奇術師は唐突に 終
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あたりには僕とミサ以外誰もいない。学校の敷地内は能力使い放題。
「突然キレて学校壊すとかはしないから安心して。というかそんなことして迷惑かけるのは面白くない。」
行動規準がおかしいのはここでは突っ込まない。そう考えている間にもミサはどんどん行ってしまう。どこにって? 屋上に。
当然僕にはフリークライミングなんてできないから校舎の中を通る。昨日も使った階段。コケる可能性は高まるが、一段飛ばしで五階までかけ上がる。螺旋階段ではなく一般的な踊り場がある階段。踊り場で方向転換する時間がもったいない。正直にいって運動エネルギーの無駄だ。そう考えているうちに階段の続きがなくなる。危うく足を踏み出すところだった。
屋上というよりは小さな庭といったほうが適切だと思う。ただしおしゃれな感じではないが。そこで彼女は花壇の縁に優雅に腰掛けていた。
ちょいちょいと彼女は座っている場所の隣を指さす。そこに座れということだろうか。お言葉に甘えて座ることにした。僕がそうすると彼女は満足そうにこちらを向き、笑顔を見せる。
昇りきった太陽にも負けない笑顔。僕の心臓はもう限界だ。もしこの世に神様がいるならこう言いたい。この笑顔だけは奪わないでくれと。
「えーっと、どこまで話したっけ?」
スカイダイビングですべて忘れてしまったのだろうか。八雲さんの最期のことまでしか聞いてないと僕は言う。
「そうそう。で、そこからの復讐姫の伝説。こっちは割と有名な話だよね。ボクの汚点の1つだけど。」
彼女自身がそういうように、真実は全く綺麗なものではなかったらしい。
血で彩られた英雄譚。現実なんていつもこんなものだ。
敵はすべて倒した。
国土はまもられた。
じゃあ、ボクが殺した人たちの家族はどうなる?
視点を変えれば正義にも悪にも映るその行動のお蔭で命を救われた人もたくさんいる。でも、彼女はやり過ぎてしまったのだろう。
「もう少し、冷静になっていればあそこまではいかなかったと思う。」
そう言って彼女は彼女自身の右の掌をじっと見つめる。彼女の目には何が映っているのだろうか。
「ボクは新船ミサの残留思念でしかない。新船ミサはあそこで間違いなく死んだ。いや、消滅したんだよ。」
消滅。この言葉を理解するのに数分かかった。きえて、なくなる。それ以外のなんでもない。
「それから大体30年くらいたった頃かな。ボクがあの子、藤原ミツキに初めて会った時、彼女は少し長い眠りについていた。会うっていうのもおかしい話だけどね。まぁ、当時のあの子はぐちゃぐちゃに壊れていた。人との会話なんて成立しないくらいにね。」
今の藤原さんからは想像できない。
「だからボクは彼女の身体を乗っ取った。そしてあの子を苦しめた奴らにちょっと痛い目にあってもらったってわけだ。」
あの事件の真相は蓋を開けてみるととてもわかりやすいものだった。被害者は元は加害者側であり、その立場が逆転しただけのこと。実際、あれでもやられた分の半分も返しきれていないのだとか。
太陽が地平線に沈み、空がだんだんと暗くなっていく。寮に門限というものはないのだが、そろそろお腹が限界を迎える。
「もう、こんな時間か。もうすぐ、時間切れだね。次会えるのはいつになるかわからないけど、」
彼女は花壇の縁から立ち上がる。
「その時までボクのこと、忘れないでほしいな。」
忘れるはずがない。僕は君のことを絶対に忘れたりしない。
「また、会えますよね?」
「もちろん。ボクはずっとキミのそばにいるよ。」
永遠の別れのようでもあり、明日会う友達との挨拶のようでもあった。
「さてと、お姫さまの目がさめる前に帰らないとな。」
その後ろ姿はさながら姫を守る騎士のようだった。
その後、横田君はどのように帰ったのか。
(忘れ物を取りに来た的な口実をつくって堂々と正門を出ていったとさ。おしまい。)
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