4話 勝負する
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こんな勝負、普通なら絶対に狼牙は勝てない。天才剣道少年は、高校剣道界の頂点だ。勝ち抜き団体戦では、彼一人いるチームが勝つと言われているほど、化け物じみた実力者である。
相手はまごうことなき天才。
それなのに……
目の前では、ヒリヒリとした試合が続いている。
この熱い勝負に、さっきまで不機嫌だったことなんてすっかり飛んでいってしまった。
天才剣道少年――名前は古本田君。青年といってもいい年齢なのに、未だに少年扱いされているのは、彼が笑顔な時に出るえくぼが愛くるしいから。
私は学校の生徒全員の顔と名前、パーソナルデータは全て頭に入っている。私の趣味はコミュニケーションだからね。人に対しての記憶力は、私の密かな自慢だ。
二人、相対する。ただ立っているだけで、ものすごい迫力だ。じりじりとした熱気が、このステージまで届いてくるようだ。
私の拳にも、思わず力が入る。
私がどちらを応援しているかと言えば、もちろん狼牙だ。どちらが勝とうが、誰かのものになる気はさらさらないが……それでも狼牙には勝ってほしい。
狼牙とは、幼稚園からずっと付き合いが続いている。家同士の交流も深く、狼牙は私に気を許していたので、友達としてよく遊んでいた。
幼稚園の頃はあんなに小さかったのに、今では身長も185センチ前後ある。ずっと私の方が身長は高かったのに……中学後半辺りで一気に突き放されたんだよね。狼牙の癖に私を見下ろすとは、生意気な奴め。
その太い首や腕、デカい体型と、ダークグレーの射殺すような瞳が相まって、一見すると狼牙の持つ雰囲気はかなり怖い。私が隣にいる時はそうでもないが、一人でいる時は、通行人や女子生徒たちから、大げさに逃げられてしまうこともよくある。
ただ、怖いところさえ気にしなければ、かなりのイケメンだと思う。やや暗めのアッシュブラックで、硬めの直毛を短めのウルフカットにした髪型も、なかなかおしゃれだ。
実際、一部のマゾ気質な女性からは、熱狂的にモテているしね。
それに、最近では狼牙の世話好きなところや、お菓子作り好きなところ、可愛いもの好きなところなどが知れ渡ってきて、よりモテを加速させている。
かなちゃん的には、その事実は少しだけ気に食わない。
狼牙は私にだけ作ったお菓子を献上すればいいし、今までみたいに、ずっと私の世話をしていてほしい!いつものように私の口元を拭いたり、私が暴走した時に止めたり、無言で私の荷物を持ってくれたり……そういう関係を永遠に続けていたい!
これが私の偽らざる本音。
要は私は、狼牙を気に入っているのだ。それこそ、この世の中の男の中では、一番。私が一番自然に甘えられる相手が、狼牙なのだ。
とはいえ、狼牙と恋愛関係になりたいかと聞かれると、別にそうでもない。可能ならば、永遠にこのままの関係のままおばあちゃんになりたいと、私は本気で思っている。
その願いを叶えるため、狼牙には「勝手に彼女を作るなよ!」と言っておいた。
こんな超自分勝手なワガママを伝えても、「分かった」と即答した様子を見る限り、狼牙も現状では恋愛関係を望んでいないのだと思う。
(ハハハ……)
心の中のオジサマが、何故か苦笑いしている。
私たちの思考は全て共有すると約束したのに、中学生辺りから、オジサマは少しだけ方針転換することに決めたみたいだ。こんな風に、たまーにオジサマは私に何かを秘密にすることがある。
(こういうのは自分で気づく方が、かなのためだから)
いっつもそうやって誤魔化すんだから、もう!
うーん……私に甘いオジサマでも、流石に私がワガママ過ぎたから苦笑したのかな?
