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港町の魔法郵便士は、誰かの声で未来をひらく  作者: 銀細工ナギ


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15/20

奪われた証拠、揺らいだ信頼

 最初の郵便鐘は、港の北端にある古い塔の中で見つかった。


 リゼットたちが倉庫を出たとき、王都の兵士はすでに路地を塞いでいた。住民たちは遠巻きに集まり、誰もが不安そうに顔を見合わせている。公開郵便庫の扉には、王都監査院の封印が貼られていた。


「記録石と台帳を提出しろ」


 オルブライトが命じた。


「規約では、三本の鍵を持つ者全員の立ち会いが必要です」


 リゼットはミラと書記官を見た。二人は震えながらも、それぞれの鍵を握っている。エドガーは黙って三本目の鍵を掲げた。


「それに、母の記録石は公開郵便庫の保管物ではありません」


「君が持ち去った証拠品だ」


「違います。私は見つけただけです」


「王都の審問で説明してもらう」


 オルブライトの後ろから、ハルヴェンが進み出た。


「この町の混乱を終わらせるためにも、従うべきでしょう。リゼット嬢、あなたの音声記録がどれだけ人々を煽ったか、もう少し考えてみてください」


 その言葉に、住民の間から低いざわめきが起きた。


 リゼットは反論しようとした。しかし、母の記録石を胸元にしまった瞬間、エドガーが手を伸ばした。


「預かる」


「エドガー?」


「王都へ行くなら、証拠は監督官の管理下に置いたほうがいい。君一人に責任を背負わせない」


 その声には、いつもの揺るがなさがあった。だからこそ、リゼットは素直に石を渡した。


 翌朝、二人は王都行きの魔法郵便船に乗せられた。


 船内の審問室には、監査官が三人いた。中央に座る女が書状を読み上げ、リゼットの記録石を提出するよう求めた。エドガーは封印袋に入れた石を机へ置いた。


 だが、袋を開けた瞬間、室内に響いたのは母の声ではなかった。


『水路の所有権はハルヴェン家にある。住民の証言は虚偽であり、リゼット・アルノーは記録を改ざんした』


 リゼットの背筋が凍った。


「違います!」


「記録石は君の手から出たものだ」


「封印袋を開けるまで、私は触れていません」


 彼女は石に耳を近づけた。母の声に似せた音の下に、別の響きがある。沈黙を長くする魔法。あの工房の癖だ。


「これは差し替えられています。音の継ぎ目が――」


「また、特殊な聴覚による推測か」


 監査官は冷たく遮った。


 エドガーが立ち上がった。


「彼女の聴力を根拠にしないなら、音声記録そのものを検証する技師を呼べばいい」


「監査を指揮するのは我々だ」


「ならば、封印の記録を確認してください。船に積み込まれてから開封まで、誰が管理したのか」


 その言葉を聞いたオルブライトの顔がわずかに歪んだ。


 しかし次の瞬間、机の上の書類が一斉に燃え上がった。火は青く、紙だけを舐めて消えた。


 審問室に残ったのは、灰と黒ずんだ封印片だけだった。


 母の記録石も、配達帳の写しも、住民の証言を収めた石も、すべて消えていた。


「証拠隠滅の責任を問う」


 中央の女が告げた。


「リゼット・アルノー、あなたを調査記録の不正使用で拘束する。エドガー・ヴァルツ、水路監督官としての職務を停止する」


「彼女は関係ない」


 エドガーが言った。


「記録石は私が管理した。責任は私にある」


 リゼットは彼を見た。彼の手が、かすかに震えていた。


 王都の拘置所へ向かう廊下で、リゼットは声を潜めた。


「どうして、あの石をあなたに預けたの」


「君を守るためだ」


「守れなかった」


 エドガーが足を止めた。


「リゼット」


「あなたは、私なら聞き分けられると知っていた。なのに、証拠を一つにまとめて、私から遠ざけた」


「君が狙われていたからだ」


「私を信じていないのと同じよ」


 言葉が石壁にぶつかり、冷たく返ってきた。


 エドガーは何かを言いかけたが、やがて目を伏せた。


「君を失うのが怖かった」


「だから、私の仕事を奪ったの?」


 その問いに、彼は答えられなかった。


 リゼットは胸の奥が裂けるように痛んだ。母の声を失ったことより、今、隣にいる人の沈黙のほうが苦しかった。


 別々の部屋に入れられる直前、エドガーが振り返った。


「明日の審問で、私は監督官としてではなく、一人の証人として話す」


「もう証拠はないわ」


「それでも、見たことを話す」


「誰も信じなかったら?」


「君が信じてくれればいい」


 その言葉は、以前なら心を支えただろう。だが今のリゼットには、あまりにも遅く聞こえた。


 独房の中で、彼女は何度も母の最後の記録を思い出した。


 最初の郵便鐘を探して。


 母は、記録石そのものを証拠にしていなかったのかもしれない。音は奪える。紙も燃やせる。けれど、声を届けた相手の記憶まで消すことはできない。


 夜更け、窓の外で王都の鐘が鳴った。


 一度、二度、三度。


 その音に混じって、遠くから小さな反響が返ってきた。


 港町の鐘と同じ、古い四連の響き。


 リゼットは壁に耳を当てた。隣の独房から、エドガーの声が聞こえる。


「リゼット、聞こえるか」


「ええ」


「君の母親の記録を、私は信じている」


 彼女は目を閉じた。


「でも、私を信じてはいなかった」


 長い沈黙が続いた。


「そうだ」


 エドガーは否定しなかった。


「私は君を守ることと、君の選ぶ権利を守ることを間違えた」


 その声には、逃げ道を求める響きがなかった。


「もう一度だけ、やり直させてほしい」


 リゼットはすぐには答えなかった。


 やがて、壁越しに手を当てる。冷たい石の向こうで、彼の手も重なった気がした。


「証拠がなくても、私は聞くわ」


「うん」


「でも、次に何かを預けるときは、私に決めさせて」


「約束する」


 完全に亀裂が埋まったわけではない。それでも、沈黙の中に細い橋が架かった。


 リゼットは目を開けた。


 母の記録は奪われた。エドガーの肩章も奪われた。けれど、町で交わされた声のすべてが消えたわけではない。


 明日の審問で、彼女は証拠を失った郵便士としてではなく、声を覚えている人間として立つ。


 そして、王都の壁の向こうへ、まだ届いていない真実を送り出すのだ。

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