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超戦流覇〜頂を貫いた異世界転移者〜  作者: ゲラ(沖縄の方)
10/12

序幕の閉幕と二分の一の開幕 〜Start Line〜

頑張って最後まで書いたらどえらいことになった。



 茶室の障子を淡々と開けて、奥へと突き進む。もう何回通ったかも覚えてない道だ。視力を失っても歩ける。




 闘技場の中心に位置する、質実剛健の擬人化に対峙し、同時に心の中で10秒カウントする。


 3、2、1、開始。


 俺とじいさんのケンカは、俺が定位置について10秒経ってからスタートするのがルールだ、あとのルールは無い。


 開始の合図と共に、俺との距離を一瞬で詰めたじいさんは、分裂して見える数多の拳のラッシュを放ってくる。


 一発一発が致命傷になることを知っている俺は、全力の回避運動をとる。


 じいさんがほくそ笑む、ほう、経験が生きたな、とでも言いたいのだろうか。


 まあ全力で後方に飛んだ程度で許してくれるほど甘い人じゃない、すぐさま俺の追跡に移るじいさん。


 迎え撃って相手の軸足に足払いを仕掛ける。失敗、大木の幹の様な足はやはりビクともしない。


 隙が出来た俺の即頭部に回し蹴りを放ってくるじいさん。


 その技は読んでいた!(囲碁)


 「ぐっ…!」


 打撲覚悟で腕で受ける。鈍い音がして激痛が走った、またナナに怒られるな。


 じいさんが足を引っ込める前に、負傷した腕でガッチリホールドして引き寄せる。こっからは死んでも放さねえ。


 もちろん、そんな簡単に束縛できるじじぃじゃない。


 根比べだ、どちらかが勝つまでこの泥沼は発生し続ける。


「オラオラオラァ!!」


 俺は、掴んだほうと逆側の足、主に脛に全力の前蹴りを叩き込む。一回じゃ終わらない、倒れるまで何度も何度も放つ。


 じいさんも負けていない。左右の拳で俺のこめかみを連打する、凄まじい威力だが、体重が半減しており、超近距離からの攻撃なので、俺の意識を一撃で刈り取るには至らない。痛いことには変わりないが。



 だが、ここで倒れる訳にはいかない。


 真っ向から挑んで負けた。


 ステージの外から不意打ちして負けた。


 技術じゃ勝てない。




 だったら俺に残された手段は泥沼の耐久戦だ、超近距離からノーガードで殴り合って立ち続けるしかない。


 じじぃの経験と鍛錬が勝つか、俺のドロドロに煮えたぎったこのマグマのような思いが勝つかの二択。


 ようやっと軸足が崩れ落ち、難攻不落の大木の攻略は完了だ。されど本番はここから、もう一度気張る。


 倒れ込んだじいさんのマウントポジションに位置取りし、雨のような連打を叩き込む。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 途中で体力が尽きても負け、相手の反撃に耐えられなければ負け。


