3.場数の違い
「そう言えば、少し前の話になるんだけど」
この状況がなんだろう、と思いながら、エリザベートは、うん? とミーリエルに相槌を打つ。
夜。大通りに面した食堂で、ミーリエルとエリザベートは食事をとっていた。
「兄が、怪我一つしないヘイリオ様に、『敵もいなくて楽しいか』と、聞いたんですって」
はぁ、それはそれは。エリザベートが先を促すようにしてうなずく。
「そうしたら、ヘイリオ様は、『とんでもない』と笑われたそうよ」
意味ありげな視線を向けられ、何? とエリザベートは問いかける。ミーリエルはすぐには答えず、じーっとエリザベートを見つめて、
「エリザベートには、勝てる気がしない、と」
う、とエリザベートは果実のジュースを煽りながら苦笑する。
「はぁ、騎士ナギクがそんなことを」
見抜かれてるなー、いろいろーとエリザベートは軽く頭を抱えた。何よーとミーリエルが身を乗り出して、エリザベートの顔を覗き込む。ねぇ、エル、君酔ってない? とエリザベートは苦笑した。
「んー。私と騎士ナギクだと、条件によって勝敗が簡単に変わるんじゃないかなー」
「何よそれ、物騒ね!」
君が振った話題でしょ、とエリザベートはミーリエルの手からお酒を奪う。
「例えば、試合形式なら向こうがあっという間に一本とるだろうね。あぁでも、闇討ちしたところで勝てる気がしないなー」
「……ヘイリオ様の方が強いんじゃない」
「相手は百年に一人って天才だよ? 化け物だよ? 扉越しに室内の様子が気配でわかるとか言う人間だよ? いや人間かな。とにかく、まともにやって勝てるわけないって」
そ、そんなに強いの、とミーリエルが絶句する。だって、あんなに可愛いのに。いやそれにしても最近背が伸びてかっこ良くなっていたような。
まぁ、今と比較するのは、花嫁行列を遠くに見た小さな姿くらいだけれど。
「そんなに強い人材を、よくニルヴァニアが手放したわね。たしか、ヘイリオ様からこっちに残るって言い出したんでしょう?」
「手綱つけたかったんでしょ」
主のいない野良犬よりも、主のいる忠犬のほうが扱いやすい、とエリザベートはにべもない。
「あぁそれで、だったら、ヘイリオ様がエリザベートに勝てないって言ったのはどういうことよ」
そんなのは本人に聞いてほしいなぁ、とぼやきながら、エリザベートは食後の果物を口にする。
「うーん、場数踏んでる分、一対多数で生き残れるのは、私じゃないかなー」
具体的に言うなら、夏の冬森での出来事だろう。敵に囲まれた状態で、ウィリアローナを守り、気づかせない上での殲滅。
ヘイリオだったら、生き残ったかもしれないがウィリアローナが無事だったかどうかはわからない。
「相対する敵を倒すのが仕事の騎士サマには、まぁ、ゆずれないよーそこはさー」
放り込まれた現場の難易度とその上での鍛え方が違うからねーとぼやくエリザベートを、ミーリエルは何とも形容しがたい感情を隠しもせず、じっと見つめる。
「……リゼットって、なんなの」
「えーと」
問われたエリザベートは、首を傾げてミーリエルを見つめる。
「……侍女では、ないね」
知っているわよ! とミーリエルが喚いてエリザベートからお酒を奪い返した。