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悪意再び その6

「(見えているか? 俺はまだ金を持っているぞ。こいつは売れば400Gだ。さっさと食いついてこい)」


 ミッツは想像した。

 もし自分がクエストの達成アイテムを持っていて、より良い報酬を引き出すにはどうするか。

 それは、高いニーズを持っていて、尚且つ満足いく報酬を払う見込みがある客を探すことがポイント。

 此度の件でいえば、マリルのペンダント自体に高い価値はない。マリルにとって“想い”という付加価値があるだけなのだ。

 なので、それを取り返したいミッツとマリル以上に高いニーズを示す客はいない。

 それは、ペンダントを質屋のような買取をしてくれる店に持ち込めばすぐに分かるだろう。

 そうなれば、どうするか。

 クエストの依頼者と接触しようとするはず。

 その方法は色々とあるだろうけれど、簡単で確実なのは冒険者組合のクエストカウンターを見張ること。

 特にクエスト報告で混み合う時間であれば、分母が大きいので見張らない手はない。

 こうミッツはロジックを立てた。

 だからわざわざ支払い能力を開示し、かつ限界額だということも示唆したのだ。

 さらに、消費者が購入に至る心理プロセス――AIDMAの法則も活用して食いつきしやすくしたつもりだ。

 Attention(アテンション)――認知――のために大声で注目を集めた。

 Interest(インタレスト)。――関心――はクエストの依頼者だと伝えるだけで十分。

 Desire(デザイア)――欲求――に関しては、金で間違い無いだろう。限界値はプラス400Gだと開示した。

 Memory(メモリー)――記憶・感情――検討するためにも接触は必要になる。

 そうなれば、Action(アクション)――行動・決断――しかない。


 そんなミッツの思いと策が通じたのか、接触はすぐだった。


「止まれ。少し話がある」


 冒険者組合会館を出て少し歩くと、マリルが「先輩、誰か追いてきます」と尾行に気がついた。

 ミッツは『かかった』と内心笑い、東区につながる人気の少ない道に逸れる。

 そこで、声をかけられた。


「なんでしょうか?」


 平静を装い振り向いたミッツは、相手に落胆を覚えた。

 何故なら、件の3人組とは違う人だったのだ。

 そこには、教会関係者か冒険者か判断が難しい、神官服を着た細身の男が立っていた。

 だが、それは早合点であった。


「これを、探しているんだろ?」


 嫌らしい笑いを浮かべながら、男は手に握りこんでいたペンダントを垂らして見せる。


「それは!?」


 それにマリルが素早く反応した。

 ペンダントはマリルが祖母から貰ったもので間違い無いようだ。

 そうなると、3人組と思っていた悪党は、少なくとも4人組以上だと考えを改めなければならない。

 ミッツがこの男を見ていないのも当然で、ペンダントを持って出ていくパーティーを妨害する目的で、入り口でずっと張っていた役目だった。


「おっと、どうやらとても貴重な物のようだ」

「何故クエストの報告をしてくれないのですか」


 マリルは手など伸ばしたりしていないが、薄ら笑う男は奪われないようにさっとペンダントを懐にしまい込んだ。

 それに対し、マリルは怒りを抑えた声音で質問する。


「何故って、変なことを聞く。このクエストに達成義務なんてないのに、どうしようが俺たちの勝手なんだよなー」


 ミッツの条件では誰かが達成した時点で終わりの早い者勝ちのクエスト。

 進行状況は調べようがないため報告を以って終わりとなるので、参加条件なしの罰則なし。

 男の言う通り、いつ報告するかは達成者次第。進行状況が分からない以上、報告しなければ罰則など在るはずがない。

 ここでまた、ミッツの胸が締め付けられる。

 甘い計画による失敗。それを突きつけられた。


 だが、その失敗を取り返すためにここに立っていることを思い出す。

 ミッツはマリルの肩を叩き、前に出る。


「私たちの前に出てきたということは、交渉の余地があると言うことですよね?」

「お前は話が分かるようだな」


 にっこりと営業スマイルを貼り付け物腰柔らかく話しかけたミッツに、男は狙いを定める。

 体は大きいが、与し易い。マウントを取れる相手だと認識されたのだ。

 分かりやすく、男の口角は上がっていた。


「だったらよー、まずはその気持ちを見せろよなー!」


 突如の大声。

 マリルはびくりと肩を震わせ、道行く人も何事かと覗き込んでくる。

 だが冒険者同士のいざこざだと見ると、関わり合いにはなりたくないとばかりに目を伏せて離れていく。

 ただ、ミッツだけは違った。


「申し訳ございませんが、それは仲間の大切なものなので、どうかクエストの報告をしてください」


 深々と頭を下げる。

 マリルは何か言おうとしたが、ミッツに習い追随する。


「気持ちの見せ方っていうのは、そうじゃないだろ」


 下げられたミッツの頭をペチペチと叩きながら、先ほどとは打って変わって優しい声音で囁く。

 マリルは「くっ!」と声を漏らす。この手の輩にミッツがとったような下手に出る対応は、相手を付け上がらせるだけだと分かっていた。それでもミッツの紳士的な振る舞いを見て感銘を受けたというのに、それをコケにされ、やはりこうなったかと悔しさがこみ上げた。