 負け筋が多すぎるが、勝算が存在するだけましだ。


 この方法でしか勝ち筋がない以上、俺はこの択を通すしかない。



 果たして勝利の女神が微笑んだのは、俺の側だった。


 じいさんは遂に抵抗を止めて物凄く悔しそうな顔をする。


「降参だ、てめぇの勝ちだよ日暮」


 何百年か振りに、じいさんが俺の名前を呼ぶ。


 俺は原型をロストした輪郭を無理矢理歪めてこう言った。



「約束は守ったからな、クソじじぃ」









 初めて意識を保ったまま闘技場とじいさんの茶室を後にする。




 俺がこのじいさんと金髪のNPCに出会ってから544年、今日ようやくじいさんに勝った



 完全勝利では無かったし、1回きりの無理矢理もぎっとた勝利、だけど勝ちは勝ちだ。俺はようやくスタートラインに立つことを許された。


 じいさんから免許皆伝をもらった俺は、このことを報告するために帰路に立つ。





 無限の刻に感ぜられた道程を終えると、見えてくるのは暖かい我が家。


 今日初めて帰宅の挨拶ができる。


「ただいま〜!」


 俺の声を聞いて奥から猛突進してくるちびっ子が1人、ナナだ。


「おかえり、瞳くんっ!勝ったの!?」


 ナナが俺に抱きつきながら質問する。


「勝ったよ、あのじじぃの悔しそうな顔と言ったら傑作だったな、またやってくれねぇかな」


 そう言った俺に、ナナは慈しみのこもった眼差しを向けてくる。


「そっか。怪我が治ったらご飯いっぱい食べて、一緒にお風呂入ってお祝いしようねっ」


 飯はともかく、風呂は一緒に入らなくても良いだろうと思ったが、敢えて何も言いはしまい。


 ナナは続ける。


「初めて瞳くんが起きたまま帰ってきたんだから…、今日は瞳くんから来てくれると嬉しいなっ…」


 ナナが顔を赤らめながら俺を勧誘する。俺としては敢えて躊躇する理由もないので、大人しくナナの言う通りにする。


「今日でこうするのもお終いだねっ、おじいちゃんと戦う必要が無くなったんだから、もうあんまり無理しちゃダメだよ?」


 ナナが頬を膨らませて忠告する。


 バレてたのか。さっき抱きついてきたとき、一緒に調べられたのやも知れん。


 だがそんなことを気にする余裕は無かった。俺は今、即頭部に感じる暖かさを、記憶の底に永久保存する義務があったからだ。





 まあ膝枕してもらってるだけなんだけど。


 じいさんは欠かさず俺を瀕死にして送り返すので、俺を待っていたのは、ケンカしに行く、負ける、ナナの膝枕、みたいなルーチンで行動することだった。


 今までの数百年、幾度と無く味わってきたこの至高の一品だが、はっきり言って、あまり記憶がない。


 当たり前だ、意識不明の重体のときにされても、覚えてないからな。


 俺の体がある程度まで回復したらナナは膝枕を終えて、夕餉と風呂の支度に向かってしまうので、今まで一日たりとも寝そびれたことがないのに俺の海馬はこの記憶を所持していなかったのだ。


