21 第一部 完
その日、人間の世界のとある王国の王家に、信じがたい情報が入ってきた。
それは、魔界との国境線にほど近い、とある栄えた町に、数百年閉じこめる事に成功していた大悪鬼が解放され、どこかに消え去ったという報告だった。
大悪鬼はその名前を当てた者を主として認め、従うと公言しており、そして閉じこめられた当時の賢者と魔法使いと契約し、それを誓いとしていた。
大悪鬼の勢力は、味方になれば大変に申し分のないもので、さらに支配する範囲は魔界でも相当に広大とあって、あまたの野心を持った人間達が名前を当てようとし、失敗し続けてきた存在でもある。
国王もまた、一度や二度はその挑戦をし、息子にその挑戦を引き継がせる予定があった。
この大悪鬼を解放したならば、世界を支配する事も夢ではない、と人間の世界では言われているほどに、大悪鬼の支配するもの、そして大悪鬼の国は喉から手がでるほどに欲しいものだったのだ。
人間界のどの国も似たような事を考え、挑戦者として名乗りを上げて、そして皆失敗してきた。
そしていま、人間界は魔界に打って出ようと計画をしているさなかで、大魔王がじわじわと力を強め、勢力圏を拡大しようとしているという報告もあって、その際にぶつけ合うにはちょうどよいものとしても、大悪鬼を従える事は急ぎの用件とされていた。
大悪鬼はどの名前にも反応を見せず、そして名を呼べば破壊できる檻も堅牢なままとあって、誰もが今年も無理だと思っていたのだ。
だが、とあるみすぼらしく汚れた少女が、大悪鬼に呼びかけたのだという。
そしてその呼ばれた名前に、大悪鬼が反応し、少女を主と呼びかけてどこかに連れ去ってしまったのだという。
少女の素性は不明で、ただ黒髪に青い瞳をしていたという事しかわからない。
口調は荒く、田舎者の可能性が高い非常識さを持っており、該当しそうな地域に人をやっても、親戚縁者は見つからない。
国王は舌打ちをしたくなった。
ただでさえ、王家の人間は苛立っていたのだ。
というのも、賢者姫と呼ばれて誰からも敬愛される存在であった乙女が、賢者ではなかったと判明してしまったのだから。
賢者。それは魔法を行使するものならば誰しも契約しなければならない、四神と契約していながら、代償を何も使用せずに魔法を行使出来る者である。
この世の魔法は、四神と契約し、対価として魔力を支払う事で実行できる物である。
対価の魔力が多ければ多いほど、強い魔法を使用できるし、数も打てる。
魔族や魔物もそれは同じ原理で、あちらは人間よりも若干持って産まれた魔力が多い者が多いとも言われて、故に魔族などと称されるのである。
だが人間の世界では、賢者だけがその前提を覆す。
賢者だけは、対価として魔力を支払う事なく、無尽蔵と言っていいほど魔法を使用する事が出来る存在なのだ。
このものなくして、大魔王に勝利する事は難しいとされているのは、大魔王もまた特例で、四神との契約を行っていながら、魔力を使用せず膨大な魔法を使用できるからである。
人間界の特例が賢者。
魔界の特例が大魔王。
そう言われ続けてきている。
そのため、人間界の方は魔界に打って出るために、賢者の血筋の少女をこの上なく大切に扱い、賢者の血筋の少女もまた、彼等の期待に応えてあまたの魔法を使いこなす存在だった。
この少女は、もはや伝説となりつつある勇者譚の中で活躍する賢者の家系に産まれた少女で、両親も親戚も優秀な魔法使いと言う事もあり、誰も彼女が賢者でないと思った事がなかった。
しかし、この少女は賢者ではなかったのだ。
なぜそれが分かったのか。それは賢者の膨大な力を吸い込み、力を発揮する伝説の杖”賢者の杖”を継承しようとした際に、賢者の杖に魔力を吸い込まれて倒れたからだ。
賢者ならば、賢者の杖を握ったところでどうという事はない。倒れるなどあり得ない。
そういう事が知られていたため、彼女は賢者ではなく、優秀な魔法使いだったと判明し、いまあらゆる王国が真の賢者を探し回っているさなかなのだ。
この少女は賢者の血筋を王家にも流すという政略もあって、第一王子と婚約していたが、それも白紙になると言う決定がされている。
これに反対したのは彼女の両親で、娘以外に誰が賢者なのだと大騒ぎをした。
そしてここから少し調べれば、ある事実も国王の耳に入ってきた。
賢者の血筋の少女はもう一人いる。
しかしその少女は魔法を一つも使えず、当主の祖父母と両親が魔族により殺されたさいに、跡取りとなった伯父夫婦といとこ……そう、賢者の血筋の両親と賢者と目された少女……に家を追い出されて消息が不明となっているのだ。
賢者の血筋で、もう一人いるならば、その少女が賢者である可能性が極めてたかい。
そう言うわけで、国王は少女の行方を追っていたが、まあこの少女は悲惨な目に会い続けており、国王はいらだちで、少女を利用していた貴族の三男坊の家をつぶし、少女をいたぶって国から逃げ出させた料理店を閉店させ、いたぶっていた者達を牢屋に放り込み、少女にひどい家をあてがっていた大家を罰した。
それだけ賢者をどこかにやってしまったという事は問題であり、栄養が悪いことでふくよか、そしてニキビ面だという少女の行方は、ようとしてしれないのだ。
そんな時でもあった。
大悪鬼が一人のぼろを着た少女に解放されたという知らせが入ってきたのは。
ゆえに国王は苛立ち怒り、非常に機嫌が悪い状態になっていたのだった。
さらに数週間後には、その大悪鬼が自国の民衆の前に姿を現し、その絶対的な力を見せつけ、歓喜の渦に包まれたと、大悪鬼の国で商売している人間が、親戚に手紙を送った事で国王の耳にも入り、大悪鬼の国を手に入れるというもくろみも失敗に終わり、そして。
「人間の娘と結婚するだと……!?」
人間界の国王は絶句した。大悪鬼の国にいる商人は、居心地がいいのだと親戚に常々言っている変わり者で、筆まめで、親戚達はともに送られてくる魔界の珍しいものを楽しみにしている友好な関係だった。そのため、すぐにまた送られてきた手紙で、国に戻った大悪鬼が、少女を連れてきており、その少女と一年後に結婚すると国中どころか、他の魔王の支配する国にも伝え、人間界でも、大悪鬼の国とだけは交易をしている国々に、伝えた事が親戚にも知らされ、親戚は珍しい話だと知り合いの貴族に伝え、貴族がこれはとんでもないと国王に知らせてきたのだった。
「……その者がどこの何者か、調べるにはちょうどいいのか」
人間の少女ならば、人間が彼女に会いに訪ねに行ってもおかしな話ではない。
魔界は何かと不自由だろうと、話し相手になりたい人間が訪れてもだ。
大悪鬼の国は比較的風通しのいい国と言われているので、人間がやってきても拒絶はしない。
この、謎の少女の素性を調べ、この国の人間ならば、間謀のように使う事、そして大悪鬼にこの国にとって有益な方向に舵取りをさせるようにささやかせる事も命じなければ。
国の人間ならば、王の命令には従わなければならない。
国王はそう判断し、少女ならばすぐに夢中になるだろう、見目麗しい第一王子、友好的な人間になれそうな騎士、魔法使いの青年、そして、名誉挽回と言う事で、賢者と思われていた魔法使いの少女を、大悪鬼の国に送る事を国王は決定したのだった。