でも、やっぱりこれが今の私の本音。私は誰よりも幸せになるため、自分の気持ちに嘘はつかない。
……まあ、とりあえず狼牙も私以上に好きな女はいないようだし、私以上に狼牙のことを好きな女も今のところいないだろう。狼牙が最近モテ始めてきているという懸念も、私以外と話す時、絶望的にぶっきらぼうなせいで、実際の恋愛関係につながっていないしね。
と、そんな事を頭の隅で考えながらも、目の前の勝負は続いている。
使い慣れた竹刀で苛烈に攻める天才少年と、薙刀のリーチを活かし、いなして、避けて、妨害して、とにかく相手の嫌なことに徹する狼牙。特に狼牙が繰り出すスネへの一撃には、かなり苦戦しているようだ。
薙刀は剣道と違い、スネへの一撃も一本と認められている。剣道に慣れているものほど、足元への対処は難しいのだ。
天才少年側も、思った以上に長引く試合に、焦れているところだろう。
(この流れなら、勝つのは狼牙君かな)
心の中のオジサマは、私以上に狼牙を信頼している。実力で圧倒的にまさる天才少年側が勝つと思うのが普通なのに、一切狼牙が負けることを想像していない。
オジサマほどではないが、一応私も狼牙の実力は信用している。
狼牙は、狼牙のお父様からしごかれた結果身につけた「身体能力」と、狼牙のお母様から叩き込まれた「勝負勘、駆け引きのイロハ」を兼ね備えているからね。
剣道の実力が相手のほうが上だろうと、一発勝負の強さは狼牙に分があるってわけだ。
これだけ勝負が長引いているのも、そのせいだろう。
「……」
狼牙が力強い目で、相手を射殺すように捕らえ続けている。
あれ、相当嫌なはずだ。実際、時間が経つにつれ、天才少年側の動きに精彩が欠けはじめている。あの妙な迫力と、纏わりつくようなプレッシャーは、しっかりと効果を発揮しているようだ。
「う、うおおおお!!!めえええええん!!!」
「……!」
パンッ――
広い体育館に、打つ音が響く。
誰が見ても、勝敗は明らかだろう。
上げられた旗は、狼牙の勝利を意味していた。
天才少年側が焦れて勝負に出たところで、狼牙が見事なカウンターで、胴に一本を入れたのだ。
「け、けっちゃあああああく!!!勝者、白星野狼牙!!!!」
よーこの宣言とともに、会場は大きく沸いた。
お互いに礼をしたあと、面をはずし……狼牙は私をチラリと見て口元を僅かに緩めた後、よーこの元へ歩いていった。
どうやら、マイクをもらいにいったようだ。
んん……? 狼牙が話したいことがあるとは、珍しいこともあるものだ。
「この際だから言っておく」
狼牙の低い声が響く。そんなに大きな声でもないのに、狼牙の声には妙な迫力がある。
それに、いつもとは声の「熱」が違うような……?
――この時、なぜか私は、いつもは気にならない狼牙の喉仏の震えと、筋張った首筋に見入っていた。
狼牙は、スローモーションで動くようにゆっくり周りを見渡す。
「文句があるやつは、まず俺を倒せ。俺はどんな勝負だろうが、受けて立つ。以上だ」
そう宣言し、狼牙は足早に去っていった。
遅れて、ドンッ、という爆発音が、私に迫る。まあ、爆発なんかじゃなくて、ただの歓声の束なんだけど……私には破裂音に聞こえたってだけの話。
なぜか、会場は大盛り上がり。
文句がある?どういうことだ……?
狼牙の真意が分からない私だけ、置いてけぼりにされていた。
この祝福ムードに少しだけ居心地の悪さを感じつつも、私は立ち上がる。
「待て!狼牙!せっかくなら一緒に帰るぞ!だから、私が着替えるまで待ってろよ!」
狼牙はダークグレーの瞳で私をちらりと捉え、優しく頷いた。どういうわけか、いつもより、狼牙の瞳の色が濃い気がした。
この日、さくらとよーこにも「一緒に帰ろう」と誘ったが、「今日はやめておく」と返事されたので、狼牙と二人で帰った。
「なあ、あの決闘、結局何が目的だったんだ?」
私がそう言うと、狼牙はただ私の髪をクシャッと撫でるだけで、何も教えてはくれなかった。
「むぅ……狼牙のバカ」
ただ柔らかく、狼牙は笑う。優しい夕焼けが、狼牙の耳を赤く染め上げていた。
なんとなしに、私はあったかい微糖の缶コーヒーを買った。お母様に買い食いがバレると怒られるので、あくまでこっそりね。
その缶コーヒーはいつもよりも甘く、後味が苦い気がした。
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