閑話休題 色づく
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狼牙視点
『男ならば強くあれ』
『男なら率先して動け』
『男とはこうあるべきだ』
これが、僕のお父さんの口癖。
お父さんは、エネルギーをガチガチに固めたような人だ。大きくて、腕が丸太みたいに太くて、眉毛がキリッと「へ」の字なのが怖くて、全身が岩みたいに硬い。
警察庁のキャリア? っていう、すごい仕事をしているらしいけど、僕はそれが警察と何が違うのかが、実はまだよく分かっていないんだ。
いつも自信満々で、天才と呼ばれているお兄ちゃんも、ひっくり返るくらいお金持ちのお母さんも、屋敷で働く従者のみんなも、みんなお父さんのことが好きだ。
どうしてみんな、お父さんが怖くないんだろう?僕なんて、あの力強い目で見られると、喉の奥がキュッと苦しくなって、つい下を向いてしまうのに……
きっと、岩みたいに硬いから、怖いんだ。だって僕は、硬いお父さんよりも、柔らかいお母さんのほうが大好きだから。
僕は、お父さんとの辛い訓練ごっこよりも、お母さんとスイーツ作りするほうが好きだ。
そんな僕をお兄ちゃんは軟弱者と馬鹿にするし、お父さんは腕を組んで何も言ってくれない。
僕の味方はお母さんだけだ。いつも僕の頭を撫でながら「我が家の男はみんな馬k……頭が硬い人ばかりだから、狼牙がそうじゃないのが嬉しいわ」と、褒めてくれる。
だから僕は硬くなるのは目指さず、柔らかくなりたいと思っていた。
あの日が訪れるまでは。
『つながりは大事だ。あの家の子たちとは仲良くしなさい』
あの三人も、僕の家も、にっぽんを支える名家だ。突然僕は、あの三人の仲間に迎えられた。きっと、あの三人も、親から同じようなことを言われたんだと思う。
でも、僕には無理だった。
僕は暗いし、弱い。あの三人みたいに、自分に自信がない。
明らかにタイプの違う僕は、すぐに三人から馬鹿にされた。
何が起こっているのかわけが分からず、とにかくうずくまって時が流れるのを待つことしか、あの時の僕にはできなかった。
突如、光が差す。
いつの間にか、僕の手を引く女の子が現れていた。
かなちゃんだ。
後ろからでも、上品に光るピンク色の髪と、大きな声で、誰かはすぐに分かった。
ゆりちゃんと見た目がそっくりなのに、纏う雰囲気がぜんぜん違うから、見分けるのは本当に簡単だった。ゆりちゃんは冷たいお月様みたいなかっこよさ、かなちゃんはあったかい太陽みたいな可愛さがあるからね。
いつもより瞳の色が大人びて見えた気がしたけれど、かなちゃんなのは間違いない。
かなちゃんは、いつも中休みになると、みんなを巻き込んで「逃走中ごっこ」のハンター役をして遊んでいる、明るい女の子だ。
『最後まで私から逃げ切れたら、センセーからほっぺにチューのご褒美をしてもらえるから、頑張ってね!』
『えっ、えっ、かなちゃん……?ご時世的にそれはちょっと……』
『じゃ、よーい、ドン!』
『かなちゃん!ねえ、聞いて!』
僕のようなトモダチを作るのが下手な子も、引っ込み思案の子も、先生まで巻き込んで、とにかく暴れまわる。
そんなかなちゃんは、とにかく笑顔が多くて、いっつも楽しそうだ。
だから、みんなかなちゃんにつられて笑ってしまう。僕も実は、こっそり下を向いて笑っている。
逃走中ごっこは、ただの増え鬼だ。いつも僕は数の力で中盤辺りに捕まってしまうけれど……捕まってからハンター役をやる方が、僕は好きだったりする。
逃走中ごっこは、結局、かなちゃんのお姉ちゃんが最後まで残って、かなちゃんが地団駄を踏んで、先生がゆりちゃんにチューをして、なぜか先生の方が腰をくねくねとくねらせる。
