AIDMAの法則。その2
それはさておき、看板には何が書かれているのか――
『誰でも稼げるダンジョン発見。気になる方はお気軽にお尋ね下さい。情報料無料!』
胡散臭い。
甘い話には罠がある。
だからこその期待と不安――なのではない。
「ほんまに、わいもダンジョンに連れて行ってもらえるんか!?」
「えぇ、左様です。行きたい人は何人でも大丈夫ですよ。私が発見したソコは、本当に安全に稼げます。といっても他のダンジョンに比べれば、圧倒的にという話ですが……」
期待は全て。
ここの者達には、突如降って湧いたチャンス。
ダンジョンに潜り、モンスターを狩り、宝を手に入れる。
それは、それを生業とした“冒険者”そのもの。
冒険者――この世界に於いて、花形職業の一つ。
名声も地位も、金も、力も、女――ときには男も……兎に角手に入らない物は何もないと言われている。
姫に惚れられ、国を一つを丸々手に入れた。そんな話も、夢物語ではなく現実。
王族、貴族とは違い、どんな生まれだろうと、そして誰であろうと、挑戦し成功すれば認められる夢そのもの。
ダンジョンが溢れモンスターが跋扈する世界にあっては、どこの国も奨励し支援する職業。
歌になり、物語になり、本になり、舞台になり……畏れを持って敬い、憧れて止まない存在。
それが、冒険者。
それを手に入れるチャンス。
不安……それも全て。
誰でも成れる。誰でも名乗れる。
成りたい者を、誰も止めはしない。――否、その者を大切に思っている人は止めるだろう。
冒険者に成るには、資格などいらない。
ただ、全てをテーブルの上に載せなくてはいけない。
始まりはオールイン。
一寸先も見通せぬダンジョンに潜り、凶悪なモンスターに立ち向かう。
命を賭けるのはあたり前。
そんなものは、最低ベット。
名声も地位も、金も、体も、家族すらも……その全てを失う可能性がある。
その覚悟を超えて、成功を収める。
誰もが出来ることではない。
「(んー、看板だけで上手くいくとは元々思っていなかったけれど、このままだと明日で消えてしまう)」
表面上は笑顔だが、心の中でミッツは冷や汗を流す。
残りDEは359DE。維持費は182DE。
このミッツが手にしている看板も、ダンジョンの《イベントアイテム作成》で作った物だ。
費用は【落とされた冒険者の証】と同じ50DE。
貧乏性で小心者のミッツにしては、思い切ったものである。
感覚が麻痺していたとも、言えるかも知れないが……。
ともかく、この状況。
冒険者でもない農夫等の一般人に囲まれているのは、ミッツの戦略通りに進捗している。
一般人とは、王族、貴族、権力者等の上級民。冒険者や騎士等、戦いに身を置く職以外の大多数を指す区分けである。
彼ら彼女らには、彼ら彼女らなりの幸せな人生があり、誰も“一般人”というのが蔑称だとは思っていない。
大抵の上級民や戦闘職から見ても、自分たちよりは恵まれていないがそれが普通なのだという程度の認識である。
そう、恵まれていないのである。
馬鹿にしてはいないが、上下は区別されている。
一般人は普通の方法では、上には上がれないのだ。
その中で、もっともチャンスが多いのは冒険者になること。
そこから成り上がっていくのが、最も効率的なのである。
なのでミッツの戦略は、そんな冒険者に憧れている一般人をターゲット顧客に選択したのだ。
これには何重ものメリットがあり、今の【黒髪姫の薔薇のお城】には最適な選択であると言えた。
ミッツの立てた戦略はこうだ――
戦略に最も必要なのは、具体的な目標・目的。
何のために冒険者を集めるか。それは、ダンジョンエナジーが枯渇すると姫が消滅するので、それを阻止するため。
なので、目的は『姫を消滅させない』
となると、目標は『最低でも維持コスト182DE稼ぐ』である。
それを解決する為には『集客すること』が絶対不可欠。
集客するにおいて障害となるのが、取り扱い商材の品不足と同業他社の存在。
レッドオーシャンであるダンジョン業界。
競争力のない新参が打つかっていけば、あっという間にすり潰される。
そこで、ターゲット顧客を“既存の冒険者”ではなく新規開拓することに決めた。
既存の冒険者を狙わない判断が生んだメリットは、競争を避けただけでは無かった。
誰もが存じている通り、冒険者とは危険な職業である。
少しでもリスクを減らしたいと考えるのも当然。
結果として、先達に従って情報のあるダンジョンに潜る。要は、人気のあるダンジョンに殆どの冒険者は流れていくことになるのだ。
冒険者に取って旨味が無い上に、実績が出回っていない【黒髪姫の薔薇のお城】に冒険者を引き込むのは至難なのである。
だからこそ、冒険者に憧れている一般人というのが最適なのである。
まず見込顧客・潜在顧客の方が、既存顧客よりも数が多い。
見込顧客は、購買時期が近かったり、商品に興味があり購入する期待度が高い。そのような“無理なく購入に繋がる人”のこと。
この場合は『既存の冒険者だけれど、別のダンジョンに行っている冒険者』というのが近い。
既にダンジョンに潜っているので、商品の良ささえ知ってもらえば引き込めるだろう。
潜在顧客とは、“ニーズにさえ気が付けば、見込顧客になる人”。
今、ミッツを取り囲んでいる一般人は、冒険者になることに強い興味がある。
なのでニーズはある――ように見えるのだが、ダンジョン側がそのニーズは満たせない。
一般人の圧倒的スペック不足。
モンスターと渡り合える力も、装備を整える金も、冒険で活躍する特殊な能力もないのだ。
だから冒険者になりたいけれど、ならないのだ。
だが、【黒髪姫の薔薇のお城】は、そんな低スペックでも大丈夫という“特殊なニーズ”を満たすことが出来る。
顧客のニーズとベネフィットを満たせる商品は用意した。
これで、ここの一般人はダンジョンに向かう。――なんてことにはならない。
良い商品がある。それだけで簡単に購入に至るものではないのだ。
戦略を用いて、問題解決まであと一歩のところまでは進んでいる。
次はどのようにして、顧客を契約させるか。
手段、戦術の出番だ。




