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24.行方を尋ねても、時間は過ぎゆく。



 ねぇ、もしかして、何かご存知なんじゃありません? と、新たに白騎士に任じられた少年へ、皇妃付きの侍女が囁く。


「リゼットが、どこにもいないのです」


 また、いなくなってしまった。

 途方に暮れた様子で呟く侍女に、白騎士は目を伏せる。あの人は、と。どう告げるべきか、どう告げれば、侍女が侍女の主人を傷つけることなく、伝えることができるだろうか、と。

 白い騎士服を纏った少年は、琥珀の目を、そっと閉じた。







「あれが望んだ」

「この国から追い出されることをですか」

 そうではない、と頭を撫でてくるエヴァンシーク様の優しい手に、ウィリアローナは顔を歪めた。誤魔化しているわけではないのはわかっている。けれど、こちらは本気で問いつめているというのに。

 ウィリアローナの部屋で、午後のお茶の時間を共に過ごしながら、ウィリアローナは隣に座るエヴァンシークを見上げる。

 消えてしまったエリザベートの行方を、問いつめているところだった。

「故郷で、成人とされる歳に達したため自立する。という旨の置き手紙を残して、あっさり行方をくらましたのは、あれの方だ」

 俺は、あれを追い出したりはしない。けして。

 あれの存在は、間違いなく救いであったのだから。

「ですが」

 ウィリアローナを神聖王国の辺境の地へと連れ出したエリザベート。それは、どうにもできないほど重い罪を問われるものだった。

 ヘイリオやミーリエル。ウィリアローナ付きの他の侍女達は、何も知らなかったとされ、ウィリアローナも無理矢理連れ出されたということになった。


 宰相はエリザベートのみを、罰する対象として、あげたのだった。





 どういう対象として見ていたかまでは知らないが、エリザベートがウィリアローナへ強い感情を抱いていたということを、エヴァンシークは知っていた。それを、ウィリアローナに告げることはできない、とも思った。

 白い騎士服か、侍女の制服か、年を重ねればそのどちらかを選ばざるを得ない状況に陥ることを、アレは避けたのだ。選ぶこともできない選択を迫られることを、エリは。

 ウィリアローナは、エリにとって最初の恩人なのだ。姫の春によって救われたエリは、だから、全てを捧げた。

 けれど、ウィリアローナの皇妃としての地位が確実のものとなり、掃除もすんだ今の城内の危険は、以前より格段に小さくなったと判断して、アレは姿をくらました。

「故郷とは、どこだ」

 魔女になる前の小鳥がエリを拾ったのは、帝国の端。皇家とは縁もゆかりもない、全寮制アカデミーがあるだけの片田舎。

 手がかりなど、あるはずもなく。

 しかし、はた、と思い至る。


 あの地には、森があった。

 神聖王国や帝国の国境に広がる森。

 神々が愛した、憩いの地。


 不可侵の、森が。


「…………、」

 え? とウィリアローナが顔を上げる。いや、と微笑んで、目を閉じた。

 事実か確認もできないことは、胸の内にとどめておくことにした。








「姫様」

 純白の衣裳を身に纏った姫君を前に、ミーリエルは微笑む。お美しいです、私のお姫様は、本当に、と感嘆の声を上げた。

 当たり前のように衣裳を仕立てたのはミュウランであった。ミュウランの手の者によって薄く化粧を施されつつあるウィリアローナは、はにかむように笑う。


 年を越え、数ヶ月すぎて、春は訪れた。

 ようやく婚儀の日を迎えた花嫁に、そりゃあねぇ、ミュウランが笑う。ミーリエルの隣で佇む彼に感謝の意を示す為、手が離れたのを見計らい、軽く頭を下げた。そんなウィリアローナを見て、ミュウランはため息をこぼす。

「あんた、本当に変わったねぇ」

 見違えたよ、との言葉に、ウィリアローナは微笑みを返す。そんな花嫁を見ながら、ミュウランはぽつりとこぼした。

「あんたは、ヒューゼリオの側に居続ける者だとばかり思っていたのにねぇ」

 緊張するミーリエルを横目に、ミュウランのウィリアローナを見る目はどこか試している色があった。それがわかったウィリアローナは困った顔を浮かべてみせる。

「ヒューゼの側には、いようと思えば、ずっといられたと思います」

 腕をまわされ、守られて、寄り添うだけの、自分。

 ウィリアローナが告げる通りに、ミュウランもその光景を思い浮かべた。でも、とウィリアローナは続ける。

「エヴァンシーク様、えと、エヴァン、様は」

 思案するように言葉を切ったウィリアローナを見ながら、ミュウランは続きを待った。ミーリエルも、首を傾げて待っている。

「ええと、エヴァン様の為に、何かしたくて」

 ヒューゼの為に、は、考えられないんです。あの腕の中は、きっと平和なのでしょう。けれど、それは。

 なんと言って良いかわからず、黙ってしまったウィリアローナに、ミーリエルは微笑んだ。

「そういうもの、なのでしょうね」

 ミュウランはそうかえ、と呟きながら、想像する。まるでエヴァンシークを守るように、自身の肩口へエヴァンシークの顔をうめ、抱きしめるウィリアローナを。

 そうしてエヴァンシークは、縋るように、守るように、ウィリアローナの背中へ腕をまわすのだろう。

 縋り合って、守り合って、二人でいれば、きっと凍えることはないのだろう。

 なるほど、と一人で納得する。微笑んで、小さくうなずいて。

「それじゃ、式が始まるまで、一人にしておいてほしいんだったっけね」

 ミュウランの問いかけに、ウィリアローナはうなずいた。花嫁のその様子を見ながら、ミュウランは複雑そうな顔をする。

「髪、本当にそのままで良いのかえ」

 背中に流したままの髪を指して、問いかける。いいのだとウィリアローナはうなずいた。そうかえ、と不服そうに、しかし、それでも、了承してくれたのか、ミュウランはウィリアローナへと背を向けた。

 退室していくミュウランとそのお付きを眺めながら、傍らのミーリエルにも視線を投げる。

 ウィリアローナの視線に気づいたミーリエルは苦笑して、「失礼します」と一礼した。


 一人残された室内で、ウィリアローナはただ椅子に腰掛け、目をとじていた。


 春。


 風が、開け放たれた窓から入り込み、カーテンを揺らす。

 暖かな日差しに、これは、わたしがもたらしたものだ、と実感する。ウィリアローナにとっての本当に緊張する本番は、式のあとだった。

 式のあと、ほんの短い期間だけれど国外へ出る。そのとき、この国の春がどうなるか。



 奇跡を、祈るのだ。



 奇跡を。





 は、と目を開く。誰かから髪に触れられている感触に、泣きたくなった。優しく優しく、その手はウィリアローナの黒髪を、くしけずる。



読んでいただきありがとうございます。

次で最後となります。よろしくお願いします!


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