第二十話「ねるねは『誰か』に伝えたい」
『VTuber志望者必見! 私はこうして受かった! 『パンタシア』メンバーたちのオーディション PR動画編』だって!?
なんて俺が求めているものを的確に拾い上げてくれるんだ!
自分の強運とねるねの企画力に心の中で感謝しつつ、その枠をクリックした。
配信はまだ始まったばかりだった。
『『パンタシア』を受けようと思って応募してくれている人たちは、たっくさんいると思うの。今日はそんなみんなの参考になればいいなと思っていろいろ調べてきたんだ!』
画面の中からねるねの元気な声が響いてくる。
ねるねの声は躍動感があって、聴いているだけでも気持ちが楽しくなってくるから不思議だ。
『『パンタシア』を受けるときにまず一番最初にやらなくちゃいけないことは、応募フォームに必要事項を書いて送ること。その中に『ご自身の魅力が伝わるようなPR動画を送ってください』って項目があるんだけど、たぶんここがみんな悩んでいるポイントの一つだと思うのね』
ねるねは、あらかじめ箇条書きにして要点をまとめていた。
画面に『PR動画』という文字が大きく表示される。
『今日はこのPR動画について説明するね。どんなPR動画が良いか、採用担当さんに取材してきたよ!』
凄ぇ。これはマジで参考になりそうだ。
俺は画面を食い入るように見つめる。
『まずその1。動画は長すぎない方が良いそうです。だいたい2分から3分くらいが理想だって。それはそうだよね。採用担当さんの元には何百もの応募動画が送られてくるわけだから、長いのはあまり好まれないよね』
なるほど。確かに言われてみればそうか。
それに恐らく要点をどれだけ端的にまとめることが出来るか、という編集技術も見たいのだと思う。
でも短い動画の方が良い、というのはちょっと気が楽になった。
動画なんてスマホで撮ることしかしたことないから、ハードルが下がったような気になる。
『で、どんな動画が良いのかって気になるよね。これも採用担当さんに訊いてみました。内容については自由だって! あなたの魅力を詰め込んだ動画で思う存分PRしてください、だって! でもこれじゃなんにも分からないと同じだよね』
本当なにも分からない。
なんだか煙に巻かれた気分だった。
やっぱり採用情報なんて企業の機密の一つだし、この程度の情報しか流せないんだな。
そう思ってちょっと落胆していると、画面の中のねるねが満面に笑みを浮かべる。
『というわけで、『パンタシア』メンバーの何人かにオーディション動画でどんなのを送ったのか訊いてきてみました! トップバッターは……そうだね。みんなに悪いからまずは、ねるの動画からお見せするね!』
なに!?
『パンタシア』メンバーの動画ってことはつまり、オーディションを勝ち抜いた人間の動画ってこと。
つまり成功者の体験談ってわけだ。
これはめちゃくちゃ参考になる!
『ねるはとにかく自分の個性の『元気さ』を前面に押し出そうとしたんだ。でも動画編集ってほとんどしたことがなかった。だからこんな風にしたんだ』
画面いっぱいに実写の画面が広がった。
……あれ、これ大丈夫なのか?
オーディションの時のねるねの動画ってことは、まだ『綿津見ねる』というキャラになる前のこと。
ってことはねるねの中の人が映っちゃうのでは?