「あ〜…」



 自分ものとは思えない情けない声が出るが、今日くらい良いだろ。自分への褒美ってことで。


「ナナ、今何時だ?」


「もうすぐ6時だよっ」


 ナナの膝枕を堪能していると、いつも俺が目を覚ます時間に近づいていた、意識があろうと無かろうと、ここで6時まで寝るのは俺の定めらしい。


 このままだと中毒になりかねないので、6時なったタイミングで立ち上がる。


 名残惜しいが、ナナのことだから頼めばまたやってくれるだろう。


「ナナ、風呂沸いてるか?」


「今沸かしてくるから待っててっ」


 そう言って、ナナは脱衣所にテトテト走っていく。





 さて、どうしたもんか。


 ある日から突然、ナナは俺に対しての好意を隠そうともせずにアプローチしてくる様になった。


 簡単に言うと、何かにつけて俺と一緒にいる時間を増やそうとした。


 例えば風呂。


 俺はいつも、身体のどこかしらに重症を負って帰ってくるので、1人で風呂に入るのが難しかった。


 その事実を知ったナナは、私も一緒に入る!と言って聞かなかった。


 今日も怪我して帰ってきたことはバレているので、恐らく一緒に入ろうとするのだろう。


 正直に言って、非常に危うい。


 ナナとの邂逅から既に800年経ったのだが、俺は未だに絶賛思春期だ。


 まあ特に変化することのない日常を過ごせば誰しもこのままだろう。


 そんな思春期の男子にとって、いくら発育不良の身体と言えど、女体を間近に感じるのはとても危険だ。


 俺がじじぃとケンカしている最中、ナナのやることは主にレオから料理を教わることくらいだった。


 そんな修練、半世紀程度で済んでしまうため、俺はナナのために書斎を創ってやった。


 生み出した本は、俺が前世で読んだ全ての本。


 文字の習得から始めたナナは結構苦戦していたが、最終的に全ての本を読破するに至った。


 俺は毎晩甲斐甲斐しく俺の添い寝に勤しむナナによって、その日に読んだ本の感想を聞いていた。


 本の内容や感想について話すのが俺たちの唯一のまともな会話だったこともあり、ナナは毎晩遅くまで俺を束縛した。



 そんな本の虫生活のある日、ナナは顔を赤らめながら、今日は絵本を読んだって言うんだよ。


 生成範囲は俺が今まで読んだ全ての本なので、絵本があってもなんらおかしくない。


 しかし、その割には随分内容について議論することを躊躇している風に感じた。


 俺は、ナナもそういうお年頃なんだろうなって思って、言ってやった。


「俺はナナがどんな本を読んだって気にしないぞ、俺だって一回は読んだことあるわけだし。

 恥ずかしかったら絵本の内容を実践してやっても良い。その内羞恥心なんて無くなるさ」と。


 俺はナナが読んだ絵本が、ピーターパンとか青い鳥みたいなもんだと思っていた。


 子ども扱いされることを嫌うナナが、そんな子どもっぽい作品に興味を持ったことに羞恥心を抱いているのではないかと。


 だがしかし、そんなことを気にするほど俺は狭量な人間じゃない。


 俺だってグリム童話やシャルルマーニュ伝説を本格的に読んだのは高校生になったからだし、何もおかしいことじゃないだろうと考えていた。実践してやると言ったのは場を和ませるためで、実際は読み聞かせでもしてやるか程度に事態を甘く見ていた。









 結論から言って、ナナが読んでいたのは絵本であった。


 絵本に違いは無かったが、その絵本はいささか薄かった。


 と言うかエロ本だった。


 絵本、実践…あ。


 その時になって初めて、俺は事態が手遅れな局面に到達したことを知った。


 その件以来、ナナはレオを除いて唯一の思春期男子である俺の身体に興味津々になった。


 ホント、申し訳ないことをした。


 ちなみにレオに興味を抱かないのは人間らしくないからとのこと。


 まああいつは良くも悪くもNPCらしい奴だからな、ナナの性愛の対象になり得ない。


 じいさんは元から恐れられていたこともあり、消去法でその手の相手が俺しかいない訳だ。


 ナナと一線を越えることに恐怖しか抱かない俺は、ナナに無闇やたらと接触することを控えた。


 そんな訳で俺は余りナナとの際どい接触は避けるべきであると心がけている。


 風呂とか一緒に入り続けて、自身の理性がいくらまで保つか分からん。


 この世界、食欲と睡眠欲は大して生じないくせに、性欲だけは現世と同じくらいあるんだよ。辛いったらありゃしない、涅槃に辿り着こ。


 ナナとの入浴を避けるために、俺は自身の腕を治すことにした。好き勝手使いたい力じゃないが、俺の社会生命に関わるため致し方あるまい。


 瞳で怪我をした箇所、左腕を凝視し、そこに銃を形どった自身の人差し指をあてがう。


 イメージするのは今日のじいさんんとの戦闘、今まで辿った腕を負傷すると言う因果を、まとめて消し去る。


因果焼却(ダウト)。」


 それだけで、今日腕を負傷したという因果は消えてなくなった。


 負傷した原因が無くなった腕は世界に帳尻を合わされ、何不自由なく稼働するようになる。


 この力こそ、俺がこの世界で800年滞在した結果入手した神の権能、因果操作(ダウト)である。


 できることは主に2つ。1つは先ほどやって見せた因果焼却、あったことを無かったことにし、その過程の前後関係またはその逆の事象を引っ張り出す。もう1つは因果改変、順序としてまとめると、単一の因果を焼却した後、その空洞に新しい因果を当てはめる。


