも別の何かを訴えていた。
(誰……?)
軽やかな動作で、物音一つなく、侵入者はわたしの部屋に足を踏み入れる。帳の影から現したその姿は、短い金髪で、若い。
わたしは思わず口元をおさえて、現れた人物を見つめた。
今までどこにいたの。どうして何も言わずに消えてしまったの。言いたいことは山ほどあったけれど、それでも一番に言う言葉は決まっていた。
「お帰りなさい」
それを聞くとその人は瞬いて、苦笑する。手を伸ばせば、ゆったりと歩み寄って、そっと触れるか触れないかの力で頭を包むように抱きしめてくれた。
「その言葉を、一番にもらうとは思ってなかったです」
何度だって言うわ、とわたしは微笑む。
「お帰りなさい、リゼット」
一度姿を消した髪結い侍女は、目を細めて、
「ただいま、もどりました。私のお姫様」
はにかむように、笑った。
そこで、ウィリアローナは目を覚ました。
「……」
数度のまばたきの後、目をこする。のそのそと上体を起こし、髪に違和感を覚えて視線を落とした。
(……わたしが寝ている間に髪を編んだのは、誰)
一房だけ編まれレースのリボンで留められているそれに、ぼんやりと思考をまわす。ゼルクか、お姉様か、エリオル兄様か。ヒューゼという可能性も。けれどまさかアルではないだろうが、それにしても候補が多すぎる、とそこまで思って、隣に眠るエヴァンシークに気付いた。
あぁ、寝ぼけていた、と思い至り、再度横になる。ウィリアローナの動きにエヴァンシークが一度目を覚ましたけれど、すぐに再び寝入ってしまう。
(……なにか)
夢を、見た気がするのだけれど。ぼんやりと真紅の天蓋を見つめていたが、思い出せなかった。幸せだったような、寂しかったような、不思議な気持ちで考えていると、エヴァンシークが腕を伸ばし、ウィリアローナを抱きしめる。
「陛下?」
ウィリアローナが未だ覚醒していない状態で思わず呟けば、締め付けがより強くなり変な声がでる。
「え、えゔぁん様」
このやり取り、いったい何度目だろうと肩を落としたくなった。身に付かないウィリアローナもウィリアローナだったけれど、聞き逃すことなく咎めてくるエヴァンシークもエヴァンシークだ。うう、とエヴァンシークの顔を見れば、「何を考えていた」と問われる。
なに、と言われても。
ウィリアローナはきょとんと瞬いた。
「気に食わない顔をしていた」
どんな顔ですか、とウィリアローナは首を傾げる。というより寝てたじゃないですか。
一瞬腕の中から逃れようともがきかけたが、そのあたたかさに考えなおした。
あぁそうだ、と口を尖らせる。
「わたしが寝ている間に、髪を編みましたか?」
「何の話だ」
何の話って、これです、とウィリアローナは自分の一房をエヴァンシークに示す。しかしエヴァンシークは困惑顔で、「俺ではない」とウィリアローナの言葉を否定した。
薄ら寒い気分になった。じゃぁ誰が……、と言うのに、帰ってくる答えは「知らぬ」とにべもなく。
むう、とウィリアローナは眉を寄せる。すっかり頭が冴えてしまった。
「何も不安に思うことはない。何かあれば気がつく。そうでなくても、今日ならヘイリオがいたはずだ」
何もない、とエヴァンシークは呟いて、ウィリアローナを抱きしめた。
「何しにきたのかしら、あの人」
「さぁ」
小さな笑みとともに告げられた簡単な返事に、ミーリエルは「む、」と年下の白い騎士を見上げた。
「なんですかヘイリオ様。なんなんですかその笑み。私の方があの人との付き合いは長いんですからね」
「何も言ってないじゃないですか、ちょ、やめてくださいミーリエルさん」
手を振り上げてくるミーリエルから顔をかばいながら、ヘイリオは肩をすくめる。
「あの人のことですから、ちょっと近くを通りかかったついでに、顔を見にきただけですよ。どうせ」
「お城の騎士として、引っ立ててしまえばよかったではないですか」
「あの人の身のこなしもそれなりですから、見張りの騎士も私しか気付かないでしょう」
それはそれでどうなんですか、警備として、とミーリエルは眉を寄せる。ヘイリオはやんわりと笑って、
「考えてみてください、あの人の珍しい我が侭だと思えば、許せる気がしませんか」
「……それは」
たしかに、とミーリエルはため息を吐いた。
いつからかは知らないが、ずっとずっと、陛下につくして、姫様につくしてきたのだ。
ようやく示した我が侭。よほどのことでもないのだから、許してあげるべきかもしれない。
(……帝国のお城への不法侵入を、『我が侭くらい』って黙認する騎士と侍女って、どれくらい悪いんでしょう)
さて、と一人で考え、考えたところで仕方がない、とミーリエルは息を吐く。
白い騎士がばれないというのなら、ばれないのだから。
咎められることもないだろう。
さて、とすれ違い様に渡されたレースのリボンに視線を落とす。このレース、もしかしなくともミュウランの手だろう。
「神聖王国の方まで行って戻ってきた。って、事かしらね」
声くらい、かければ良いのに、とそっと笑う。
読んでいただきありがとうございます!