第六話「さやか先輩は促したい」
「まずVTuberって配信が第一じゃないですか? 毎日の配信が途切れることを恐れると思うんです。そう考えると普通の子みたいにデートすることとか、一緒の時間を過ごすこととかなかなか出来ないのだと思うんですよね」
「え……」
さやか先輩に指摘されて俺は思わず、そんな声を出してしまった。
たいていVTuberについて他人から指摘をされる時、なぎさみたいに「VTuberと付き合えるわけないじゃん」とか「外側のキャラが好きなだけなんでしょ」のようなことを言われることが多い。
だいたい俺の意見は即座に否定される。
でもさやか先輩はそんな誰でも言うようなことは言わなかった。
「VTuberって基本、自分の時間が少ない人が多いと思うんですよ。寝る間も惜しんで配信している上、人によっては日中学校に行ったり、仕事をしていたりして。きっと一緒に遊んだりする時間も無いと思うんですよね。でも配信だったらリスナーさんと一緒にゲームとか出来るし、同じ時間を共有出来る」
さやか先輩はそう言うとにっこりと微笑む。
「だから私は思うんですけど、VTuberとリアルに付き合うより、リスナーとしての立場でいた方が断然良い関係なんじゃないかな、と思うのです」
そしてさやか先輩は「どうでしょう?」と言って、こくりと小首をかしげた。
それは今までに指摘されなかった視点だった。
Vとリアルで付き合うより、配信者とリスナーという関係の方がいろいろな意味で良いのでは無いか、という意見。
Vと付き合うことを真剣に検討してくれた意見はこれが初めてだったと思う。
それだけに俺の心にずしっと届いた。
「VTuberとリスナーという立場だから今の良い関係性が保たれているけど、これがもしリアルで付き合うということになったら、ちょっとした意見の食い違いでケンカするってことだってあるでしょう。でもVTuberとリスナーの間柄だったら、それすらも画面上でエンタメとして昇華されるだけですし」
さやか先輩はゆっくりと噛んで含めるように丁寧に語る。
もう全てさやか先輩の言う通りだ、って気になる。
でも、それでも――
「好きなVを……ダイヤちゃんをもっと近くに感じたいと思うのはおかしなことなんでしょうか」
ぼそりと吐き出すように言った。
「今だと何万といる1リスナーの内の一人でしかない。もっとダイヤちゃんと一対一の関係を築きたい。……正直、ケンカするくらいの関係になりたいと思ってます」
とつとつとそう言うとさやか先輩は、小さくため息を吐いて肩をすくめた。
「普通の人間関係にも言えることですが……仮にダイヤちゃんとお知り合いになれたとしても、吉岡くんのことを気に入ってくれるとは限りませんよ?」
「……それは覚悟しています」
リアルの恋愛だって、告白して振られることはある。
付き合ってみたらもの凄く相性が悪くて、全ての意見が食い違うような関係になってしまうこともある。
だからそれは覚悟している。
でもそういう未来があるかも知れないからって、簡単に諦めることは出来ないじゃないか。
さやか先輩はそんな俺を見つめながら、人差し指を顎に当てて「うーん」と何かを考えているようだった。
「吉岡くんはダイヤちゃんのどこをそんなに気に入ったのでしょう? 吉岡くんが観ているのは、ダイヤちゃんの一部分、作られた外側なのかも知れませんよ?」
このことは良く言われることだ。
Vが好きだ、と言ってもそれは演じられた側面だけ。中の人は全然違うと。
それは大なり小なりそうなのかも知れない。
「歌が好きです。声が好きです。外見が好きです。考え方が好きです。ときおり配信で見せる素の部分が好きです……というのはもちろんのことなんですが」
「?」
でも俺は、というより俺たちリスナーはたぶんそれ以外にも感じ取っていることがある。それは――
「……ダイヤちゃんの雰囲気みたいなものが好きなんじゃないかと思うんです」
