悪意再び その7
ぴくりとも動かなくなった神官服の男。
砂埃が濛々と立ち込めるほどの衝撃で叩きつけたのだ、この帰結は然るべき。
「(死んだ?)」
確かめるためにミッツがそっと顔を覗き込んでみると、口は開きっぱなしで汚らしく涎を垂らしているが、呼吸をしていたので生きていると確認が出来た。
目を瞑っているために寝ているだけのようにも見えたが意識は完全に飛んでおり、絶妙の力加減と言える。
ミッツは、冒険者組合のルールを破って職員を怒らせてはいけないと心に刻み込む。
「(くわばら、くわばら)」
「面倒なことになってしまったが、クエストは完了だ。このまま、組合に追いて来てくれるか?」
心の中でまじないを唱えていたのに、その原因とこれから一緒に移動することが決まった。
そもそもそうなることが当然なので、まじないの効果なんて及ぶべくもない。
断る理由もなければ、断れる勇気もない。それに、少しでも早くマリルにペンダントを返したいと思っているので、一も二もなく了承を返した。
「マクスウェルさんたちが来てくれて、助かりましたね」
道すがら、マリルが耳元で囁く。
そうだなとミッツは同意をしたが、込められた意味は微妙に違う。
マリルは単純に、助けに駆けつけてくれた幸運に感謝している。ミッツは、仕込みが成って安心したという意味でだ。
ミッツの仕込み。それは、冒険者組合会館を出る前、冒険者に囲まれて武器を見せていた時に仕掛けていた。
あれは、どこかでミッツというかクエストの依頼者を探している輩に金になるものを見せびらかすと同時に、宣伝といえば聞こえが良いがステマを行い【黒髪姫の薔薇のお城】の認知を上げる――だけでなく、身の安全のための保険もかけていた。
話を聞いてくれている冒険者だけに聞こえるよう、詳しく話すので【ブレイバロスの酒場】に行こうと誘っていた。しかも、臨時収入も入ったしとかなんとか理由をつけて、金も出すと約束。
先に向かうので少し経ってから来てくれと告げて出ていけば、気の早い者や疑い深い者なんかは、きっと見失わないように追いてくるはず。
ミッツならそう考えるので他の人もそうだろうという、不確かな計画。
だが、まんまと誘き出された悪人と、思惑通りに追いて来た冒険者。
ミッツとマリルが中央通りから外れて脇道に入って行った時、奢ってもらえると思っていた冒険者の思いは、人によりそれぞれだった。
金貨1枚のことなので目くじら立てるほどのことではないと冷静な者もいれば、騙されたと憤慨する者もいた。
――その直後に聞こえた、男の怒鳴り声がするまでは。
野次馬根性で、声のした方――ミッツたちが入って行った脇道――を覗き込む。
するとそこには、奢ると豪語していた男が絡まれている現場。
詳細は分からなくとも、強請られているのだということはすぐに分かった。
騙されたと憤慨していた冒険者は、《未熟な問い掛け》を使って神官服の男の強さを測るという冷静さを見せ、自分たちでは太刀打ちできない相手だと分かると、衛兵への助力を求めようと考える。
しかしまだ、刃物は抜かれておらず、攻性術――相手を害する目的の魔術や法術、技――も使われていない。
いくら剣呑な雰囲気であったとしても、喧嘩の仲裁など衛兵が相手にしてくれることはない。
そこに、ミッツが大声で放った『冒険者組合を通さずに、クエストの報酬に色をつけて渡せ』が届く。
もちろんこの大声はわざと。
神官服の男はミッツの後ろから声をかけたのだから、ミッツとマリルは振り返っている。
とすれば、ミッツを追いかけて来た冒険者たちは視界に入る。
組合のルール違反者だと分かれば、冒険者たちの向かう先は一つ――冒険者組合会館。
「(でも、あんなに上手くいくとは……。最近、運使いすぎな気がする。何も起こんないよな……)」
聞く者が聞けば、それはフラグだということを思いながらミッツは思い返す。
しかし今はそんなことよりも、マリルにペンダントを返せて良かったと、心の底から安堵する。
自分の立てた計画が元で悲しい思いをさせていたかと思うと、恐ろしくてしょうがない。
「戻って良かったな。ペンダント」
「はい。ありがとうございます」
満面の笑顔を見せるマリルに、『なんだ、そんな顔も出来たのか』と惚ける。
年相応のあどけなさ残る笑顔。凛々しい顔つきも美人で良いが、こちらの方が好みだと、『やっぱりロリコンじゃないか』と指摘を受けても仕方がない内容。
【黒髪姫の薔薇のお城】を出た時と同じ、ふわふわとした気持ちで冒険者組合会館までの道を歩いていく。
無事、マリルのペンダントも戻って来て、ミッツとマリルは約束通り冒険者に酒を奢る。
手続きは、思った以上に簡単に終わった。
まず、報酬の150Gは冒険者組合の物になった。
これは、クエスト達成者が存在しなくなってしまった為だ。
マクスウェルは組合のルールと言ってたが、法にも記されているらしく、それに背いた神官服の男は、犯罪者として冒険者の資格を剥奪された。
結構な重罪に当たり、この後、神官服の男は厳しい罰を受けることになる。
共犯者がいることをミッツは知っているが、それについては上手く説明が出来そうになかったので黙っておいた。
なんにせよ、この件は終わったことなのだ。
ダンジョンの適正レベルが違うのだから、あの3人組とは暫く関わり合いになることはない。
「問題は全て片付いた」
そう思っていたことも、ミッツにはありました。




