11話 迫ってくる 中編
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かなの発話できる単語はそんなに多くない。専属ナニーに基本的に相手にされていないので、ゆりほど豊富な語彙を持たないのは仕方のないことだ。
ママ、ゆり、かな、おじ、すき、いや、うん、おもしろい、どちゃくそ、ざまー、かわいい……
かなが発話できる単語をどんどん頭に巡らせて、この状況を打破できる策を考える。
……そうだ!これならどうだ?
「ママ!かくれんぼ!」
「ん?かくれんぼか。 ……そうだな。一緒に遊ぶか!」
「「キャー!」」
父に未だに抱かれているゆりと、足元で考えを巡らせていたかなが、同時に喜ぶ。
かなの感情が爆発し、大人の意識があるはずの僕も、自然とバンザイしていた。
その事実に気づき、僕の頬がカッと熱くなる。
なんだか最近は、こういうことが多い。かなの喜怒哀楽の豊かさに、どうもつられてしまうっていうか……
っと、言い訳なんてしてる場合じゃないね。
かくれんぼは、ゆりに教えてもらった、かなの大好きな言葉だ。
ゆりがお姉ちゃんぶって、かなに教えたんだよね。あの時の二人はとっても可愛かったなあ……
かなが部屋の中で隠れ、ゆりが探す。
「みつけた!」「みちゅえた!」
「「キャハハハ!」」
あまりにバレバレの隠れ方に、いつもすぐに見つかっちゃうが……それでも二人の笑いは途切れることはなかった――
あの時、ゆりに念入りに教えてもらわなければ、今回の策は使えなかった。ありがとう、ゆり。
「パパ、おに!」「ママ、かくれんぼ!」
「分かった。じゃあ、パパはあっちで10数えるから、隠れてごらん。ああ、愛相澤さん、子供たちが危険なことをしないように、目を光らせておいてくれ」
「承知しました」
よしよし、母の私室の前で提案したので、自然とこの家全体でやることになった。
いつもは広い子ども部屋だけでやるが、父はそんなこと知らないからな。
「いーち、にーい……」
(よし、やるぞ!)
父が大きな声でゆっくり数えている間に、ゆりと僕はテクテクと走り出す。
ゆりはリビングのソファの方へ、そして僕は……
(一旦子供部屋に行って、椅子を取ってこよう)
僕の身長じゃ、ドアノブに届かない。母の私室へ行くには、何かしらの台が必要だ。
(うんしょ……うんしょ……ふぅ、子供用とはいえ、重いな)
それでも、僕は夢中で動いた。
とにかく目の前のことに必死だった。椅子を運ぶ音や、背後から感じる視線にまで、気が回らなかった。
――それがいけなかった。
(よし!届いた!)
がちゃりとドアを開け、母の部屋へ。
椅子でドアが閉まらないようにして、扉を開けっ放しにしながら、目的のものを探す。
(母は今でも日記を書いていると言っていた。なるべく最新のものを持って父に見せよう。そうすれば、きっと……)
ばたん。かちゃ。
廊下から漏れていた光が、消えた。
……え?
耳にしっかり捉えた音に、一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ただ、何故か、とにかく息が詰まって。
「やはり、何か企んでいましたね」
誰かの冷たい声。
何度も耳にしたはずなのに、知らない人のような。
「あなたが私を見ていたように、私もあなたをずっと見ていました」
上手く現実を認識できない。
頭の中で、黒い線がぐるぐるとめちゃくちゃに蠢いて、僕の脳を黒く塗りつぶす。
「あなたの瞳の色が金色から少し曇る時。その時だけ、あなたはやたら大人びた目をしていた……本当に不気味な子」
悪意に満ちた声。囁くように告げられた言葉が、僕の頭の中心を冷やす。
「ですが、最後の最後でようやくチャンスが巡ってきました。この部屋には、見守りカメラはありません。 ……かな、あなたには、少々トラウマを覚えてもらいます」
その女が手に持っていた、鈍く光る銀色の光。
――刃物だ。
背筋がゾッと冷えて、お腹の奥がズシンと重くなる。
「大丈夫。実際に傷つけたりしない。だってそんな事をしたら、犯罪者になってしまうもの。それじゃあ、旦那様のそばにいることができなくなる」
逃げなきゃいけない。
足がすくんで動けない。
「でもね。たくさん勉強した私は知っているの。幼少期のトラウマは、その後の人格形成にも、確実に問題を引き起こすって」
こんなときでも、嫌にクリアに女の足音が聞こえてくる。
僕を弄ぶかのように、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
口の中がカラカラに乾いている。助けを呼ぼうにも、喉に引っかかって声が出ない。
「あんな女の子供なんて、歪んで、歪んで、歪んで……めちゃくちゃになればいいわ」
油断した!油断した……!
全てを解決できると思い、判断を誤った!
最後の最後で焦ってしまった。今日さえ乗り越えれば、幸せな人生を歩むことができたのに……!
(くそっ!冷静に考えれば、今日はずっと父の元で安全に遊んでいるだけで良かったのに!)
頭の中でいくら後悔しても、もう遅い。
目の前には、どうにもならない現実が、目と鼻の先に迫ってきている。
(体は動かない。声も出ない。僕にできることはなにもない)
足元がガラガラと崩れていくような感覚。つま先から登ってくるようなドロドロとした無力感が、僕を襲う。
それでも――
(僕は大人として、かなを守らなきゃいけない!)
全身から力を振り絞り、気をしっかり持つ。
(とにかく怖がってはいけない。僕の恐怖は、かなにも伝播する)
かなが感じたことが僕にも伝わるように、僕が感じたこともかなに伝わる。僕とかなが同一の存在かのような感覚。最近はそれが特に顕著だ。
だからこそ、絶対にかなにトラウマなんて覚えさせない。
(怖くなんてない!恐怖になんて負けない!僕が悪意の盾になるんだ!)
「……生意気な目。そう。そうなのね。じゃあ、もうこうするしかないわね」
僕の目の前に刃物が突きつけられた。
僕の本能から無理やり恐怖を引き出させるように、右頬に、目に、おでこに、左頬に、ナイフをゆっくり動かす。
少しだけ左頬に、温かいものが流れた。
「ふふふ……痛いでしょう?その生意気な目を止めない限り、次はもっと痛くなるわ」
確かに頬がジクジクする。
でも、絶対に負けてなんてやらない。気合を入れろ。決してくじけるな。
僕は女をキッと睨み返す。
「……もういいわ」
平坦な声で、暗い目をした女は、ナイフを持った腕を振り上げ――
バタン!
「かな!!!!」
開かないはずの扉の方向から、明るい光が差すと共に、力強くて温かい声が聞こえてきた。
……ああ、もう大丈夫なんだな。
それから、僕は意識を失い――
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