『映っちゃいけないものも映っちゃうから、画像を見せるのは最初だけね。あとは音声だけ聴いて?』
ああ、そうか。やっぱりそれくらいは考えているよな。
ほっとしたのと同時にちょっとがっかりした俺。
そんな俺を尻目にねるねの動画はスタートする。
軽快な曲が始まった。
それと同時に動画はババババッっと目まぐるしく場面を変えていく。
どうやら1秒くらいのカットを何枚も重ねているようだ。
何が映っているのかをじっくり観察するまもなく、次のカットに切り替わるので、実際なにが映されているのか良く分からない。
ただ、何かのゲーム画面やアニメの画面だったように思える。
『これは私が好きなものを詰め込んだの。細かいカットを重ねているのは、疾走感みたいなものを出したいなと思ってこうしたんだ。なんか元気さは伝えられるかなって思って』
バックで流れていた曲にはいつの間にかねるねのボーカルが重ねられていた。
ねるねの歌声は透明感があるので、サブミナル画像のような動画が急にアオハルっぽく感じられて来たから不思議だ。
『ねるは歌が好きだし、得意だったから動画にぜったい入れたいと思ったんだ。あ、この辺から音声だけになるけどごめんね』
そう説明されたとたん、画面は真っ黒になった。
たぶんねるねのプライバシーに関わるようなものが表示されていたんだろうと思う。
曲とねるねのボーカルだけが聞こえる状態がしばらく続く。
『この辺りのお見せできないところは、字幕でねるのプロフィールを紹介していったの。それに合わせて動画のカットもプロフィールに関連するものにしたの。それでもってー』
なにかカチリとする音がした。
そしてあの疾走感が溢れる動画に再び切り替わる。
だけど画像が切り替わるペースが最初に比べてだいぶゆっくりになっている。
そのおかげでなんの画像なのかが見て取れた。
『パンタシア』の1期生、2期生、3期生の配信画像だ。
『これはねるが『パンタシア』に入ったら一緒に頑張っていきたいっていう未来をイメージしているのね。それでー』
カットが切り替わるスピードがどんどん遅くなって行く。
それにつれて歌も終焉に近づいてきたことに気付く。
やがてねるねのファルセットが高らかに伸びて、歌は劇的に終わった。
そしてその直後、画面はいきなり配信画面のようなものに切り替わった。
ねるねの両手が映されていて、左右に振られている。
『今日は配信観に来てくれてありがとー! さてさて明日は二十時からメン限でASMR配信枠やりますー! というわけで今日はこの辺で終わりにしたいと思います! またねー!」』
という声が聞こえてきてそして画面はフェイドアウトして消えた。
と同時にねるねの『くくくっ!』潜むような笑いが聞こえてくる。
『やっぱ今観ると恥ずかしいね! 最後はもし自分が配信者になったらこんな風かな、っていうのをエンディングにしたんだよ!』
見終わって俺は深いため息を吐いた。
動画編集をほとんどしたこと無いって言っていたけど、本当なのか? って思うくらい良い出来のPR動画だったと思う。
確かに使用している技術は凝ったものはないけど、充分にねるねの魅力を余すこと無く伝えていると思う。
他のリスナーたちも、
『これは受かる』
『圧巻』
『さすねる』
と褒め称えるコメントが一気に連なった。
『書類選考の次は面接なんだけど、その時面接官さんに『メン限動画はどうやって観ることが出来るんですか?』って訊かれたよ! だから私は『私を受からせてくれたら観ることが出来ますよ!』って答えたんだ! 面接官さんは笑ってくれたよ。でもそのおかげでリラックスして面接を受けられたんだと思う。オーディション受かったのは面接で緊張しなかったこともあるのかもね!』
ねるねの前向きさや陽キャさが思う存分詰め込まれたPR動画だった。
他のリスナーたちと同じく、俺にもその動画が完璧に見えた。
確かにこれだけのものが作れれば一次選考は通るだろうと思った。
でも待て。
逆に言うとここまでのものを作らないと受からないってことだ。
俺はここまで自分をアピールする動画を作れるの、か?
大して暑くもない陽気なのに、俺の額にいつの間にか汗が浮き出ていることに気がついた。
なにかを取り繕うように、袖で額の汗を拭うと、画面の中のねるねはどんどんと配信を進行していっている。
『さて、と。配信タイトルにも書いておいたけど、他のメンバーにも訊いてあるから、ここからはそれを紹介するね! 次は姫さまだよ!』
姫さま! 次はシャクヤクさんか!
配信が始まってから、俺の視線は一度たりとも画面から逸らすことが出来ない。




