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エコー・イミューン ―終末世界の守護者―  作者: 泉水遊馬
プロローグ

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終末世界

挿絵(By みてみん)



世界は、静かに終わった。

誰もが「波」の音を聞いたという。

それは音というより、存在そのものを震わせる不可視の衝撃。

ただの大地震ではなかった。

空気に、地面に、海に、そして人の脳の奥底にまで染み渡る、名もなき“沈黙の振動”だった。


のちに「Silent Waveサイレント・ウェーブ」と呼ばれるそれは、

最初こそただの耳鳴りだと片付けられた。

だが三日後には発熱と幻聴が現れ、

五日目には、まるで呼吸という行為そのものを忘れたかのように、人々は静かに崩れ落ちた。


苦痛はほとんどない。

ただ、波にさらわれるように、音もなく息が止まる。

世界保健機関が緊急事態を宣言したその週末には、

すでに人類の三分の一が姿を消していた。


そして三年が過ぎた。


文明は崩れ、都市は風化した骨のように沈黙している。

電力網は途切れ、衛星は応答をやめ、国家は形だけを残して消えた。

残された者たちは、わずかな希望と大量の絶望を抱えながら、

ひび割れた世界の隙間で生き延びている。


その中に、奇跡のようにSilent Waveに反応しない者たちがいた。

完全免疫者“イミューン”。

彼らは、滅びかけた世界に残された最後の光として扱われた。


だが、免疫者であっても生存は容易ではない。

略奪、飢餓、病、狂気。

そして何より、世界に残された

残響エコー”。


感染を逃れた者たちの多くが、後遺症に苛まれていた。


視界に波紋が広がる者。

遠くで絶えず「波の音」を聞き続ける者。

死んだはずの家族の声が、風に乗って耳元で囁く者。


人々はそれを「エコー」と呼んだ。

亡き世界が、まだどこかで鳴り続けている証だった。


海沿いの地方都市から少し離れた、巨大な造船所跡。

かつて巨大タンカーを建造し、日本経済を支えた鉄の巨体は、

今やサビと蔦に覆われた“要塞”へと姿を変えている。


補強された防壁。

潮風に揺れる農地と牧草地。

夜になれば、闇の中に小さな灯りがぽつりと浮かぶ。


ここには、わずか85名の共同体が暮らしている。

その半数以上が高齢者だ。


だが、彼らは決して弱くはなかった。


夜明け前、畑には腰の曲がった老人たちが立ち、

震える手で鍬を振り下ろす。

「若い者に任せてばかりでは、村が死ぬ」と笑いながら。


発電小屋では、油にまみれた手で古い機械を叩き、

「まだ動く、まだやれる」と呟きながら配線を繋ぐ老人がいる。


防壁の前では、白い髭を揺らしながら溶接面を下ろし、

火花を散らして鉄板を縫い合わせる者もいる。


老いた身体を引きずりながらも、

生きるために、守るために、今日も立ち上がる。


そして、この村には——

彼らを守るために、朽ちゆく世界を駆け続ける

“ひとりの男”

がいた。


視界には絶えず波紋が揺れ、

耳の奥では、死者の声が微かに響く。

Silent Waveの残響に侵されながらも、

彼は歩みを止めない。


亡き家族の面影を胸に抱き、

守るべき85の命のために。


静寂の病が世界を飲み込んだ後も、まだ響き続けている鼓動を、信じて。



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