 俺が眼で視ることと、銃の形にした人差し指で対象を指差すと言う条件があるものの、破格の能力であることに違いはない。



 これらの力は神の権能と呼ばれ、一定期間ここに滞在し、条件を満たしたのならば、誰でも手に入る。


 俺やじいさんがバンバン使っている物質生成能力や、身体能力及び再生速度の上昇も、この神の権能の1つである。


 この世界では滞在期間に応じた年功序列が存在しており、より上の位のものには冠位という称号と、唯一無二の神の権能が与えられる。


 ちなみに俺の冠位は800年の滞在で最上級の四大天使(ミカエル)にまで昇進しており、先ほどの因果操作はその時手に入れた。


 因果操作の便利具合を改めて認識していると、ナナがこちらに向かってくる。



「お風呂沸いたよ、瞳くん、一緒に入ろっ!」


 ナナは俺と一緒に湯浴みする気満々なんだろうが、そうは問屋が卸さない。


「今日は特に怪我してないし一人で入る」


「でもさっき…」


「触ってみ?」


 ナナが俺の腕をさする、なんとも無いだろ、怪我なんかしてないからな。


 俺と共に風呂に入る口実を失ったナナは、しばし思案に暮れる。


「うぅ…でも私、瞳くんと一緒にお風呂入りたい」


 俺に効果ばつ牛ンな上目遣いを放ってくるナナ。


 負けるな俺、頑張れ俺、ここで一線を越えたら世間様から何言われるか分かったもんじゃ無い。


「ナナ、聞いてくれ」


 俺は話題を逸らすことにした。



「俺は今非常に空腹を感じている、かつて無いほどにな。風呂から上がったら大好きなナナからの心のこもった夕餉を食せることを心待ちにしている。しかし、今お前が俺と一緒に風呂に入ったらどうなる?

 俺は待たねばならない、大好きなナナが料理に一所懸命になる姿を見るのもそれはそれで一興だが、それよりも俺はナナの(料理)を食べたいんだ、もう待ちきれなくて俺の本能が暴走してしまうかも知れない。

 どうかじじぃに初勝利を納めて満身創痍の俺に、最上級の馳走を振る舞ってはくれないだろうか」



 俺が一息に喋り切ると、ナナはこちらを、頬を朱に染めながら見上げる。


「ひ、瞳くんがそこまで私のご飯楽しみにしてたなんて知らなかったよ…。すぐつくるからゆっくりお風呂入ってきてっ!」


 そう言ってナナは台所にダッシュする。



 ふっ、チョロいな。


 所詮あの程度の年端もいかぬ少女、恋愛強者の俺の性愛の対象にはなり得んよ。


 偉そうなことを口走る彼女いない歴800年は、高笑いしながら脱衣所に向かった。というか俺だった。











 無事入浴を済ませた俺は、豪華すぎる晩餐に空いた口が塞がらなくなった。


 おかず何品あんのこれ?


