5話 怒る 前編
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僕から見ても、かなは毎日成長し、スポンジのようにいろんなことを吸収しながら、強く柔軟に育っている。
そこに、僕は必死についていく。かながメインOSだとして、僕は小さな常駐アプリ。いつもちょっとだけかなを支えている。この形が自然なので、以前のように、僕が表に出るようなことはもう起こらないだろう。
そうやって安定してから、もう一年が経った。今のかなは立派な年中さんだ。最近では、毎日楽しそうに幼稚園で駆け回っている。
そんなかなは感受性が強いぶん、苦手なものも実は多い。
例えば鳩。
なんだか鳩のあの見開かれたような目を見ていると、背筋がゾワッとする。
あの目に吸い込まれると死の世界にワープしてしまうと、かなは本気で思っている。
例えば虫。
まず羽音がおぞましい。生きているのか死んでいるのか分からない体温も不気味だ。色も形も生態も何もかも、とにかく理解できない。
だから、かなは虫のことをエイリアンだと本気で思っている。
他にも、病院の待合室だったり、注射だったり、大型トラックのブレーキ音、雷、ホラー映画、真っ暗な場所など……とにかく弱点まみれなのだ。
そして、かなは弱点に遭遇すると、とにかく逃げる。今まではそれでなんとかなってきた。
ただし、この日はそうはいかなかった――
「おまえ、きもい!」
「そうだ!そうだ!お前なんてトモダチじゃない!」
「キモチワルイ」
お昼前の自由時間、幼稚園の建物の隅から、男の子たちの不快な声が聞こえてきた。
(うっわ、また三馬鹿がなんかしてるよ……)
かなと一緒に、僕も思わず顔をしかめる。
三馬鹿とは、年長、年中、年少が一人ずつ集まった、とにかく反抗的で、生意気な男どもだ。
かなは三馬鹿が虫と同じくらい嫌いだ。
かなのこの感情を単純に言うと、なんかいけすかねぇ、だ。思考の全てが理解できず、小さなエイリアンのように思っている。
ちなみに、その三馬鹿は「ドレスよりスニーカー」の攻略対象だったりするんだよね。
そのせいか、確かに顔はとんでもなく整っているし、家柄もとんでもない。
でも、あの性格じゃあなあ……
物語ならば、高校生になる頃には多少マシになっているはずだが、今の三馬鹿はただの生意気で傲慢なガキでしかない。
……いや、冷静に考えたら、高校生になってあんまりマシにならないかもしれない。
妻の見事な手腕で、そういう悪い部分も「キャラ」として、魅力的に見えるようにしただけ……か?
まあいいや。かなが三馬鹿を苦手としている限り、そんなに積極的に関わることはないだろう。
三馬鹿たちがおそらく何か悪いことをやっているので、かなはいつものように先生へ報告しに行こうとした。直接は関わりたくないかなにとって、当然のことだろう。
ただ、
「聞いたぞ!お兄ちゃんは凄いのに、弟の方は出来損ないだってな!」
出来損ない。
この言葉を耳にした瞬間、今までにないくらい、かなの頭がカッとなった。
「こらーーー!!!」
幼稚園全体に、かなの大きな声が響き渡る。
それから、かなは夢中で突っ走り、すぐに三人のもとへとたどり着いた。
三馬鹿は、一人の男の子を囲んでいた。囲まれた男の子は小さくしゃがんで小さくなっており、表情は見えず、誰かも分からない。
「な、なんだよ」
かなのあまりの剣幕に、うろたえながら三馬鹿の一番年上が答えた。
今まで誰からも反抗されたことがないような、ワインのような暗赤の生意気な瞳。あれは、自分のことを正しいと信じ切っている目だ。
「なんだよ。邪魔すんな」
「遊んでただけじゃん」
一人が答えると、続けて二人も続ける。
かなの勢いに怯んでいた三馬鹿だったが、すぐに数の力で立て直したようだ。
ただ、そんなことはかなには関係ない。
「いいか、三馬鹿ども!」
「「「三馬鹿?」」」
つい脳内で言っていただけの蔑称を口に出してしまったが、気にせずかなは続ける。
「出来損ないっていうのは!人を傷つけるためにある言葉だってお母様は言ってた!そういう言葉を使うやつは、敵だって。だから、お前らは私の敵だ!!」
以前劣等感に関して相談した時、母はこう言っていた。
『かなに“出来損ない”なんて言う輩がいれば、お母様に教えなさい。そいつは紛れもなく、あなたの敵よ』
そして、付け足すようにこう教えられた。
『そういうやつには、絶対に容赦するな』と。
だから、かなはいつものように三馬鹿の言葉を聞き流せなかったのだ。
その気持ちは僕も同じ。
今まで三馬鹿は、先生の言うことを極端に聞かないくらいだったが、今回の件は少しやりすぎだ。いくら家がとんでもなくすごかろうが、幼稚園の時点ですでに女の子にモテモテであろうが、悪いことは悪いことだ。
「なんだよ、出来損ないに出来損ないって言って、何が悪いんだよ!」
「「そうだそうだ!」」
「そう言えば、こいつもゆりに比べて出来損ないだって聞いたことあるぞ!」
「「ギャハハハ!」」
三馬鹿はおちょくるように笑うが、かなの金色の瞳は、依然としてギラギラと輝いたまま。
その射殺すような視線の力強さに、三馬鹿は少し怯んだ。
「……そ、そうだ!こいつ、虫が大の苦手だったよな。よし、この出来損ない二人に、ダンゴムシを投げつけてやろうぜ!」
絞り出すようにそう言った捨て台詞に、かなは明らかな動揺を見せた。
ダンゴムシを投げつけられると想像しただけで、かなの頭は真っ白になってしまったのだ。
そんな様子を見て、三馬鹿は完全に調子を取り戻す。
「お前らみたいな出来損ないが、ナマイキなんだよ」
「そうだ、お前ら二人、出来損ない同士でお似合いじゃね?」
「ちょっとだけ痛い目にあってもらわなきゃね」
ダンゴムシに対処しながら、三人の敵を倒して、しゃがみ込んでいる子を助ける。そんな方法、かなの引き出しの中には存在しない。
かなは立ち尽くすことしかできなかった。
下を向いて唇を噛み締め、拳を強く握り込んだ、その時。
「え?」
短い声が漏れる。
その声が僕が発したものだと、一瞬、理解が追いつかなかった。
二度と僕が表に出ることはない。そう思っていたのに――
どうやら、また僕は表に出てきてしまったようだ。
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