第24話 その盾は、今日も前へ出る
最下層から戻って、半年が経った。
俺は二十五歳、リディアは二十八歳になった。
ノノも二十三歳になり、地図の部屋へ、新しい仕事仲間を一人迎えた。
十八歳の斥候で、彼女が実地で地図の読み方を教えている。
三人が組んで、約一年。
〈銀の盾〉の玄関には、まだ新しい傷が増える。
最下層を一度通ったからといって、全ての道が易しくなるわけではない。
俺たちは、普通の依頼も受けた。
浅い層の調査。採掘隊の護衛。古い設備を見に行く学者の付き添い。
どこへ行く時も、戻る分の食べ物を持った。
今朝、リディアは工房で、細い氷の輪を三つ作っていた。
輪は、俺が出勤の支度をしている間に、一つ崩れた。
「あと少し」
彼女は自分へ言い、次の形を紙に描いた。
俺が声を掛けると、杖を置いて椅子から立つ。
「昼には帰りますか」
「今日は十層まで。夕方には戻る」
「なら、夕飯は私が」
俺は少し考えた。
「昨日の鍋なら、塩をもう少し少なく」
彼女が俺を睨み、すぐに笑った。
二人とも、迷宮ではない所で覚えることが、まだ多かった。
ノノが地図の部屋から出てきた。
荷物は小さく、矢は必要な数だけ。
俺の足元を見て、新しい靴の紐を指した。
「緩んでる」
俺は結び直した。
彼女の耳が、扉の鈴で動いた。
次に、今日組む採掘隊の人たちが入ってきた。
俺は護衛の範囲を話し、道具と薬の経費を確認した。
相手の班長は頷き、皆へ行程を説明した。
仕事の前に話すことが、以前より自然になっていた。
出発前、ギルドでガルドに会った。
半年の停止と再審査を終え、一般の探索者として戻っていた。
勇者の資格は、まだない。
隣には、初めて見る盾役がいた。
ガルドは、その人へ地図を渡した。
「ここで止まる。奥へ行く時は、お前の残る力を聞く」
盾役が頷いた。
俺は、その会話へ入らなかった。
彼らがこれからどう組むかは、彼らの仕事だ。
ガルドが俺に気づき、頭を下げた。
俺も、軽く返した。
また同じ隊へ戻る約束は、しなかった。
マーヤは、窓口で俺の免許を確認した。
最高到達、五十層。
攻撃力、零。
彼女は二つの欄を見て、いつものように返した。
「今日の道にも、気をつけて」
「行ってきます」
入口へ向かうと、リディアが追いかけてきた。
俺が忘れた水筒を持っている。
ノノが、一歩先へ行くふりをした。
リディアは水筒を渡し、俺の頬へ短く口づけた。
「夕方、待っています」
俺は頷いた。
彼女の左手に、細い銀の指輪がある。
俺たちは、三か月前に結婚した。
式の日は、迷宮へ入る前に急いで決めたものではない。
この家で暮らしながら、二人で選んだ日だった。
ノノが、塔の階段から呼んだ。
「レン。今日は大魔法、要らないからね」
俺は盾を持ち直した。
最下層で曲がった縁は、ドランが直してくれた。
今の傷は、別の場所へ増えている。
「相手がくれたら、返す」
ノノが笑い、採掘隊の人たちも笑った。
俺たちは、十層の昇降門へ入った。
地下の空気が、頬へ触れる。
ノノが道を見て、俺は先頭へ立つ。
盾の持ち手には、三人の名前が残っていた。
勇者に要らないと言われた日、俺は銀貨六枚と盾を持って出た。
今も、自分から放てる攻撃はない。
それでも今日の依頼書には、俺の名前と、守る相手と、帰る時刻がある。
俺は盾を上げた。
後ろの人たちの足音が、続いた。
完




