第21話 地下の残響
地下3階、非常用電源室に続く連絡通路。
泉透は先頭に立ち、懐中電灯の光を抑えながら慎重に進んだ。
岩瀬源三と若い村人二人が数メートル後方を固めている。
波紋視界が強く波打っていた。
低く持続する「うねり」が、聴覚異常を通じて彼の神経を刺激し続ける。
「……ここに、誰かいる」
泉透が静かに告げた。半開きの重厚な扉の隙間から、微かなランタンの光と人の気配が漏れていた。
彼は拳銃を構えつつ、ゆっくりと扉を押し開けた。
室内は3年間の孤独を物語るように、MREの空容器が丁寧に積まれ、簡易濾過装置が低く作動音を立てていた。
壁際の簡易寝床に、一人の男が座っていた。
瘦せ細り、髭と髪を伸ばし、油と埃にまみれた米軍服の男。
男は光に弱そうに目を細め、掠れた声で言った。
「……Who are you?」
泉透はゆっくりと拳銃を下げ、落ち着いた品のある英語で答えた。
泉透:
「We are survivors from a nearby Japanese village. My name is Izumi Toru.
We came for fuel… but it seems we found something far more important.」
(私たちは近くの日本人集落の生存者です。
私の名前は泉透。燃料を探しに来ましたが……思ったよりずっと大切なものを発見したようです。)
マイケルは信じられないという顔で、ゆっくりと瞬きをした。
3年ぶりに聞いた人間の声に、瞳がわずかに震えた。
マイケル:
「……Petty Officer First Class Michael Harris. I was checking the fuel systems when the quake hit. After that……the Wave came. Everything upstairs went quiet. I couldn’t get out.」
(……上等兵曹マイケル・ハリスです。地震が起きた時、燃料系統の点検をしていました。
その後……波が来ました。上階が静かになって、出られなくなったんです。)
泉透:
「Three years…… You’ve been alone down here for three whole years?
That’s…… remarkable. Can you stand? We’ll take you with us.」
(3年……この地下で、たった一人で三年間も? それは……驚くべきことです。
立てますか? 私たちと一緒に地上へ行きましょう。)
泉透は近づき、マイケルの脇を支えた。
触れた体は驚くほど細かったが、まだ芯が残っていた。
マイケル:
「Your voice…… is quiet. Calm. I haven’t heard a voice like that in so long.
……Thank you. I thought I was the last person left.」
(あなたの声は……静かで落ち着いている。こんな声は本当に久しぶりだ。
……ありがとう。私は自分が最後の人間だと思っていました。)
泉透は静かに頷き、品のある落ち着いた声で続けた。
泉透:
「You are not alone anymore, Michael.
We have a small village. People who are trying to live.
……And we have the same ‘Wave’ inside us.」
(もう一人ではありません、マイケル。
私たちの村は小さいですが、生きようとしている人々がいます。
……そして、私たちも同じ『波』を内に抱えています。)
マイケルは泉透の肩に体重を預けながら、かすかに笑った。
疲れ果てた、しかし確かに人間らしい笑みだった。
岩瀬源三が後ろから感嘆したように呟いた。
「泉さん……本当に生きてたのか。3年も地下で……」
探索チームはマイケルを支え、地下2階の燃料貯蔵室に戻ってから、優先的にドラム缶数本と濾過キットを回収した。
地上へ出る階段を上る間、マイケルは何度も息を整え、光に目を細めていた。
基地の地上に出た瞬間、夕陽が沈みかけた空が広がっていた。
マイケルは深く息を吸い込み、震える声で言った。
マイケル:
「The sky…… It’s still here.」
(空が……まだあったんですね。)
泉透は彼の隣に立ち、静かに答えた。
泉透:
「Yes. The world is still here. Damaged, but not dead.
We’ll take you to our village. Our doctor will check on you.」
(ええ。世界はまだここにあります。傷ついてはいますが、死んではいません。
私たちの村へ連れて行きます。医師が診察します。)
帰還の漁船の中で、泉透は無線を入れた。
「こちら泉。燃料確保成功。そして、生存者を保護した。
米海軍の上等兵曹、マイケル・ハリス。白峰医師に準備を頼む。」
佐伯村長の声が返ってきた。
「了解した。よくやった。」
泉透はマイケルを横目で見つめ、静かに息を吐いた。3年間、地下の暗闇でSilent Waveの残響を聞き続け、生き延びた男。
彼は巡洋艦Fort Worthを動かす鍵となり、そして泉透にとって「同じ波を聞いた」数少ない理解者となるだろう。




