弱者の時間だ。
女王ヴィオナ・エスティア。
彼女は色白の肌に長い白髪、そして虚ろな暗紅色の瞳を持つ、美しき大人の女性だった。
その耳元には、白いイヤリングが飾られている。
身にまとっているのは、暗紅色の模様があしらわれた黒いドレス。
袖口は短く仕立てられており、全体から『DARK GOTHIC』な雰囲気を漂わせていた。
________________________________
真暗闇の中、ヴィオナはテーブルの端にある豪華な椅子に静かに座っていた。
その椅子は暗闇の中でかすかに輝いている。
彼女の前にある貴族のテーブル、その金の装飾が施された側面が、暗闇の中でわずかに光を放っていた。
彼女の前のテーブルには、ナイフとフォークが20センチほどの間隔を空けて置かれている。
彼女はいつも、それを虚ろな目で見つめていた。
彼女の左側には、空席の椅子が一つ。
俺は彼女の右側に立ち、その姿を見ていた。
その暗闇の中、俺は彼女から3メートルほど離れた位置に立っていた。
俺の服装は、料理人に似た清潔な白い服に黒いズボン。
胸元には、黒い金属製の小さなプレートで作られた名札があり、そこにはこう書かれている。
《 56. NOITRAMA 》
俺はただ静かに立ち、左手を背中に回して上品に佇んでいた。
「…動かないな。体も、口も。…動かせるのは……」
俺は目だけを左右に動かした。
「目だけか…」
俺がただ目を動かし続けていると、耳元にかすかな声が聞こえた。
「食事は?」
そして、俺の目はヴィオナを見つめた。
ヴィオナは机の上のフォークとナイフをじっと見つめ続け、まるで俺の心を読めるかのようだった。
(……今、なんて言った?)
「……食事は?」
ヴィオナの唇が柔らかく、そしてゆっくりと動いた。
その声には、いかなる欲も貪欲さも含まれていないかのようだった。
ヴィオナはまだ、ナイフとフォークを見つめている。
(……食事? 何のこと?)
「剣を握って……」
(剣?)
まもなくして、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
ヴィオナとは反対側の、机の端から。
暗闇の中から、ラファエルがゆっくりと姿を現した。
彼は俺と同じ服を身にまとい、うやうやしくトレイの上に料理を載せて歩いてくる。
ラファエルの髪は後ろで綺麗に結ばれていた。
それから、彼の視線が俺へと向けられた。
……俺は彼の名札に『32. RAPHAEL』と書かれているのを目にした。
(ラファエル……)
彼はトレイを机の上に置いた。
そして、料理の皿をナイフとフォークの真ん中に並べた。
その料理は、黄色いオムレツの上に赤いソースで『JUSTICE』と書かれたものだった。
ラファエルはエレガントにお辞儀をすると、そのまま踵を返した。
歩き去る際、彼はほんの一瞬だけ、また俺の方へ視線を向けた。
俺もゆっくりと視線を右に動かし、彼を見つめた。
ラファエルの背中が、もう10メートルほど先に見える。
一歩、また一歩と、彼の姿はゆっくりと暗闇に呑まれて消えていった。
ヴィオナはまだ、料理を見つめている。
「行って……」
俺はお辞儀をしてから、ラファエルと同じ方向へと歩き出した。
(…俺の体が勝手に動いてる。まるですべて、彼女の思い通りに動かされてるみたいだね)
俺が歩いていくと、背後にあるヴィオナの姿がゆっくりと暗闇に包まれ……そして——
「不味い」ヴィオナの声が、俺の背後から聞こえた。その直後……
……皿の割れる音が響いた。
そして、すべてが暗黒に包まれた。
◆◆◆◆◆◆
夜。
目を開けると、まず目に入ったのは自分の太ももの上に置かれた両手だった。
その両手は長い鎖で手錠をかけられていた。
俺は今、長さ三メートルほどのコンクリートブロックの上に腰を下ろしている。
身にまとっているのは、白と黒の縞模様が入った囚人服だった。
「夢……か」俺は静かに呟いた。
俺の牢屋は暗く、狭い。換気と明かりは、頭上にある鉄格子だけが頼りだった。
手枷につながれた鎖は上へと伸び、背後の壁に開いた穴の中へと続いている。
その穴の内部には、横長でおよそ一メートルほどの鉄製の構造が取り付けられていた。
まるでいつでも両手を壁に引き寄せられてしまいそうだった。
……左手がゆっくりと、自分の左顔に触れた。
「ヴィオナ・エスティア……
なんでかな、彼女の名前がずっと頭から離れない。
忘れてはいけない存在っていうか……いや、忘れたくても体が拒否してる感じ。
俺は変態じゃないし」
「……」
「剣を握って……か 、なぜ?」
俺は小さな声で呟き、ため息をついた。気だるげに、少し斜め下へと頭をうなだれる。
「考えれば考えるほど、考えない方がいい。いつも通りで良しとしよう」
俺の前の鉄格子の向こうから、足音が近づいてくるのが聞こえた。
俺の目が、期待でゆっくりと見開かれる。
「来た来た来た」
横から一人の太った男が歩いてくるのが見えた。
男は鉄格子の前で立ち止まり、俺と向き合う。
彼は看守の服を着ていた。
「来たー!!」
その瞬間、俺の手の手錠の鎖が自動的に引っ張られ、両手が壁に張り付けられた。
俺はコンクリートブロックに座ったまま、両手をだらりと無力に拘束される。
やがて、その太った男は牢屋の鍵を開け、中へと入ってきた。
男は俺の目の前で、自分の手のひらに拳を何度も叩きつけ、いつでも俺を殴る準備を整える。
「尋問の時間だ」
凶悪だが、どこか滑稽に見える表情で男は言った。
俺は不敵な笑みを浮かべながら、目を閉じる。
(ふんっ! ……弱者の時間だ)