「冷蔵庫にある食材しか無かったけど…足りるかなっ?」


 こいつ冷蔵庫の食材全部使ったな?言いたいことはあったが、後が大変なので何も言わないことにする。


 さっさと飯食って寝よう。明日出発だからな。


「「いただきまーす」」


 ふたりで合掌する。しーあーわーせー。


 いくら限界がないとは言え、冷蔵庫の食材全ては多すぎた。


 食い終わった瞬間、精神的に限界が訪れる。


「もう無理…」


 もはや米の一粒も入らない、限界だ。


「おいしかった、瞳くん?」


 ナナはアホ毛を左右に動かしながら俺の感想を心待ちにしている、なので俺は少し誇張した感想を言ってやった。


「滅茶苦茶美味かったよ、ナナは良妻になれるな」


「じゃあ結婚しよっ!」


 遠慮など何1つ無い直接攻撃、ここ数百年のやり取りで返し方は理解している。


「お前がもう少し大きくなったらな」


 そう言うと、ナナはいつも通り不機嫌になる。俺はナナの頭を少し乱暴な手つきで掻き乱してやる。



「えへへっ」


 それだけで喜んでまたすぐ傍に寄ってくるんだから可愛いもんだ、まあ好意に答えてやるつもりはしばらく無いんだけど。


「ナナも早く風呂入って床につけよ、明日は早いんだから」


「う、うん」


 夜布団に寝転がってアンソロポロジストとしての本懐を果たしていると、風呂から上がったナナが寝室に入って来る。



 修行を始めるにあたって、様々な部屋を生成したが、寝室だけはついぞ一部屋だけだった。


 強情なところがあるこいつは、俺と一緒じゃなければ眠らない言って聞かなかった。そのため、俺達は毎晩同じ布団で寝起きしている。


 風呂上がりの上気した頬で俺のもとまでやってくる。


 既に床についている俺の背中に抱きつき、話し掛けてくる。


「瞳くんは、明日出発するんだよね…」


「あぁ」





「最後だから」


 そう言って、俺の自己愛の擬人化は、俺の唇に自身のそれをあてがう。所謂接吻というやつだ。


「好き、大好き」


 なんの捻りもない純粋な好意に当てられて、俺は思はず境界を越えようとしてしまう。


 だが、すぐに心の中の悪魔がその心をビリビリに破いてしまう。


 天使はその欠片を丁寧に燃やしている、酷い奴らだな。どっちも俺なんだけど。


 ナナは一晩中、俺にこの台詞を繰り返していた。俺は何だか、申し訳ない気持ちになった。











 あくる朝、ナナは俺より早く起床し、朝飯の支度を始める。


 リズム良く聞こえる包丁の音を愛おしく思いながら、俺も起き上がる。


 台所に直行する。日夜俺のために精一杯働いてくれているこいつに、ここでの最後の挨拶をする。


「おはよう、ナナ」


 俺の言葉に身体をビクッと震わせたナナは、慌てて俺に向き直る。


「お、おはよっ、瞳くん!」


 綻びのある笑顔で俺を迎えるナナの仮面の下は、一体何色何だろうな。そんな風に思った。



 いつの通りに筋トレを済ませて、汗を拭いてから朝食に臨む。


 出てきたのはいつも通りの、オーソドックスな和食であった。


 合掌して食べ始める。


 ナナから俺に話しかけるシチュエーションは多く存在するが、その逆はない。


 ナナが俺に話し掛けなければ、必然家の食卓には沈黙が流れる。


 黙々と食事を済ませ、身支度を終え、ナナを伴ってじいさんの元へ向かう。


 茶室の入り口はレオが作った家庭菜園が根を張っており、よく分からんがとても立派だ。


 そう言うレオは今日も今日とて野菜の手入れに勤しんでいる。


「よぉ、レオ。その後変わりないか?」


 話し掛ける。


「おはようございます、日暮さん。それからナナちゃんも。確か今日出立なされるんですよね?

