第2話「平和なロータス村」2
「はじめまして、エイミーお姉さん。私はミントだよ、よろしくね!」
ミントが無邪気な様子で映美に挨拶をする。元来人付き合いが苦手な映美は、その元気さにたじたじとしてしまう。だが、異世界にまでやって来たのにそんな事ではどうする。そう自らに喝を入れると、右手を差し出しながら口を開く。
「はじめまして。もう知ってると思うけど、私はエイミー・ブリッジ。これからよろしくね、ミントちゃん」
可能な限りの笑顔を浮かべながらそう言うと、ミントも同様に右手を差し出す。そうして二人は握手をするが、それは映美にとっては記憶に無い程に久し振りの体験だった。小柄な映美のものよりも更に小さなミントの掌は温かく、その華奢な身体と共に映美の庇護欲を強く掻き立てた。
(か、可愛い。青い髪と瞳がとってもキュートで、素朴ながらも可憐な服装も良く似合っているわ。それにとっても良い子だし、思わず抱き締めたくなっちゃう。……駄目よ、待ちなさい私。初対面の美少女にいきなり抱き着いたりしたら、不審者以外の何者でもなくなってしまうわ。折角多少なり仲良くなれたと思うのに、クリスにもドン引きされちゃうでしょうから、我慢しないと)
映美がそんな事を考えている間、ミントは握手したままの右手をずっとぶんぶんと振っていた。それが自身が手を離さないからだと気付いた映美が慌てて力を抜くと、少し間を空けてミントもその手を離す。その表情はにこやかなままであり、別に嫌な思いはさせてなかったのだと感じた映美は安心する。
「ははっ、二人はもう仲良しさんなのだな。それではミント、私達と一緒に村に戻ろう」
「うん、パトリシアも一緒にね」
姿勢を低くし、ミントに近い視線でクリスがそう言うと、ミントは元気良く答える。その言葉に、パトリシアもぶるると声を出して応える。両者の行動から優しさを感じ取れるその光景は、映美にとってはあまりに眩しかった。思わず目を逸らしてパトリシアの方を見ると、パトリシアも映美を見つめて再びぶるると鳴くのだった。
(パトリシア……もしかして人間の言葉を理解しているのかしら? いや、まさかそんな筈……)
そこまで考えた所で、映美は気付く。自らが異世界に転移するという最高にあり得ない事をを経験している以上、何が起きようとも最早不思議ではないという事に。
「エイミーお姉さん? どうしたの?」
思考に没頭していた映美を、そのミントの溌溂とした声が現実に引き戻す。気付けば、映美以外の一行は既に歩き出しており、少し遠くまで進んでいた。
「ごめんなさい、直ぐに行くわ」
そう言うと、映美は慌ててクリス達の後を追う。パトリシアの手綱を右手に持ったクリスを中心に、左右をミントとパトリシアが歩いていた。その何処に自分が加わるかを考えた時、以前の映美ならば二人の後ろを歩く事を選んでいただろう。だが、そんな事ではこの世界でもまた独りになってしまうかもしれない。そう考えた映美は、少々の勇気を振り絞ってミントの左へと並ぶのだった。
「ぼーっとしちゃってたの? エイミーお姉さんはうっかり屋さんだね!」
ミントが無邪気にそう言うが、その言葉は映美の心を些かだが傷付ける。悪意が無いのは無論承知の上だが、映美には苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「こらミント、そう言わないであげてくれ。エイミーお姉さんはな、色々あって今少し混乱しているんだ。ミントだって、朝起きたら自分が知らない場所に居たら、平気ではいられないだろう?」
そんな映美に助け舟を出すかの様に、クリスが優しくミントを諭す。その言葉を聞きながら、映美の頭の中は実際に混乱していた。
(ああ、もう本っ当に好き。サラッサラのブロンドロングヘアーが綺麗なこの美貌に、パリコレのモデルみたいなこのスタイル。それだけでも最高なのに、兎に角優しいんだもの。私にも、ミントにも本当に優しくて誠実で。こんな完璧な女性がこの世に存在して良いの? それに比べて私は――)
「そうだったんだ。ごめんね、エイミーお姉さん」
映美の思考が丁度自虐に入ってしまいそうな時、ミントが映美に向けて言う。その可愛らしい声で現実に引き戻された映美は、心の中でミントに感謝しつつ、相手に応じて顔を左右に向けて話をするミントをとても愛らしく思うのだった。
「いえ、気にしないで。……それより、前を見て歩かないと転んじゃうわよ」
映美がミントの謝罪に応えるが、そのコミュニケーション能力の低さから続きが思い付かず、結果として謎の注意をしてしまう。
「そうだな。もう直ぐ村に着くし、お話はその後にしようか」
映美の言葉に追従する様にクリスが言う。そんなつもりじゃなかったのに。そう映美は思ったが、ふと気付けば、確かに村の入り口はかなり近くなっていた。
「はーい」
ミントはそう答えると、しっかりと前を見て歩く。本当になんて素直で良い子なのかしら。そう思った映美だったが、再び自身の思考が暴走しないよう、意図的にそれを打ち切る。そうして改めて前を見ると、目前に迫った村の入り口付近に、見知らぬ初老の男性が早足で歩いて来ていた。