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対冒険者 その5

 今度は2人。

 胸部だけは金属で強化している皮鎧を身につけた男戦士と、見るからに僧侶だと分かる修道服に身を包んだ女冒険者。

 神に仕える修道女(シスター)の格好なのに、仏に仕える僧侶とはこれ如何に。といった声が聞こえてきそうだが、冒険者として加護を得る職業の名前が僧侶というだけで、神父や修道尼なんてものが存在しない以上仕方がない。

 そんな下らないことよりも、この2人について特筆すべき点は他にある。

 金貨150枚の獲得を競い合う形になったミッツ依頼のクエスト。効率を考えればパーティーで参加していたとしても、探索階層に【直立する狗(コボルト)】しか出てこないことが分かれば他パーティーのように散けてソロで探す方が良いはず。

 なのに、2人で行動しているというのは……2人は恋人。――という可能性も否定は出来ないが、もっと単純に考えて【直立する狗(コボルト)】すらもソロで狩れない実力不足の冒険者ということだろう。

 それは、見た目からも分かる。

 豪華さや力を感じない駆け出し用の装備もそうだが、問題は年齢。

 どう見ても若い。

 10代前半くらいの幼さをのこした顔つき、身長もミッツと比べれば半分程度しかない。


「(子供か……。やりにくいな……)」


 これには、今まで散々人を殺してきたミッツも遣り難さを覚える。

 仕事だから殺しているのであって、快楽殺人者ではないのだから。

 元の世界の倫理観に於いて考えれば、仕事だろうが自発的に人を殺せるようになっているのは既に異常なのだが、そこは気にも留めない。


「やぁ!」


 ミッツがどうしたものかと悩んでいると、少年戦士が斬りつけてきた。

 お世辞にも良い剣筋とは言えず、ミッツとそう変わらない力任せの振り下ろし。

 それをミッツは腕で受け止める。

 当然痛い。

 避けたり、剣で受け止めることが難しい攻撃ではなかった。

 だが、気もそぞろだったところを狙われたので、咄嗟に動けなかった。マリルのアドバイスで剣を抜かなかったのも原因のひとつ。

 まぁ、マリルのアドバイスがなくても、こんな子供にいきなり剣を突きつけていたかと言われれば、そうでない可能性の方が大きいが。

 しかしマリルは、しっかりと剣を抜いて構えている。

 このあたり、ミッツとマリル、両者の基本的な考え方の違いが浮き彫りになる。

 平和な国の倫理観を残したミッツと、殺し殺されることが当たり前のマリル。蘇ることが出来るのも、命を軽く考える一助になっているとはいえ、中々に殺伐としている。

 例によってマリルがすぐに動かないのは、いらないお節介。

 今度は相手が低レベルだと言動で分かったので、ミッツの経験値のために手を出さないと決めた。


 斬られた腕を2、3度振って、ミッツはボクシングのような構えをつくる。

 経験などないので、足はベタ足、腕の位置も攻めるにも守るにも中途半端な出来損ない。


「(捕まえるか)」


 良い考えが浮かんだとばかりに、ミッツは少年戦士の二の腕に掴みかかる。


「(う、ぐぇ……)」


 しかし、その伸びてきた腕を擦り抜けて、少年戦士はミッツの腹に剣を突き立てた。

 あまりの痛みに、ミッツは後ろに蹌踉めき、退がる。

 まだHPが残っていたので、腹には傷も何も残っていない。血も出ていない。

 だが、ミッツは膝をついて動けなくなった。

 痛みももうないはずなのに、ずくずくと刺されたところが熱く疼いている不快感。それと、HPの残量が少ないため、力が殆ど入らないから。


 ミッツが膝を着いたと同時に、マリルは飛び出す。

 しかしそれを、ミッツが手で制止する。

 何か考えがあったわけではない、何を思ったわけでもない。反射的な行動。

 マリルが動く=目の前の少年少女の死。

 その図式がミッツを反射的に動かした。

 そんな、子供を殺したくないというミッツの気持ちなど、少年戦士には関係ない。

 膝をついて斬りやすくなったなったのだから、追撃する。

 肩に担ぐようにして剣を振りかぶり、思い切りミッツに叩きつける。


 迫ってくる剣に、正確には痛みにびびったミッツは手でそれを払い除けた。

 その結果、少年剣士は真横にすっ飛び、壁に激突。

 防衛のために手を振ったので、力の制御をしなかった。

 全力のミッツは、重そうな金属の全身鎧に身を包んだマリルだってぶっ飛ばす。

 それと比べて遥かに軽い装備と体重の少年戦士がそうなるのも、自明の理。


「きゃー!? アントン! とにかく回復させなきゃ。神よ、癒しよ――《回復の吐息(ファッセ)》」


 壁に叩きつけられて動かなくなった少年戦士に、少女僧侶が駆け寄り僧侶魔法をかける。

 すると、少年戦士から「うっ……」っという呻きが漏れたので、まだ死んではないようだった。

 それを見てほっとしたミッツは力を絞って立ち上がり、マリルに「一旦引くぞ」と囁き撤退する。

 マリルはすぐに了承し、剣を納めてミッツに続く。

 警戒は怠らず、後方を注意しながら。



「大丈夫ですか、先輩?」


 地下2階につながる階段の前まで退いたところで、マリルはミッツに声をかける。


「あ、あぁ大丈夫。殺してないしな」

「え? あ! 殺されてない……ですか。聞き間違えました」

「ん? あぁ、殺されてもないな」


 二人の間に、なんとも言えない空気が流れる。

 会話が噛み合っていない以上の何かをお互い感じているが、それが自分の常識に当てはめて考えると信じられないので言葉にできない。

 ミッツの子供は殺したくないという考えは、こちらの世界でも別におかしいものではない。

 獣に村が襲われた時も大人より子供を守るのは当然だし、死にそうになっている子供がいたらなんとしてでも助けたいと思う。

 それは人として、当然の思考。

 では、マリルが異常なのか。

 それも違う。

 戦場で敵として、戦士として剣を構えて前に立った。

 その時点で既に子供ではない。

 いっぱしの戦士なのだ。

 ミッツのように情けをかけるような態度は、寧ろ失礼に当たる。

 なので、ミッツのは考えは“優しい”ではなく“甘い”。即座に死につながる危険な考え。

 本来であれば注意して修正した方が良いのだろうが、本人が死ぬことに抵抗がないので質が悪い。

 それに、マリルもミッツに注意しようと言う気は更々ない。

 それは、ミッツの優しさに感銘を受けたとかそんな好意的な感情からでなく、『先輩のことだから、なにか考えがあったのだろう』と勝手に納得したからである。

 ミッツは、それほど深くマリルの発言を捉えていない。

 それよりも、早くHPが自然回復してくれないと体が重いということの方が問題だった。


「悪い、マリル。俺は一旦姫のところに戻ってダンジョンエナジー確認してくる。ここから先に誰も入らないように守っておいてくれ」

「お任せ下さい!」


 とりあえず、考え方のすれ違いは痼りにならなかった。

 だが、今後も何も問題が起きないとは限らない。

 問題が表面化していれば防げたトラブルもあったろうが、この時はまだそんなことは分からなかった。


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