9話 幸せにしたい 後編
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そんな風にパパさん不要説が芽生えてしまった夜のこと。
「ゆり、かな。これがあなたのお父さんよ」
母のベッドルームで、僕たちはある写真を見せられていた。
「パパ、だ!」「ママ!ざまー!」
「あら。会ったこともないのに、ゆりにはこれがパパって分かるのね。そしてかな。ごめんね。かなが何を伝えたいのか、ママには分からないみたい」
……まじすんません。かなの辞書に「パパ」という文字はまだないんです。
どうもかなは、パパのこともママと覚えてしまったみたいだ。
「これが、学生時代のお調子者していた時のパパ。これが、付き合って一ヶ月記念に行った公園で撮った二人の写真。これが、ダンスパーティーで――」
母は写真一枚一枚思い出を語りながら、そっとページをめくった。母の指づかい、アルバムの保管状況から、これがとても大切なものというのが伝わってくる。
……それにしても、これが昔の父と母か。
母が息を呑むほど美人なのは全く変わっていないが、若い時は今よりも迫力がある気がする。研ぎ澄まされた刃のような印象だ。
一方、父は今の姿と結構違う。
髪型や服装の印象から、明らかにお調子者だ。ただし、よく見ると瞳の奥や表情が、見た目の印象と似つかわしくないほど温和だ。
もしかして、学生時代の父はちょっとムリしていたのかな?
こうやって昔の写真から両親がどんな人生を送ってきたのか想像するのは、どうも心が弾むな。
「ああ、昔は良かったわ。今は見る影もないけれど、あの人はとってもいい男でね…… っと、もう今日は遅いわね。さ、一緒に寝ましょうか」
そう言って、母は大きな本棚に、丁寧にアルバムを戻した。
「ママ。あれ、なに?」
ゆりは大きな本棚にところ狭しと並ぶ、ノートの束を指差す。
「なあに、ゆり?ああ、あのノートのことね。あれはね、全て私の日記よ」
「いっぱい!どちゃくそ!」
「(……やっぱり愛相澤さんはダメかもしれないわね。どちゃくそなんて汚いにっぽん語を教えるなんて)ああ、かな、なんでもないわ。そう。いっぱいあるの」
母がかなり小声で呟いていた言葉を、僕はしっかり聞き取れていた。
専属ナニーに不信感を持つのはいいが……これは喜んでいいやら、申し訳ないやら。
「このノートの束はね。ママの日記よ」
そこから、かけがえのない思い出を語るように、母は丁寧に言葉を紡いでいく。
「昔のママはね。想いを上手く表に出せなかったの。本当はパパにアタックされて、飛び上がるくらい嬉しかったんだけど……素直じゃないママは、それを上手く伝えられなかった。だから、帰ってノートに想いを綴っていたら、いつの間にかこんな量になっちゃったってわけ」
うーん、それにしても量が多い気がするが……
そんな僕の思いが伝播したかのように、かなもゆりもコテンと同時に首を傾ける。
「ふふっ、可愛い。これだけ量が多いのはね。パパがママに100回も告白してくれたからなの。あのノートの殆どが、告白された日の想いを書いたものね」
100回!?
パパさん、すっげえ……
僕が驚きのあまり心の中で立ち尽くしているうちに、母は本棚からランダムに一冊ノートを取り出した。
「1回の告白でノート一冊分の想いを書いていたら、こうなったの。ほら?ノートにびっしり書いてあるでしょ?ふふっ、ちょっと恥ずかしいわね」
母は二人に、パラパラとノートを見せる。
……うっわ。
内容自体は読めなかったが、本当にノートの隅々までびっしり書いてあった。
あの言葉一つ一つに、母の気持ちが詰まっているはずだ。それがこんなに大量にあるってことは、それほど、母は父が好きなのだろう。
「あの当時のママは『氷の女帝』なんて恥ずかしい名前で呼ばれていたから、庶民で軟弱者のパパと付き合うなんて、親が許すはずがなかったの。身分があまりに違ったからね」
それから母は、見たこともない乙女の顔をして、父との馴れ初めを語りだした。
良家のお嬢様だった母は、父に何度も何度も告白される。母はそれに対し、いつも上手く言葉が出ない。無言の母を見て、父は勝手に「フラれた」と解釈する。
それでも諦めない父。
そして、100回目の告白の時――母は「私もあなたの事を好いています」と、消えそうな声でようやく声に出せたらしい。
そう語る母の顔は、とても魅力的だった。
「ママ、かわいい!かわいい!」「ママ!おもしろい!」
「ふふっ、ママったらダメね。もうあの人との関係は再生できないところまで来ているのに、まだ未練があるみたい。3人で暮らしていこうと決意したのに、これだけは捨てられないの……」
その時。
母の頬に、静かに、一筋の涙が流れた。
それを見て、僕の心はキュッとなる。
「まま、よしよし。よしよし」「まま、かわいい」
「慰めてくれてるのね。ありがとう。ゆり、かな。でも大丈夫。最近ママはスマホ断ちしたから、もう心を乱されることはないわ。やっぱりママには、ああいうハイテクな電子機器は向いてなかったみたい」
スマホ断ち……それ、めっちゃいいじゃん。スマホを使ってすれ違いを起こしている彼女にとって、その選択は最適だろう。
と、満足げに頷きながら、かなの心の奥底で、僕は思う。
母は強い人だ。きっとこのまま母とゆりとかなの三人で暮らしても、幸せな日々を過ごせるだろう。
でも、やっぱり。
母には、父が必要な気がする。その方が、きっと母はもっともっと幸せになれる。
根拠はないが、あの涙を見て、僕はそう思ったのだった。
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