これが、いつもの流れ。
逃走中ごっこのおかげで、僕は運動が楽しいってことを知った。
かなちゃんに手を引かれ、アワアワしているうちに……三人は怒られ、日常が戻り、また中休みに逃走中ごっこをやって――
僕はあれから、ずっとふわふわしていた。
気づけば、もう帰りの時間になっていた。
かなちゃんが帰る用意をしているのが横目で見えた。
咄嗟に、僕はかなちゃんの元へ向かっていた。
「ねえ、かなちゃん」
「ん?ろーがくん、どうしたの?」
星屑を散らしたようなキラキラとした目で、かなちゃんは僕を見る。
ずっとその目を見ていたかったけれど、まずは、あの時言いそびれたことを言わないといけない。
「た、助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして!」
お礼を言ったのは僕なのに、かなちゃんはとっても嬉しそうだった。
なぜだか僕は、もう少しかなちゃんとお話を続けたくなった。
「ね、ねえ!なんであの時、僕だと分かって安心したの?」
いつもはあまり自分から話しかけないから、最初の「ね」の声が少し裏返ったし、思っていた以上に大きな声が出た。
頬が熱い。なんだか、胸がドキドキしている。
「だって、ろーがくんはいつも逃走中の時、強敵だもん!」
「強敵?でも、いつも捕まっちゃうよ?それに、かなちゃんの方が足が速いでしょ?」
「うん、でも、ろーがくんはバランス感覚が抜群だから、遊具を使って逃げられると、かな一人じゃ勝てないの。だから、いっつもハンターが増えてからろーがくんを狙うんだよ」
思わぬことを言われ、ほっぺたがくすぐったくなった。
その時初めて、家での訓練ごっこが役に立っていたことに気がついた。
「ねえ、ろーがくん」
「なあに?」
「かなこそありがとう!ろーがくん、かなを虫からちゃんと守ってくれようとしたでしょ?あれ、すっごく嬉しかったよ!じゃーね!」
――あの別れ際のかなちゃんの笑顔が、頭にこびりついて離れない。
あの日から、僕の見える世界が変わった。
きっと、今までもこんなに世界は綺麗だったはず。僕の目が濁っていたせいで、気づいていなかったんだ。
あの日のこと、僕に芽生えた感情のこと。
なんとなく誰にも話したくなくて、家族にも秘密にしている。
ただ、その日のうちにお母さんに頼んで、髪型をかっこよくしてもらった。なぜか、そうしたかった。
あれから。
ある日、お母さんのスイーツづくりを手伝っていた時のこと。
「ねえ、お母さん。どうやったらパパみたいなエネルギーの塊みたいな子と、トモダチになれるかな?」
ピタリと、生地をかき混ぜていたお母さんの手が止まる。
いつも柔らかいお母さんの目が、ギラリと光った気がした。
「……ねえ、どうしてそう思ったのか、お母さんにだけ教えて?」
「い、いやだよ」
そう、これは僕だけの秘密。僕は絶対、絶対に話さないんだ――!
あれよあれよとお母さんに誘導され、いつの間にか、僕はあの時のことを話していた。
次の日にはなぜか、僕とかなちゃんが「いいなずけ」という関係になっていた。
秘密にすると言っていたのに、いつの間にかお父さんもその事を知っていた。
「お、おい。あんまり息子のそういうことに口出すのは……」
「あなたは黙ってて!」
「……おう」
僕はこの日、お母さんが柔らかいだけじゃないことを知った。みんな、お母さんに圧倒されていた。
「ふふっ、白星野家の牙は、狙った獲物を逃さないのよ」
なぜか、お父さんが震えていた。
我が家で一番強いのは、実はお母さんだったのかもしれない。
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