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23.二度も途方に、暮れたのだ。


 ようやく気づく。子ども扱いは、つまり、そういうことだったのだ。エヴァンシークは正しく、ウィリアローナを子どもだと思っていた。

 だから、子ども扱いをしていた。


「数ヶ月後には、成人に、なるのです」

 額をおさえたまま、エヴァンシークの方を見ることもできずに、ウィリアローナは呟く。

 反応はなかった。固まっているのだろうと容易に察せられ、もう、と毒を吐く。

「……春になれば、十五だろう」

 何をおっしゃいますか、と返す言葉には力が入らなかった。

「王国も、帝国も、成人は変わらず、十六ですよね」

 今、十五です。そう告げるウィリアローナに、エヴァンシークは瞬きを繰り返す。

「十四では」

「十五です」

 エヴァンシークが沈黙する。思考しているのがわかった為、ウィリアローナは黙ってその様子を見守った。

「……姫は十四。王国を出てからこちらへ来るまでの最中に、誕生日を迎えた?」

「王国を出た時は、十四でした。王国を出てからこちらへ来るまでの最中に、誕生日を迎え、十五になったのです。この国に来る前に」

 何を誰からどう聞いてそう勘違いをしてしまったのか。ウィリアローナはため息を吐きつつ全てはこの誤解が始まりだったのではと思う。

 通常、花嫁が式の前後すぐに齢を重ねることはあり得ない。本来であれば、そういった特別な日というのは避けられるべきであった。

 しかし、ウィリアローナの場合、式の日程は全てハプリシアにあわせたものだ。ウィリアローナ自身は侍女でしかなかったのだから。

 しかし、とエヴァンシークは思う。

(裏ではウィリアローナが嫁ぐのだと決まっていた。にもかかわらず、ああいった日程になったのは)

 脳裏にリンクィンの笑みが浮かんだ。あの王子にかかれば、エヴァンシークの勘違いも全て織り込み済みだったのではと思えてくる。エリザベートがいれば、「自分の花嫁にたいする調査能力を棚上げしないでよねー?」とでも言ったのだろうけれど、生憎この場に白騎士はいなかった。

「誤解が解けたのなら、子ども扱いは不要です」

 気持ちを立て直したウィリアローナがエヴァンシークをじっと見つめてくる。いや、ちょっと待て落ち着け、とエヴァンシークは姫君の発言を止めた。

「さっきの今で、そうか、と意識をすぐに切り替えることはできん」

 わずかな沈黙に、エヴァンシークが違和感を覚える前に、ウィリアローナがぽつりと言った。

「歳のはなれすぎた花嫁は、必要ないですか」

「なぜそうなる!」

 反射で返すと同時に、ウィリアローナの目の端に光るものを見つけ、ぎょっとする。何故このタイミングで、とエヴァンシークは頭上を仰ぎたくなった。これまでウィリアローナが泣きそうになるような出来事はたくさんあった。なのに実際、姫君が涙を浮かべることはなかった。

(なんだ、どの地雷を踏んだ)

 焦る気持ちを抱えたまま、エヴァンシークは大股でウィリアローナとの距離を詰める。驚いて逃げようとする少女の腕を掴み、問答無用で引き寄せ、抱きしめた。抵抗なく寄り添っているかと思えば、そのまま嗚咽を漏らし始めるウィリアローナに、俺は何を踏んだ! と内心で叫ぶ。

 大混乱の中にいながら、その動揺をウィリアローナに悟らせるのは良くないとわかってもいた為、そのまま長椅子へと二人して腰をおろし、よっ、と姫を膝に乗せる。

 肩口に押し付けたまま顔を上げようとしないウィリアローナの背中に手を当てながら、姫君が落ち着くのを待つことにして、エヴァンシークはひたすら黒ウサギを思い浮かべていた。




「むかし」

「うん?」

 しばらくして口を開いたウィリアローナに、エヴァンシークは問いかけまじりの相槌を打つ。

「幼い春の女神は、夫であるはずの神様と、人間の娘が結ばれるのを、見ていました」

 それだけ聞いて、あぁ、とエヴァンシークは思い至る。自分の花嫁の地雷が何かを、ようやく理解した。

「夫に見向きもされなくなって、屋敷の片隅で、息をひそめるようにして日々を過ごしていた春の女神は、彼らの息子の手によって、連れ出されて、彼の側にいようと思った矢先、彼は自身に釣り合った妻を、迎えました」

 春の女神の、物語。あるいは、記憶が、どこまでウィリアローナに影響を与えているかなど、エヴァンシークには想像もできなかった。

 幼い頃に聞いた、単なる物語に強く同調しているだけならまだしも、もし、母の思いをそのまま受け継いでいるのだとしたら。

「……もしかすると」

 嫌なことを思いついてしまった。

「姫の男性恐怖症は、そこに原因があるのか」

 わかりません、と首を振る少女の頭を、エヴァンシークはそっと撫でる。では、しがみつかれている自分はなんなのだと思いながら、エヴァンシークは苦笑した。ウィリアローナが顔を上げ、眉をよせる。まあ良いか、と少女の頬をつまんで遊んでいると、そのよせられたしわが深くなる。ひどい顔だと思いながら、ひっそりと告げた。

「姫は、春の女神ではない」

 む、と唇を尖らせる。それは癖か? と首を傾げれば、なんですか、と目が眇められる。言葉を交わさなければ意思疎通は成立しないというのに、なんだかどうでもいい気分だった。

「姫が春の女神でないのと同じで、俺も、かつて女神を裏切った男達と同じではない。俺は、あなただけを大切にすると、もう決めているから」

 いい加減にしてくれないか、と突き放すような言葉を笑みとともに告げ、黒髪に頬を寄せ、抱きしめる腕に力を込めた。胸元に顔を埋めながらううう、と呻いているが、照れ隠しかなにかだと察することはできたため、焦ることはない。

「ご自分だって、お父上と自分を重ねてなんやかんや仰っていたではないですか」

 痛いところをついてくる、と思いながらも、エヴァンシークは否定した。

「姫がしつこく口にするのを聞いて、いかに馬鹿馬鹿しい考え方か思い知った。姫のおかげだ、感謝する」

「皮肉がすぎます」

 拗ねた声に、がしがしとひたすら黒髪をなぜる。

「姫は、春の女神ではない」

 あのひとの悲しい人生を、なぞる必要はないのだ。


 では、とウィリアローナがぎゅ、とエヴァンシークへ寄り添った。

「子ども扱いは、もうしないですね?」

 だから、とエヴァンシークは苦笑する。

「なぜそうなる?」

 そういう話ではなかったでしょうか、と、とぼけるウィリアローナに、全く、とエヴァンシークは盛大にため息を吐く。

「そうなことを言うと、いざというとき後悔するのは姫だぞ」

 はい? と笑顔で疑問符を浮かべるウィリアローナに、わかっているのか、いないのか、どちらだ、と鼻をつまむ。何するんですか、と目をぎゅっとつむる姫君に、まぁ、いいか、と頭を撫でた。

「大切にする」

「では、エヴァンシーク様を大切にするのは、わたしです」

 予想していなかった言葉に、それはそれは、と笑う。それでも思い浮かべるのは、黒ウサギであるため。

「無理はするな」

 そう告げるのだった。




「いつだって、無理をしているのはエヴァンシーク様なのですよ」


 ご自覚していらっしゃいます? と、ウィリアローナは笑った。





 そして姫君は、かの者の不在を知るのだ。


読んでいただきありがとうございます!

最後までよろしくお願いします!


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