9.盗賊との遭遇
途中で出会った兎や栗鼠、鹿たちに挨拶をしながら、わたしとジャンは言葉少なに歩いていた。
そもそも、ジャンはあまりしゃべらないから、わたしが口を閉じると必然的にそうなってしまう。
と、ふいに肩をつかまれた。
どうしたのかと訊こうとしたとき、ジャンの人差し指がわたしの唇に触れた。
「声を出すな」
ジャンが耳元で低く囁く。
えっ!?
唇に触れたジャンの指の感触にどきりとして、わたしはジャンの顔を見上げた。
頭ひとつ分高い場所にあるその横顔は真剣で、工房で作業をしているときによく似ている。
普段はつかみどころのないジャンだけれど、作業中はいつも声をかけるのがためらわれるほど集中している。
わたしも耳を澄ます。
葉ずれの音と、鳥の鳴き声。
聞きなれた森に溢れる音。
そのとき、前方で一斉に鳥たちが飛び立った。
そう遠くはない。
ジャンがわたしを背中の後ろに押しやる。
「何者だっ!?」
茂みに向かって鋭い声を投げかけた。
わたしは、思っていたよりも広いジャンの背中の脇から、そっと様子を窺う。
茂みの中から、剣の刃をきらりと光らせた男が三人現れた。
髪は伸び放題、無精ひげを生やした男たちは、口の端を歪めた醜い笑みを浮かべている。
わたしと目が合った男が、ぺロリと舌を出して口のまわりを舐めた。
ぞくりと寒気を感じて、思わず自分で自分の体を抱きしめる。
「女だぜ」
「駆け落ちかぁ? 残念だったな、おれたちと遭遇したのが運の尽きってな」
「恨むならこんな場所に踏み込んだ自分たちを恨めよ」
下品な笑い声が響く。
盗賊。
最近になって、トルトウの森の西に盗賊が出没するようになった。
どうやらどこかから流れ着いたらしい。――そんな噂があったことを思い出す。
けれどここはトルトウの森の南側で、盗賊の行動範囲はもっと北西だと聞いていた。
まさかこんな場所まで南下してくるなんて。
わたしは唇を噛む。
「駆け落ちなんかじゃない。おれたちは森の主に会いに来ただけだ。邪魔をしないでくれ」
ジャンが淡々と告げる。
「はっ。森の主なんかが本当にいると思ってんのかぁ? めでてぇ奴らだぜ」
「いるわよ! あなたたちこそめでたい人ね。こんなところで剣なんか振り回してたら、森の主がただじゃおかないわよ」
「そりゃあ楽しみだ。森の主に会えるのを楽しみにしてるぜ」
小柄な男が小馬鹿にするように言う。
盗賊たちのげらげらという笑い声が響く。
こいつらはラティの存在をちっとも信じていない。
男たちは三人とも剣を持っている。
対するこちらはジャンが腰に剣を吊るしているだけだ。
ジャンは数年前に二年間の兵役についていたから、さすがに剣の使い方くらいは知っているだろうけれど、些か心もとない。
わたしはこれでも一応お兄さまと一緒に剣の稽古をつけてもらっていたから、多少は使える。
「女と金を置いてとっとと失せろ。そうすれば男のほうの命までは取らないでやるぜ」
リーダーと思われる、一番体格のがっしりとした男がジャンに向かって言う。
わたしはジャンの剣にそっと手を伸ばした。
はっとジャンがこちらを見る。目が合う。
「剣を貸りるわ。ジャンは逃げて」
「サラ!」
「大丈夫。わたしが守るって言ったでしょ?」
伊達におてんばをやってるわけじゃない。
自分の婚約者くらい守ってみせるわ。
剣を鞘からすらりと抜く。
鋼の重さがずしりと手にかかる。
わたしはその剣を構えた。
「残念ながらお金は持っていないけれど、お望みどおり、わたしが相手をしてあげるわ」
わたしを見て舌なめずりをしていた中背の男が口笛を吹く。
「サラ、やめろ」
「大丈夫」
言いながら、自分の手が震えているのがわかった。
実戦は初めてだ。
でも、ここでこいつらの好きなようにされるなんて冗談じゃなかった。
ジャンを守る。そして、自分のことも守る。
それしかない。
わたしは剣を握る手に力をこめた。
面白がるように小柄な男が剣を片手に前に出る。
わたしは覚悟を決めて、その剣先をじっと見つめた。
銀色に光る刃が、わたしに向かって振り下ろされた。




