邂逅、それは地獄への扉 終
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全部、見えていた。僕の瞳はそれをすべて映していた。でも、この指は一度しか動いてくれなかった。わかっている、僕が弱虫なことくらい。わかっている。僕に彼女を救えないことくらい。
だから手遅れになる前に飛び出した。本当はもう手遅れかもしれない。でも、僕は開いた窓からひらりと身を投げる。それしかできないから。
「届けぇーーーー!!!!」
高さなどお構い無しに僕の体は空中に舞う。重力の檻に絡めとられ、僕は自由落下という名の等加速度運動に入る。
「撃ち殺せ!」
その掛け声と共に銃口が一斉にこちら側を向く。死んだな、そう思った。ゆっくりと流れる思考。そして肌に触れる銃弾。それは僕の肩を切り裂き、空に真紅の花を咲かせる。
その刹那、体が熱を帯びる。撃たれたところから何かが入ってくるような感覚、ただわかっていることは一つ。それが害意あるものではないという事実。
何をするべきかなどわからない。わからないけど、ポケットの中に銃弾が入っていることはわかる。だったらやるしかない。
ポケットから取り出されるのは無数の銃弾。もちろんそんな数の銃口なんて存在しない。だから空にばらまく。
「――――能力発動。目標捕捉。」
僕の視界は赤で埋め尽くされる。ショート寸前の頭は既に自分の体がどうなっているかすらも認識することはできないでいる。
――――はぁ、こうするしか、ないですね。
唐突に響く男性の声。聞き覚えはあるのだが、残念なことにそれを処理する頭が追い付いてはくれないようだ。
――――おい、馬鹿っ。正気かー? まぁ、止めたりはしないけど……
――――固有時制御。我、神に仇なすものを許さず。また、その神を許さず。……時は満ちた。さぁ、反逆の時間といきましょうか。
かつて神に反逆した男の声。それは宇宙という概念を包み込み、すべての運動を止めてしまう。
――――リミットは五秒あるかないかでしょうか。ただ、君ならできるとだけ言っておきましょう。
僕が聞き取れたのはそこまで。物理法則は意味をなさない。だってすべてが止まっているのだから。ゆっくりと落ちる僕の体は次第に地面に近づいていく。
「再演算、終了。僕は、彼女を傷つける奴らを許さない。だから守って見せるって決めたんだ。」
撃ち込まれたのは銃弾というよりは隕石と言った方が近いのだろう。地を穿つそれは人間をいとも容易く吹き飛ばしていく。
動き出す時間の中で僕は彼女を抱き締める。服が赤く染まろうがもう気にすることはない。硝煙は至るところから立ち上ぼり、僕らを絶望へと誘う。
――――やっぱり君は、馬鹿だね。このままだと死んじゃうよ。まぁ、そうさせたくないからここにいる訳だけどさ。
聞こえるのは僕よりも少し大人びた男性の声。聞き覚えがないと言えば嘘になる。多分あの時の存在。
「新船、八雲さん。違いますか?」
――――おー。大正解。なんていってる暇ないか。不器用な大馬鹿者が稼いだ時間、有効活用させてもらったよ。わかっててやったと思うけどさ。
「同調、完了。ちょっくら体借りるからな。――――能力発動。この身は誰かのための盾であり、誰かのための剣である。その力、誰かを守らんがために。さーてと、ここで大人しく死ぬか、一騎討ちという名誉の果てに死ぬか選ぶ時間をあげよう。この間に逃げても一向に構わないが、そんな甘えた考えの人間は戦場にいる資格などない。」
滲み出る圧倒的存在感。それは僕の姿を借りた彼のもの。
後ずさるのは屈強な兵士たち。理不尽な力の前にはどうすることもできない。失禁して倒れこむもの、一目散に逃げていくもの、一騎討ちに応じるもの。彼らが出した答えは様々だった。
「残ったのはたった五人か。とんだ腰ぬけどもだな。いいだろう。銃口をこちらに向け続ける覚悟、それだけは認めてやる。だが、その意味をもう一度考えることだな。」
その瞳は光を灯す。ちょうど三十年前に彼がそうしたように。
「どうした。撃たないのか。ではこっちから攻めさせてもらう。」
――――切り裂け。
綺麗に真っ二つにされる銃身、その瞬間銃は銃としての役割を失った。僕にはできない芸当。今ならわかる。一週間前の言葉の意味が。最強の二文字は伊達ではない。
「次は、当てる。」
彼らは逃げていく。プライドなんて糞食らえと言わんばかりに。それと同時に体の主導権が僕の方に戻る。
「普通に、痛い。でも、生きてる。」
三十メートル近い建物から飛び降りたのだ。普通は無事であるはずがない。でも、僕は生きている。生かされている。
ゆっくりではあるが、手だって動くし、表情だって変えられる。涙だって出るのだ、生きているに決まっているだろう。
「怖かった。苦しかった。僕の力じゃどうにもならなかった。」
でも、助けてもらった。生かしてもらった。もらってばかりだな、僕は。
この借りを全部返せるだなんて思ってはいない。だから少しずつ返していきたいと思う。
彼女の心臓は限界を迎えてもまだ動き続けている。止血なんていう高等技術なんて知らない。でも僕はその手を握るのだろう。
爽やかな風が僕の頬を撫でる。たった一週間、それは僕の人生を変えるには十分すぎる時間で――――