 寂しくなるなあ、おじいさんもきっと悲しんでますよ」



「あのじじぃに寂寥の念とか無いだろうに。じいさんは中か?」


「はい、日暮さんとナナちゃんの到着を早朝から心待ちにしていましたよ」


 あのじいさんが心待ちにしてるって。想像もつかない絵面だな。


「とにかく中に入ろうぜ。レオも来いよ」


「はい、では」



 レオは先陣切って俺たちを案内する。必要ないが形式上のものだ、ありがたく受け取ろう。


 初めて会った時と同じように、じいさんは茶室の中央でふんぞり返っていた。


 俺は久しぶりに、闘技場以外の場所でじいさんと対峙する。


「今日は別れを告げにきた」


「てめぇにそんな人情が残っていたとはな」


 軽口の応酬が始まる前に本題に入る。


 正座をして、頭を下げる。


「今までお世話になりました。ありがとう、師匠」


「止せよ、お前らしくもない」


 指先で払いのけられる。


「じゃあ挨拶も済んだし行くわ、じゃあなじじぃ。それからレオも、達者でな」


「お気をつけて」


 相変わらずお手本のような所作だ。もっと不遜な態度で良いって言うのに。


 障子を開け、茶室を出る直前、じいさんに呼び止められる。


「日暮」


「なんだ、じじぃ」


 振り向くと、小包が目の前に現れる。中には握り飯が2つ、ありがたくいただこう。


 受け取って向き直るとじいさんはこう言った。


「精進を怠るな」


 言葉を交わす必要はない。俺はじいさんに得意気な笑みを見せて部屋を去った。









 今生の別れを済ませたところで一度家に戻り、ナナとここでの最後のひと時を過ごす。


「じゃあ、行くか」


 区切りがついたところで宣言する。


「うん…」


 儚げな笑みを浮かべたナナが液晶を操作すると、目の前に不可思議な空洞が現れる。


「ここを通れるのは1回きり、主人とその所有物しか通れないから気をつけてねっ。だから、」


 ナナは目尻に涙を浮かべてこう言った。




「ここで私とはお別れ」



 そこまで言って、耐えきれなくなったのだろう、ナナは俺の首すじに腕を回して泣きわめく。



「やだ、やだよぅ…ずっと瞳くんと一緒が良いのっ!置いてかないで…」



 グズりにグズって、ナナは俺との別れを惜しむ。







 そこで俺は、お互いの認識に相違があることに気がついた。






「えっと、お前俺と一緒に来ないの?」



 ナナがきょとんとした顔をする。


「ふえっ?」




 何か嫌な予感がするので、事実を再認識しよう。



「俺はナナと一緒に異世界転移する腹積もりなんだけど」


 ナナが慌てて俺の言葉を否定する。


「で、でもっ私はNPCだし、ましてや瞳くんの所有物じゃ無いから、一緒には行けないのっ。それは最初に説明したよ。だからここに居る間だけでも一緒にいたくて…」


「所有物になれるとしたら?」


「えっ?」


「もしお前が、俺の所有物になれるとしたら、お前はなるか?」


 ナナは即答する。


「なれるのならなるよっ。お嫁さんじゃなくて、所有物でも奴隷でも、瞳くんの傍にいられるなら私は何にでもなるっ!」


「そっか」


 ナナの意志が聞けた時点で、俺はナナの頭に右手で触れた。パリンッ!とガラスが破片になるような音を奏でてナナNPCとしての任が終わりを告げる。


 次に左人差し指でナナの頭を指差し、宣言する。


『因果改変』


 ナナの1個人としての因果は消え去り、空いた穴に俺の所有物としての因果がすっぽり嵌まる。


「な、何っ?」


 何が起こったか理解に至っていないナナは、俺に教えを乞う。


「お前のNPCとしての役割を消し、お前は俺の所有物になった。これからはずっと一緒だぞ、ナナ」




 俺がそう言うと、ナナはまだ信じられない様子で俺を見つめる。




「本当に私、瞳くんと一緒に居られるの?」


「おう」


「本当の本当に?」


「おう」


「嘘吐いたらもう一緒にお風呂入ってあげないよっ?」


「じゃあ嘘吐こうかな」


「瞳くんは私と一緒にお風呂入りたくないのっ?」


 すごく入りたい。


「まあそんな議論は向こうに行ってからやろうぜ。これからはずっと2人きりなんだし」


「うんっ!」


 満面の笑みを浮かべる、人間に近づいたNPCは可愛いことこの上無かった。


「そう言えばさっき私の頭に触ったときに出た破砕音は何だったの?」


「あぁ、それはな」


 当然の疑問なので説明しておいてやる。


「俺がこの間入手した神の権能の1つ、『シンギの物差し』だ。


 俺が気に入らない物体、不都合だと感じた事象を問答無用で消せる」


 評価基準が現在の俺なので、昨日消せたものが今日消せたり、今日消せなかったものが明日消せるようになったりするのはご愛嬌だ。割り切るしか無い。


「瞳くん、それって幻想g…むぐっ」


「それ以上はいけない」


 慌ててナナの口を塞ぐ、俺が望んで手に入れた代物じゃないんだから仕方ないだろ!


 ナナの束縛を解いて、あとは異世界転移するのみとなった俺だが、突如として1つの思考に支配され、そのことについてナナに質問してみる。


「ナナ、俺たちが今から行く世界って、日本語は通じるのか?」


「通じないよっ」


「えっと、どうすんの?」


「現地の言葉を覚えるしかないんじゃ…」


「……」


「………」










 俺たちの出発が1年遅れた。














 〜1年後〜




「長く…苦しい…勉強だった」


「うぅ…教えるのって難しいよぉ」


 ナナに因果改変で異世界の言語を習得させた俺は、一年間の勉強期間を要してようやく現地の言葉をマスターした。


 だがそれもここまで、ようやく俺の冒険活劇が始まるのだ。そんな大層なことをするつもりは無いけどな。


「じゃあ、行くか」


「うんっ」


 ナナが俺の腕に抱きついてくる。


 俺はその体温に幸福を感じながら、新世界への門をくぐった。

幕間1個挟んでようやく本編です。

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