 だが、ミッツとてそんなことを分かっていないはずはなかった。


「あなたのおっしゃる“気持ち”とは、具体的に何でしょうか?」

「なっ――!」


 ミッツは一切動じずに質問を返す。

 男は馬鹿にしやがってという気持ちで頭が沸騰しそうになったが、ミッツの顔を見て言葉に詰まる。

 初めに見せた笑顔と全く変わらぬその相貌。

 言い知れぬ悪寒を感じた。


「か、金だよ、金!」

「もう聞いていられません。先輩、もう構いませ――」


 それでも、舐められたまま男も引き下がれないと、またも大声で要求。

 マリルも堪らずに反応しようとしたが、ミッツは手を軽く上げて制する。


「ですから、具体的にいくらですかと聞いているんです」

「お……おいおい、お前の気持ちを聞かせろって言ってるのに……俺に決めろっていうのか……」

「はい、その通りです。それでは納得できないとか言われて、延々と強請られるのは困りますから」

 ミッツは変わらずの笑顔で応える。

 クレーマーともいえないただの嫌がらせに近い輩との対応経験が活きた。何が役に立つか分からないものだと、ミッツは心の中でふっと笑う。

 一度でも要求を聞き入れると、それはだんだんとエスカレートするのは目に見えている。

 だからといって、これで引き下がるわけもないのだが――


「お前、これを返して欲しくはないんだな」


 男は据わった目で、ペンダントが入っている胸元を指す。

 ミッツとしては、良くない展開。マリルにペンダントを取り返すのは、絶対に成し遂げなければならない。

 このまま引き下がられると、最悪プライドを刺激されたとかで利益度外視の行動に出る可能性が高い。

 それに、マリルもいつ売り言葉に買い言葉で、軽率な行動に出るかも分からない。

 少しづつミッツの思惑からずれていく結果に、冷や汗を流す。

 これなら早めにこちらから金額を提示した方が、安全に解決できたのではないか。

 そんな後悔も覚える。


「では、あなたは、冒険者組合を通さずに、クエストの報酬に色をつけて渡せと、そう仰るのですね」

「何、いきなり大声出してんだ! そうだよ、分かってるならさっさと有り金、全て出せつってんだ!」


 だが、ミッツは賭けに勝った。

 確かに男の言った通り、ミッツの依頼したクエストに達成義務はない。

 進行状況が分からない以上、取り締まれないからだ。

 冒険者組合はただクエストの仲介をするための組織ではない。

 冒険者をサポートし、取り残された冒険者の救出なども請け負う。そのほかに冒険者の本来の役目、ダンジョンの調査も行う。

 その費用は国からの補助金もあるが、主はクエスト依頼で発生する手数料と、組合が発行する公式依頼で出た利鞘。

 さらに細かくいうと、クエスト依頼で発生する手数料は3つある。

 一つ目は“受付手数料”。依頼の発注の際に発生する諸経費を賄うためと、いたずら目的の依頼を排除するための前払金。これは報酬の10%相当であり、基本的に返却されない。

 次に“達成完了費”。これはクエストの報酬とは別で、依頼が達成された後に組合に納める報酬。これも報酬の10%。

 最後に、“依頼受領費”。これは冒険者が払う手数料。殆どの場合は達成時に報酬の10%を組合に支払う。一部、特殊な情報が絡む場合や高レベルの依頼の場合は先払いのこともある。

 何が言いたいかというと、冒険者組合にとってクエストとは生命線であり、不可侵でなければならない。

 当事者同士の遣り取りなど許してしまっては、手数料を払う者など居なくなってしまう。

 そして、その権利は国によって保護されている。謂わば国防を担う、公共団体のような位置付けだからだ。

 即ち、今ミッツの目の前にいる男のような振る舞いは、見逃すことはない。


「貴様も冒険者ならば、冒険者のルールは知っているな」


 神官服の男に、後ろから声がかけられる。

 決して大きくないが、威圧感のある声。

 声の主は、ミッツの依頼を受理したマクスウェルだった。

 マクスウェルは元は名の売れた冒険者。それは、体を見ればあっさりと納得が出来る。

 受付にいた時も逞しい筋肉をしていたが、怒気を孕んで戦闘態勢に入っている今は、一回り以上大きく見えた。

 幾重にも重なった筋肉は、少し動くだけでもみちみちと擦れる音が聞こえてきそうなほど隆起して、浮き出た血管もそれは同じで激しく脈動している。

 直接睨まれていない上に相手の強さを感じることが出来ないミッツでさえ、物理的な圧力を感じる強者がそこに立っていた。

 神官服の男は、観念したように両手を上げる。


「いやだなぁ。冗談ですよ。本気で――」

「――黙れ」


 何か言い訳しようとした神官服の男は、地面に顔面から叩きつけられる。


「冒険者組合のルールは絶対だ」

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