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名剣のち、包丁のち、オンナノコ。  作者: 家具付


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宴もそろそろお開きかな、という辺りで、皆盛り上がって盛り上がって、いろんな事を喜んだ後の事だった。

イシュトバーンが立ち上がり、やはりどこからどう聞いても覇者の響きを持った声で


「静粛に。皆に紹介したい者がいる」


そう、高らかに告げたのだ。これを誰もが聞いていたから、皆こっちを見て、なんだか浮き足だった顔をしている。

そこでイシュトバーンは、彼が立ち上がった事により自動的に立たされたおれの肩を親密そうに抱きながら、ちょっとこっちを見やってにやっとした後に、期待に満ちた魔族や魔物達の方に、言葉を放ったのだ。


「この者は、俺をあの檻から解放した大恩人であり……」


いや、恩人以外におれの紹介として必要な事ってある?

そう思ったおれだったのだが、イシュトバーンは困惑する俺などかまわないという調子で、やはり何にも問題のないという調子で続けた。


「これから俺と共に歩んでいく者である」


……これは期間限定のご主人様が、まだ継続しているっていう認識でいいわけか?

そりゃご主人様と従うものは、共に歩むって言い方をするかもしれないが……なんか言い方に語弊があるような気がしてならないのは、おれの気のせいなのか?

その疑問を口に出そうと、おれが口を開いた時だ。


「なんとめでたい!」


「この数百年、待ち望んでいた事がようやくかなうのですね!」


「おめでとうございます、イシュトバーン様!」


とかいう、なんだか意味の分からない言葉を魔族や魔物達が口々に言い出して、口を開く時って物を逃してしまった。

だというのにおれを置き去りにして、皆さらに盛り上がったり感激したりしていて、本当にわけがわからない。おれにどう反応しろと。

そう思いながらも、おれは空気を読まない声で、イシュトバーンに問いかけた。


「なあ、どういう意味だ?」


「お前まさか、本当に何もわかっていないのか?」


「包丁に情緒を求めるなよ」


「……」


イシュトバーンはちょっとぽかんとした顔になった。まさか何も伝わっていないなんて、と言いたそうな顔で、おれはその顔に続けた。


「だって何もわからない。おれの人生経験知ってるか? ほぼほぼ包丁だぞ。人間の生活も八割はわからないし、魔族の風習とかはさっぱりぽんだぞ」


「人間だろうが魔族だろうが、普通はここまでされたら気がつくぞ」


「だからその前提条件間違ってっから。おれ元包丁。野ざらしうん百年。打ち直されてから、人間の生活を見てきたのお嬢ちゃんで一年とちょっと。それも部屋の中の台所と居住空間しかわからない生活。常識と知識を得る時間はあっても移動不可能」


それを言い切ったおれに、イシュトバーンはしばし黙った後、魔族や魔物達を見やってこう言った。


「すまん、何かの行き違いがある事が判明した」


「でた、イシュトバーン様のうっかり!」


「数百年前には伝説が出来たうっかり!」


「こんな場面でやるとはさすが!」


イシュトバーンの言葉に、魔族や魔物達は一瞬黙った後に、大笑いをし始める。馬鹿にしていたりするというよりも、親愛なる存在のちょっとした誤算が面白くてたまらないと言う感じで、嫌みな感じは一つもしない。

イシュトバーンの人望というべき物のあつさがそこで伺えて、おれはイシュトバーンに引っ張られていき、宴をしている大広間から続く、上の階のバルコニーに行く事になったのだった。





「……こう面と向かって言う事も、ほぼない事実なんだが」


イシュトバーンはかなり真剣な顔で、おれの前に膝をついて、逃がさないようにかおれの手を握った状態で、口を開く。

外は夜だし星が綺麗だなとか思っていたおれの方は、うん、と素直に頷いた。


「普通女性は、男の家にほいほいと招かれない」


「おれは包丁」


「そこをとりあえず無視して聞いてくれ」


「おうわかった」


「男の家で男と一夜をあかし、服を与えられ、男の持つ頭部の装身具を渡される。これは正式な求婚だ」


「きゅうこん」


おれは何かの勘違いみたいな発言を、繰り返した。きゅうこん。キュウコン。球根、……求婚?

頭の中の文字変換がうまくいったと、おれの反応からわかったんだろう。イシュトバーンが満足げに頷く。


「この場合、最後の、男の持つ装身具を拒否すれば、求婚は成立しない。だが受け入れてそれで自分を飾っていれば……もう、俗に言う「あなたと結婚します」になる」


「……それをかみ砕いて言うと?」


「俺はお前に結婚しようと誘いを持ちかけて、お前がそれに頷いたという事になる」


「いやまてよ、ちょっと待てよ。おれそんな風習ぜんぜん知らなかったんだぞ」


「知らなかったのは仕方がない。俺の方も通じているものだとばかり思っていたからな。数百年も時を経た包丁の意志が、まさかそれらの知識に関してまっさらだとは思わなかった」


