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22.見えなかった真実




 ウィリアローナの部屋を訪れたエヴァンシークは、扉の前に佇んだまま動かなかった。ウィリアローナは、こちらへ、と勧めることもできず、長椅子の前に立ったまま、見つめ合う。

「……なにか、俺に言いたいことがあるのではないか」

 何故偉そうなのだろう、この人、とウィリアローナが思う中、いえ、と首を振った。どうぞ、と向かいの椅子を勧めたが、エヴァンシークはその場から動こうとしない。

「俺は何か、姫の気に障ることをしたか」

 しました。内心うなずきながら、実際うなずきそうになるのをこらえる。だってそれはもう、何とははっきり言えないけれど、だって、もう。この。

 なんと言って良いかわからないけれど、率直に言うなら、ウィリアローナはエヴァンシークが恐ろしかった。

 告げられる言葉が、向けられる視線が、優しく触れてくる手が。

 逃げ出したくなって、たまらない。怖い。目の奥が熱くなって、喉が干上がったような、身体が強ばって思い通りに動かなくて。

 身体が拒絶を示しているように思うのに、気持ちは真逆の有り様で、訳が分からない。

 理解ができない。

 理解ができないということは、恐怖だと知ったのは最近だけれど。

「……今日は、婚儀の話をお聞きしたくて」

 あぁ、それか。とエヴァンシークがうなずく。彼はその場に佇んだまま、目を伏せた。

「春先に。今回は十分な準備期間を設け、段取りも省略せずに行う」

 う、とウィリアローナの頬が引きつる。

(それって、さりげなく婚約の儀に関して前科のあるわたしに釘指してますねもしかして)

 エヴァンシーク様にとってもわたしとっても、あの件は自業自得だけれどとため息を吐きながら、すっと目をそらそうと思った途端、エヴァンシークと目が合い、ウィリアローナが狼狽える。その狼狽えた隙間に、すかさずエヴァンシークが言葉を投げかけてきた。

「今度は、逃げないでもらえるか」

 懇願のようなその響きに、目がそらせない。うぐ、と口をつぐんだまま、瞬くことも、何もできずに、その場で固まる。

「……はい」

 かろうじて告げれば、その間はなんだ、と苦笑された。なんだか最近表情が無防備すぎやしませんか、とウィリアローナは眉を寄せる。

「年が明けたら準備で忙しくなる。ついでに春用の衣裳も花嫁衣裳と同時にいくつか注文するから、姫の好みを聞かせてくれるだろうか」

 返事はしなかった。そんなもの、と言いかけて、考えよう、自分の好みくらい、知る努力をしよう、と思い直す。というか、婚約の儀の際に作った衣裳はどうなるのだろうと目が遠くなる。あれを結婚の儀にもう一度着るとかそういう話ではなかったのだろうか。

「そのつもりだった。その時は」

 あっさりと言われ、しかし何故、と首を捻る。いや、と視線をそらせるエヴァンシークに、ウィリアローナは首を傾げた。

 会話を重ねれば重ねるほど、苦しい、と思う。浅くなる呼吸と、急いていく気持ちをなだめつつ、何度か深呼吸をしている間に、エヴァンシークアぽつりと語りかけてきた。

「そういえば、あの頃から姫は俺の前から姿を消してばかりだ」

 婚約の儀の際は正しくすっぽかしたわけであるため、言い訳が何一つできない。先日の辺境行きもそうだ。許されぬとわかっていながら抜け出した。そういえばあの件についての罰はいったいなんなのだろう。なんの申し伝えもない。お咎め無しな訳はないから、宰相に問いかけよう。

 そんなことを考えながら、もう一つ深呼吸をして、ウィリアローナは話題を変えることにした。

「婚儀の予定が立ったというのなら、あの、寝室の扉も開放されるのですか?」

 む、とエヴァンシークが難しい顔で口をつぐんだ。そんなに難題だったのだろうかと小首をかしげる。それでも、わからないなりに、心のどこかでやはり、と思う。

「正妃が確定瞬間から、取り払っても良いとはされている、が」

 しかし、と歯切れの悪い言い方に、今度はウィリアローナがむ、と眉をしかめた。

「そうやって、子ども扱いですか」

「いやしかし、実際」

 そうやって、ごまかし続けるのだろうか。


(わたしは、誤魔化され続けるのでしょうか)


 胸の奥、先ほどとは違うところが、痛んだ。

 呼吸が浅くなる。深呼吸を繰り返す。これは、ウィリアローナの記憶ではない。けれど、幼い頃に、あるいは、生まれる前に刻まれた、怖れだった。


 一人目は、何の取り柄もない人間の娘と。


 二人目は、釣り合いの取れた別の娘と。


 大切にしてもらえるのだと思い込んで、あっさりと裏切られた。

 そんなふうにして、二度も、独りにされて、途方に暮れたのだ。


「ひとまず、姫の成人まで焦らずとも良いだろう。あと数ヶ月でどうのならまだしも、まだ時間がある。それに、その、あれだ、世継ぎについても、まわりが何かというかもしれんが、今までのことを考えると俺は姫との時間を大事にしたい、し……」

 エヴァンシークは訥々とつとつと語りながら、こちらを真っすぐ見上げてきたウィリアローナのその目に、う? と冷や汗を浮かべ、言葉を切る。どう見ても怒っているその顔に、自然エヴァンシークの表情が硬くなった。

「春、です」

 今までになく気圧の下がったような声音で、ウィリアローナが短く言った。

「……」

 エヴァンシークの頭に疑問符が浮かぶ。ウィリアローナは眉を寄せ、噛み付くような勢いで言った。


「春になれば、わたしは」


 ウィリアローナの剣幕に、エヴァンシークの菫色が、見開かれる。


「成人すると言っているのです!」


 驚きの色を宿したエヴァンシークの瞳に、まさか、と気づく。

 今までの、ウィリアローナが子ども扱い、と感じていた全てのことを思い返し、あぁぁ、と額に手を当てた。

 そう、つまり。




(つまり、そういうことかー!)




 心の中、力の限り、








 叫んだ。





 読んでいただきありがとうございました!

 ラストに向けて、突っ走りたいと思います。


 誤字脱字などございましたらご一報いただければ幸いです。

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