8話 満足する 前編
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僕が赤ちゃんとして生まれたからだろうか?それとも、かなが毎日を全力で生きているからだろうか?
時が経つスピードがとんでもなく速い。
今や、かなは2歳と6ヶ月だ。専属ナニーがスマホを複数台持ちと分かってから、約一年も経っている。
この一年は相変わらず悪意の盾となりながら、心の中で僕が専属ナニーの真似事をしていく日々だった。
といっても、歌を歌ってみたり、正しい発音を心で何度も復唱したり、会話の真似事をしてみたり、僕がいっぱいかなを褒めたりしている程度だけどね。
そのおかげかどうかは分からないが、かなはすくすく育っている。
話せる言葉も増えてきて、二語文も当たり前に話せるようになった。発音自体はまだ甘いところもあれど、健全な成長と言えるだろう。
「どちゃくそ!おーるいん!」
……うん。かな、話すの楽しいねー。あはは……
一方姉のゆりはしっかりと専属ナニーによって成長をサポートされているからか、もっと健やかに育っている。
特に言語能力に関しては顕著で、2歳半だというのに、もう三語の「意味のある文」を話したりできるようになっているのだ。
「かな。こっち。おいで」
「うん!」
「よしよし。かな。すき」
「ゆり。すき!」
「えへへ」
最近ではゆりは少しお姉ちゃんとしての自覚が出てきたようで、かなが癇癪を起こしたりすると、頭をよしよしして慰めてくれる。
そして、かなもゆりが大好きなので、撫でられると、ころっと機嫌が良くなる。そこからは、かなは全力でゆりのことが大好きだとアピールする。
そうやって甘えられると、ゆりは得意げになる。それもそのはず。かなは喜怒哀楽が豊かな子なので、嬉しい時は体をいっぱい使って表現するのだ。
その甘えっぷりに、ゆりもメロメロなのだろう。
もしかしたら、かなは将来「人誑しっ子」になるかもしれないな。
この一年間、専属ナニーを注意深く観察し、色々試した結果――どうやって僕たちの母と父をすれ違いさせてきたのか、ようやく手口が判明した。
彼女はスマートフォンを3台使って、母と父の連絡をすべて自分の手で中継し、内容を書き換えているようだ。
父から母へ送られたはずのメッセージは、直接母には届かない。いったん、専属ナニーの持つスマートフォンに送信される。
彼女はそれを母になりすまして書き換え、別のスマートフォンから、母の本当の端末へ送り直す。
母から父への連絡も同じだ。
メッセージは必ず専属ナニーを経由し、改変された形で父の元へ届く。
こうして三台のスマートフォンを使い分けることで、彼女は何年もの間、二人の会話を支配していたってわけだ。
これだけ大掛かりな仕掛けに気づかないのは、母が機械に弱いことを頑なに隠しているのと、父が専属ナニーを信頼しているからだろう。
(まあ、僕がもう少し成長したら、絶対にどうにかしてみせるけどね)
もう少し成長し、しっかり話せるようになったら、全て母に説明するつもりだ。それで全て解決するだろう。
成長を待つ理由は、僕が表に出ても、いきなり達者に喋れる訳ではないからだ。
僕、なぜかかなが覚えている言葉しか、どうやっても話せないんだよね。あくまでできることは、2歳半の女の子ができる範囲のみらしい。
……耳から入ってくる言葉は分かるのに、不思議なものだ。
このせいで、今まで僕は何度も唇を噛んできた。目の前で父に「残念ながら、奥様はもう旦那様への想いは絶望的かと……」などと嘘を教え込む専属ナニーに、僕はできることは何もなかった。
僕が流暢に話すことができれば……それだけで、この問題は解決できるのに。そう思ったことは数しれず。
ああ、ダメだ。胸の中がざらついている。もっと心を凪にしなきゃ、かなに影響が出てしまう。
凪、凪……ふぅ。落ち着いた。
僕がかなの覚えている言葉しか話せない理由を、少し考察してみた。
もしかしたらそれは、僕が「二重人格」のように考えている感覚が間違っているからかもしれない。そもそも二重人格を真っ先に考えるなんて、厨二病すぎたか。
幼いかなですら、二重人格として僕のことは捉えていない。あくまでかなは「僕も自分の一部」と本能的に理解している様子がある。
かなのように考えるのが正解な気もするんだけど……どうも僕はそうやって考えられない。
それはきっと、僕に一度死んだ記憶があるからだろう。難儀なものだ。
僕は2歳半の女の子としてしか動けないが、それでも現状を変えるために、できることはちゃんとやっている。
例えば、母と一緒に寝る時、少しだけ表に出て、「あの人、いや」と何度も伝えたりもした。
お母さんは最初「イヤイヤ期かしら?」とあまりしっかり受け取っていなかったが、何度も伝えているうちに、最近は言葉通り受け取ってくれるようになってきた。
この様子だと、僕がなんとかしなくても、母がそろそろなんとかしてくれるかもしれない。
「――お姫様は王子様の元へ戻り、生涯仲良く暮らしましたとさ。おしまい」
「まーま。すき!」「ゆり。二つ。ほしい」
「そう、もう一回読んでほしいのね」
「「キャー!」」
「ふふふ、相変わらず今日も子どもたちが可愛いわ」
今日のかなとゆりは、とても機嫌がいい。
それもそのはず。
いつも忙しい母が、今日は一日中家にいるのだ。
母は最近になって、普通に仕事で休みをとるようになった。
これは嬉しい変化だ。
今まで母は、子供を産み、その1週間後には働き始めるほど思い詰めていたらしいが……最近ではようやく肩の力が抜け、この暮らしに慣れ始めたようだ。
母は綺麗なアイスブルーの瞳を柔らかく細めながら、二人をまとめてぎゅっと抱きしめる。
「「えへへ~」」
母親の愛を一心に受けて、二人とも満足げだ。
そんな三人の様子をかなの心の奥で見ている僕も、もちろんとても満足げなことは言うまでもないな。
「ああもう!可愛い!可愛すぎてどうにかなっちゃいそう!もう一生3人で暮らしましょうね!」
母が嬉しいと、かなの心にお日様のような暖かさが満ちる。本当にかなは、誰よりも母のことが大好きなようだ。
……でも、パパさん。ある意味ピンチですよ。もしかしたらだけど、あなた抜きで、全てが上手く回るかもしれません。
心の中の僕ですら、このままでも幸せになれるかも? と思ってきています。それくらい最近の母は頼りになるのだ。
でも、きっと父にしかできないこともあるはず。ファイト!パパさん!
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