「おれの人生、野ざらしの時間がめちゃくちゃ多いんだからな……?」


「そこは考えてもいなかった。そして、とにかくお前は、俺と結婚すると、あまたの魔族や魔物達の前で、俺の耳飾りをつけている事で宣言してしまったわけだ」


「うええ……なんだかすげえ面倒くさい。というか、なんでおれとあんたが結婚したいの?」


「気に入って手元に置いて見守っていきたいからだ」


「そんなの、結婚しなくても出来る事にならないか?」


「それで三人死んでいる」


「……」


おれはその言葉の重さに、ちょっと黙った。イシュトバーンは、大した話じゃないって言う雰囲気で、続けた。


「いいや、逆だな。相手の意思を尊重して、結婚しても常にそばにいるという選択肢を選ばなかった結果、死んだというべきか」


「あんた、三回も奥さん亡くなってんの」


「寿命以外でな、皆人間に殺された」


「その奥さんは……魔族で出身地が違ったとか?」


「全員人間だ」


想定もしなかった言葉を聞いて、おれはうまく言葉が出なくなった。

人間が人間に殺される。それはこの世界じゃありふれた話だった。

でも、イシュトバーンにとっては、ありふれた話にならないんだろう。


「どれも俺がそばにいてやれていれば、助かった命だった。……魔族は気に入った物の意思を尊重する種と、気に入った物の意志ではなく自分の欲求を尊重する種に別れる。俺は鬼であり、尊重する種だった」


「……奥さんは全員、こっちには来ないって行ったのか」


おれはそんな事しか言えなかった。


「ああ。村で生きていたいとか、こっちは少し怖いから無理とか、そんな理由だった。人間にとっての当たり前の理由で、いる土地を離れたくないと言うから、俺はそれを尊重し、十日にいっぺんは必ず会いに行くという約束をして、通っていた」


周りが人間だったから、人間に見える姿になって。

イシュトバーンは小さく息を吐き出した。……あまり思い出したくない事なのは間違いなさそうだった。


「結果はこのざまだ。全員、俺と結ばれていた事を知られて、人間達に暴行の限りを尽くされて死んだ。……産まれた子供は俺を殺すために育てられ、俺は結果として子供も殺した」


奥さんも、子供も、人間に殺された。それはあまりにもひどい話で、イシュトバーンは今まで一緒にいて、残酷でも残虐でもないとわかっていたから、よけいにひどい話だと思った。

イシュトバーンは、話し合えばある程度は理解しようとしてくれる、そんな大悪鬼だ。

奥さん達だって、そんなイシュトバーンだから愛したし、子供も生んだんだろうに。

それは、人間たちに歓迎されなかったのか。……でもこいつが檻に入る前は、結構魔族と人間って敵対していたから、ありふれた話の一つになってしまうのかもしれなかった。


「だから、もう、俺は気に入った相手の意思をあまり尊重しない事にした。……そしてお前は、人生再出発がしたいといった。ならば、俺のそばに置いて、手が届くところで」


イシュトバーンが握っている手が震えている。こいつが泣き出すんじゃないかとおれは思っていた。


「守り、慈しみ、愛し。……いつかそれに応えてもらえればいいと、思ったんだ」


「……話が長い。言いたい事の一割しかわからない。だから要約するぞ」


イシュトバーンの昔の話は、大悪鬼にとって痛みをもたらす物なのだろう。それはわかった。

でもおれにどうしてほしいのかが、一割しかわからない。

だから、わかった一割を言う事にしたのだ。


「気に入った相手が、近くにいないで、守れないまま死んじゃうのが怖いから、結婚してそばにいてくれって、言う事で、あってるか」


「みっともない言い方になるが、そうだな」


「おー、わかった、いいぜ」


「……いいのか?」


「おれの第一の目的、叶ったし。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんの体に戻ってきてくれたし。それを成功させたのは、たぶんあんたのやった事のおかげだし。おれだけじゃ無理だったかもしれないし。おれの一番の目的を叶えてくれたあんたの、叶えたいお願いを聞くっていうのは、平等だろ?」


「そんな考え方になるのか、それでお前はいいのか?」


「うん。元々お嬢ちゃんが帰ってくるように、平和な生活とか幸せな人生とかを送りたかったってのがあるし、ま、おれあんたの事嫌いってわけじゃないし。愛だの恋だのの何とかかんとかは、育つならそのうち育つだろ。育たなきゃ育たないし」


おれはからからと笑った。おれにとっての事実でしかない話だったからだ。

お嬢ちゃんの生活も安定するとなると、おれの目標はすべて達成された事になる。

だから、イシュトバーンにつきあう時間があっても問題ないかな、と思ったんだ。

それが色々すっ飛ばして、結婚って辺りなのが、ううん、魔族って不思議って感じだけど。


「まずは結婚から始めようぜ、イシュトバーン。あんたはおれを大事にはしてくれんだろ。だったらおれも、あんたを大事にしようと努力するぜ」


おれはそういって笑いかけて、イシュトバーンが立ち上がって、なんだか泣き出しそうな顔になって、おれを抱き寄せたのだった。


そして宴の最後に、イシュトバーンとおれの結婚が行われる事が無事に発表され、それは準備その他があるから、一年後となり、おれ達は婚約者となったのだった。

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