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おれは考える事をしなかった現実に直面して、内心ではかなり焦っていたし、たぶん顔にもそれは出ていた。
しかしながらそれの原因であるイシュトバーンの方は、余裕綽々といった顔でいるわけで、本当にこれをどう、頭の中で処理すればいいのかわからない。
いいやそもそも、おれが考えている器官ってどこにあたるんだろう。
そんな現実逃避という物をしていたおれは、ちらりと横にいるイシュトバーンの方を見やった。
おれの視線にすぐに気がついた大悪鬼が、ん、と言いたげに視線だけをこっちに向けてくる。
おい、口元がにやついているぞ。おれで遊んでないかあんた。
心の中だけで盛大に文句を言い、おれはただ目の前を見ているしかできなかった。
さて問題です、ここはどこでしょう。
こんな事を頭の中で自問自答して、自分で答えを導き出す。
正解は、お城の一番偉い立場の奴が座る場所。
そう、玉座と言われているところ。
なんでおれはそこにいるんでしょう。
正解は……
イシュトバーンの膝の上に乗せられているからだ。
本当に、何でこうなった。
おれは完全に面白がっているイシュトバーンに、言いたい事を飲み込んで、視線をはずして前を見る。
ちょっとだけおれの腰に回っている、イシュトバーンの腕というか、手のひらに力がこもっているので、もしかしたら逃走をすると考えられているのかもしれなかった。
この状況で脱走するほど、身体能力が高くねえんだよおれは……
そしておれを膝に乗せ腕で拘束している大悪鬼はご機嫌だ。
どういう心境なのかとても聞きたい。
ここはあの巨大な城の中の、宴を行う大広間という奴で、たくさんの魔族や魔物達が、イシュトバーンに挨拶をしたり、帰ってきた事を喜んだり、泣いたりした。直接会って言いたいのは結構いたらしく、おれはその間中ずっと、イシュトバーンの膝の上だ。
見た目はどうなったのかって。
それは、お嬢ちゃんと話し合った結果の見た目だ。
おれはどうやら無意識に、誰かと意志疎通をするための見た目を、お嬢ちゃんのそれにしているらしく、衣装を選ばれるために見た鏡の中のおれは、お嬢ちゃんそのものだった。若干おれの方が、目つき悪いかもしれない。お嬢ちゃんは穏やかなたれ目なのだ。
おれの方は、油断のならないたれ目である。なんか雰囲気がそんな感じだった。
そう言ったわけで、おれが宴に出るのは、もう恩人枠で紹介予定だから仕方ないとあきらめて、衣装選びになった時にお嬢ちゃんがこう言ってきたのだ。
「ねえ、英雄さん。こういうのは、とても申し訳ないのだけれど……私が今着ている衣装を、着てくれないかしら」
「なんで? お嬢ちゃんとっても美人だぜ」
「あのね、自分の体に戻ってきて、まだ目が回っているような気分なの。だからゆっくり自分の感覚を取り戻して落ち着きたいの。だめかしら」
「ああ……」
確かに、包丁の体から自分の手足のある体に戻ってきて、うまい具合にしっくりこないんだろう。
動く事で、目が回っちゃうのかもしれないし、すぐに疲れるかもしれない。
それならば、騒々しいと明らかな宴って奴に、お嬢ちゃんが出なくったっていいよな。
おれは魔族の常識のある皆様の方を見やった。
「問題あると思う?」
「いえ、お方様が、イシュトバーン様のお選びになったお衣装を着てくださるのは、何も問題ありませんし」
「お方様のお嬢様が、お疲れならばこちらも、ゆっくり休んでいただく事は問題ありません」
「じゃあそうしよう。お嬢ちゃん、どんな衣装でゆっくり休みたい?」
「締め付けが少なくて、露出の少ないものがいいの。この衣装はとても綺麗ですてきだけれども、露出が多いわ」
「ではこちらはいかがでしょう」
そんな流れになり、お嬢ちゃんが着る物を選んで、おれはお嬢ちゃんの体に着せられていた、イシュトバーンの選んだ衣装を着直して、装身具も身につけて、宴の間に出る事になり、やたらにご機嫌なイシュトバーンが、王様が座るのだろう豪華絢爛な椅子に、これまた王者の余裕のにじむ座り方で座った。
そして最終段階と言いたげに、どこにいればいいのかわからないおれを、引っ張り寄せて、膝の上に乗せて、おれが混乱している間に、宴に参加する者達に入る事を許可したのだ。
もう訳が分からないが、一つだけわかったのはイシュトバーンがこの国の頂点だという事だった。つまりおれはこの国の一番偉い相手を足蹴にしたり怒鳴ったりして、偉そうに振る舞ったりしていたわけだ。
命がある生き物をしてないけれども、そもそもおれが命を持っているって区分けされるかも微妙だけれども、何か下手をしたら消滅の運命が待っていたのかもしれない、と思うに至ったのだった。
「何で隠してたんだよ、一番偉いって」
宴もたけなわ、皆踊り始めた辺りで、おれは隣の大悪鬼にそう言った。
「いつ気付くかとか思ったぜ」
「気付くと思うか? あんたに王様の威厳ってのは見いだせなかった」
「そりゃあ、魔力を極限まで削った姿で、王の威厳があったら大問題だ。ああ言った見た目の時は、いかに扱いやすそうに見せるかってのが課題だ」
イシュトバーンはご機嫌な声でけらけらと笑った。給仕の魔族がさりげなくお酒をつぎ直しているから、いったいどれだけ大悪鬼が酒を飲んでいるのかわからない。
でも相当に飲んでいる。機嫌よく。
たくさんの魔族が楽しんでいる姿を見て、それを楽しい酒の肴にして飲んでいる。
王様と言われそうな立場だったから、イシュトバーンはこの国に連れてきたのかもしれない。自分の支配している国なら、おれくらいの小物は言いように出来る。おれの目指す暮らしは、簡単に叶えられると思ったのかもしれない。
ならば、こんな風に目立ちまくる事はしてほしくない訳だが、イシュトバーンはおれを恩人だと自慢したいわけで、そしておれは、一体いつその紹介があるのかと、真剣に待っている。
早くしてほしいのだ。東の間でゆっくりしているお嬢ちゃんの方に行きたいし。
視線がそろそろ気になってきているんだ。この人間は何者、という視線がな。
おれもさっさと正体を明かして、その質問してくる視線を終わりにしたい。そう思いながら、おれは少しくたびれてきたので、イシュトバーンに少しだけ寄りかかった。膝の上だし余裕だろう。
「どうした」
「疲れた。こういう場所でじっとしてんの苦手だったんだな、おれは」
小さく問いかけたイシュトバーンにそう返して、おれはやたらにきらきらとした目を向けてくる使用人とか、若めの女の魔族達に疑問を抱きつつ、時間が過ぎるのを待っていたのだった。