「雰囲気?」
さやか先輩は首をかしげて不思議そうな表情をする。
俺もこれといった表現が見つからない。
うまく、さやか先輩に言いたいことを伝えられなくて、もどかしい。
VTuberは、アニメやゲームのように二次元の外観を持っている。
でもアニメやゲームと違うのは、脚本や台本などはなく、ちゃんと自分の言葉で話している、ということ。
自分の意見を語っていると言うこと。
もしかしたら俺が知らないだけで、ある程度の台本はあるのかも知れない。
多少の演技もあるのかも知れない。
でもVの人たちが話す言葉と言葉の間の空間にも何かを語っているように感じられるんだ。
相づちを打ったり、鼻歌を歌ったり、驚いて息を吸い込んだり、がっかりして息を吐き出したり。
色を感じる、空間を感じる。
そういうところにその人が今まで生きてきた人生や、哲学なんてものを感じるときがあるんだ。
言葉にし難くて、もやもやするんだけど、俺はたぶんダイヤちゃんのそういうところで何かを感じ取って好きになったんだと思う。
「なんだろう、タマシイみたいなものが好きになったんじゃないかな、と思うんです」
俺が呟くようにそう言うと、さやか先輩は一瞬目を大きく見開いた。
「タマシイですか……なんか壮大でかないませんね」
さやか先輩は独り言みたいにそう言うと小さく頭を振った。
「いえ、そんなカッコウいいものじゃないんですけど……なんというか他に言葉が見つからなくて。でも、たぶんリアルに恋愛しても俺はそういうところが好きになるんじゃないかなあ、と思うんです」
あんまり褒められても恐縮してしまう。
わかりやすく動揺しながら早口で説明すると、さやか先輩はそんな俺を見て「うふふ」と笑った。
「じゃあ、仮にダイヤちゃんより前に、リアルでそんなタマシイを感じる女性と出会っていたら付き合っていましたか?」
「それは……ダイヤちゃんを知る前に出会っていたら、その人と付き合っていたかと思いますけど」
「なるほど。吉岡くんにとってリアルとバーチャルは同列なんですね」
さやか先輩は深くうなずいた。
指摘されて初めて気がついた。
そうか、俺は別にVだからダイヤちゃんが好きってわけじゃないんだ。
リアルとバーチャルを総じて、一番好きになったのがダイヤちゃんってことだったんだ。
俺の想いが補完されたような気がして、ちょっと嬉しくなる。
「吉岡くん、ダイヤちゃんのファンになったのはいつ頃なんですか?」
さやか先輩が何かを思いついたように訊いてきた。
「ええと、高校入る直前くらいだったから……一年半くらい前でしょうか」
「そうですかあ。私と知り合うより前だったんですね」
さやか先輩は寂しそうにぼそりと呟く。
「そういうことになりますね……」
……。
え? それってどういう意味?
俺はさやか先輩をまじまじと見返してしまった。
と、その時、昼休み終了の予鈴が辺りに鳴り響いた。
「あ、いけない。私、次の授業移動教室なんですよ。早く戸締まりをして行きましょうか」
さやか先輩はいつもの柔らかい笑顔を口元に浮かべて、俺にそう語りかけると楚々とした動きで図書室の窓を閉め始める。
え? え? 別に深い意味はなかったのかな?
そうだよな、男子学生の告白を断りまくっているさやか先輩がそんなこと考えるはずないよな。
ただ単に俺がいつからVにハマっているのかを知識として知りたかっただけだよな。
「吉岡くん? パソコンもシャットダウンしてくださいね。あとプリンターの電源も切らないと」
「は、はい!」
そこから慌ただしく閉室作業が繰り広げられ、俺とさやか先輩はおのおのの教室へと向かうことになった。
それにしてもさやか先輩、VTuberに詳しかったな。
さやか先輩も配信観ているのかな。推しとかもいるんだろうか。
次の当番の時にでも訊いてみることにしよう。
そんなことを考えながら俺は自分の教室へと急いだ。